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リアクション
chapter.22 第三の部隊……3
「来る……!」
ダリルは気取られぬよう翼に目配せした。彼女は神妙な面持ちで頷き返す。
その横をすり抜け、橘 カオル(たちばな・かおる)とマリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)が前に出た。
「ここはオレとマリーアで押さえる。何があってもダリルさんには近づけさせない!」
「ダリルさんには指一本ふれさせないんだからー!」
「またうざってえのが出てきやがって」
マリーアは怒濤の勢いでラスターボウを射かける……がしかし高速で移動する十の剣にはかすりもしない。
「あ、当たんないよー」
「あきらめるなっ! この作戦がうまくいったら、でっかいお菓子の家を買ってやるから!」
魔法の言葉に彼女は目を輝かせた。
「ほんとに? この前行ったヴァイシャリーのあのお店のやつでもいいの?」
「この前……? ま、まさかあのヴァイシャリーで一、二を争う有名店の……あ、いや、も、もちろんいいさ……」
戦闘とは別の戦慄が走ったが、カオルも男の子、ここでそれはちょっととは言えない。
「えへへ、約束だよ!」
気合いを入れ直し、次々に矢を放つ。すると乱れ射ちの中の一本が十の剣の肩に突き刺さった。
「当たった! 当たったよー! いえーい、お菓子!」
「ま、マジですか」
明日からしばらくお昼はパンの耳と水道水だな……。
どこか遠い目をする彼を他所に、今度は翼がラスターガトリングによる銃弾の暴風を十の剣に浴びせかけた。
マリーアの矢で態勢を崩したこの機を逃す理由はない。
「へへへ、これでも食らえーっ!」
「うぐ……!!」
豪奢な衣装も貫き、十の剣の全身を光弾が蹂躙していく。
「こ、このクソガキ……よくも俺の芸術にこんなひでえ傷を付けてくれやがったな!」
怒りをあらわにする十の剣だったが、ダメージよりも人形を傷付けられたことを怒っているようだ。
十の剣……いや、それを遠隔操作している千住は電脳でこの区画の制御中枢に接続した。
区画の照明をすべて落とし、暗闇で探索隊の視界を奪う。
「芸術を足蹴にするような軽い頭なんざあっても邪魔だ。綺麗に刈り取ってやらぁ。なに、礼には及ばねぇ、ひひひ」
目標は自身の芸術を冒涜した翼だ。
「え? え? な、なに……??」
一筋の光も返さない闇の中、血に飢えた薙刀を振りかぶる。
不穏な気配をいち早く察知したのはカオルだった。
こんなこともあろうかと装備していたノクトビジョンで視界を確保。彼女を守るため刃の前に滑り込む。
必殺の一撃を受太刀でしのぐや、疾風のごとき突きで十の剣の胸に風穴を空けた。
「あ、てめぇ!?」
「これでも修羅場はくぐってるんだ。不意打ちで獅子を殺せると思うな」
時間にして数秒の攻防だったが、彼に続き暗闇から立ち直った時尭も、その直後にアクションを起こしていた。
インフィニティ印の照明弾を天井に撃ったのだ。
「ちょっと眩しいから目を閉じてな!」
炸裂した弾頭から溢れる閃光が暗闇を吹き飛ばし、戦場に立つ戦士たちを浮き彫りにする。
続けざまに時尭は賢狼を放ち、十の剣の喉元に喰らいつかせた。
「ひひひ、手厚い歓迎だねぇ」
「気に入ってもらえてなによりだ。ならコイツも喜んでもらえるだろうな」
闇に紛れ間合いを詰めたダリルがポツリと言った。
その手に蓄えた電撃を至近距離から流し込む。青白い光が蛇のように全身を走り、十の剣から不穏な煙が上がった。
しかし間合いを詰め過ぎていた。
「ガガ……か、歓迎ありがとうよ。おかげで手が届きそうだ……ガ」
「!?」
黒く焼けた十の剣の手が閃き、ダリルからヴァラーウォンドをかすめとった。
ひひひと笑う彼だったが、ウォンドをまじまじと見つめるや、すぐさまその声に怒りが走った。
「……なんだこいつは? 形こそ似てるが真っ赤な偽物じゃねぇか!」
「ほう、芸術家を気取るだけあって審美眼はあるようだ」
「てめぇ……」
「ウォンドはこの作戦の成功の要。それをそう目の付くところで運ぶほど、俺たちは愚かじゃない」
「くそ、本物はどこにいきやがった」
くるくると頭を回す。ふと、その目にヴァラーウォンドを担いで走るヒルダの姿が映った。
十の剣はそこから飛び出すと、彼女の進路を遮るように立ちはだかった。
「……げっ!」
「ひひ、ここにあったか!」
首元を狙って容赦なく薙刀が一閃する、けれどその切っ先は彼女の肌に触れることなく明後日の方向に流された。
横から割って入った正悟が、ガンブレード『アプソリュート・アキシオン』で攻撃を流したのである。
「間一髪ってところだったな。気をつけないと……って、おい」
「やーっ!」
正悟の台詞を右から左に受け流し、ヒルダはここぞとばかりにウォンドで十の剣の頭をぶん殴った。
「あっ。しまった……」
「!?」
やべっと言う顔をした時には遅かった。彼女のウォンドはあっさりと粉々に砕け散ってしまった。
正確にいうなら、ウォンドを模したただの棒っきれといったほうがいいかもしれない。
ダリルと同じくヒルダの持っていたものも偽物。木を隠すなら森の中、ウォンドを隠すならウォンドの中である。
皆、考えることは同じのようだ。
「見事な囮であります、ヒルダ。あとは自分がウォンドを台座に……!」
今度は丈二がウォンドを持って走っている。
「次から次へとウォンドが出てきやがる。バーゲンセールでもやってたのか。くそ、いいからそいつも見せやがれ!」
「見せろと言われて大人しく見せるほど、国軍軍人は腰抜けではないであります!」
銃剣銃を構え、丈二は銃撃を浴びせた。
「しゃらくせぇ!」
十の剣はくるくると回転させた薙刀で弾丸を弾き飛ばす。そして一気に丈二に斬り掛かった。
最初の一撃で銃剣銃を破壊。相手が反応する間も与えず、薙刀の柄で丈二のみぞおちに強烈な一撃を叩き込む。
「……ぐっ!」
苦悶の表情で彼はうずくまった。
「手間かけさせやがって……って、おい待てよ。こいつも偽物じゃねぇか。おちょくりやがって」
胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「本物はどこだ?」
「…………」
「俺は無口なガキよりお喋りなガキのほうが好きなんだ。なぁ、本物のヴァラーウォンドはどこにある?」
「……任務」
「?」
「……任務達成であります」
十の剣ははっと台座に顔を向けた。
そこにいたのは先ほどダリルの護衛をしていた翼だった。
煌々と輝く胸元から取り出されているのは……月牙産。紛れもない本物のブライドオブヴァラーウォンドだ。
「本物は護衛されていたほうじゃなく、護衛しているほうが持っていたのさ」
「!?」
刹那、カオルの刀『獅子咬』が虚空を走った。
十の剣の首筋に直線が入ったかと思うと、首は鈍い音を立てて床に叩き付けられた。
「ひひ……、一杯食わされたってわけか……」
ダリルの護衛に人員を割いていたのは、ウォンドを彼が所持していると見せかけるための芝居。
そしてダリルを守っているように見せかけて、すぐ傍にいる翼が台座に辿り着けるようガードしていたのだ。
十の剣の機能はしばらくして完全に停止した。