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リアクション
ムショ前町
プレハブやバラックが町を形成し、さらには屋台もたくさん並んでいる。
そんなムショ前町の小屋の間を、一団の人々が歩いていく。
ツアーガイド風の旗を掲げて一行の先頭を行くメメント モリー(めめんと・もりー)は、目の前の建物の説明をする。
「え〜右手に見えますのは、宿屋でございます〜。
刑期を終え、娑婆へ出てくる人を迎えに来た家族が宿泊する定番のお宿で〜」
モリーのパートナーである蒼空学園教師早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が、有志生徒を率いてムショ前町に社会科見学にやってきたのだ。
マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)はモリーの説明に従って宿を観察する。
「へえー、ここには鉄格子とかはまってないんだね」
「こちらのお宿、刑務所の施設ではございません〜。現刑務所所長マイケル・キム大佐による地域密着路線により、刑務所周辺の土地が一般に無料で開放されたもので〜」
モリーは滔々と説明を述べる。
マリカの隣では、一緒に社会科見学に参加したケイティ・プロトワンが説明をメモに取っている。
彼女達の様子を、テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)は少し後ろからうかがう。
今は真面目に見学しているが、先ほどまでは、マリカの仔猫ミヌースの写真と、ケイティの仔猫ハクの最新写真交換で散々盛り上がっていたのだ。
社会科見学の一行は、やがて屋台が並んだ場所にやってくる。
「あっ、UFO!」
「……耳」
マリカとケイティが声をあげる。テレサが、ふうとため息をついた。
「あれはUFO型の風船ですわ。屋台の客引き用でしょう」
人ごみの上に、可愛らしい格好をした風船がいくつも動いているのが見える。UFOに猫耳がついた、珍しい形だ。
「……耳」
ケイティがつぶやき、その猫耳UFO風船を飾った屋台へと、引き寄せられるように近づく。
「あれ……?」
近づくと屋台には『キャンティ☆ショップ』と書かれている。
「おーっほっほっほっ! 今日は新作グッズのお披露目も兼ねて特別出店ですぅ!」
キャンティちゃんグッズショップの屋台で高笑いをあげているのは、キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)だった。
「耳♪」
キャンティも近づいてくるケイティと、追ってきたマリカに気づく。
「あらぁ、二人とも来てたんですの?」
マリカが答える。
「うん、社会科見学でね。何、売ってるの?」
「キャンティちゃん新作グッズに加え、ムショ前町限定キャンティちゃんグッズもありますわ〜。キャンティちゃん猫耳パン、キャンティちゃん着ぐるみマスコット・リトルグレイバージョン、この猫耳UFO風船も売り物ですわ」
「お友達がいらして良かったですね」
キャンティ☆ショップの隣にあるヤキソバ屋の執事……聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)が穏やかに笑う。聖はいつもの執事服姿だが、汗を額に浮かべる事も無く、また白いシャツにソースを飛ばす事も無く、涼しい顔でヤキソバをプラスチックのトレーに乗せている。どうも年季の入った経験者らしく、その手際は良い。
「ケイティ様とマリカ様、ヤキソバは如何でしょうか? そちらのお嬢様も是非どうぞ」
聖は社会科見学の一行にヤキソバを勧める。
「うまそ〜。なんかハラ減ってきてたし」
あゆみの誘いで参加していた児玉 結(こだま・ゆう)が、ソースの誘惑に抗えず、さっそくヤキソバを買う。
ちなみに結のパートナーエンプティ・グレイプニールは、体型からUFOと間違えられそうなので、今回は留守番だ。体こそ光っていないが、未確認飛行物体という点では、そのものズバリとも言える。
