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リアクション
chapter.24 機械仕掛けの狂気……1
「回線が切れちまったか……」
カラクリ師大橋千住は誰にいうでもなく言葉をもらした。
オクタゴンのとある頂点に彼は既に到着していた。
供回りのカラクリ人形たちに周囲を見張らせ、自分はやたら横に長く寝そべる台座に腰を下ろしている。
包帯で全身を覆っているため見た目はそう変わらないが、彼は一度死に、機械仕掛けの身体を得て甦った。
この身体は千住が生前、最後に手がけたカラクリ人形だ。
「これで本当の意味で『カラクリ師』になった、というところでしょうかねぇ」
ふと、言ったのは東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)だった。
「ひひ、ダラダラ生きるにゃ長すぎるが、本気で生きるにゃ人生なんて短いもんだ。そう考えりゃこの身体も悪くねぇ」
「人の一生など儚いものです。それこそ、この世のすべてを知るには」
「しかし、お前もどうにも正気じゃないようだ。今更俺に味方して得することなんざなにもねぇだろう」
「そうでもありません。彼らよりもあなたのほうがとてもおもしろい」
知識はなにものにも優先される。
カラクリとブライドオブシリーズへの飽くなき好奇心が、雄軒に千住と行動を共にすることを選ばせた。
後ろにそびえる鉄巨人、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)とともに。
「ひひひ、まぁ好きにしな。観客は多いにこしたこたぁねぇ。芸術ってのは見てもらえなきゃはじまらねぇもんだ」
とその時、見張りのカラクリ人形が何者かの接近を感知した。
カラクリたちの瞳に、電脳をとおして接続している千住はニヤリと笑った。
「さぁ派手にいこうじゃねぇか」
「総員敵に備えろ! 敵はカラクリ人形の一団だ!」
龍騎士ヘクトルの声が探索隊の上を駆け抜けた。
先程は未知の敵を前に敗退……もとい戦略的撤退をよぎなくされたが、カラクリが相手ならば遅れをとることはない。
なにせ普通の敵だから!
そんな中、我先にと勇んで先陣をきったのは師王 アスカ(しおう・あすか)。
そして、そのパートナーである蒼灯 鴉(そうひ・からす)とオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)だった。
「まさか月にまで来ちゃうなんてねぇ。帰ったら月を題材に絵を描かなくっちゃだわ」
「包帯男自慢の人形どもは描かなくてもいいのか?」
「えーと……」
鴉に言われて、アスカは見回す。
黒髪を振り乱す日本人形は出来ることならお寺で供養してもらいたいビジュアルである。
人形たちはカタカタと歯車の音を響かせながら、アスカたちに襲いかかって来た。
「の、呪われそうだからパスで……!」
「賢明な判断だ……!」
人形たちが飛びかかる瞬間、鴉は漆黒の長衣でアスカを包むように抱きしめた。
腕に仕込まれた刃がドスドスと長衣に突き刺さる。
しかし刺さった途端、龍鱗化した鴉の皮膚に弾かれ、刃は粉々に砕け散った。
「人形は人形らしくじっとしてろ」
レーザーナギナタの描いた軌跡が、人形の上半身と下半身をふたつに切り離す。
同時に彼の頭上を飛び越えて、オルベールの銀狼『スタッカート』が人形に首元に噛み付いた。
素早い動きで人形の隊列を掻き乱したところに、オルベールが床に目がけて冷気を放った。
瞬間冷凍された床は凍てつき、人形の脚を絡めとるように氷付けにしてしまう。
「ふぅん、あなたにも野性的な面はあったのね」
「ぐるるるる……」
「もしかすると馬鹿なカラスより賢いんじゃないかしら?」
彼女はスタッカートの頭を撫で、自分の手柄を誇るように鴉に一瞥を加えた。
「ちっ、余計なことを……」
悪態を吐きつつも、鴉は脚を封じられた人形の頭を掴むと、別の人形に向かって放り投げた。
アスカもそれを追って敵に走る。
「一回してみたかったんだぁカラクリ無双♪ 何体倒せるか、いっちょ頑張りますかぁ!」
大剣を嵐のごとく振り回し、一気に数体の人形をバラバラに吹き飛ばす。
