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第43章 2人の誕生日

 2月14日の、街がオレンジ色に染まる頃。
 茅野 菫(ちの・すみれ)と、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は、ヴァイシャリーの大通りを歩いていた。
「こっちでいいんだっけ? まだちょっと早いかな」
「ええ、繁華街に入ってすぐよ」
 2人は、予約してあるレストランに向かって歩いていく。
「でも、2人が来れなくなっちゃったから……あたしとパビェーダだけで、4人分はちょっとキツイよね!」
「いえ、何も4人分食べなくてもいいのよ。4人用のテーブルだとは思うけれど」
 パビェーダはくすりと微笑みを浮かべる。
 予約は菫と菫のパートナー3人分の4人でとってあった。
 しかし、突然、パビェーダ以外の菫のパートナーが来られなくなってしまったのだ。
 ……本当は来られなくなったのではなくて、菫を好いているパビェーダに他のパートナー達は遠慮したのだ。
 菫はそのことに気付いていなかったけれど、パビェーダにはわかっていて、心の中で感謝をしつつ菫との2人だけの時間を楽しむ予定だった。
 と、その時。
「あっ、シズル!?」
 突如、菫が声を上げた。
「菫? パビェーダも……。ヴァイシャリーに来てたんだ」
 道の反対側から船着き場の方に向かおうとしていたのは、友人の加能 シズル(かのう・しずる)だった。
「ちょうどよかった。バレンタインだっていうのにどうせ暇なんでしょ? 付き合いなさいよっ」
「え? あ、ちょっと! というか、どうせとか何よ。それなりに予定あったんだから」
「はいはい、色気のない予定でしょーけどね!」
 菫はシズルをぐいぐいレストランの方へと引っ張る。
 言葉も行動も乱暴だけれど、菫はシズルをまっすぐには見ない。菫の顔には、恥じらいのような感情が浮かんでいた。
 シズルはそんな菫の様子を少し不思議に思う。
「どこに行くつもり? 日も落ちるしそろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「いいから黙ってついてきなさいよ。ついてくればわかるんだから」
 強引に菫はシズルを連れていき、シズルも菫を案じてか、それ以上何も言わずに彼女についていく。
 ……結局こうなるのね。と、菫とシズルのやりとりを見ながら、パビェーダは軽くため息をついた。
 パビェーダは大好きな菫と2人で食事を食べたり、スイーツを思う存分食べたり、寄り添って夜景を楽しんだり、コーヒーを飲みながらゆっくり、会話を楽しんだり……。
 そんな夜を楽しみにしていたから。
 今日くらい、2人で過ごしたかったなあと、意気消沈してしまうけれど。
 大きなため息をついた後には、微笑みを浮かべていた。
 シズルも、パビェーダにとって大切な人だから。
 菫と2人きりの時間が終わってしまったのは、残念だけれど、シズルと過ごす時間も大切な時間だから……。

 バレンタインということもあり、レストランは若いカップルで賑わっている。
 パビェーダは、窓際の席に予約を入れてあった。
 運ばれてきた料理は、普段は口にしない、ちょっと高級な料理。
 グラスに注がれた飲み物は、ワインではなくて、白ぶどうジュースだったけれど、空間に酔ったかのように、互いが少し大人に見えていた。
「お誕生おめでとう」
 食事を終えた後、シズルが菫に微笑みかけた。
 レストランの入り口で、こっそりパビェーダから聞いたのだ。
 今日は、菫とパビェーダの誕生日であることを。
「え……う、うん」
 菫は軽く目を逸らす。素直になれないお年頃なのだ。
「おめでとうございます」
 別の方向からも声が届き、菫とパビェーダは驚きながら振り向いた。
 ウエイターがケーキを運んできたのだ。
 トイレに立つ振りをして、シズルが注文しておいたものだった。
「失礼いたします」
 ウエイターは断った後、シズルと目配せをして――パン、パパン! と、クラッカーを鳴らした。
 続いて、店内の音楽が誕生日の音楽へと変わる。
「ちょ、ちょっと、やめてよ。恥ずかしいじゃない……」
 菫は真っ赤になってしまった。
 店内にいたカップル達からも、2人におめでとうと声がかけられる。
「ありがとう」
「ありがとうとございます、皆さん!」
 パビェーダとシズルが周りの人々に礼を言う。
 菫は俯いて「うー……」と小さな声で唸り声を上げていた。
「ほら、菫。パビェーダと一緒に早くろうそくの火、消して? 早くケーキが食べたいなー」
 そんなシズルの声に、しぶしぶといったように顔を上げて、菫はパビェーダと一緒にケーキに立てられていたろうそくの火を消した。
「おめでとー。新しい年齢初めての、2人の共同作業としてケーキ入刀もやるー?」
 ちょっと悪戯気なシズルの言葉に、菫は軽く膨れながら「やらないわよ」と答えた。

 それからケーキを3等分して……誰のが大きいとか、言いあって笑いあって。
 甘くて美味しくて。
 楽しくて、とても嬉しい時間を過ごした。