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リアクション
chapter.26 機械仕掛けの狂気……3
「……流石に九体同時に繰ると動きが荒っぽくなるな」
残る三体を繰りながら千住は言った。
さて……ここからどう攻めるのがもっとも芸術的か。
そんなことを頭に登らせたその時、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が目の前に飛び出してきた。
戦闘に紛れながらずっと朱里は機会を窺っていた。千住本体に直接攻撃を叩き込める絶好の機会を……!
「耐えれるもんなら耐えてみなさいっ! 私の渾身の一撃ぃ!!」
「あん?」
頭上から凄まじい勢いで降り注ぐ大剣。
だがしかし、千住は鋼鉄の腕で攻撃をまとわりつく虫でも払うように弾いた。
「!?」
「ひひひ、脳みそトコロテンか、お前は。この程度の攻撃、今の俺にゃ通用しねぇに決まってんだろ」
「こ、ここまであっさり弾かれたるのは予想してなかったけど、でも、ここまで近づけたんだから上出来だわ」
「何言ってんだ?」
「ねぇ、知ってる? この『梟雄剣ヴァルザドーン』はビームキャノンにもなってるのよ?」
「……なっ!?」
次の瞬間、光線が千住を飲み込んだ。
「仕留めた……?」
朱里は思わず口にした。
その結果は、目の前の閃光が晴れるよりも早く、彼女の身を持って明らかとなった。
千住の腕から飛び出した刃が、朱里の胸を串刺しにしたのだ。
全身の力が抜けてその場に倒れる。広がる真っ赤な血がゆっくりと床に湖沼を作っていった。
「ちっ……。やってくれんじゃねぇか。まさか、頭がカラクリになってもだまし討ちを食らっちまうたぁな」
閃光の消えた先に立っていたのは、全身を覆う包帯を消失し、機械仕掛けの身体があらわとなった男の姿だった。
黒銀色に輝く髑髏の頭、窪んだ眼孔から赤い光が爛々と燃えている。
その身体も同様に黒銀色の金属製だが、今の攻撃のダメージだろう、ところどころパチパチと火花が散っている。
「機械が支配する未来から人類のリーダーを抹殺にやって来た殺人ロボットみたいなツラやな」
焔の魔術師七枷 陣(ななかせ・じん)は言った。
「ひひひ、前より随分男前になったろう」
「……元のツラ知らんけど」
「そりゃ残念だ」
残る一の剣、二の剣、三の剣が陣に襲いかかる。
陣は左手に神曲の書『ジュデッカ』を開くと、右手から放つ青い炎で三体を牽制する。
「リーズ! 派手にかきまわしてやれ!」
「うん!」
リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)は光翼『トライウイングス』を展開。
黄金のオーラに包まれたリーズは目に留まらぬスピードで三体の間に斬り込んでいった。
三体は迎え撃とうと身構える。
とその瞬間、高速で移動するリーズから無数の残像が飛び出した。
「!?」
「援護します、リーズさん」
残像の正体は小尾田 真奈(おびた・まな)のメモリープロジェクターによるもの。
真奈も銃撃を行い、場を撹乱させるリーズを後押しする。
「……けっ、こんなもんで俺の目を誤摩化せると思ってんのか。おめでたい馬鹿だな」
三体の視覚が通常モードから熱探知に切り替わった。
実体を伴わない映像は除外され、飛び回るリーズの姿だけがはっきりととらえられてしまった。
飛び込んできたリーズの一撃を三の剣がブロック、間をおかず二の剣の振るう薙刀がリーズの肩を斬り付けた。
「きゃあっ!!」
高速で飛行していただけにダメージを受けたときの衝撃も大きい。
吹き飛ばされた彼女は床に叩き付けられた。
「派手に内臓ブチ撒けなぁ!」
「やらせません!」
一の剣を繰り出す斬撃を、真奈はトンファーブレードで弾いた。
「……くっ!」
間髪入れず、二の剣、三の剣も真奈を狙って攻撃を繰り出す。
倒れたリーズを守りながら、三体の攻撃を捌くのは自殺行為……だが、その刹那、一条の光が彼女の前を走り抜けた。
縦一文字に両断された三の剣が崩れ、向こうに祓薙刀『薄雪』を構える度会 鈴鹿(わたらい・すずか)があらわれた。
「そなたたち、大丈夫か?』
パートナーの織部 イル(おりべ・いる)は言った。
真奈とリーズにい駆け寄り、二人を守る庇護者の構えで、残る二体の人形を牽制する。
「千住さん……」
目に涙をため、鈴鹿は千住を見る。
「……なに泣いてやがる?」
「あなたの事を何も知らないうちに、あなたが亡くなってしまったからです……」
「ああ?」
「本当は晴明さんの事……羨ましかったのでしょう? 妬ましかったのでしょう?」