もはや攻撃も防御も無駄だよとばかりの力任せの戦法。けれど残念ながら人形の武装では止められそうにない。
青々と茂る稲を刈り取るように小さな台風は人形たちをずんずん薙ぎ倒して行った。
「よっと」
ふと前進にブレーキをかけると、遠心力のなすがまま、大剣を天井高く放り投げた。
そして胸元からパレットナイフを取り出し、距離をとろうとする人形目がけて投げつけた。
関節部に刺さり態勢を崩したところへ、落ちてきた大剣をキャッチ、剛の一閃でカラクリたちを一掃する。
「うーん、爽快♪」
とその時、ドスンと黒い塊が目の前に降って来た。いや、塊なようで塊ではない。バルト・ロドリクスだ。
「か、カラクリ人形……じゃないよね?」
「消えろ」
バルトは黒い拳を振り上げる。
だが次の瞬間、バルトの顔面に人形の残骸が叩き付けられた。そして粉々に散る破片の隙間からバルトは見た。
凄まじい速さで間合いを詰めてくる執事の姿を。
「招かれざる客人の相手なら俺が務めよう」
椎名 真(しいな・まこと)はナラカの蜘蛛糸で散乱する人形を拾い上げ、次々にバルトに投げつける。
「賢しい真似を……」
豪腕が人形を払う……と目前から真は消えていた。
「ここだ」
真は真下からバルトの顎に掌底を叩き込む。そこに回し蹴りを放ち、休む間もなく、顔面に蹴打を浴びせ続けた。
見るからに強固な彼の肉体でも頭脳は致命的な急所となる。衝撃は脳を揺さぶり、巨体を大きくよろめかせた。
「このまま……」
「執事、我をあなどるな」
バルトは装甲を龍鱗で覆った。
「……っ!?」
攻撃を弾かれ、今度は真が態勢を崩し、格好の的となってしまった。
ところが、この鉄巨人はなにもせず、ブースターを全開に真の後方へと飛び去った。
視線の先にいるのは、超長のパイクを守るヘクトル……!
「この場で最も厄介な人間が相手か」
(しかし勝算がないわけではありません)
「あなたの狙いはやはりパイクでしたか……!」
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は不穏な気配を察知すると、アクセルギアの超加速でバルトの正面に回り込んだ。
バルトにしてみれば突然目の前に優斗があらわれたようなものだが、臆することなくこちらも加速する。
「小物に用はない」
「その判断はこれを受けとってからにしてもらえますか」
優斗は全身全霊の念動波を放った。
加速状態で撃ち出した五発分の念動波は途切れることなくひと続きとなってバルトを飲み込む……かに見えた。
(念動波です、回避を)
行動を予測する謎の声に促され、バルトは攻撃から軸をずらす。
そしておもむろに機晶爆弾を投げつけた。
「しま……っ!」
爆発は優斗を巻き込む。四方に広がる爆炎を隠れ蓑に、バルトの影に潜んでいた雄軒が飛び出した。
不意を突き、Pキャンセラーでヘクトルのスキルを封じてしまった。
「……!?」
「実力的には、我々は小物ですが……力だけが強さではないのですよ?」
「ウオオオオオオオオオッ!!」
バルトはそのまま勢いに任せ、全力のタックルをヘクトルに叩き込んだ。
鋼鉄の巨人から繰り出されるタックルは砲弾の直撃を思わせる。怒濤の勢いで壁際にヘクトルを押しやるバルト。
「このまま押し潰す!」
「……龍騎士を舐めるなっ!」
突然、ヘクトルの身体が重くなった。床から悲鳴のような音が上がり、突進は止められてしまった。
技を封じられようとも、鍛練を重ねた龍騎士の肉体は人智を遥かに凌駕する。
「龍騎士が純粋な力比べで敗北することなどありえない!」
ヘクトルはパイクから一撃を放つ。
比類無き長さをほこるパイクは一回転すると同時に、バルトの身体もろとも部屋を縦一文字に切り裂いた。
「グオオオオオオオオッ!!」
装甲を走るパイクの切り口から、まばゆい閃光がほとばしる。
「バルト……!」
膝をつく巨人の姿に、雄軒は表情を強ばらせた。
しかし彼も下僕の心配をしている余裕はなかった。駆け寄ろうとする彼を、足元を走る無数の蜘蛛糸が止めたのだ。
幾重にも層を成す糸は触れるなり炎が走り、雄軒の衣装にあっという間に燃え移る。
「随分と仕事の出来る執事ですね。戦いながらこんなものを仕込んでいるとは……」
「出来れば家令とよんでほしいな」
真は糸をたぐりながら言う。
「さぁ『お引き取りくださいませ』ってね……!」