空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

魂の器・第2章~終結 and 集結~

リアクション公開中!

魂の器・第2章~終結 and 集結~

リアクション

 
 31 キマクに訪れる些細な日常

 ハーレック興業の事務所では、テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)リア・リム(りあ・りむ)による負傷者の治療が着々と進み、ルイ・フリード(るい・ふりーど)風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)も普通に動ける程度に回復していた。ヒールとSPリチャージは偉大である。むきプリ君がいつもお世話になっているヒールとSPリチャージである。出掛ける前までは、ガートルードも治療スキルで協力していた。
「さっきの爆発音、何でしょうか。ちょっと気になりますね」
 食堂にて遅めの夕食を採っていたルイが窓の外に目を遣ると、その隣で書き物をしていた優斗も夜闇に包まれたキマクの町に意識を移す。
「そうですね、ファーシーさん達に何事も無ければいいんですが……」
 その台詞に、テレサとミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)が敏感に反応した。
「優斗さん! 今、何て言いました!?」
「その言葉についての詳しい説明を要求するよ!」
「え? い、いえ、だから……ですね、ごく普通に友人として……」
 慌てて、何故かしどろもどろになりつつ答える優斗。そう、この食堂はすっかりいつも通り、素晴らしきかなシリアスを提供した2人の周囲はすっかりコメディ的環境になっていた。
「いやあ、私、テレサさん達とリアのおかげで命拾いしました! ありがとうございます!」
 スマイル全開のルイは残った食事を全部完食する勢いでお皿を重ね、優斗は本日2度目の浮気疑惑をかけられてテレサ達にしぼられている所である。
 浮気疑惑が何だか日常になりつつある気がしないでもないが、それにしても、最近2人の反応がどんどん過敏になってきているような……。今度、どこか遊びにでも連れていった方がいいかもしれない。
「とにかく、優斗さんは真面目に反省文を書いてください! というか、反省してますか!?」
「は、はい、してます……」
 うっかり……では無く確信的ではあったが、彼女達の前でうかつな発言をしたことだけは事実であり。
 ――シリアス真っ只中の間、通常会話が聞こえないであろう場所まで離れて治療行為をしていたテレサ達は、リョーコから優斗とアクアの遣り取りを全て聞いてしまったらしいのだ。正しくはリョーコ本人からというよりは使い魔のカラスが録音したボイスレコーダーから詳細を知ったのだが、まあ経緯は些細な事であり。

 そこそこ元気になった優斗は、2人にこう問い詰められた。リョーコから確認した中で1つ気になる事があるという前置き付きで。
「『……僕は、ファーシーさんの彼氏ですから……』ってどういうことですか?」
「『……僕は、ファーシーさんの彼氏ですから……』っていうのは浮気を認めたって事でいいんだよね?」と。
「え? い、いえ、それは……リョーコさん!」
「わらわは、優ちゃんの雄姿を聞かせてあげただけよ」
 リョーコは、お茶を飲みつつ涼しい顔であった。
「はっきり言ってました!」「はっきり言ってたよ!」
「いえ、あれはアクアさんの気を引くためにですね……、嘘、というか冗談で……!」
 せっかく治ったのにまた袋叩きになっては敵わない。思わずミアの猛獣系ペットがいないかと周囲に目を配る。それがまた挙動不審に見えたのか、2人はジト目でこちらをにらみつけてきた。
「……見苦しい言い訳は聞きたくありません……」
「だ、だから……話を全部聞いたなら分かりますよね……あれが、アクアさんの気持ちを……」
「優斗お兄ちゃん! 正座!」
「は、はい!」

