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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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プリズン・ブロック ~古王国の秘宝~

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刑務所の職員たち 


「では囚人全員の健康診断を兼ねる形で、レントゲン車を送ってもらおう」
 医師として刑務所に赴任してきた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、刑務所の事務にその旨を記した書類を提出する。事務官の話では、レントゲン車が来るには一週間以上かかりそうだ。
「PETとかMRIはともかくレントゲンも無いとはなぁ……」
 思わずこぼすが、シャンバラ刑務所には医療刑務所の機能はない。従って診療設備も、学校の保健室よりはマシな程度でしかない。教導団がやってくるまでは、すべて魔法と薬草、魔法薬でまかなっていたのだ。
 それでも診療に当面必要な薬や医療器具は、申請すれば──高額や、希少なものでなければ──補充される。
(まぁ、健康診断を兼ねて、行方不明なった者の体を確認できれば一石二鳥と言うものか。建国で色々と忙しいところに、エリュシオンのせいで、さらに人手不足だからな)
 毒島は一連の申請を終えると、さっそく回診へと向かう。人手が足りない分、自分が医者としてできる限り、仕事に臨むつもりだ。


 和原 樹(なぎはら・いつき)は医療職員として、先んじて個々の独房を訪ねて囚人たちの健康チェックを行なっていた。
 もちろんフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)も一緒だ。護衛兼助手として、樹の周囲に目を配っている。
「じゃあ、次は検温だよ」
 樹は、囚人の喉の腫れを見たり、瞼の裏で貧血をチェックしたりと基礎的な検診が中心だ。
 囚人が体温計をはさむと、ちょっと手すきになったので、世間話を始める。
「最近ここではUFOがよく目撃されるそうだな?」
「ああ、俺も見たぜ! ちっこい光が空をビューンって通ってったり、ぐるぐる回ってるんだ。あんたもここで働いてりゃ、そのうち見られるぜ」
 囚人は面白そうに答える。
「UFOって言うと、ついポータラカを思い出しちゃうんだけど……」
「ポータラカって、あの北の国か? よく知らないが、UFOと関係あるのか?」
 不思議そうな囚人に、樹は持っていたポータラカの金属片を見せる。
「うん? あまり見ない金属だな。……地球の金属か何かか?」
「これがポータラカの金属だ。UFOの素材に似ていないか?」
「うーん、俺が見たのはピッカピカに光ってたし、すごい速さで動いてたからなー。あんな速さで動いて、中の奴は酔わないのかね。ああ、ちょっと分かんねえな」
 フォルクスが樹の背後から「我の樹に手を出すなよ」と威圧しているのに気付き、囚人はそわそわしながら金属片と体温計を返す。平熱だ。
「健康そのものだ。安心していい」
 樹はそう言うと、その独房を出る。
「樹、お前は何故こんな場所で働く気になった?」
 フォルクスが聞く。場所が場所だけに、樹が心配でたまらないのだろう。
 樹は少し考えて、答える。
「んー、俺にとってこの仕事は社会勉強……かな。色んな人に接して、話してみたいんだ。
 話をしても理解できるとは限らないし、相容れない考え方に出会って辛くなることもあるかもしれないけど……
 それも同じ世界の一部なら、知っておきたいんだ」
「そうか。だが、あまり心配させるな」
 フォルクスは樹を抱きしめた。
「大丈夫だよ。辛くなっても、あんたがいるし……な?」
 樹の言葉にフォルクスはその髪をなで……なんとなく、その自分の手をまじまじと見てしまう。
「……ところで、我にこれを持たせる理由は何だ?」
 フォルクスはねこぱんちを装備させられていた。
 ねこぱんちとは、猫の手を忠実に再現したグローブである。そのふにふに感は至上。吸血貴族フォルクスの威厳は、ねこぱんちのラブリーさの前に、どこかへ行ってしまっていた。
 樹は笑顔になって答える。
「え、それは助手として俺を癒すための仕事道具だろ。
 俺が疲れたらにくきゅうでふにふにしてくれ。ふにふに」
 試しにフォルクスがふにふにしてみると、樹は嬉しそうだ。
 ふにふに、ふにふに。
 ふにふに、ふにふに。
「…………どうせならベッドでもっと悦くしてやろうか?」
 フォルクスが言うと。
「なに言い出すんだ、馬鹿!」
 やっぱり怒られた。
 樹は次の検診の為に、隣の独房に入っていってしまう。フォルクスも遅れじと、後に続いた。




