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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

リアクション



砕音 


 運動場のスミに、見事な大穴が開いている。
 今現在は看守が見張りにつき、三角コーンとロープで穴は囲われていた。
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は見張りに断って、ロープごしに穴内部をのぞきこんだ。
 彼も地下探索に加わるのだが、まだ人数が集まるまで時間がかかりそうなので、こうして下見に来たのだ。
 同じ境遇の者と共に穴をのぞき、ああでもない、こうでもないと言い合っているうち、ブルーズはふと気配を感じた。
 振り返ると、建物の柱の陰から、砕音が彼をじっと見ていた。
 ブルーズは他の者に気付かれないよう、穴を囲む輪をそっと外れた。そのまま砕音にゆっくり近づく。
 砕音は、少し柱の陰に引っ込みかけるが、それまで聞いていた話や予想に反して、逃げる様子はない。だが表情は、どこかぽやんとしている印象を受ける。
「先日はおかしな病名をつけられた病気(?)で倒れ、今は幼児退行か……忙しい男だ」
 ブルーズは持ってきた動物図鑑を取り出すと、砕音に見せた。彼は目をぱちくりさせると、図鑑を受け取った。
 そしてオオトカゲやワニが載るページを開いて、ブルーズと見比べる。
「ドラゴニュートはこの図鑑には載っていないようだが」
 ブルーズの言葉を理解したのかどうか。
 砕音は手を伸ばして、そうっとブルーズの首をなでる。
(砕音少年は人間は怖がるが、動物は好きだったようだな……)
 ブルーズは微妙な気持ちになりつつ、そう考えた。



「砕音が精神退行したってのは本当か?!」
 シャンバラ刑務所にラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が駆けつける。彼はロイヤルガードであり、また砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)の婚約者でもある。
「いやぁ、君が来てくれてよかったよ」
 応接室に通されたラルクの元に、おそらく彼の写真から作ったのだろう、ラルクのお面をつけた、見るからに怪しい軍人が現れた。お面は目の所をくり抜いて、そこからのぞけるようになっている。なんだか不気味だ。
 お面軍人の部下らしい士官が、困った様子でラルクに告げる。
「こちらが当刑務所の所長、マイケル・キム大佐です」
 所長はお面をひょいとあげ、ラルクに握手を求める。
「キムだ。よろしく」
「ああ、俺はラルクだ。そのお面は何だ?」
「君の婚約者を捕まえるのに役立つかな、と思って作ってみたんだけれど。でも本人が来てくれたなら、いらないね」
 ツッコミ所は多々あるが、ラルクはそれどころではない。
「砕音が退行したって、どんな状態なんだ?」
「行動が子供というか野生動物みたいになってねぇ。
 行方不明になるまでは協力的だったのに、どこからか戻ってきたとたん、人間を怖がるようになったんだ」

 所長は砕音の状態を手短に説明すると、看守と共に被告・容疑者用の独房に向かう。
 そこは壁が破壊されて、大穴が開いている。中をのぞくと、四畳半程の広さに、ベンチのような寝台と古びたテレビ。地元の民芸品らしい、植物を編んだカゴやイスがあった。 所長はため息をつきつつ、穴の縁をなでる。
「これまでも看守が彼を捕まえようと追いかけて、建物や部屋の中に閉じ込めるまではできたんだけど……こんな風に、黒い波動でボカーンと壁ごと粉砕して出てっちゃってねぇ。壁の修理代と手間も馬鹿にならないよ。ここは刑務所だから下手な所に穴を空けられちゃうと困るんだけどねえ。今のところ、致命的な場所に穴は開けられてないし、刑務所の外に出る様子もないからいいんだけど。
 それに、捕まえようとする看守も波動で飛ばされてるんだけど、たいした怪我をした者はいないんだよね。
 だから、おかしくなったフリかなぁとも思ったんだけど。その場合の狙いが分からないし、彼ならいくらでも他に良い方法が取れるんじゃないかな。
 実際に会って様子を見たり、自分の腕をかんで傷だらけにしている所から、精神的な問題のような気がするね。記憶喪失や痴呆症でもあるように、全部がいっぺんに飛んだ訳じゃなく、モザイクのような断片的に喪失してるんじゃないかと。
 でなきゃ、たまちゃんが残していった狐か何かが憑いてるんだね」