「…………」
鈴鹿も幼い頃は独りだった。道が一つ違えば、彼女も千住と同じ場所に立っていたかもしれない。
「もし、晴明さんに真っ直ぐ気持ちをぶつけられていたら……」
「ちっ……」
「アンタ達の抱えてた劣等も嫌悪も、ちゃんと晴明にぶつけていれば少しはマシな関係になってただろうに」
陣は言った。
「晴明は聞きたかったはずだ。あんたが自分をどう思っていたのかをな」
「……ぐだぐだうるせぇ奴らだな。人の世話焼いてる場合じゃねぇだろぉ。もっと自分の心配したらどうなんだぁ?」
「宗吾に騙し討ちされて、まだ寺院に組する言うんか!」
「関係ねぇ、そんなの関係ねぇんだよ!」
「あなたは悔しくないのですか? 仲間に殺されて、死後も利用されて……あなたの芸術はそれで良いのですか!?」
「うるせぇ! 凡人が俺の芸術にあや付けるんじゃねぇ!!」
二人に一の剣と二の剣が飛びかかった。
「……このド阿呆が!」
陣の周囲がカッと熱を帯びる。空間に開いた異界の門から喚び出されたのは……不死鳥『アグニ』。
アグニの羽ばたきに巻き起こる火炎は二体の人形をぱくりと飲み込んだ。
「な、なにぃ……!」
「唸れ、業火よ! 轟け、雷鳴よ! 穿て、凍牙よ! 侵せ、暗黒よ! そして指し示せ……光明よ!」
陣は千住を見据え、その手に魔力を集束させる。
「セット! クウィンタプルパゥア!」
五つの魔力の融合した魔力波が、千住の身体を直撃する。
「爆ぜろっ!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!」
魔力の渦は術者の言葉に反応し爆発を引き起こした。
頑強なカラクリの身体もこの爆発には耐えきれず、右肩から右脇腹にかけて、くり抜かれたように吹き飛んだ。
「こ、この野郎……!」
「もうおしまいにしましょう、千住さん」
「!?」
クウィンタプルパゥアの爆発が晴れた刹那、鈴鹿の渾身の一撃が千住の左胸を深々と貫いた。
薄雪は千住を串刺しにし、そのまま後ろの壁に燐光を纏う刃を突き刺し、彼の身体を貼付けにした。
「く、くそ……」
伸ばした左手は虚しく空を掴み、彼はガクンとうなだれた。
「いたわしいのう、千住殿……」
「もっと違う形で貴方と出会えていれば……もしかしたら、違う『今』があったのかもしれませんね」
イルの傍らに立ち、鈴鹿は残骸となったカラクリ師に涙を流した。
「まだ、終わらせるにゃ早いと思うで」
「え?」
「こいつは晴明のとこに連れてく」
「!?」
「お互い腹ん中を全部吐き出させなきゃいけない気がするんや。喧嘩になってまうかもしれんけど、それでも……」
「陣さん……」
「だってそうやろ? 少なくとも晴明は、千住のことをかけがえのない友達だって思ってたんやし」
もとは、晴明の潔癖によって生んだ誤解や。
それをずっと嫌悪して溜め込んで生まれた千住の心情、それらもきっと『弱さ』と名付けるべきものなんや……。
「……ふざけんじゃねぇ。今更晴明の野郎の前に引きずり出されるなんざ、俺の美学に反するんだよぉ!」
「千住、でもな……」
「千住さん、お願いです。陣さんの話を聞いてください」
「うるせぇ!!」
千住は叫んだ。
「ここまで来たらもうあとにゃひけねぇだろうが」
「千住さん……」
「分かり合う必要なんざねぇ。何も分からず苦しめばいい。それが俺が残す最後の作品だ、ひっひひひ……!」
「そなた、まさか……!」
イルは慌てて止めようとしたが、体内に仕込まれた自爆装置を起動させるのは一瞬だった。
カチッと音が発せられた瞬間、彼の身体はバラバラに吹き飛んだ。
「……潮時ですね。見届けさせて頂きましたよ、あなたの美学を」
ヘクトルたちと相対していた雄軒は、千住の死を見届けるとバルトに駆け寄り、機晶爆弾を取り出した。
思わず離れる探索隊員を尻目に、爆弾を床に投げつけると光に紛れてその姿を消した。
カラクリたちも千住の二度目の死とともに活動を停止した。
「終わったのか……」
ヘクトルは剣を鞘に納め、千住の残骸を囲む隊員たちの傍にやってきた。
「……ひとつお願いがあります」
鈴鹿は言った。
「鏖殺寺院のメンバーには、そこに与するだけの事情があった人々も少なくありません」
「ふむ……」
「どうかお願いします。彼を手厚く弔ってあげて頂けませんか」
「千住を静かに眠らせてやってくりゃれ」
イルも一緒に頭を下げた。
「……わかった」
床に転がる人形の腕に、鈴鹿はそっと目を落とした。
「私はいつかあなたも生まれてくるパラミタを守ります。今度は……みんなに親しまれる芸術家になって下さい」