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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 序章 お弁当を作ろう!

「お弁当……ですか」
 イルミンスール魔法学校にある寮の一室。風森 望(かぜもり・のぞみ)が手配し、生活必需品も一通り揃ったその部屋で、アクア・ベリルは着々と調理準備が進む台所を眺めていた。興味が無いというよりは、慣れない光景に抵抗を覚えているような、そんな感じだ。
 ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)から花見の誘いを受けた翌日。外出に必要な貴重品だけ持って出掛けようとしていたアクアの下にやってきた望は、御弁当を作ろうと準備を始めたのだ。彼女も花見に誘われたらしい。広げられていく食材の数々を覗き込みながら、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が言う。
「随分とたくさん用意したのですわね」
「使いやすい調理器具も持ってきました。多少アクア様が失敗されても問題はありません」
「! な、何を言っているんですか。私は失敗などしません。料理くらいは出来ます!」
 望ははたと手を止め、アクアと目を合わせてにっこりと笑う。
「そうですか? では、お手伝い願いましょう。おせんちゃんは、お嬢様がつまみ食いしない様に見張っているのよ」
「構わんが……ん?」
 寮の戸がノックされ、テーブルに落ち着いていた伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)はそちらを見て立ち上がった。戸を開けると、そこにはファーシーと諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)の姿が。
「あ、山海経さん。ということは……」
「おはようございます、ファーシー様。お迎えですか?」
「望さん! うん、それもあるけど、リョーコさんがお弁当作ろうって誘ってくれたの」
「ええ。アクアちゃんも一緒にどうかしら」
「……あ、貴女達もお弁当、ですか……」
「? 『も』? ……あ」
 不思議に思って室内へ首を伸ばしてみて、ファーシーは小さく声を上げた。

 とりあえず、アクアの部屋にてアクアが参加しないままにお弁当作りはスタートした。
 ――だが。
「あっ、ファーシー様、それは……」
「何を頓珍漢なことをしてるんですか。そんな作り方では唐揚げがべたべたになってしまうでしょう! 貸してください」
「う、うん……。あれ? アクアさん、手伝ってくれるの?」
「『私』がまともな食事をしたいだけです。ファーシー、貴女、普段からこんなものを食べてるんですか?」
「う、ううん……、揚げ物とかって初めてだし。いつもはフライパンとか電子レンジとかしか使わないもの」
「フライパン……。ではファーシー様、卵焼きを作ってみたらいかがですか?」
「あ、そうね、じゃあ……」
「待ってください。割り方がおかしいでしょう。どうして本体を遠慮なく棒で潰すんですか。殻が……」
「え? 殻を粉にして入れたら歯ごたえがあって美味しいわよ」
「……………………それは貴女だけです。割り方を教えますから……。あ、味付けは普通ですね。味覚崩壊というわけではないようですが、一歩間違えればかわいそうな卵です。いえ、もう現時点でかわいそうな卵です」
「アクアさん、ひどい……?」
「あ、あんまりつまみ食いする気になれませんわ……!」
「アクアちゃん、これが秘伝の隠し味のタレよ」
「そうですか、では……」
 ――そんなこんなで。紆余曲折を経てお弁当が複数人前出来上がった頃。
 再び、戸がノックされた。
「……お花見、ですか」
「はい」
 応対に出たアクアに橘 舞(たちばな・まい)は笑いかけた。何やら見覚えのある紙袋を持っている。両隣にはブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)金 仙姫(きむ・そに)も立っていた。
「皆でゆっくりとお花を眺めるのも良いものですよ。さあ、行きましょう、アクアさん」
 舞はアクアの手を取り、玄関先の彼女を自然に連れ出そう、と誘った。素直じゃないアクアには少しばかり強引な方がいい、という考えからである。普通に誘っても『興味無い』とか言われそうだし。
「ま、待ってください、私は……」
「四の五の言ってないでついてくればいいのよ。いい天気なんだし、ちょっとは外に出なさいよ」
 仙姫がやれやれという顔をする隣で、ブリジットも背を押して外に向かわせようとする。そこで。
「ん、青の機晶姫よ、どこかへ行くのか?」
 林田 樹(はやしだ・いつき)ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)新谷 衛(しんたに・まもる)緒方 章(おがた・あきら)が正面から歩いてきた。ジーナは、四角い風呂敷包みを持っている。
「ベリル様、お花見、行きませんか? あの時の赤ちゃんと、そのご両親も来るらしいですよ! あ、お弁当は、ワタシ特製三段花見重があるのでご安心下さい!」
「…………」
 アクアは花見重なるものと舞達、樹達を順に見て――言った。
「行きます……言われなくても行きますよ! た、確かに1人では無視したかもしれませんが……ここまで押しかけてこられたら仕方無いでしょう。お弁当なるものも作ってしまいましたし……」
 それを聞いて、新たに迎えに来た7人は動きを止めた。ジーナと舞が同時に「「え?」」と言う。ちなみに、注釈しておくが『ファーシー』から誘われたアクアが花見を断るということは有り得ない。残念ながら有り得ない。1人でも無愛想の下で嬉々として出かけていっただろう。彼女自身は、嬉々としている事を自覚しないまま。
 ――加えて注釈すると、アクアさんは今の所ノーマルである。
「何なんですか次から次へと。もう、来ないでしょうね?」
「アクアさん、お花見に行くですぅ」
 そんな彼女達の後方から声が。無言のままに振り返ると、そこにはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)が立っていた。セシリアはお弁当らしい包みを持っている。
「……もう、来ないでしょうね」
 と、アクアはもう1度呟いた。