 一通り説明を受けると、ラルクは看守として刑務所内で砕音を探し始める。
「砕音ー! どこだー!! 居たらでてきれくれー!」
 そんな風に大声で呼びかけながら、刑務所内をしばらく探し回った時、前方の階段の陰から、砕音がひょこ、と顔だけのぞかせた。
 彼はラルクををじーっと見る。動作がどうも小動物じみている。
 ラルクは「おいで」と言って大きく腕を広げるが、自分からは近づかない。
(いきなり大きな奴が近づいても、警戒するだけだろうしな)
 にじ、と砕音がわずかに階段の陰から出る。そして急に素早い動きで、廊下の反対側の物陰に飛び込む。そこから顔の半分だけをのぞかせる。
 よく見ると、砕音の腕や指には自分でかんだのだろうか、血がにじんでいる。
 ラルクはそれに心を痛めながらも、安心させようと、にっこりと砕音に笑いかける。
「砕音」
 名前を呼ぶと砕音は小首をかしげ、少しだけ身を乗り出すと、ラルクにはあまり見せた事がない警戒まじりの表情で聞いた。
「……パパ?」
 パートナーにはラルクを「パパ」と呼ぶ者もいるが、砕音からそう呼ばれるのは、慣れない事もあって照れがある。
「お、おう」
 砕音はラルクを見ながら、にじにじと近づいてくる。
 と、ラルクの後をついてきていた看守たちが、砕音を捕まえようと飛び出した。とたんに砕音は、ぴゅっと逃げてしまう。
 ラルクが看守を止めて、ここは自分に任せて欲しい、と告げるも時遅しだった。



 各房を巡って、医師の月崎 羽純(つきざき・はすみ)が囚人の健康相談に乗っている。
 遠野 歌菜(とおの・かな)がナース服に身を包み、看護士として彼のサポートをしていた。
 歌菜が体温計を見て、風邪ひきの囚人に言う。
「まだ、ちょっとお熱がありますね」
 囚人は「はぁ」としょぼくれる。羽純も診断結果を告げる。
「症状は軽くなっているが、風邪は治りかけが肝心だ。他の者にうつす恐れもあるから、まだしばらくは安静にしている事だな」
 歌菜は囚人に笑いかける。
「大丈夫っ、おとなしくしてれば、すぐに治りますよ」
「いや……そうじゃなくて、治って作業場で他の奴と顔をあわせたら、また馬鹿にされるのかと思うと憂鬱で」
 この囚人は行方不明になった者の一人で、まだ事件が始まってすぐの頃に被害にあっている。
 歌菜は彼を励まし、そっと毛布をかける。
「あれから色々な人が行方不明になってるんです。だから、もう皆がそんなに言う事も無いと思いますよ」
「そうか……。なら平気かな」

「それじゃ、お大事に☆」
 処置を終えて、羽純と歌菜は独房を出る。
(……何で歌菜は、こんなに楽しそうなんだ?)
 羽純は不思議そうだが、歌菜を見て「ナースっていいなぁ」と改めて思う囚人や看守も多い。
 歌菜は自身のメモを見るのに集中している。
 行方不明になった囚人が姿を消す前の行動や、行った場所などを聞き集めているのだ。
「自分の独房と、トイレや忘れ物で一人で移動した時に行方不明になってる人が多いね。
 あとは……ちゃんと話を聞いて、答えてくれる優しい人ばっかり」
 歌菜はにっこりと笑う。
 とはいえ、今のところ行方不明になった人物に、確たる共通の特徴などは見つかっていない。
 羽純は次の独房へと向かう。
「何があるか分からないからな、離れるなよ、歌菜」
「うんっ」
 歌菜は張りきっている。
 ただ、今しがた彼女が言った行方不明者の特徴を考えると、彼女もさらわれる恐れがある。羽純は内心、彼女から目を話さないようにしよう、と思った。

