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リアクション
3.
「こんな感じかな……」
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、真剣な表情でカップ作りに取り組んでいた。
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と、出来上がったカップは交換する約束だ。少しでも良いものになるようにと、自然と力もはいる。時折全体のバランスを見たり、細部を確認したり、教わったやり方を思い出しながら、呼雪は慎重に指を動かしていく。
(綺麗だなぁ)
その姿を傍らで見つめていると、ついヘルはそんな呼雪の姿に見惚れてしまう。いつだって呼雪は綺麗だけれども、こうして集中している横顔や、繊細に動く細い指先は、また格別に思えた。
「なんだ、全然進んでないじゃないか」
視線に気づいた呼雪は、ふと眉根を寄せた。
「だってー。難しくって」
見惚れてたから、とはさすがに言えず、ヘルはそう笑って誤魔化そうとする。すると。
「仕方ないな」
呼雪が立ち上がり、ヘルの背後に立った。手伝ってくれるつもりなのだろうが、なんで後ろに? そう、ヘルが思った時だ。
「こうやって……」
ヘルの背中にぴったりと身体を押しつけ、腕を伸ばすと、背後から粘土に手をのばす。しかし、いかんせん体格差があるため、呼雪の体勢はやや辛そうだ。
「ん、……」
その格好で力をいれようとするため、時折漏らす声は妙に甘くも聞こえ、そのうえ触れる体温や身体の感触もあいまって……。
(ちょ、その体勢だと息が耳に息が耳に! 嬉しいけど、嬉しいけどぉっ!)
あまりにも破壊力が強すぎる。確実に直下型的に。
とはいえ、ヘタに身動きをすれば、せっかく呼雪が調えた作品が台無しだ。
「わざと!? ねぇわざとなの? 確信犯? 故意犯?」
ぷるぷると肩を震わせ、恨めしそうにヘルは呼雪に訴える。
「わざと?」
(……そんなことを言われても、何の事かさっぱり分からないんだが……)
全く悪気のない呼雪にしてみれば、困惑するほかにない。
(くっそー、こんな風に煽って、今夜は覚悟しときなよ、……って、四人部屋だったよ! うごごごご!もうもうどうしてくれよう! これが本当の蛇の生殺しかっ)
ヘルは内心で叫びつつ、もう地団駄を踏みたいくらいだ。
「さて、こんなものかな」
一方、呼雪はカップをあらかた調えてしまうと、身体を離す。出来映えはなかなかのものだ。
「出来上がりが楽しみだな。仕上げは、自分でやれよ?」
「……うん……」
微笑む呼雪に、ヘルは力なく頷いた。
(さて、と)
カップの他に、呼雪にはやっておきたいことがあった。黒崎 天音(くろさき・あまね)に頼まれた、陶器ビーズ用に、小さい玉状の粘土に穴を開けたものをいくつか作る。それは、カップとともに焼いてもらう予定だった。これに、薔薇のエッセンスを染みこませたいということだったので、釉薬はかけないでおこうと思う。
ふと目をあげると、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)とマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)が、レモと楽しげに笑い合っている。そのことに、呼雪はほっと胸をなで下ろした。
「柔らかい粘土から色んなものができるんですね……」
「ホントだね。僕も、びっくりしちゃった」
見学を終えて、レモはマユの隣で、陶芸教室に参加することにした。マユとは学年がひとつ違いで、学校で顔をあわせたことも何度かあったのだ。
「レモさんは、カップやお皿、作ったことありますか? ぼくは作ったことなくて…ちょっと、自信ないです」
「僕もないんだ。ユニコルノさんは?」
「私はカップ作りとお皿の絵付け、どちらでも構わないのですが、レモ様とマユに陶芸が難しそうならお皿の方にしましょうか」
ユニコルノがそう提案し、絵付け用の皿を三人分用意した。モチーフは様々で、見本がいくつか展示されている。
「お花とか…葉っぱや蔦の模様を描いてもキレイかも……」
お絵かきは好きらしく、マユは楽しそうだ。
「焼くと色が変わるんだよね? なんか、イメージしにくいなぁ」
レモはなかなかモチーフが決まらないらしく、小首を傾げている。どうやら、あまり芸術系は得意でないらしい。
「出来が問題ではありませんよ。とにかく、新しい体験に打ち込んだり、楽しむ事が大切なのです」
「……そっか。そうだよね」
ユニコルノの言葉に、レモは大きく頷くと、先ほどとは違う眼差しで絵筆を手に取った。
「うん。僕、もっといろんなことしたいなって思って、来たんだから。まずやってみなくちゃね!」
「はい、そうです」
ユニコルノは静かに、しかし穏やかに答えた。
出来上がった作品は、ユニコルノはまるで見本のような可愛らしいピンクの薔薇の絵で、マユは黄色の花のまわりに緑の蔦が描かれた、のびのびとしたものだった。レモは、結局悩んで、様々な色の薔薇を描こうとしたのだが、残念ながらただの水玉模様に見える。
「むずかしいなぁ」ため息をついたレモを、マユが「でも、ぼくは、好きです」と慰めてくれる。
「ありがとう。……うん、でも、楽しかったしね。マユさん、ユニコルノさん、ありがとう」
