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【創世の絆】その奥にあるものを掴め!

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【創世の絆】その奥にあるものを掴め!

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第2章

 赤い水が、どこまでも広がっている。
 ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は小型非空挺で飛び立ってかなりの距離を進んだ。
 深紅海、の名にふさわしく、広大な範囲にある水はまさに赤い色だ。光の下限、などというものではない。はっきりと、水そのものが赤いのだ。
「ずいぶん、長いこと飛んでおるのう」
 同じ飛空挺に乗り込んだ天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が、ぽつりと漏らした。普段はあまり口数が多い方ではないが、その彼女もさすがに長時間の飛行に疲れを感じているらしい。
「ああ、先に燃料が尽きてしまいそうだ」
 計器類に目を向けながら、ゴッドリープも答える。
 と、通信機がコール音を立てた。
「おう、もうそんな時間か」
 30分ごとの定期連絡だ。通信機の向こうから、綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)の声が聞こえてきた。
「ドライブの調子はどう?」
「快適じゃ。何もなさ過ぎるくらいじゃな」
 軽い調子の麗夢に、幻舟もあくびを漏らす振りをして返す。くすりと麗夢の笑い声が漏れてきた。
「結果は分かりそうかしら?」
 何も、赤い海が物珍しくて上を飛んでいるわけではない。彼らは上から、この深紅海の様子を調べているのだ。目下、最大の関心事は、ここが海なのか、それとも湖と呼ぶべき地形なのか、ということだった。
「おそらく、陸地に囲まれている形だ。湖……もしくは、内海というべきかな。他の海に接しているかどうかは、全体を見てみなければ何とも言えない」
 ゴッドリープが通信に入るよう、声量を上げた。ふむ、と通信機の向こうで麗夢が頷く。
「了解。それが分かれば、ひとまずは十分、ってところね」
「時折、大きな魚影が確認できる。他の部隊にも、注意するように言っておくれ」
 と、こちらは幻舟。
「やっぱり、危険な生物が居たりするのかしら?」
「確率は高いと見ていいじゃろうな」
「……ちょっと待ってくれ」
 と、ゴッドリープが二人の会話に言葉を挟んだ。
 眼前に異変があった。それははじめ、巨大な水の壁のように思えた。
 だが違った。どうどうと音を立てて深紅海に流れ込む、それは巨大な瀑布だった。
「なるほど……と、言うべきか。ひとまず、これだけの量の水がどこからか流れ込んでいるらしいな」
 流れる水は、赤くはない。となれば、この海の色の原因は、海そのものにあるらしかった。


