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リアクション
〜2〜
そしてこちら、研究所の入口付近、藤 千夏(とう・ちか)の近くでは。
ニーナ・イェーガー(にーな・いぇーがー)とスタンリー・スペンサー(すたんりー・すぺんさー)が修理の終わった機晶姫を見上げて驚いていた。
予想していた以上に――
「大きいですね……」
「こいつはでけえな……」
2人ほぼ同時に、呟く。見つけたときから大きいとは思ったが、実際完全な状態で目の前に立たれると……でかい。
身長は230センチ。目が赤く光っている。鼻や口、耳は無く、髪は排されていてつるんとした機械らしい頭部をしていた。体格などは人間の男性と同じだが、表面は無機質で間接部などに機械らしい合わせ目がある。機械の要素が多く出ているのに突起など装飾的なものが全く無く、骨格的に人と同じでなためか不気味な雰囲気が醸し出されていた。
「…………」
「…………」
機晶姫を見つめたまま、2人はしばし黙っていたが――
「……私と契約しませんか?」
「!?」
ニーナの口からさらりと出た言葉に、スタンリーは吃驚した。しかし、彼が何かコメントをする前に、彼女と機晶姫とは何か通じ合うものがあったらしい。
「よろしくお願いしますね」
機晶姫と目を合わせたまま、ニーナは微笑んだ。
◇◇
「ふむ……、良く出来ているな、ただ、ここが……」
「あ、そうですね。なるほど……」
「…………」
「…………」
ライナスとステラがレポートの内容について話している時、チェリーと、何故かここまで付き合わされた課長は研究所の応接セットで対面していた。チェリーの後ろには、正悟やトライブ、ライスとヴァル達、リネン達が立っている。大勢に囲まれ圧倒的劣勢の中、課長は冷や汗を背中にだらだらと流していた。何か、無言の圧力を感じる。物凄く感じる。
「つ、つまり……君は、もう……うちの会社を辞めて、寺院も辞めて真っ当な……いやこれでは私が真っ当じゃないみたいだが……真っ当じゃないが……生活をしたいと言うんだな?」
チェリーはこくりと頷く。
「何と言われようと、もう寺院とは関わらない。私は私の道を行く。勿論、今までに得た内部情報は一切漏らさない」
「……し、しかし……」
「確か、『チェリーが絶対にこちらの情報を漏らさない事が確認出来れば、無罪放免も有り得る』って言ってたよな。なら問題無いだろ?」
「それなら、ここまで意思を確認したんだから、文句無いでしょ? チェリーの退職願いを上司に持って行けばいいのよ。簡単じゃない」
霞憐が言い、駄目押し的に菫が迫る。ちなみに遙遠は、そんな彼等を壁に寄りかかって観察していた。これだけ人数がいるし、やはり、他のメンバーに比べると関心が薄い。
「う、確かにそうだが……」
完全敗北という感じがひしひしとして、課長には抵抗があった。意味の無い抵抗だ。
「……そんなに渋るなら、今からここで通報してもいいのよ? 情報は上がってるし、親会社毎潰すことも出来るんだけど、どうする? どっちの方がいいかしら?」
パヴェーダも、廃研究所からレン達が持ち返ってきた資料をぱたぱたと振る。そこには、リーンの持ち帰ってきたメールデータもあった。こちらには、もう会社情報まで全て揃っているのである。彼女はこう言いながらも、事態が無事に終わりを迎えそうで安心していた。菫もチェリーも、無茶をやらずに済んでよかった、とそう思う。
「……分かった、連絡する! 連絡すればいいんだろう!」
「最初からそう言えばいいのよ……あれ?」
そこで、菫は研究所の奥から歩いてくる機晶姫に気がついた。元巨大ゴーレム型機晶姫製造所から運んできた壊れていた機晶姫だ。今は、完璧に修理が終わって、暇なので礼がてら研究所の手伝いをしていた。
「あなた……」
黒髪の少女型機晶姫に、菫は自然と声を掛けていた。メタルチックなスマートなフォルム。シンプルで洗練された体――
機晶姫の方も立ち止まって菫を見返す。
それが、彼女達の出会いだった。
◇◇
ファーシーとアクアは、チェリー達から離れたテーブル――こちらはダイニングテーブルっぽい――に座っていた。魔物化したファーシーと1つになった結果、彼女は……そうは変わらないが、少しだけ記憶が増えた。『あの後』にあった石達が目撃、体験したもの。そして、拾いに来た誰かさんがいじられまくっている光景などが。
「チェリーさん、良かったわね、無事に寺院から抜けられそう……。ね、アクアさん」
「…………」
「アクアさん?」
ファーシーが不思議そうにアクアの顔を覗き込む。
「……近いです。あんまりなれなれしくしないでください」
立ち上がり、アクアは歩き出す。チェリー達の方をじっと見ていたようだが、どうしたのだろうか。
そう思っていたら、彼女がふと振り返った。
「……ファーシー」
「何?」
「私は、ルヴィに恋慕の情なんてありませんでしたからね。……それだけは言っておきます」
言うだけ言って、アクアはどこかに行ってしまった。
「? レンボ? ……まあいいや、わたしも……」
ファーシーは椅子から立ち上がり、ふらふらと、時にはどこかに手をつきながらゆっくりと歩く。歩くというのは中々曲者だ。エネルギーが溜まればすぐにスタスタと歩けるようになるとはいかないらしい。でも――
そうなる日も、そう遠くはないだろう。
(ポーリアさんの所に行ってみよう)
彼女は、未沙達から提示された可能性について、その答えをまだ出していなかった。ラスが反対していた理由も、未だにわからない。だけど、今は同じ屋根の下にその決断を下した機晶姫がいる。だから、何か答えを出すヒントになればいい、と思う。
「……あれ? フリッツ」
歩く先に、フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)が立っていた。にやにやと偉そうにこちらを眺めている。
「な、何よ……」
理由は無いのだが、何となくたじろいでしまう。舎弟ナンバー2とか言ったからだろうか。……関係無いか。フリードリヒはファーシーの方に近付いてくると、すばやく右手を上げて――
ぴんっ!
「!?」
と、でこピンをした。
「い、痛っ! !? いきなり何するのよ! 本当にいつも突然……!」
謂れ無きでこピンに当然の抗議をすると……彼はん? という顔をした。
――そして、悪戯っぽい俺様な笑みを作る。
「……甘やかされすぎだと思ったから?」
ファーシーはびっくりして、それからわなわなとふるえて……
「……! な、何よ……この馬鹿!」
と、怒った。
怒涛のように起きた数々の事件――それが収束し、終結し――彼女達に、日常が戻ってきた瞬間である。
――たぶん。