 医師九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は反省房に来ていた。ビートルがケンカで怪我をしたので、診て欲しいと看守から頼まれたからだ。
 親身になった治療で囚人に信頼されているので、気の荒いビートル相手でもなんとかなるだろう、という判断である。
「ねんざのようだね。骨に異常はないから、すぐにヒールでいいだろう」
 ジェライザ・ローズに指示され、助手として同行する冬月 学人(ふゆつき・がくと)がビートルの拳にヒールをかける。ケンカ相手にやられた訳ではなく、自分の拳を怪我してでも相手を殴ったのだ。
 それでもビートルは不機嫌そうにこぼす。
「まったく、UFOだかなんだか知らんが、最近、所内が騒がしくて困る」
 ジェライザ・ローズはそれを咎めず、紙製の卓上カレンダーを取り出した。
「UFOによる失踪事件の前後日に、変わった出来事はないですか? ……ここ一月あたりの毎日が該当してしまうけれど」
 カレンダーには、ほぼ二、三日おきの日付に赤丸がついている。それがUFOが目撃された日だ。
 ビートルは憮然としたまま答える。
「UFOとやらが現れ、運動場の底が抜けてダンジョンが現れとか、変わった事ばかりだ」
「それ以外に変わった事は?」
 ビートルは無言で肩をすくめて見せる。
 ジェライザ・ローズは質問を変えた。
「刑務所から異常に出たがっている囚人を知りませんか?」
「さあ? 出たい奴なんて、いくらでもいるだろう」

 診察を終えて反省房を出ると、見張りについていた看守が話しかけてくる。
「なっ? 嫌な奴だっただろ?」
「治療するのに、相手の人となりは関係ありませんよ」
「そうか、じゃあ急だけど、もう一件頼むよ」

 次にジェライザ・ローズと学人が向かったのは、ビートルと同じ五千年間収監されている囚人ブラキオの屋敷だ。
 もっとも患者は、ブラキオ本人でなく、その愛人だった。
 愛人は一人一人に部屋が与えられており、患者の女囚も豪華なベッドに横たわっている。
 彼女に寄り添っていたブラキオが、心配そうに言う。
「先程、急に倒れてな」
 ジェライザ・ローズは早速、診察と問診を行なう。
 結果、過度のダイエットによる栄養失調と貧血のようだった。ブラキオの好みに合わせようとした為だろう。
「健康を損なってしまっては元も子もありませんよ」
 医師として注意するが、愛人はブラキオといちゃついている。
 ふと愛人が思いつく。
「ブラキオ様もUFO騒動以来、何かお悩みがあるようだから、お医者様に見てもらったら?」
 ブラキオが渋い顔をする。
 彼は礼拝などで「アルサロム様が守ってくださるから恐れる心配は無い」だとか「無事に帰ってこられるのはアルサロム様のおかげ」などと説法している。
「野次馬根性で騒いでる奴が多くて、うんざりしているだけだ。医者だってUFOを追い払ったりできんだろう?」
 ジェライザ・ローズはブラキオに「そうですね」と相槌を打つ。学人はカルテの整理をするフリをして、その裏にメモを書き込んだ。
 後でイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)に頼んで、看守源 鉄心(みなもと・てっしん)にこの事を記したメモを渡してもらおう、と考える。