 そして正座させられ延々とお説教させられ……徹夜で反省文を書くことを約束させられ、今に至るということである。先程から書いているのは反省文だ。
「……まさか私の見てない所で、アクアさんまでナンパしたりとかしてませんよね?」
「……更に浮気の事実があったりとかしないよね?」
「そ、そんなことしてませんよ!」
 2人共、如何ともし難い迫力がある。
「あの……できました……」
「夜はまだまだ長いです! 文が短いです! 『後日』確認しますからちゃんと書いてください!」
「ほ、本気ですか……!?」
 ファーシー達が人数を増やして帰ってきたのは、そんな時だった。

                           ◇◇

「優斗さん、ルイさん、元気になったのね! 良かった……!」
「もう大丈夫ですよ! このとおり!」
「ご心配おかけしました」
 物凄く落ち込んでいたファーシーは、回復した2人を見て純粋に喜んだ。しかし、その表情はすぐに曇ってしまう。アクアの機体を横たえた事務所では、朱里達の治療が始まっていた。事務所内に倉庫に居た面々が、通路には後から駆けつけた皆が揃っている。ちょっと、さすがに50人以上は事務所に入らない。
「朱里さん……」
 心配そうにするファーシーに、衿栖が言う。
「朱里は大丈夫です。命の心配はありませんし、直に回復しますよ」
「うん……、だとしても……」
「ファーシーさん……」
 美央が、ファーシーにひびの入った機晶石を手渡した。
「すみません。お2人がきちんとお話して、仲直り出来るようにって思ったんですけど……」
「アクアさん……ううん、良かった、何とか助かって……。アクアさんの石が完全に壊れなかったのは……アクアさんが助かったのは、皆が護ってくれたからよ。ありがとう……」
 そう言って、彼女は通路を振り返る。
「そして、わたしが気絶しちゃった時に、皆が戦わずに説得することを選んでくれたから……だから、きっと……アクアさんはまだ、此処に居るんだわ……」
 ファーシーは思う。
 この世界はそんなに悪い世界じゃなくて、どんな事があっても、きっと、人々の願いを壊すような事はしないんじゃないか、と。
 現実的な考えじゃないのはわかっている。それでも、そう思いたい。思う人が居ても良いんじゃないかと思うから。
 皆が動いて、思いのままに一生懸命に、彼女を護ろうとしたから、だから、アクアは、大切な友人は此処にいる。
「でも、これからどうしたら……」
「まずは、新しいボディと石が必要ですよね……」
 壊れ、布をかけられた状態のアクアを見ながら優斗が言う。
「ファーシーさんの時と同様に、元の機体として彼女を運び、足りない部分は隼人達に頼んで用立ててもらいましょう。隼人達は今、ライナスさんの研究所にいます」
「そうしましょう。私達も、そのつもりでしたし」
「ファーシーと一緒に研究所に行こうって、説得していたところだったの」
 衿栖とルカルカもそう言い、ファーシーは考える。
「ライナスさん……あ、ここに来る時にそんな話を聞いたわね。あのバズーカを研究したり、いろいろと意見交換してわたしの脚を……」
 そこで、彼女ははたと気付いた。
「ライナスさんって……アクアさんが何か言ってなかった? チェリーさんに、ライナスさんとモーナさんを殺すようにって命令したって……あれ?」
 チェリーは今、キマクにいる。自分達より少し前に、倉庫に辿り着いたのだ。
「チェリーさん……、どうしてここにいるの? あれ?」
「…………」
 混乱するファーシーを前に、チェリーは少し気後れした。何せ、2人はあのデパートの5階で束の間顔を合わせただけなのだ。その時は――いや、今も、彼女達は加害者と被害者だ。ファーシーの方は間接的なものではあるが。
「チェリーさんは、アクアさんと話をしにきたんだよ。だから、研究所には行ってない」
 声を出しあぐねているチェリーの背を押すように、ジョウが言う。
「え? じゃ、じゃあ……」
「私は、もうアクアの命令は聞かない……。寺院の仕事はしないって決めたんだ。今日は、それを言いに来た。アクアが私以外にも同じ命令を出している可能性はある……だが、研究所には、狙われているという警告は伝わっているはずだ」
 チェリーはそこで、蒼空学園にてラス達と情報交換した時の内容を簡単に話す。
「……そっか。じゃあ、たぶん大丈夫ね……」
 ファーシーはほっとした様子を見せた。若干、自分に言い聞かせているようにも見えるが……
「あの、ファーシー……」
「? 何?」
 チェリーは彼女を見て、それから、ここまで一緒に来てくれたリネン・エルフト(りねん・えるふと)を振り返った。リネンは言った。『今回の事件で傷つけた人に謝罪する事』と。だが――
 そう言われたから、条件をつけられたからではない。チェリーは、ファーシーに言いたいから、自分の意思で、謝罪の言葉を口にした。
「……剣の花嫁を……ピノを……、ファーシーの大切な人を傷つけるような事をして……すまなかった」
「……チェリーさん……」
 ファーシーは戸惑った。戸惑って――チェリーに対して怒りの念を抱いていない事に気付く。あったのは、あの時デパートで彼女に言った、『どうして?』という思いだけ。でも、それは、後でゆっくりと聞けばいい。それより、ファーシーは――そう、彼女も、チェリーに再会した時から言いたい事があったのだ。
「ううん……。あのね、チェリーさん……。あの……、太郎さんの事、聞いたわ……」
 ぴくり、とチェリーは反応した。俯き、黙り込む彼女に、ファーシーは言う。こんな時、どう言葉を掛けていいかなんて分からないけど。
「わたしには、何も出来ない……。出来ないけど、帰ったら、全てが終わったら……、太郎さんのお弔いをしたいの。良い、かな……」
「弔い……」
 チェリーは驚いたように顔を上げ、それから俯くように、頷いた。
「うん……ありがとう」