ケイティも猫耳パンとヤキソバを買って、食べ始める。
マリカは自分の財布を開けてみた。何度見ても、20Gしか入っていない。
じっとテレサを見る。
「……そんな目で見ても、臨時のお小遣いは出せませんわ」
テレサはきっぱり言った。
「うう〜、おいしそうな物やかわいい物がいっぱいあるのに」
マリカは嘆く。
ケイティはしばらく自分のヤキソバを見て、何か考える。そして割り箸で一口分を取ると、マリカに
「あーん」
「ありがとうっ。うん、おいしい!」
マリカはぱくりとヤキソバを頬張り、満面の笑顔になる。
ケイティはキャンティを、じーっと見る。
「む…………しょうがないですわねぇ、サービスですぅ」
キャンティはリトルグレイバージョンのキャンティちゃんグッズを、マリカにプレゼントする。
「マリカもケイティと一緒に温泉神殿でアルバイトしませんこと?」
「えっ、どうしようかな。いろんなモノを見て見聞を広めるのがいい、というからね」
その様子を聖が微笑ましそうに眺める。
一方、早くもヤキソバをたいらげた結は、別の屋台を物色し始める。
甘い匂いをたどっていくと、大きな鍋から、暖かそうな蒸気があがっていた。飾り気のない屋台の看板を見て、結は眉をぎゅむっと寄せる。
「お……じゅう……こな?」
すると、聞き覚えのある威勢の良い声が言った。
「しるこだ、し・る・こ!」
「お? そーたんじゃん」
屋台でお汁粉を作って売っているのは瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。
「バイト?」
「おう! 屋台や場所をタダで貸してくれるって聞いてな。おらよ」
壮太は発砲スチロール製のお椀にお汁粉を入れ、使い捨ての箸と共に結に突き出す。
「おっ、さんきゅ〜。いくら?」
「奢るぜ。こんな所に来るなんて、ムショに知り合いでもいるのか?」
「いるっちゃいるけど、今は社会科見学!」
「に、にあわねぇ」
「なにおう?!」
などと軽口を叩きあっていると、あゆみが結の姿を見て近づき、壮太に気付く。
「まあ、瀬島君。バイト、頑張ってるのね。感心だわ」
「まぁな……おら」
「ありがとう。いくらかしら?」
壮太からお汁粉の椀を受け取り、あゆみはほほ笑んだ。結が「奢りだって☆」と伝える。
あゆみが来たとたん、壮太の態度がぶっきらぼうになっている。
結はそんな彼を見て、にまりと笑う。そして猫なで声で
「おいしいでしょ、お母さーん」
むにゅぅ。抱きつきながら、あゆみの案外と大きな胸をつかむ。
「まあ。お母さんだなんて。光栄よ」
あゆみは照れた様子で、喜んでいる。結があゆみには腕で隠し、唖然としている壮太に、にま、と笑う。
「!! おい、やめろって」
壮太の制止の声に、あゆみは抱擁を解いて、不思議そうな顔で彼の方を見る。
「どうしたの?」
「え……いや、熱い汁粉持ってる時にあぶねぇだろ!」
「そう言えばそうだわ。大丈夫だった、結ちゃん?」
「うん!」
結が憎たらしい程の満面の笑みで返す。
そこにモリーがやってくる。それぞれに好みの屋台に向かった社会科見学一行に、UFOに気をつけるようにと、改めて注意をして回っているのだ。
壮太がモリーに、にっと笑いかける。
「鳥さんもお汁粉、どうだい?」
「わあ、ありがとう! ここでバイトしてたんだね」
壮太に渡されたお汁粉を、モリーは器用にいただく。
結がモリーの口元をじっと見る。
「ゆる族がメシ食ってるたびに、中の人はどうやってんのか気になるし」
「中の人なんていないよ。それはそうと……」
モリーはそこに来た理由を思い出し、注意喚起する。
「皆、UFOにさらわれないように気を付けてね。特に一人歩きは危険だから。
……まあ、一番危ないのは、あゆみんのような気もするけど。先にムショ前町に到着しているかと思えば、後から遅れてくるくらいだもんね」
モリーのぼやきを、あゆみが聞きとがめる。
「あら? 私が到着した時には、まだモリーはいなかったわよ?
