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リアクション
ドルイドvsジャスティシア
種もみの塔前に作られたトーナメント戦用の特設リングの周りは、シャンバラ中から集まった試合参加者と観客であふれ返っていた。
案の定、種もみ剣士達は最後に駆け込んできた。道中いろいろあったようで、すっかり埃まみれだ。
司会を買って出た親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)は彼らに歩み寄り、
「全員いる?」
と、人数の確認を求める。
ざっと見回したみすみが頷くと、卑弥呼は試合前から疲れた様子の彼らに、ある方向を指し示した。
「あそこでお弁当とか用意してるから、お腹すいたなら何か買って食べるといいよ」
卑弥呼が指差したのは種もみの塔。
そこでガガ・ギギ(がが・ぎぎ)が試合参加者が手軽に食べられるようにと、おにぎりセットを作ってきているという。
種もみ剣士の試合は最後の一試合だけなので、みすみは卑弥呼に礼を言うと喜んで駆けていった。他の面々もそれぞれに動き出す。
そして卑弥呼はリングに上がると、マイクを掲げて観客に呼びかけた。
「みなさーん! 大変お待たせしました! いよいよキャラクタークラス最強トーナメント戦の開催です! このシャンバラでもっとも強いクラスはどれか、皆さん一押しのクラスをめいっぱい応援しましょう!」
おおおおおお、と爆発したような歓声が沸きあがる。
観客席の真ん前を占拠したパラ実生が卑弥呼に叫ぶ。
「巫女さんよォ、あんたは参加しねぇのか!」
「あたいは司会だよ……あら、失礼。──コホン。なお、このトーナメントの提供は皆さまに夢を与える四十八星華劇場です」
思わず出てしまった素の口調を改め、卑弥呼はにこやかに営業スマイルを見せた。
巫女さんと言われたように、卑弥呼は古代日本で女王を務めていた頃の衣装で立っていた。巫女の衣装とは違うものなのだが、パラ実生からすればどちらも同じようなものだ。
同じパラ実生として彼らの認識の程度を理解している卑弥呼は、わざわざ説明したりはしない。
「では審判を紹介します。弁天屋 菊(べんてんや・きく)、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)の三名ですが、決勝戦までは菊一人が担当します」
この試合に審判が必要かどうか菊は密かに疑問を抱かないわけではなかったが、目的が四十八星華劇場再建のため悪評が立っては困る……ということで、最低限の礼節くらいは守ってもらわなくてはと名乗り出たのだった。
「簡単なルールを説明しますね。まず、対戦相手を殺さないでください。それから、リングから落ちたら負けです。──それでは最初の試合は、ドルイドのネームレス・ミストさんとジャスティシアの鬼崎 朔さんです!」
二人がリングに上がると再び歓声が沸く。
大虎に乗ったネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)のただならぬ気配に朔は探るような目を向ける。
ネームレスは底の見えない暗い瞳でそれを受け止めると、口の端を歪めて不気味にくつくつと笑った。
「クク……ククク。お祭り……騒ぎ、ですね……」
傍にいなければほとんど聞き取れないような小声がもれる。もっとも、ネームレスに誰かに聞いてもらおうという気配はなかったが。
「楽しんだモノの……勝ち……ですねぇ……クククク」
「何がそんなにおかしいのです?」
「いえ……別に……」
ネームレスはなおも笑いをこぼすが、卑弥呼の試合開始の掛け声でそれも引っ込めた。
とたん、彼女の周囲に異様な気配が濃く生じる。
ぼそぼそと何か呟くたびに、気配は密度を増し、形を作り上げていった。
猪、毒蛇、猟犬、鳥。
そして、朔を指差す。
獣達はいっせいに朔に襲い掛かった。
真っ先に突っ込んでくる猪を、まず朔はかわす。その背に乗っていた鳥が、猪がかわされた瞬間、鋭い嘴で朔の目玉を抉り取ってやろうと飛び上がった。
とっさにスタンスタッフで受け止めると、朔の腕に小さくしびれるような衝撃が走り眉を寄せた。