「と、いうことなので、気をつけてね」
 調査隊本部で、麗夢からの報告を受けたルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)が、比較的、岸に近い位置にいる隊員たちに声をかけた。
「オーケー、任せて! みんな、ボクの指示に従って、組織的に行動しよう!」
 指揮官ということになっている黒乃 音子(くろの・ねこ)が、一向に声をかける。
「それは、いいんだけど」
 いまいち気乗りしない様子で、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)がじろりと三白眼の時と目を向けた。
「こんな体に悪そうな色した海に生き物なんかいるワケ?」
「それを調べるのが目的でしょう」
 とがめるように、シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)がグラルダに釘を刺す。
「まあ、やるだけやってみようじゃないか」
 ……と、進み出たのはフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)。紫煙を吐き出しながら、抱えたものを差し出した。
「……これは?」
「釣り竿」
 グラルダに向け、フランソワは涼しい表情で答えた。
「……釣るの?」
「それより、潜って調べた方が早いんじゃないか?」
 と、口を挟んだのはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)。その意見に首を振ったのは、他ならぬパートナー、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)である。
「いや、それは時期尚早というものだ。どんな成分が含まれているか、どんな生物が居るかも分からないのだから、まずは水質と生命の調査が先決だ」
「……まあ、水にはあまり、よくない思い出もあることですし」
 と、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)もゴルガイスに賛同する。それを聞いて、グラキエスははっとした。以前の事件で、水に潜って大変な目にあったのである。そこでようやく、ゴルガイスが彼の身を案じていることに思い至った。
「……そうだな。まずは、事前調査だ。キース、準備を頼む。俺たちは飛空挺を使おう。ゴルガイスは、ここで他の隊員の生物調査を手伝ってくれ」
「ようし、せっかく特注した釣り竿だ、ここで使わせてもらうとしよう」
 うきうきと、ゴルガイスが答える。グラキエスとロアは、手早く調査の準備に移った。
「……って、結局あたしらも釣りすることになったわけ?」
「釣り上げたものは精査の後、きっちり料理するよ! ほら、15年ものの麦酒に合う食材を調達してきてね!」
 調理道具をしっかり用意しながら、金 麦子(きん・むぎこ)がお玉とフライ返しをたたき合わせた。
「あたしは未成年よ!」
 酒に釣られるわけにはいかないが、どうにもやらざるを得ないらしい。なぜ調査のついでに食べるのかどうかについて、麦子は、
「食料だって無限にあるわけじゃないし、うちの麦酒に合うおつまみをどこよりも素早く見付けるチャンス!」
 だからだと語ったという。
「見付けた生物は勝手に食べずに報告するようにねー」
 音子が旗を振って応援の仕草を見せる。
「鎧の材料、見つかりますかね?」
 そのとなりで補助に当たっている長曽禰 サト(ながそね・さと)が、のんびりと言った。
「甲殻類や貝類は自然下でいろんな発展を遂げているからね。面白いものが見つかるかもよ」
 二人がそんな会話をしている間に、グラルダとシィシャはゴルガイスと共に、釣り糸を垂らす。水上にセントリフューガで浮かぶゴルガイスと違って、二人は岸からだ。
「こんなことしなくてもさ、雷でも水にぶち込んで浮かんできたやつを捕まえればいいんじゃないの?」
「それは釣り人として褒められたことじゃないな」
「釣り人ってわけじゃないんだけど」
「とにかく、生け捕りにするためにも、なしです。この海の生物が電撃にどんな反応をするかも分かりませんしね」
 耳ざといゴルガイスとパートナーのシィシャに止められて、しぶしぶグラルダはウキに目を落とした。
 と、そのウキが沈む間もなく、ぐいっと竿が引かれた。グラルダの体では支えきれないほどの引きだ。
「シィシャ! デカいのが来てる! 手伝え!」
 引くと言うより踏ん張りながら、グラルダは叫ぶ。
「離すなよ! 魚を疲れさせるんだ!」
 引きの強さに思わずテンションを上げるゴルガイス。少し遅れて、シィシャがグラルダの後ろに着いた。
「竿は任せました!」
「なんだか分からんが、任された!」
 シィシャは足下を確認した。未踏の地だ。草が分厚い。
「いきます」
「えっ、まさか……」
「ふんぬっ……!」
 洗練された体重移動は、本来の腕力では不可能なほどのパワーを与え、シィシャの細腕にすさまじいエネルギーを生み出す。
 すなわち、見事なブリッジによって、シィシャはグラルダをジャーマン・スープレックスに抱え上げ、後ろに放り投げたのだ。
 竿を離さなかったグラルダはえらい。


「これはこれは……」
 麦子の調理場にシィシャが運び込んできた(グラルダはしばらく気絶していたのだ)「食材」は、何とも言えず独特のものだった。
 全体のフォルムは魚と言える。奇妙なのは、第一に子供ほどもあろうかというそのサイズに、本来なら胸びれがあるべき場所から、人間のものにそっくりな腕が生えていたことだ。
「毒性はないみたいだ」
 気絶させたその魚(?)の調査を報告し、グラキエスが告げる。
「なら、調理できるな」
 麦子がじゃきり、と包丁を構えた。
「……食べるのですか?」
「食用に適すかどうかも、重要な項目だね」
 思わず聞き返したロアに、音子はこくんと頷いた。
「味付けは濃いめでいいよね? その方がお酒に合うし」
 腕前が振るえるとあって、麦子は上機嫌である。
「……あたしはパスで……」
「パスはなしですよー」
 グラルダの肩を、がしりとサトが捕まえた。
「食べなかったら、報告の評価下げちゃうよ」
「職権濫用だ!」
 愉快犯と化した音子に叫ぶグラルダ。一方で麦子の料理は着々と進んでいく。
 ……ちなみに、魚(?)はさっぱりして癖のない味わいであったことは追記しておく。