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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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     〜2〜
 
 アクアの修理も終了した。彼女の身体からは、出来うる限り武装パーツが排除されていた。取れた頭部と脚も接合し、足りないパーツを補ってメンテナンスを施した。勿論、非常に危険な為、メデューサ的電撃機能も排除された(非武装型なのにあんな物騒な機能がついていたのは、当時の情勢が影響していたのだろう)。
 翼状装甲はデザイン性が高かったのでそのまま残し、光線を放つ機能だけを取り外した。もう、窓がぱかぱかと一気に開いて水色の光線が出てくることも無い。
 アルティマ・トゥーレだけは気をつけよう。これだけは転職してもどうしようもない。幸いなことに魔剣士ではないので、他のスキルの心配は無い。過去に転職済みだったのだろう。現在は……はて?(はてって、おい)
「アクアさん……アクアさん?」
 ファーシーは、寝台に横たわっているアクアに呼びかける。しかし、反応は無い。眠っているのか……いや。
「うーん、どうしようかな……起きないなら、アクアさんの昔の恥ずかしいこと、色々しゃべっちゃおっかなー。わたし、思い出してきたわ。アクアさんって、意外と……」
 ぱちり、とアクアは目覚めた。
「意外と……何ですか?」
「冗談よ。でも、起きたっていうことは心当たりがあるってことよね」
「……攻撃しますよ?」
「アクア! 良かった、無事に治って……!」
「もう大丈夫です。アクアの製造者……ウェルスさんも、結生さんも喜んでいますよ」
「ルカ、衿栖……何故、その名前を……」
「教えてもらったんです。あなたと結生さんが住んでいた廃研究所に、記録が全て残っていました」
 衿栖が言うと、緋山 政敏(ひやま・まさとし)が持って帰ってきた日記と写真をアクアに渡した。
「……これ、研究所のベッドの下にあったんだ」
「ベッドの下……? 何でそんな所に……」
 理解出来ないながら、アクアは日記を開く。1枚、1枚、1枚……。徐々に、彼女の目が見開かれていく。
「これは……」
「彼は、アクアをちゃんと『アクア』個人として考えてたんだ。扱いに困っていたようではあるけど」
 やがて、アクアはある1ページで手を止めた。それは、アクアに名字をつけた時の記述。思わず、彼女は取り囲む皆の中から志位 大地(しい・だいち)の顔を探した。大地は笑い、一度頷く。政敏が言った。
「アクアが実験を重ねられて、武装を嫌がっているのを彼は分かっていた。アクアがあがいて、その上で感情と言葉を封印したのも。それで、名前を生み出し……エネルギーについての研究を始めたんだ」
「…………」
 アクアは、じっ、とそのページを見つめていた。自分が名付けられたその意味を、名前の意味をもう1度考える。『戯れ』ではなかった……? 彼は、『遼』は……
「アクアの今までは無駄じゃなかった。分かってくれるやつもいたんだ」
 彼女は罪を犯した。けれどもそれは、研究者の気持ちに触れることで癒されていく筈だから。
「……技術者って不器用なんだよ。思いを技術で現す人種だから」
 政敏がそう言うと、アクアは日記を閉じて、そして目も閉じた。
「……彼らしい、日記ですね。ですが、私は……私は……」
 どうすればいいのか。
 その言葉が、声に出せない。声に出す程に、自分でその疑問を自覚していないから。
 彼女は未だ、ファーシーを、彼等を……皆を受け入れたわけではない。あのテナントビルの居た時と同じ。彼女の心は、まだ溶けきってはいない。
 まるで溶けることを、恐れるように。その場に留まることを、望むように。言う。
「私は……! ……まだ、何も、解決していないのですよ。あの時と、変わってはいないのですよ。私が攻撃出来なくなっただけで、むしろ不利になっただけで、和解とかも……私はする気があるかどうか、まだ何も言っていません。それなのに、勝手に話を進めないで下さい。私はずっと実験体で、ファーシーはずっと……! それは変わらないんです!」
 ――もしかしたら彼女は――
 溶かしてもらいたかったのかもしれない。
 誰かの手で。
「ホンットに、うだうだ言うやつばっかりだなー!」
 そこでアクアを怒鳴りつけたのは、フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)だった。ファーシーを喫茶店で怒鳴りつけたように、しんみりした空気ぶち壊し――いや?