しかし、しびれを振り払う暇もなく、足を食い千切ろうと猟犬がすぐそこで凶暴な牙を剥く。
同時に視界の端に暗殺者のように忍び寄る毒蛇も捉えていた。
身を捩った朔の腿を猟犬の牙がかすめ、毒蛇は地面に突き立てた剣で牽制する。
獣達を相手にしていては埒が明かないと踏んだか、朔はネームレス目掛けて地を蹴った。
大虎が主人を守ろうと唸り声をあげる。朔の頭くらい簡単に噛み砕けそうな大きな口だ。
さらに朔の後ろからはネームレスがけしかけた獣達が挟み撃ちにしようと戻ってきている。
朔は眼前に迫る大虎を眠らせようとスタンスタッフを振り上げ──大虎が真っ赤な口を大きく開いたところで踏み込んだ足にさらに力を入れて、体を横に滑らせた。
大虎には剣を噛ませて。
ガツンッと嫌な音が響いた時には朔はネームレスの背後に回り込んでいた。
飛び掛り、大虎から突き落としてスタンスタッフで押さえつける。
自滅覚悟で野性の蹂躙で潰してやろうかと、ネームレスは口を開き、その時初めて技が封じられていることに気がついた。
負けるのか、と奥歯を噛み締めた時、菊の「そこまで!」と試合終了の声がかかった。
まだ続けられるとネームレスは抗議しようとしたが、自分を押さえつけていた朔の体から力が抜けていることに気づく。
身を起こせば、彼女の背に深い引っかき傷があり、ブラックコートを鮮血で濡らしていた。
視線をずらせば大虎の爪が赤く染まっている。
ウルクの剣を噛まされた痛みに負けず、ネームレスを危機から救おうとがんばったのか。あるいは、まずいものを寄越してくれた朔に腹が立ったのか。
ともかく、朔がこれ以上試合を続けるのは無理と、菊は判断した。
ネームレスは大虎の頭をやさしく撫で、集まってきた獣達に労いの言葉をかけ、リングを下りた。
プリーストvsハイエロファント
「続いてはプリーストのリリィ・クロウさんと、ハイエロファントの御剣 紫音さんです!」
卑弥呼に紹介された二人に会場が沸いた。
一方はお嬢様のようで、もう一方は誰が見ても美少女だったからだ。
「女の子相手でも、手抜きはしませんわ」
リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)の宣言に御剣 紫音(みつるぎ・しおん)の片眉がピクリと跳ねる。
「誰が──」
と、怒鳴り返そうとしたが、観客席から飛んできた声に口をつぐんだ。
「紫音、しっかりやりなはれ」
「主様、わらわがついておるぞ!」
「主、相手がおなごでもこれは勝負! 先ほどのように甘い言葉を囁くなど言語道断じゃぞ」
上から綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)の発言なのだが、最後のアストレイアだけ余計な言葉がくっついていた。
紫音の顔が引きつり、リリィが一歩引く。
周りもどよめき、やがてくすくす笑いや揶揄が飛んだ。
恨みがましい目を三人──特にアストレイアに向ける紫音に、リリィが追い討ちをかける。
「わたくし、女の方のお相手はいたしませんの。ほだされたりはしませんわよ」
「ああもうっ。どこから訂正すればいいんだ!」
いらいらと頭を掻き乱す紫音。きっちりと身に纏った巫女装束ときれいに整えた髪が、たちまち乱れていく。
紫音が訂正するとしたら、自身の性別と試合に対する姿勢についてだ。
暴露されたナンパの事実は、事実なので訂正も言い訳もできない。
しかもそれが風花達に見つかってしまったのが原因で、寄ってたかってこのような衣装を着せられ、いつの間にか試合参加者として登録されていたのだから、自業自得とはいえ哀れみも感じる。
「くっ……あんまりだろ」
もう一度、紫音は三人へ目をやった。
一緒に戦おうという気はないようだ。
「こうなったらヤケだ。やれるだけやってやる!」
開き直った紫音は、両手にブレード・オブ・リコを握った。
リリィも表情を引き締めて身構える。
先制攻撃をしたのは紫音のほうで、力強く踏み込んでリリィとの距離を詰めると、鋭い突きを繰り出した。
ハッとかわされた先を読んでいたように、紫音のもう片方の剣の柄がリリィを捉えた。
重い一撃にリリィは飛ばされ、リングの上を転がる。
一気に畳みかけようと紫音がリリィに迫り剣を振り下ろしたが、それは寸手でかわされた。