レモは心からそうお礼を言った。
「さーって、どうや!」
自信満々で大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が作り上げたのは、カップでも皿でもない。パートナーであるレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)の胸像だった。サイズもなかなか大きく、力作であるのは間違いない。間違いはない、が。
「これ、本当に貯金箱なんですか?」
フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が尋ねると、泰輔は「そうやで」と頷いた。
「小銭貯金も、ありきたりの大きさの貯金箱ではたっぷり貯蓄でけへん。しかも、ありきたりで安物の豚さんの貯金箱では、壊したところで気にならへんから、大金は貯まらない! つまりや、ちょっとやそっとじゃ壊したいとは思わへんものにせな意味ないっちゅーことや!」
そこで選んだのが、レイチェルだったということで。
壊す気になれないものとして選んだわけだから、泰輔なりには愛情をこめているのだろうが、当のレイチェルとしては複雑きわまりなかったりする。
(貯金箱と言えば、豚さんが定番のモチーフですのに…。私の事を豚さんと同じ程度にしか考えていらっしゃらないのかしら。……しくしくしく)
一応、泰輔の考えは聞いてはいるが、「貯金箱イコール豚」のイメージが強すぎて、どうにも喜ぶ気にはなれない。
そのためか、心なしか、レイチェル貯金箱は憂いを帯びた表情になっている。
「んー、ここがまだ、ちょっと甘いか?」
しかし、泰輔は気づいたそぶりもなく、相変わらず製作に没頭中だ。もっとも、時間は限られているのだから、このような大物、張り切らなくては完成できまい。
とはいえ、本人は至ってハイな状態だ。
(あとは、最後に後頭部に入り口を作ればええかな? ……レイチェルで小銭貯金する度に「ちゃりーん♪」って音が鳴る…考えただけでも、嬉しくなってくるなぁ)
さすが『小銭の亡者』を自認するだけはある。だが、そんな泰輔を見守るフランツの表情は苦々しいものだった。
「壊す気にならない貯金箱」の作成??? ……そんなこと言っても、途中で何かにお金が必要になったら、中身は取り出さなきゃ仕方なくなるのに……」
フランツの言うことは至極もっともである。
(それに、いとしのレイチェルが壊される日が「いつか」は来るなんて、僕には耐えられない!!
…………よし)
フランツは内心で覚悟を決め、ポケットの中の小銭を握りしめた。そして。
「こんなもんか? 時間もそろそろやし……」
泰輔が額の汗を拭い、ふと作業の手を止めたときだった。
ちゃりーん♪
「どこやぁ!」
……さすが小銭の亡者。フランツが落とした小銭の音に敏感に反応し、ばっと泰輔は顔をあげた。
「僕のだよ。ちょっと、落としてしまったみたいだ」
「待ってろや! 今探したる。あ、当然見つけたら僕のもんやで?」
「それは、お好きに」
いつものことだからかまわないよ、というそぶりでフランツはまんまと泰輔の気をそらせると、手早くレイチェル貯金箱の底に丸い穴をあけた。……これで、焼き上がってからゴムかコルクでフタをすれば、何度でも使える貯金箱の出来上がりだ。
(これでよしっと)
満足げにフランツはレイチェルを見やり、ナイショだよ、とばかりにウインクをする。
「…………」
(いえ、その、そうじゃないんですのよ……)
そもそも貯金箱のモデルになるのが嫌だ、というレイチェルの心情は理解してもらえず、レイチェルは思わず深々とため息をついてしまったのだった。
「時間だ。作品が出来た人は、窯にいれるのでこちらに。出来上がりは、明日の解散時に手渡すので、名前を書いた紙を忘れずに一緒に提出してくれよ」
リア・レオニス(りあ・れおにす)が声をかけ、作品が次々と集められていく。それをチェックしながら、レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)は密かに微笑んだ。おそらく、リアの心は、すでに次の場所に飛んでいることだろうと思ったからだ。
昼食を経て、旅は次の見学地、タシガン最大のバラ園へと向かうことになっていた。
そこには、恋を叶える薔薇があるという噂があり、しおりにも大々的に書かれている。しかし問題は、その薔薇がどんなものなのか、どこにあるのかすら、わからないということだろうか。
「レモさんは、薔薇をさがすんですか?」
マユに尋ねられ、レモは真っ赤になって手を振った。
「う、ううん。僕にはまだ早すぎるよ!」
「恋に遅いも早いもないぞ?」
ジェイダスにそう言われ、レモはますます困った顔をする。
「あ……ジェイダス様はなにかお作りになったんですか?」
あわてて話をそらそうとレモが尋ねると、ジェイダスは「いや」と首を振った。
「買い物を、少しな」
どうやらジェイダスの気に入ったものがいくつかあったらしい。なかなか豪快な買い物っぷりだったということと、その送り先がラドゥであったことを知っているのは、極少数だったが。
「では、お昼に行きましょう」
ユニコルノに促され、レモはマユの手をとって、嬉しそうにバスへと戻っていった。
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