「いやー、前任の技師さんが急に辞めちゃって困ってたんだよ」
 技術者としてやってきた朝野 未沙(あさの・みさ)を、看守が刑務所内を案内していた。
「ここが機械室……って、異常を知らせるランプが点灯してるじゃない?!」
「うん。でも特に見てまわっても、不具合が見つからないから放ってあるんだけど」
 未沙は呆れつつ、専用の鍵で機械を収めた金属箱を開ける。
「ずいぶんホコリっぽくない? 精密機器には大敵だよ?」
「掃除してるんだけどなぁ」
 未沙はメーターを読み取るが、何か妙だ。
(この数値で、この動作?)
 矛盾している状態に眉をひそめる。
 看守が「この針が動きっぱなしなのとか、おかしくないかい?」と指差してくる。
「下手に触れて感電してもしらないわよ」
 脅かすと看守は「ひい!」と言って、腕を引っ込める。若い男性看守は彼女をかまいたくてしょうがないようだが、未沙にその気はまったくない。
 調べてみると、作動状態を示す部分の故障で、機械そのものの異常ではない事が分かる。
「強力な磁石でも近づけた? 格納箱も弱い磁力を帯びているようだよ」
「ここは看守と職員しか入れないし、そんな意味ない事をする人いるかなあ?」
 看守は首をひねりつつ、報告書用のメモを取る。未沙も記録を詳細に取りながら、次の機械の点検を始める。
「冷凍機(コンプレッサー)の方は異常ないけど……、まわりに虫の死骸とかあるから、ちゃんと掃除はしてよね」
 点検を進めると、刑務所の計器類に故障している物が多い。ほこりまみれなど使用状態が悪いのもあるだろうが、それにしても多いようだ。
「今の騒動と関係があるか分からないけど、頻繁に点検して異常を見つけた方がいいって所長さんに伝えなきゃ。あと新調した方がいい部品のリストも出すよ」
 当面、未沙は点検に修繕にと、仕事に追われる事になりそうだ。


「朝野、機械室はどうだった?」
 三船 敬一(みふね・けいいち)白河 淋(しらかわ・りん)がジュースを持って、陣中見舞いに来る。淋も同じ技術者だ。
 未沙はふぅ、と息を吐く。
「刑務所中の機械装置を小まめに点検する必要があるみたい」
 淋が「手分けして当りましょう」と、彼女にほほ笑みかけ、敬一も協力を申し出る。
「俺たちは囚人が触る可能性がある機械の点検をやろう。どうも最近の囚人の動きが気にかかるからな」
「分かった。三船さんは教導団員だから、看守の人とも情報交換しやすいだろね。そっちは任せるよ」


 未沙と簡単な打ち合わせを済ませると、淋と敬一はさっそく作業場の装置を点検に向かう。
 装置の陰に二人の囚人がいる。
「何をしている?」
 敬一が声をかけると、あわてた様子で「何でもない」とそこを離れていく。敬一は彼らの顔を覚え、後で看守に報告する事にした。
 淋は装置の外側から、何か細工をされていないか確認する。それから丹念に装置の内部や、部品の陰も異常がないか確かめた。
「幸い、何も細工はされていないようです」
「そうか。だが、所内の囚人が浮き足立っているようだからな。油断はできないぞ」
 砕音を脱獄させようとしている人物がいたり、大物パラ実生が入所したりと、最近の所内にはあわただしい雰囲気がある。何事か企む人物──それも囚人とは限らない──が、機械装置に何らかの細工を施す可能性は十分に考えられた。
「異常がなくとも、こうやって点検しているだけで防犯にはなるからな」
 二人は刑務所内の装置を点検していく。
 いくつも見て回ると、淋はある傾向に気付いた。
「朝野さんも言っていましたが、地球技術の機械には計器などの異常が見られるのに、機晶技術装置は特にこれと言って異常な状態になっているものはありませんでした。
 原因を追究しなければなりませんが、現状も報告しておいた方が良いでしょう」


 敬一に追いたてられた囚人が、他の囚人とヒソヒソ話している。
「駄目だ。点検、見張りがばっちりやられてて、細工できる感じじゃねぇぞ」
「ちっ、せっかく国頭 武尊(くにがみ・たける)南 鮪(みなみ・まぐろ)相手に点数を稼げる機会だってのによぉ。爆発や火事でも起こせればと思ったんだがな……」
 囚人たちは不景気な面相で、今後の事を話し合った。