 次の囚人は、老人だった。
「こんにちは。おじいさん、腰の具合はどうですか?」
「歌菜ちゃんの笑顔を見たら、ぎっくり腰なんか屁でもな、ッ……!」
 調子よく屈伸運動をしてみせようとした老人が、涙目で固まる。
「む、無理はダメですよ?! そーっと、そーっと」
 歌菜は老人に手を貸して、ゆっくりと座らせる。
「あのユーホウとやらにビックリしたら再発してのう。あたたた……」
 あんなビカビカ光ってるモンが急に頭の上に現れたら、命が縮まるわい」
 看守の話によると、老人はなぜか半日だけ行方不明になっていたそうだ。UFOが目撃されたので「もしや」と思って捜索したところ、腰を押さえてうずくまっている老人が発見されたという。
「UFOにさらわれた時、どちらで何をしてたんですか?」
 歌菜が聞くと、老人は驚いた様子だ。
「おお、そういう事を聞いてくれるのかね?」
「はい! メンタルケアも医師と看護婦の仕事ですから!
 行方不明になって、その間の記憶がないなんて、精神衛生上よくないです」
 胸を張って答えた歌菜に、老人は感動したようだ。
「歌菜ちゃんは信じてくれるんじゃなぁ。看守どもと来たら、記憶が無いのは年のせいだとか言いおって、ロクに話も聞かん」
 行方不明期間が短いので、UFOとは関係ない老人性のものだと思われたようだ。
「UFOの中の人も、きっとお爺さんがぎっくり腰になっちゃったから、すぐに帰さなきゃって思ったんですよ」
 歌菜はそう話しながら、老人の腰痛用コルセットを外す。羽純はまず触診をする。
 「うむ?」
 老人が独房の窓──廊下側の窓で、看守が囚人の様子を確認する為のもの──を見る。二人がその視線を追うと、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)が顔だけ出して、そちらを見ていた。
 皆に気付かれて、砕音は窓から消える。
 歌菜は出入口から廊下に飛び出す。砕音はもそもそと這いながら、離れていこうとしていた。
「砕音さん!」
 呼びかけると、彼は歌菜の方を振り返り、不安そうに見る。
 老人が首をかしげる。
「あの若者はどうしてしまったのじゃ?」
「少し待っててくれ」
 羽純は一言断わり、カバンから銀色の小さな包みを取り出す。
 先程の休憩時間に、管理棟の自室で歌菜と食べたチョコレートの残りだ。
 彼からチョコを受け取った歌菜は、優しく砕音に呼びかける。
「ほら、チョコだよ。おなか、へってるでしょ?」
「……」
 砕音は警戒しているが、近づこうかどうしようか迷っているようだ。
 歌菜はチョコの銀紙を剥くと自分のハンカチに乗せる。さらに医療品の空き箱の上に乗せて廊下におき、元いた独房の中に戻った。
 しばらくすると砕音は恐る恐る箱に近づいた。その腕や手にかみ傷がたくさんある。退行して以来、自分の腕をかむようになってしまったのだ。
 砕音はチョコを手にとって、ふんふんと匂いをかぐ。
 と、羽純が彼にヒールをかけた。
「???」
 砕音は目をぱちぱちさせて、綺麗に傷の治った自分の腕を不思議そうに見る。そして廊下の隅に這っていくと、チョコを食べはじめた。
 歌菜はそれを見て、優しい羽純がUFOにさらわれないように一緒にいなければ、と改めて思う。
 それから歌菜は、携帯電話で彼の婚約者ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)に連絡した。
「砕音さんが、すぐそこにいるよ! 早く迎えにきてあげて!」
 だが砕音はチョコを食べ終わると、今度は運動場に通じるドアの方にもそもそ這っていく。




