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リアクション
2.
「なんだ、じゃあ、はっきりどれとはわからないのか」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)からワルドの言葉を伝えきき、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)はいささか困ったように頭をかいた。
「ただのガセ……いや、伝説ってことなんじゃねぇの?」
ライオルド・ディオン(らいおるど・でぃおん)があっさりと言い切る。
ライオルドは、うっかりバラ園で迷いかけたところで、薔薇探しをしていた勇平に声をかけ、共に行動していた。誌穂やセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)も、薔薇探しに歩いていたところで、ライオルドたちに混ざった格好だ。
今のところ、肝心の薔薇は見つかっていない。というより、ライオルドにとっては、どれも綺麗という意味では同じようなものに思える。
「ただの嘘には、思えませんけども。ただ、強力な魔法というよりは、ちょっとしたおまじない程度、と思ったほうが良いかもしれませんね」
セルフィーナが丁寧な口調で言うが、誌穂は真剣な眼差しで、色とりどりの薔薇を見つめている。その中に、彼女の愛する人を探すように。
「あんたはさぁ、その薔薇が見つかったら、誰かに使いてぇの?」
「えっ!」
出し抜けにライオルドに尋ねられ、勇平の頬が傍らの薔薇のように赤く染まった。
「お、俺じゃないって! ウイシア……あ、俺のパートナーなんだけどさ、いっつも迷惑かけてるし、せっかくの旅行だから、ちょっとしたもんプレゼントしたいなって思っただけで……」
理由を説明する勇平の言葉は、微妙に歯切れが悪い。ライオルドが楽しそうに頬を緩め、「じゃあ、そのウイシアちゃんが誰に使うかはわからねぇんだ?」とやや意地悪く聞いた。
「そりゃ……わからないけどさ」
そこを突かれると、勇平としても複雑だ。
ウイシアに喜んでもらいたい。それは確かだ。なにより、大切なパートナーだから。
だけど、彼女が誰を好きなのか。それを考えようとすると、途端になんだか胸のあたりがぐちゃぐちゃになって、考えられなくなる。
「それは、それで良いと思うな」
薔薇から目を離さないまま、そう呟いたのは誌穂だった。
「あんたも、プレゼントなのか?」
ライオルドの言葉に、誌穂は頷く。
「うん。誌穂はイシャちゃんの前でこの恋が叶う香水は使わないつもり。確かに詩穂はアイシャちゃんのことが好き。だから、アイシャちゃんにお土産としてプレゼントして、一番大切な人が、アイシャちゃんが、自分の好きな人の為に使ってくれればそれが一番嬉しいな」
誌穂の言葉に、勇平は暫しぽかんとして、それから、力強く頷いた。
「俺も、そう思う。ウイシアが喜んでくれるのが、一番良いんだ」
「なるほどね」
リアリストのライオルドとしては、恋が叶う魔法だのおまじないだのといったものは、あまりピンとはこない。だが、『貴方のために』という思いは、そんなまじないよりもよっぽど理解できる。
「だったら、目で見ないほうがいいんじゃねぇか?」
「え?」
「渡すのはエッセンスなんだろ? だったら、香りのほうが大事なんじゃねぇの」
ライオルドの言葉に、誌穂と勇平は目を丸くした。なるほど、それは一理ある。
「大切なものは目には見えない、ともよく言いますね」
セルフィーナもそう同調する。
「そっか……」
二人は目を閉じ、じっと感覚を研ぎ澄ませた。なにもかも混ざり合った薔薇の香りのなかで、そのうちに、ひとつ。彼らの感覚を呼ぶものがある。
「「……これ!」」
ほぼ同時に、二人は薔薇を手にしていた。……ただしそれは、それぞれ違うものだ。
勇平の手には、赤い薔薇が。誌穂の手には、白い薔薇。
だが、どちらもこれが、自分が探していたものだという不思議な確信があった。
「誌穂様は、それで良いのですか?」
「うん。だって……これが一番、アイシャちゃんの甘い香りに似てたの」
そう言うと、誌穂ははにかんで笑った。
「それなら、とっとと戻らないとな。時間がなくなっちまう」
ライオルドが、そう急かす。しかし、その表情は、誌穂の笑顔につられたように、なんだか嬉しげなものだった。
「なるほど、そういうわけか」
ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が呟く。