「え? だって……」
二人の話を付き合わせると、どうもあゆみは本人にこそ自覚は無いが、失踪しており、その二日間の記憶がないようだ。
モリーは、だりだりと汗が出てくる気がした。
「あの……もしかして、あゆみん、実はUFOにさらわれちゃってない?」
「あら、そうだったの?」
あゆみはきょとんとしている。
彼女が「あらあら」とか言いながらUFOにシュイーンと引き込まれていく姿を、モリーはリアルに想像してしまう。
そこに背後から声がかかる。
「その話、もっとチムチムに聞かせてくれないアルか?」
お汁粉屋にやってきたチムチム・リー(ちむちむ・りー)が、あゆみたちの話を聞きつけたのだ。
「チムチムはUFOに興味があって、屋台めぐりしながら、今いろいろと情報を集めてるアル。そんな訳でお汁粉ひとつくださいアル」
「らっしゃい! 甘くて疲れが取れるよ!」
壮太は威勢良くお汁粉を椀についで、チムチムに渡す。
「あ〜、あったかくて癒されるアル」
黒猫ゆる族のチムチムがお汁粉を食べてなごんでいる姿は、ハタ目にも癒される。
お汁粉を楽しみながら、チムチムはあゆみに色々と聞く。しかし、あゆみは自覚がなかった程なので、何も覚えてはいない。
「屋台のお兄さんはUFO見てないアルか?」
チムチムは壮太にも話を向ける。
「汁粉と客しか見てねぇから、空なんて見てるヒマねぇな。
まっ、UFOが景気良く飛び回ってくれりゃ、それ目当てに人が集まってくるから、ありがてぇがな」
「UFOに乗ったキャンティちゃんのUFO風船ですわよ〜☆」
その頃、キャンティはふたたび売込を開始していた。が、隣の屋台の聖が聞きとがめる。
「お嬢様、少し姿が見えないと思っていたら、やはりUFOだったのですか?」
キャンティはぎくりとするが、見栄を張った。
「も、もちろんですわ。このわたくしの可愛らしさにかかれば、ちょっとUFOに乗ってくるくらい簡単な事でしたわ。ほーほっほっほ」
「ねえ、その話、詳しく聞かせてくれない?」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が聖たちに声をかける。彼女はチムチムのパートナーで、二人でUFOについてムショ前町で情報収集に励んでいるのだ。
レキも情報料代わりにとヤキソバも頼み、そこで食べながら話を聞く。ヤキソバを買ってもらった聖が話しだす。
「あれは、こちらの斡旋事務所に当屋台出店の手続きに伺った時でございました。別行動で屋台設置場所を確認に行かれていたキャンティ様が……」
キャンティが忽然と姿を消し、二日ほど後に何事も無かったようにムショ前町に戻ってきた、と聖は話した。
「証拠はこれですわ!」
キャンティがじゃじゃーんとばかりに取り出したのは、空気の入っていない風船だ。レキは風船を受け取って形を確かめる。
「これって……この猫耳UFO風船だよね?」
屋台を飾る風船を指出す。
「UFOにさらわれた証拠が、風船なの?」
「わたくし、UFOにさらわれたら風船に入れていたヘリウムガスを吸い『ワレワレハ、ウチュウジンデアル』と言ってやるつもりでしたの。さらわれていた間の記憶はまったくないですけれど、しぼんだ風船がわたくしの可愛らしい洋服のポケットに入っていた、という事は、『ワレワレハ、ウチュウジンデアル』をやった証しに違いありませんわ!」
「う〜ん。これだけで証拠には……」
レキは風船を持って、困り顔だ。
ムショ前町で聞き込みをしていた冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は、困っていた。
(UFOを捕まえようとして躍起になっている外部からやってきた連中を中心に、聞き込んだのは間違いだったか……?)
