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リアクション
〜3〜
「わたしというより、こっちのわたしが話したいっていうんだけど……」
ファーシーの手の中で、土偶が喋る。
『……わたし、こっちのわたしと1つになるわ。機体は要らない。反対されても、知らない。もう決めたの』
「……なぜ、そう決めたんですか? 差し支えなければ、教えてください」
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が土偶の口に視線を合わせつつ、言った。さて、この機晶石もやっと中から出ることになるようだ。細かい魂を一緒にする時に一度外に出されたが、ぎゃーぎゃーうるさいのでまた中に戻され、ずっと土偶の中だったのだが――
『あのアクアっていう人……記憶にあるわ。でも、やっぱり姿だけなの。それ以外は、何も……思い出せない。すごく、もどかしいわ。記憶なんて無くても平気だって思ったけど……わたしがわたしの事を知らないなんて、そんな状態で身体を得ても、面白くないじゃない。それに……』
一度言葉を切り、土偶は続ける。
『ファーシーが、わたしが、わたしと一緒になりたいって言うから』
「ファーシーちゃんが……?」
ピノがそこで、何故か不安そうな顔でファーシーを見た。
「勿論、わたしが嫌だっていったら、仕方ないけど……わたし達、この数日間でいっぱい話したわ。いっぱい話して……多分、一緒になってもわたしはわたしでいられるって、そう思ったの魔物化も、きっとしない」
彼女は自分の闇。大切な自分の半身だから。ただ、戻るだけだから。
「わたし、聞いたの……、わたしが銅板に移ってからのこと。あれから、残された大きなわたしは眠ったけど、小さい方はいろんな経験をしたみたい。風に運ばれたり、虫に運ばれたり……動けなくて辛かったり……。あと、回収される時の皆の様子も、ちゃんと記憶してるんだって。この土偶の中のわたしは、自分なのにね、お互いに、分からないことがある。でも、一緒になれば……、その記憶は埋められる。片方だけに辛い思いさせて、それを知らないなんて、そんなのは……嫌。共有しなきゃいけない、と思う」
「でも……土偶ファーシーさんは本当にそれでいいのかな。ファーシーさんと一緒になったら、土偶ファーシーさんは……」
『いいの』
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)の言葉を、土偶ははっきりと遮った。
『やっぱり、この状態じゃ……寂しいから。別に、歩けそうだし、子供とかも作れるとか聞いたし、戻った方がお得じゃんとか思ったわけじゃないわよ』
――そういう面も少しばかりあるらしい。
「じゃあ……移植するよ。ファーシー」
ファーシーは立ち上がり、ふらふらと歩きながら再び寝台に向かった。アクアが居る、隣の部屋だ。そこで、アクアは処置室から表に出た。
「……待ってください」
皆がこちらに意識を移すのを自覚しつつ、彼女は言う。
「私にも……見せてください。その、魔物化した魂の移植というものを」
ファーシーは振り返り、アクアに笑いかける。
「『うん……いいよ』」
胸の保護カバーが外されて機晶石が姿を見せる。土偶からも機晶石が取り出され、2つの石は接近し――その時、「『ファーシー』」は言った。
「『わたしはあなた、あなたはわたし。だから――』」
移植の瞬間、ファーシーの胸がいつかのように光り――
『あんた』「あなた」
「『の記憶……わたしにちょうだい』」
そんな声が、聞こえた。同じ声、だけど、微妙に違う抑揚の声が。
ファーシーの胸で機晶石が淡く、淡い光を放ち、それが収まっていく。
モーナの手の中で、割れた機晶石は物言わぬ石となり――
「ありがとう……ねえ、わたしの記憶、受け取った……?」
胸に手を当て、彼女はそう言った。
「ファーシーちゃん……」
「ピノ……? ど、どうした? 何か……どっか痛いのか?」
ピノの様子を見て、ラスは慌てて彼女と目を合わせる。さっきのシリアスはどこにいったどこに。
「ううん、ちがうよ……、ちがうけど……」
彼女は、涙を流していた。子供らしく声を上げて泣くのではなく、ただ、静かに。
――悲しかった。移植される瞬間、なぜかとても悲しくなった。だから、自分でも分からないけど……涙を流す。
多分、誰かの代わりに。
「……ファーシー……」
アクアは、皆の一番後ろからその光景を見つめていた。
それは、綺麗な、きれいな光景。キレイで幸せで、哀しい光景。
空になったカップから、珈琲の香りが、名残が、流れてくる。それを感じながら、彼女は思った。
(貴女は……これで良いんですね……貴女が変わったのは……)
仲間達が居たから。だけど、それだけじゃない。ファーシーは、ファーシーも、5000年の中で、様々な体験をした、それは――
「……アクアさん」
話しかけられ、アクアは声に反応する。隣に立っていたのは、優斗だった。
「……何で生きてるんですか」
「僕とあなたは、もう友達ですよね」
「……そ、それは、貴方が勝手に……そういえば、貴方、ファーシーの男って本当なんですか?」
「それは冗談です!」
「そんなに即答力説しなくても……ち、違うんですか……」
何となく気後れしているアクアに、優斗は言う。
「……アクアさん、友人として、改めてお願いします。ファーシーさんと友達になってください」
「な、何を……何ですかそれ、色々と卑怯じゃないですか。そんな、そんな方法で……」
「アクアさんは、綺麗事が嫌いなんですよね。こういう方法も悪くないと思いませんか?」
「…………」
アクアは黙ってしまった。
「僕は、5000年前の気持ちを取り戻してくれと今更無理には言いませんよ? ファーシーさんと、新たに友人としてスタートできれば十分です。……でも、アクアさんはそうじゃありませんよね」
「…………!」
「『5000年前のように戻りたい』。そういう風に思っているように見えました。でしたら、僕はそれに協力します。これから鏖殺寺院に狙われるようなことがあれば、守ります」
「な……な、な、な、何を言ってるんですか! さっきから……」
「僕はファーシーさんだけでなくアクアさんも幸せにしたいと思っていますから……僕にできる事なら何でもしますから、遠慮なく言って下さいね」
優斗はにっこりと、裏の無い笑顔でアクアに言った。アクアは、吃驚して唇を震わせる。
「…………あ、貴方……」
「? 何ですか?」
「……何でもありません。貴方の力など借りなくとも……」
アクアは優斗から目を逸らすと、ファーシーに近付いた。
「ファーシー……」
「アクアさん……?」
きょとんとするファーシーに、アクアは何となく思った。
(これは……完全版ファーシーとか名付けたら……駄目なんでしょうね、そうなんでしょうね……)
「5000年前の出来事……貴女が体験した事を、貴女の口から聞かせてください。構いませんか?」
ファーシーは目をぱちぱちさせて……それから、とても嬉しそうにぶんっ、と大きく頷いた。
「うん! あ、そうだ、じゃあリアさんに……」
◇◇
リア・リム(りあ・りむ)のメモリープロジェクターが画像を展開していく中、ファーシーとアクアは長い時間話し合った。ぽつぽつ、ぽつぽつと時間を掛けて。
やがて夜が来て――
また、太陽が昇る。