「貴女も来るんですか?」
 お弁当を持って外に出て。
 皆で歩き出したところでアクアは言った。尋ねられたノートは心外そうに叫ぶ。
「も、もちろんですわ! 何ですかその意外そうな反応は! 他のみなさんがお花見に行く中、わたくしだけ残るなんてありませんわ!」
「そうですか? わざわざおかずをつまみに来るということは、同行しないからだと考えたのですが」
「そうはいきませんわ。キマクに置いていかれた事、忘れていませんわよ! 今回も置いてけぼりなんて真っ平ゴメンですからね! 何が何でもお花見に参加致しますわよ!」
「…………。まあ、多少騒がしくなりそうですが、いいでしょう」
「な、何だかわたくしだけ妙に軽視されているような……?」
 興味なさそうで微妙に上から目線なアクアに、ノートは何となく首を傾げた。メイベルが言う。
「まあ、お花見に行くならやっぱりある程度人数が多い方が楽しいですぅ。何回やってもいいものですしね。アクアさんはあれから、お花見とか行かれました?」
「いえ……。娯楽というものにあまり必要性を感じないので……。よく、分かりませんし」
「そうですかぁ。こういうのは、皆で楽しく過ごすのが1番ですよ。桜はどんな咲き具合ですかね? 満開からそろそろ散りはじめになっている頃でしょうか?」
 メイベルは、これから出会う桜の様子を想像して期待を膨らませた。
「穏やかな時間をすごせればいいですね〜」

 春。桜以外にも小さい花、淡いグリーンの柔らかい葉をつけた木々がそこかしこで目に入る。緑の匂いを感じながら、皆は急ぐことなく移動していく。
「私の独り言だが、聞いてはくれぬか」
「……?」
 その中で、樹はアクアの隣に並ぶ。向けられる怪訝な目も意に介さず、彼女は淡々と話し始めた。
「私は、人を殺したことがある。……婚約者だ。共に旅芸人の一座で育ち、婚約を申し込まれた次の日に彼に殺されそうになった。……その時、自分の商売道具である銃で、彼を撃ったんだ」
 アクアは目を戻して黙々と歩く。何を考えているのかその表情からは読み取れない。短い沈黙。
「その後、私は死に場所を求めて教導団に入った。そこで出会ったのが……ジーナだ」
 特別に続きを促したいと思ったわけではない。が、聞く姿勢を完全に放棄してもいない彼女に、樹は続けた。前を行くジーナ達を見ながら。
「ジーナと、今は他にもいるが、パートナー達のおかげで、今、私は生きていても良いと思えるようになったのだ。……そうなるまで、10年。
 私の場合は10年だった。……青の機晶姫、お前は何年になるのだろうな?」
「…………」
 アクアは黙ったままだ。だが、最初に独り言だと断っただけに答えを聞くつもりもないのだろう。足を速めてジーナ達に追いつき、歩く。ふとしてから、樹は思い出したように振り返った。
「……そうだ、もしよかったら教導団に来ないか? お前が来てくれれば、コタローが1番喜ぶであろうよ」
 気楽な声音でそれだけ言い、樹は前を向いた。こちらも、すぐに是非を確認する気は無いようだ。
「教導団、ですか……」
 軍隊であり、死に場所を求められるような場所。勿論、それだけでは無いのだろうが――
 以前に使ったヒラニプラ鉄道の周辺、その雰囲気を思い出す。
 ここ数ヶ月、何処かに所属することなく過ごしてきた。イルミンスールのあの寮も、場所を借りているだけで生徒となったわけではない。でも、このまま流されるような生活はそろそろ終わらせて落ち着く場所を決めた方が良いのだろう。勿論それは、自分の意思で。