「そこのてめぇ! 青いの! ネガティブなことばっか言ってんじゃねえよ!」
「……ネガティブの何が悪いんですか。これまでずっとネガティブな人生だったのだから仕方ないでしょう」
 冷静に開き直られた。
「〜〜〜……!」
 その態度にわなわなと震えるフリードリヒ。しかし、彼はすぐに体勢を立て直した。
「ネガティブな人生がどーした! それでも今テメーは生きてる。壊れずに。んなら、考えるべき事はどう生きてきたかじゃなくどう生きるかだろーが?」
「っ…………!」
 すごい良い事言って、シリアスに戻した。続いて、自称『シリアス専売特許』のノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が勢い良くアクアに言い切る。
「その通りですわ! 他人が憎いとか不幸だー! とか、マイナス方面に考えるから駄目なんですわ! 今までの分、こっから倍額プッシュでプラスに持ってく位でなければ!」
「……そんなこと……! ですから……」
 何とか抗弁しようとするが、ノートの勢いは止まらない。
「細かい事は置いておいて、わたくしもこれだけは言えますわ! あなたはもう、あなたとして自由に生きていいのですわ!」
「……!」
 アクアは唇を噛み、悔しそうな表情になった。そして、やっとのことで2人に抗弁する。
「そんな、そんなの理想論じゃないですか……。実際は、そんな……人生の応援歌みたいに上手くはいかないんですよ」
「まだ言うか? この青いのが!」
「名前で呼んでください!」
「……お?」
「……な、何ですか」
「名前、認めたか? ついでに名字も認めやがれ」
「…………」
 再び、アクアは悔しそうに俯いた。その彼女に、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)がそっと近付き、優しく言う。
「……私達機晶姫は、永遠と言える命をもっています。その永遠の命のせいで、あなたは5000年もの間、永く辛い苦渋の日々を生きてきたかもしれません。
 ですが、永遠の命があるからこそ貴女は、貴女が望めば、その辛い5000年など取るに足らないくらい、もっともっと永い永い年月を、それこそ永遠と呼べる年月を、皆と共に笑って生きることが出来るのですよ。貴女はもう誰にも縛られていない……。
 自由なのです。
 5000年もの辛い日々はもう終わっているのですよ。貴女はもう、貴女が望んだ未来へ歩むことができるのですよ。貴女は、幸せになっても良いのですよ」
「そうよ! 明日は明日の風が吹くっていうでしょ?」
 ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)も言う。
「…………」
 アクアは、言葉を返さずにただそれを聞いていた。そこに、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)も言い添える。
「人生の再出発はいつだって遅すぎる事はないって言いますしね。長寿な機晶姫なら尚更でしょう? 境遇が境遇だけにマイナスに考えてしまうのでしょうが、相手よりもっと幸せになってやるぞ! と思った方がスカッとしていいと思うんですけどね」
「…………」
 ずっと黙っているアクアを前に、金 仙姫(きむ・そに)は思う。
(わらわは他人の説得とか面倒事は好かぬ。豆知識を披露するのは好きじゃが……)
 そこまで考え、仙姫は言う。
「どれ、気分転換に1曲歌ってしんぜよう。幸せになる歌をな」
 そして、室内に歌が響き始める。どのようなものにせよ、アクアは感情を見せている。まだ、彼女の心は死んでいないのだ。決して、歌いたいだけとかそういうことではない。……ないよ?
「…………」
 アクアは、仙姫に別段反応は示さなかった。ただ、ふいっと顔をそらす。
 そこで、橘 舞(たちばな・まい)が静かに彼女に歩み寄った。
「……失礼だとは思いますけど、今のアクアさんは、現実から目を背けて逃げているだけに見えます。身体は自由になっても、心はまだ過去に縛られたままのような……。私にも消してしまいたい、変えたい過去はあります。ブリジットと出会ってなかったら、どうなっていたか……。
 過去は誰にも変えられません……でも、未来は作っていけますよ。
目を開けて、よく前を見てください。あなたも、もう一人ではないですよ。一度に全部は変えられないとは思いますけど……身体も治りましたし、まずは、一緒にお茶を飲んでおしゃべりしませんか?」
 アクアは、呆然と舞と翡翠、ザイエンデ――自分を取り囲む皆を見回した。ぬるま湯のような世界。誰も、私を攻撃してこない。利用しようとしていない。
 綺麗事ばかり……だが、と直感が言う。どこかで、誰かが叫んでいる。昔の事を思い出し――その頃のように平和に過ごしたいと、彼女達に、頷いてしまいたい、と。
(この人達は……本当に……何なんですか……?)
 アクアは自分が混乱してきているのに気付いた。というより、流される。このままでは、お花畑の群れに流される。流されたい自分と、流されたくない自分。
 相反する、心。
 真実は、ドコ?