 パラ実新生徒会会長の姫宮 和希(ひめみや・かずき)も、ロイヤルガードとして看守についていた。
 さすがに囚人のパラ実生は、和希には友好的だ。囚人も気軽に話しかけてくる。
「生徒会長のお力で、刑務所内にコンビニとキャバクラを作れませんかねぇ」
「それより真面目に務めて、模範囚として刑期をちぢめろよ」
 和希が呆れてたしなめると、囚人は「うへぇ」と首をすくめる。
「やだなぁ。ここを出たら自力で稼がないといけないからメンドくて」
 パラ実生の中には、食い詰めて、刑務所で寝床と食事を得ようと、わざと犯罪を犯して捕まる者も少なくない。刑務所がいわば避難小屋になっているのだ。
「軽口叩いてねぇで、作業がんばれよ」
 和希は囚人の背をパンと叩いて、見回りに戻った。
 そこに別の囚人が走りこんでくる。
「会長! お探しの砕音先生が現れたそうっス。今、ミュー姐さんが先に行って、見張ってヤス!」
「さんきゅーな! で、どこだ?」

 その頃、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は和希が来るまで、見つけた砕音を見張っていた。
「ほら砕音君、甘いキャンディーだぜ」
 ミューレリアは物置の陰にいる砕音に、持参したお菓子を見せて呼び寄せようとする。
 だが砕音は飴よりも、ミューレリアの頭の猫耳にじっと視線を注いでいる。耳は砕音に向けられているが、時々刑務所内の音を聞いてぴこぴこ動いていた。
 その耳が聞きなれた声をキャッチする。
「姫やん、こっちだ」
 ミューレリアは振り返り、駆けつけてきた和希を手で招く。和希には囚人も付いてきたので、砕音は警戒した様子で作業場の陰へと身を消した。
「おい、待ってくれ!」
 呼びかけるが止まる様子はない。ミューレリアと和希は、彼を追いかけて作業場の脇へと入りこむ。だが、行き止まりなのに砕音の姿はない。
「ありゃ??」
「あれじゃないか?」
 和希が作業場の上の方を差す。
 屋根の下についた換気扇が外れかかり、中に入れそうだ。風がそう吹いていないにも関わらずファンが回っているのは、何者かが換気扇にぶつかったためだろう。
 足場を探してくる時間が惜しいので、二人は囚人に肩車をしてもらって屋根下の穴から屋根裏に潜りこんだ。
 ミューレリアは彼にお駄賃代わり、持っていたお菓子に小銭をまぜて渡しておく。
 屋根裏は隙間から日光が差し込んでいるが、かなり薄暗い。
 ミューレリアは光精の指輪で、光の人工精霊を呼び寄せて周囲を照らす。
 作業場の屋根裏は、ほこりっぽく、薄暗かった。柱や蜘蛛の巣で視界は悪い。
 だが積もったほこりには、思った通り点々と足跡が残っていた。
「こいつを追っていくか。っと?!」
 和希が足を踏み出すと、予想以上にミシミシと嫌な音がして、その部分がたわむ。
 もともとガタが来たボロ天井だったものが、直前に砕音が通った事で、さらにいたみが増したようだ。
「ここは魔砲少女マジカルみゅーみゅーの出番だぜ」
 ミューレリアは空飛ぶ魔法↑↑をかける。もちろん屋根を突き破らないよう調節して、床からわずかに浮く程度だ。これなら天井を踏み抜いたり、ホコリを巻き上げて足跡を消す心配も無い。
「おおっと、この状態で進むのは慣れねぇな」
 少々戸惑った様子の和希の手を、ミューレリアが取る。
「手をつないでけば大丈夫だ」
「お、おう」
 照れくささを覚えながらも、二人はしっかり手をつないで屋根裏を歩きだす。
「そこ、柱が出てるから頭、気をつけろ」
 しばらく柱を避けながら進むと、下から明かりが差している場所がある。息を潜めて近づくと、天井板がそこだけズラされていた。下をのぞくと、作業場の道具置き場のガラクタの陰に、砕音が座っているのが見えた。
 ミューレリアが見張っているスキに、和希が手早く同僚看守に携帯メールを送る。メールの中で、ラルクだけ来て、他の看守は近づかないように指示を出した。