彼は蔓薔薇の壁の向こうで、誌穂たちのやりとりを耳にしていた。
道理で、いくら「あなた達の中でかくれんぼが好きな子はどこにいるの?」とスクリミール・ミュルミドーン(すくりみーる・みゅるみどーん)が優しく薔薇に尋ねたところで、薔薇たちは一様に「そんな子はいないわ」と答えるばかりだったわけだ。
「その人のことを、精一杯思って選んだ薔薇こそが、魔法の薔薇になりうるというわけね」
スクリミールは微笑むが、それはどちらかといえば、嘲笑に近かった。
「まぁいいよ。それなら、僕は僕なりに、精一杯彼のために薔薇を選べば良いんだよ」
魔鎧の身体を軋ませ、ブルタは粘つくような笑みを漏らした。
彼が薔薇を捧げる相手はたったひとりだ。
ブルタは白い薔薇の蕾を手にすると、不似合いな薔薇の花園を、ゆっくりと戻っていった。
「これを、僕に?」
「そうだよ。レモ」
差し出された薔薇の蕾に、レモは戸惑いも露わにブルタを見やった。
「あれ? でも、バスの中で見かけなかったよね?」
「僕は薔薇の学舎の生徒としては異形だからね。目立たないように、荷台にいたんだよ」
わざと寂しげにブルタはそう言い、肩を落としてみせる。
「そんなこと、気にしなくたっていいのに! 見た目なんて、たいした問題じゃないよ」
レモはそう力説するが、それはどこか、自分自身への言葉にも聞こえた。
やはり、レモはまだ、ウゲンの影を気にしている。それはどうしようもないことのようだ。
「ありがとう。レモは、優しいね……」
「そんなこと、ないよ」
「また薔薇の学舎に戻ってからも、たまに話せるといいな」
「うん、もちろん」
レモがそう答えたとき、背後からハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)が「レモ君」と声をかけてきた。
「じゃあ、また」
ブルタはそれだけを伝えると、レモから離れる。こちらを激しく警戒しているハルディアとデイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)の視線に気づいているからだ。
(やれやれ、じゃあまた、荷台で待つかな……)
和やかな空気をぶちこわすのは、ブルタの本意ではない。今のところ。
「思い出にのこる旅行になるといいわね」
スクリミールが、先ほどの白い薔薇とは対照的な黒薔薇を手に微笑む。
艶やかに咲く黒い薔薇は、ただ静かに彼女の指先にあった。
「ハルディアさん。ほら、白い薔薇も綺麗だよ」
「……そう。よかった」
ブルタに、ウゲンのことや装置のことを聞き出されはしなかったことを察し、ハルディアは穏やかにレモに微笑んだ。
とはいえ、相手はブルタだ。用心しておくにこしたことはないように思える。
「でも僕じゃ、ルドルフさんやジェイダス様ほど、薔薇って似合わないね」
肩をすくめて、レモは恥ずかしそうに笑っている。
こんな風に振る舞えるようになったのは、最近だと聞いた。せめてこの二日間は、この笑顔を曇らせたくはないものだ。
「理事長はどんな花も似合うからねぇ」
「うん。……今も、そうだよね」
『今』という言い方をあえてレモがしたのは、ジェイダスが若返ってしまった理由が自分にあると、気にしているからだろう。もっとも、当人はあの姿を充分満喫しているので、レモが気に病む必要はないのだが。
「でも、失われてしまったかも知れない理事長の命を一生懸命助けてくれたのも、君だよ」
ハルディアは優しくそう口にした。
自責の念というものは、そう簡単には払拭できないかもしれない。しかし、他者の言葉がなければ、より時間がかかるものだからだ。
「それでも気になってしまうなら、レモ君がその分理事長の支えになれば良いんじゃないかな? 君にも出来る事、君にしか出来ない事だってあると思うし」
「僕に出来る事……」
レモはそう呟くと、白い薔薇を見つめて俯いた。少し、考え込んでしまっているらしい。
「そう。今はまず、僕たちと旅行を楽しむことじゃないかなぁ?」
ハルディアは少年の薄い肩に手をおくと、のんびりとした口調で励ました。レモは顔をあげ、「そう、かな」と小首を傾げる。
「そうそう。さ、もう少し見てまわろう?」
「レモ、薔薇のケーキがあるぞ!」
ディビットが、ハルディアとレモを呼ぶ。甘いお菓子の誘惑に、レモは明るく「はぁい!」と手をあげて答えた。
すると、そこへ。
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