                           ◇◇

 研究所には、朱里達の容態が落ち着いてから行くことになった。だが、深夜、静かになった食堂で、ファーシーは1人沈んでいた。自分が今回しようとした事。ここに至るまでの経緯を考える。
 どうしても払拭出来ない思い。頭を過ぎる、後悔の念。
「ファーシー?」
「ファーシーちゃん、どうしたの?」
 灯りの点いたままの食堂に、ルカルカとノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が入ってくる。
「……えへ、見られちゃったね、落ち込んでるとこ」
 向かいに座る2人に、ファーシーは笑う。
「わたしは……幸せだと思う。みんなに、いっぱいいっぱい優しさを貰って……、励まされて……。でも、みんな、今日、たくさん怪我をしちゃった……。これだけは、どれだけ気にしなくていいよ、て言ってもらっても、だめなの。みんなに頼ったのは間違いじゃない。それは、分かるけど、でも……」
 感情が、自分を許そうとしない。
「みんなが傷つくくらいなら、わたし……」
「ファーシーちゃん」
 ノーンが、じっとファーシーを見つめてくる。そして彼女は、持っていた竪琴を静かに奏でだした。優しい音。心の安らぐ、音。
 演奏しながら、ノーンはゆっくりと言う。ファーシーから目を離さずに。
「おにーちゃんはファーシーちゃんのこと“そんけい”するって言ってたよ。どんなに悲しくても前に進んでた、ってファーシーちゃんを誉めてた。だから……ファーシーちゃんはまだ頑張れると思う」
「……ノーンちゃん……」
「わたしも、みんなも、ずっとファーシーちゃんを応援してるよ!」
 一生懸命に励まそうとしてくれる気持ちが伝わってきて、ファーシーは微笑み、小さく頷いた。
「うん……」
「ファーシー、今日、アクアと沢山話をしたの。それでね……」
 竪琴の音の中でルカルカはそう言い、倉庫での話を彼女に話していく。爆発が起きる直前、アクアが何と言ったのか。
「そっか……、友達だって言ったんだ……」
「私には、それは本心に思えたわ。だから、大丈夫。話し合える。アクアは、今、きっと揺れているんだと思うわ」
「……うん、そうよね……それにわたし、アクアさんに謝らなきゃ。叩いちゃったこと」
 ファーシーはそう言って、小さく笑った。