しかし、殴られた箇所がよほど痛むのか、リリィはなかなか立ち上がれずにいた。
ちょっと心配になった紫音が、
「大丈夫か? 少しなら待ってもいいけど」
と、相手の様子をうかがおうと身をかがめた時。
真下からの脳みそが飛び出すかと思うほどの突き上げに、紫音の体が宙を飛んだ。
リリィの手にはフェイスフルメイス。
うずくまっている時にかけたパワーブレスで強化された膂力による、渾身の一撃だった。
紫音もプリーストのリリィが力技を狙っていたとは思わなかったのだろう。
きれいに食らってしまった。
「そこまで! リリィ・クロウの勝ち!」
紫音の気絶を確認した菊がリリィの勝利を宣言する。
菊はふと苦笑して、
「ちゃんと治しときなよ」
と、だらだらと血を流しているリリィのこめかみを指した。
風花達は紫音を担ぎ出しながら口々に言っていた。
「勝負に情けは無用というに……」
「でもそこが主様らしいのう」
「もう少し、罰が必要とちがいますか?」
アルス以外はやや厳しい意見だが、それでも紫音を見る目はやさしかった。
スナイパーvsモンク
「続いての選手はスナイパーのアーマード レッドさんとモンクの風森 巽さんです! どうぞ!」
卑弥呼の紹介の後、身軽にリングに上った巽とは対照的に、アーマード レッド(あーまーど・れっど)の四メートルの巨体がゆったりとそびえ立つ。
驚きの息をつき、卑弥呼もしばらく呆然と見上げていた。
「大きな人だねぇ……おっと。それじゃ、試合を始めます!」
卑弥呼が開始の合図に腕を振り下ろした直後、風森 巽(かぜもり・たつみ)が瞬きの間にレッドとの距離を詰める。
長距離偏差射撃プログラムによる狙撃の姿勢をとっていたレッドは、縮まった距離にすぐに対応を変えた。
「……他職業ノ殲滅……行動ヲ開始シマス」
さらに巽に接近される前に、レッドの右手の30ミリガトリング砲から弾丸が連射される。
「おおっ!?」
突進を慌てて止めた巽が横に飛ぶ。同時にそこは穴だらけになった。
砂埃が立ち込め視界を悪くしたが、レッドはかすかに見えた人影へ両脚部に装備してある三連ロケットポッド、さらには右肩の六連ミサイルポッドによる一斉射撃を行った。
卑弥呼と菊が転がるようにリングから退避する。
濃い砂埃は観客席にも広がり、特に前列からは咳き込む者が多く出た。
弱い風が少しずつ砂埃を流していく。
それに伴い、レッドと巽の姿もじょじょに見え始めた。
「蒼い空からやって来て……」
聞こえてきた声は巽のもの。
だが、あらわになっていくその姿に客席からどよめきが起こる。
それは、いつの間にか仮面ツァンダーソーク1に変身していたから……ではなく、足元に血溜まりができるほどに負傷していたからだ。
仮面ツァンダーソーク1の手からは鎖が伸びていた。それはレッドに伸びている。
「夢と希望を掴む者! 仮面ツァンダーソーク1!」
グイッと鎖を引くと、レッドに巻き付いて拘束した鎖がピンと張った。
反撃だ、と放った遠当てがレッドの巨体を揺らす。
巽は鎖十手の先を地面に突き刺すと、得意の格闘戦で決着をつけようと雄々しく吼えて飛び掛った。
絡まった鎖のせいで銃火器による迎撃を封じられてしまったレッドは、感情のうかがえない緑色の目を光らせると、仮面ツァンダーソーク1の接近に合わせて体を傾けていく。
銃を使えないなら、巨体に見合った重量で相手を潰してしまおうというのだ。
仮面ツァンダーソーク1はとっさによけようとして──やめた。
「勝負だ! ツァンダーパーンチ!」
空気が振動するような衝突音の後、レッドはリングに倒れ込んだ。
再び辺りは砂埃にまみれたが、それよりも観客達は勝負の行方が気になり、手を大きく扇いで結果を確認しようとする。
平面ガエルならぬ平面ヒーローが誕生したのか、あるいは機晶姫の腹に風穴が開いたのか。
いち早くリングに戻った菊が両者の確認を行った結果。
「風森巽!」
と、声が上がった。
レッドの体に穴はなかったが、意識は失っていた。
一方、変身の解けた巽は、パンチの衝撃に態勢の崩れたレッドにできた隙間から這い出てきていたのだった。
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