「……貴方達の言いたい事は分かりました。少し、私にも時間を下さい。私に……理想を押し付けないで下さい。何だか、自分の本心が分からなくなってきました。私が、本当は今、どう思っているのか、自覚するだけの時間を下さい」
「……そうですね……その方が良いかもしれません。アクアさん、珈琲でも飲みませんか? カップ麺とカロリーミイト以外のものを食べたことなさそうだったので……、きっと、落ち着きますよ」
「珈琲……そうですね、久しぶりです。言っておきますが、私がカップ麺とカロリーミイトで生きていたのは遼と一緒にいた期間だけです」
「では、淹れてきますね。少し、時間が掛かりますが」
「貴方は……何だか老獪した印象がありますね。見た目若いですが……本当に地球人ですか?」
 翡翠は驚いて切れ長の目を丸くして――
「……私はそんなに年食ってませんよ! れっきとした地球人です」
 と言って、処置室から出て行った。そこで、ライナスも言う。
「……確かに、少々休憩させた方が良いだろう。まあ、身体には問題は何処にも無いが……そういうことでもないだろうからな」
「ライナス……、そうです、データを移植され、気がついた時から思っていました。何故……生きているのですか? モーナも……」
「うーん、それなんだけど……」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、少し首を傾げた。
「まだ、誰も来てないんだよね、それっぽい人達」
「来てない……? 1人2万Gも払ったんですよ……?」
 ――どれだけチェリーを信用してなかったんだろう……。
「わたくし達も半日交代で見回っていましたが今のところはまだ平和ですわ。誰かが襲撃してくるような気配もありませんし」
 藍玉 美海(あいだま・みうみ)もアクアに言う。彼女達が2人揃って此処にいるのは、ライナスが内部の警戒解除宣言を出したからだ。彼は、外ではまだ警戒を続けてもらっているし、自分達を殺すようにと依頼した本人がここに居るのだからもう安全だろうと判断した。そういった相手を修理するのは抵抗あるかと思いきや、ライナスはあまり気にしなかった。壊れた機晶姫を完璧に治す、という事の方が彼の中の優先順位として高かったのだろう。それは、モーナも同様である。
 ただ、沙幸達はまだ油断するのは早いとも思っていた。なので、ファーシーの修理とアクアの目覚めに立ち会った後はまた半日交代で見回るつもりである。
「持ち逃げですか……!?」
「……その辺は知らんが」
「……そうですか……。それで、チェリー……貴女は、どうしてここに居るのですか? 共に、ここを襲撃したのではないのですか?」
「アクア……私は……」
 後方で話の経緯を見守っていたチェリーは、自分に注目が集まるのを感じながら前に出た。
「もう、寺院の仕事はしない。そう、言いに来たんだ。アクアの命令も、もう聞かない。私は、私の意志で動く」
「…………」
 アクアは冷静な瞳で、この時だけは上司の顔になってチェリーを見ていた。どれだけそうしていただろうか。彼女達を包む一帯に緊張感が生まれ、自然と誰もが口を噤んだ。
「……分かりました。元々、私達は借り物の関係に過ぎませんでした。好きにすればいいでしょう。私も……いえ、何でも有りません」
 チェリーは、目を逸らすアクアから目を離さず――言う。
「……今までありがとう。ただ、山田太郎は……」
「私は、山田が大嫌いでした。死んで、清々していますよ。その私が……謝罪するとでも?」
「…………いや、私も、同罪だ……だから、私は罪を償う……その為に、生きるって決めたんだ」
 それだけ言って、チェリーは踵を返した。
「……頑張ったな」「お疲れさまです」「アクア、待って!」
 彼女の仲間達が、何人か追いかけていく。アクアの要望もあり、処置室に集まっていた皆も一度退室していった。
「一抜け、ですか……」
 その中で、アクアは呟く。目を閉じて、1人。何だか、自分が空っぽになったような気がする。
「アクアさん、珈琲、出来ましたよ」
 翡翠が戻ってきて、漆黒の液体の入ったカップを手渡してくる。暖かく、良い香りだ。彼の退室後に口をつけようとして――だが、彼女は自分に怜悧な視線が送られているのに気付き、目を上げた。視線の主は、黒髪の男。翡翠も、彼に気付いて立ち止まった。
「……ラスさん? どうしました?」
「……いや」
 そこで、入口の向こうから明るい少女の声が聞こえた。
「おにいちゃん、ファーシーちゃんが皆に話があるんだって! 土偶ファーシーちゃんとのことみたいだよ!」
「……ああ、分かったピノ、今行く」
(ラス、ピノ……?)
 仕切りのカーテンが閉められる。彼等の名前で、アクアは視線の意味を理解した。
「……そうですか、彼が……」
 ふっ、と、笑みが零れる。徹底的に調べたとか言っておいて、自分は、ターゲットにした相手の顔も知らなかったのだ。名前だけで、知った気になっていた。
(それにしても、土偶ファーシーとは何です? ルカから聞いた話以外に、何か新展開でも……?)
 少し気になり、アクアはカップを持ったまま立ち上がった。カーテンを少しだけ開けて、部屋の外を覗く。
(…………土偶が喋ってますね……)