 ファーシーは苦労しながら、2人の補助を受けながらうににと歩いて布団に入った。ノーンは1人廊下に出ると、あくびをしながら今日1日に起きた事を影野 陽太(かげの・ようた)にメールした。長い長い文を、がんばって打つ。
「ファーシーちゃん、もう少し楽に歩けるようになるといいな……」
 時間が時間だし直ぐには返信も来ないだろう。ノーンは携帯を閉じ、眠りについた。

 その頃。
 皆が寝静まる中をごそごそと動く影があった。使い魔のフクロウとネズミだ。使い魔達は皆の間を縫って優斗の枕元まで来ると、書き終わった反省文を回収して通路に出る。そこでは、リョーコが待っていた。
「ごくろうさま♪」
 彼女は反省文を受け取ると、食堂で早速添削を始めた。作家アシスタントの経験を活かして(?)添削する。
「事実を説明しているだけでつまらないわねー、優ちゃん、反省文としての体を為すものにしてあげるわ」
 そしてリョーコは、反省文に『他の良好な女性関係をテキトーに暴露する』、等の浮気を反省するモノに書き換えた。器用なことに、優斗の筆跡で。ちなみに、暴露の内容は全て彼女の創作だ。
 もう、ラブ軍師というよりイタズラ軍師である。

 翌朝、ノーンが目覚めると携帯が光っていた。陽太からのメールである。布団の中で内容を確認して、彼女はもぞもぞと持ってきたバスケットに手を入れた。来る時にいっぱい入れていたお菓子は殆ど無くなり、今は――
「“らぶせんさー”って、バスケットの中に紛れ込んでた“これ”のことかな?」
 ラブセンサー、が入っていた。用途については……、ノーンはメールを見返す。何だか小難しくて、彼女にはよく判らなかった。

「優斗さん……何ですかこれ。この数々の女性遍歴は、こんなに浮気してたんですか?」
 反省文を読んでふるふると震えながら言うテレサに、優斗はきょとんとした。何を言われているのか分からないが……
「優斗お兄ちゃん! 何これ……。もう許さないよ!」
「え、あの……? 僕は、事実をただ……」
「事実、なんですね……?」
 反省文がぐしゃりと潰された。コワい。
「……性根を叩き直します!」
「性根を叩き直すよ!」
「えっ、ちょっと……うわーーーーーっ!?」

                           ◇◇

 昼頃、朱里達の傷も癒え、重傷者が回復する中で盲腸も全回復して昼食後にファーシー達はライナスの研究所に出発した。アクアの機体は、朱里の乗ってきた小型飛空艇ヘリファルテに載せられる。
「……ファーシー」
 袋に入れた機晶石を大切に持ち、衿栖は、行きと同じようにダリルの飛空艇に乗ったファーシーに声を掛けた。
「何? 衿栖さん」
「ファーシーの故郷は、ここからだとどちらの方角になりますか?」
「パークス? えっとね……あっち」
 ファーシーは少し考えて腕を水平に伸ばした。衿栖は礼を言って、示された方向に向き直って目を閉じる。そして静かに、アクアを製造した名も知らぬ誰かに黙祷を捧げた。
「…………」
 ――貴方の造ったアクアのことはもう心配いりません、安らかに眠ってください……

                           ◇◇

 これだけの大所帯だ。野盗も指を咥えて見ている他無い。
 キマクから研究所までは、ヒラニプラから行くよりも若干近い程度だろうか。
 その日の夕方頃、彼女達は研究所に到着した。此度の参加者一覧に載る皆様の殆どが1つ屋根の下に集まって一時研究所はてんてこまいになったが――
 まあそれは、些細なことであろう。