聞いても聞いても、「うひょー人は寿司が好きなんじゃろ?」だの「USOは教導団の陰謀で、刑務所の地下にUSO人の氷付け死体が隠されているに違いない」だの「すべてプラズマの仕業。魔法も天使も機晶姫もすべて存在する訳のない集団幻覚に過ぎないのだよ」
後から後から、どうでもいい仮説をしこたま聞かされて、永夜はうんざりしていた。
それでも少しはマトモそうな、的屋の親父に声をかけてみる。UFOに熱狂していない分、多少はまともな話ができるかもしれない。
「最近、刑務所で失踪事件が起こっているようだが、過去に似た様な事件が起きた事はないかい?」
「オレぁ刑務所勤務じゃないから詳しい事は知んねぇが、ないから、あんな風に騒いでんじゃない?」
「……UFOとの関連性が分からないな」
永夜のつぶやきに、親父がキャンティ☆ショップの方を指す。
「そういや、さっきあっちのミヤゲ物屋にいる……なんつったかな、キャンディ? とかいう、ゆる族の女の子がUFOにさらわれたらしい。話を聞いてみたら、どうだい?」
永夜は愕然とする。
「刑務所外にいる、地球人以外がさらわれたのかい?!」
「みてぇだな」
そこにオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が「本当かな?!」と現れる。
「うわっ、鯉?!」
驚いた親父に、鯉に見えるオットーは言う。
「それがし、ドラゴニュートである。鯉型ゆる族ではござらぬ」
「おお、そりゃめでてぇ柄のドラゴニュートだ。祭りには、もってこいだな!」
しかしオットーは(おそらくは)神妙な顔で答える。
「いやいや。これを一時的なムーブメントで済ませるのは惜しい。
どうしてUFOがやってくるようになったのか、傾向と対策を練り、再びUFOを呼べるようになれば、『UFOの町』の観光資源として持続させる事ができよう。
また、その方法が見つからずにUFOが去っても、例えば、節分UFO祭りとかで年に一度くらいの村おこしはできるのではなかろうか?」
「へえ〜、所長さんみたいな事、言うねぇ。……ん? そっちの兄ちゃん、どうした?」
己の中の推測が崩れてしまい、難しい表情で考えこんでいた永夜に、親父は少々心配顔だ。
「……刑務所以外の人や、地球人以外がさらわれてたのがショックでね」
「刑務所の連中が調べてなかったから、分からなかったんだろ。まっ、こっちはいつどこに行こうと自由の身。奴らに正直に答える理由もねぇや」
「UFO〜こーいこーい♪ UFO〜こーいこーい♪」
ムショ前町の広場では、UFOを待ちわびた人々が輪を作ってUFO呼びをしている。中には小さな太鼓を、どんつくどんつくと賑やかに叩いている者までいる。
さらに、そこに南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が弁当を売りにやってくる。
「腹が減っては戦はできぬ。俺様が力を貸すぞ!
べんとらーべんとうらー
立ちながら食べられる恵方巻き
踊りながら食べられる恵方巻き
べんとらーべんとうらー」
「おべんとーやさーん。おべんと、くださいな」
黒田智彦(くろだ・ともひこ)が踊りの輪から外れ、駆け寄ってくる。
「おう、らっしゃい!」
智彦は恵方巻きをふたつ買うと、それぞれの目に当てる。
「あれー? 何にも見えないよー」
「恵方巻きは双眼鏡じゃないぞ。食いモンだ」
「もぐもぐ」
智彦は目の周りにご飯粒をつけたまま、恵方巻きにかぶりつく。
それに誘われるように、踊って腹のすいた者が集まってくる。しかも値段もリーズナブルだ。飛ぶように売れた。
もともとは一稼ぎしようとムショ前町にやってきた光一郎だが、場の盛り上がりにあてられて採算度外視で大盤振る舞いを始める。
「持ってけ泥棒! 喜捨だ喜捨、ザカートだ!」
山と用意していた恵方巻きがあっという間に売りきれた。
ふと見ると、UFO呼びの輪は恵方巻きを持って踊られている。
一仕事終えた光一郎は、智彦に近づき声をかけた。
「黒田君もUFO見物に来てたんだな」
「違うよー。砕音のお見舞いにアナンセと来たのー」
智彦はアナンセと一緒にムショ前町に来たようだ。
アナンセのダウン後、泊まっていた宿の主人や看守が智彦と話したのだが、彼ののほほーんとした調子に「こりゃ、駄目だ」と思ったことだろう。
「へぇ、なんでまた踊りに?」
光一郎も踊りの輪に加わった。
「サアラに『UFOを呼ぶ手伝いをして』って言われたー」
智彦は恵方巻きを手に、踊りながら答える。
「サアラって誰だ?」
「ワイバーンに乗ってるー」
光一郎は上空を仰ぎ見た。
「ああ、あの姉ちゃんか」
サアラ・フウがワイバーンで飛び回りながら、望遠鏡を構えているのが小さく見えていた。
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