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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 渋谷の空は暗い。
 その下で、無数の人間が蠢いている。
 なるほど、歴史で語られる焼け野原ってのは、大げさな表現じゃなかったってわけだ――アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)もまた、この光景に心打たれていた。
 誰もが貧しい身なりだが、その反面、いずれの者も、「生きてやる」というシンプルにして強烈な一言を目から発しているかのようにアキュートには見えた。
 スリと思わしき子どもが、カモを探して目を皿のようにしている。気をつけなければ、と思いながらアキュートは闇市へ最初の一歩を踏み出した。
 そらいわんこっちゃない、出し抜けに彼の右ポケットがモゾモゾと動いた。
「おっと!」
 パシッとポケットを手で打つ。即座に怪しい手をフン捕まえた。
「おいガキんちょ、スリやるにしても相手を選びな……って、あれ?」
 だがアキュートが握っていたのは子どもの手ではなかった。
 バシッとやられてなんだか平たくなったペト・ペト(ぺと・ぺと)だったのである。
「はややー、打たれること夏の蚊のごとし。まるで平面妖精ね、この世で一匹努根性〜」
 なんだ、と彼は嘆息した。ペトの姿が見とがめられては面倒だ。ポケットに戻す。
「ペト……今日は特に危険だって言ったはずだぜ?」
 ぺったんこだったペトだが、いつの間にか元に戻っている。ペトは、テヘッと声に出して笑った。
「くっついちゃったのです」
「……ツッコミどころもねえくらい、しょうもない嘘つきやがって。何をどうやったらポケットの内側に偶然くっつくんだ」
「アキュート、世の中にはアキュートの知らない不思議が一杯なのですよ〜」
「チッ、戻れって訳にもいかねえし……、いいか? 目立つなよ」
「ペトはいっつも大人しい、良い子なのです。♪はーらら、良い子のうたー」
「……」
 頭を抱えたい気分で絶句しているアキュートに構わず、ポケットから首を出し、なにやらペトは言うのである。
「おおお、ここが日本なのですね。でも、ペトが聞いてたイメージと、だいぶ違うのですよ? ポケットティッシュを配るメイドさんも、ポスターのはみ出した紙袋を持った人たちも、アンテナと名のつくモノなら、なんでも揃うアンテナ屋さんも、
HCのどこに使われてるか分からない、謎部品の宝庫なジャンク屋さんもないのですよ〜」
「あのな、それは日本でもな、ごく一部の話だ
「ええ〜、でも、お兄さんはしがないアンテナ売りで生涯を終えたとかそんな話が〜」
「何の話だよ!」
「むぅ……」
 怒られてペトは肩をすくめた。しかし、「でも」と続ける。
「ここも活気に溢れていて、良い街なのです。ほら、あそこ。ボロボロなテントで、崩れそうなテーブルと椅子に座って、謎な具のおにぎりを頬張るおじさんの顔は、とっても格好良いのです。生きてるって感じなのですよ〜」

 だが、ともかくもアキュートはペトが顔をのぞかせないよう、手でポケットにフタをしたのである。そのとき、
「そこのあんた、なんとも派手な服装だな。さっきからずっと独り言も言って……どうしたね」
 と、彼は背後から声をかけられていた。
「派手か? 目立たない格好を選んだつもりだがな」
 くるりと振り返ったアキュートの服装というのが、黒い革のコート&カウボーイハットというコーディネートだった。読者よ思い出してほしい。ここは終戦直後の日本で、おまけに夏である。
「ま、目立つのもいいさ」
 ふっ、とアキュートは笑った。
「抗争があるって聞いたんだ。手柄立てりゃ、雇ってもらえると思ってよ……」
「詳しい話が聞きたいな」
 警官の制服を着た男が言った。年齢は五十くらいだろうか。豊かな髭を生やし腰には警棒が光っている。
「私か? 渋谷警察署の副署長、山葉という者だ。……任意同行をお願いしていいかな」