リアクション
1 シャムスの部隊は森の中心部からざっと見ると、右手から進んでいた。当然、アムドゥスキアスたちは左手より進むこととなる。 果たして敵はどう動いてくるか……? と、思索を張り巡らせていたが、 「そうくるか」 さほど考える間もなく、敵兵は木々の上を伝って一気にシャムスたちを迎撃してきた。作戦という作戦を感じさせない、直接的な戦い方。 だが、その分かりやすさがシャムスには心地よくもあった。 飛び掛ってくる敵の攻撃を、相手の間合いに入らぬように避けて、弓矢を射る。腕に突き立った矢に苦痛の叫びをあげた敵兵を一瞥だけして、シャムスは止まることなく先へ駆けた。 無論、相手の数は一瞬では数え切れないほどだ。すぐに別の敵が、それも3人同時にシャムスへと襲いかかる。野獣のような爪が眼前に迫った。 が―― 「…………ッ」 それを、一本のヴォーチャースピアが、その穂先をもって阻んだ。その折に、穂先から伝わった衝撃が、無色透明な空間を揺らす。空間から溶けるようにして現れたのは、ひとりの毅然とした表情の青年だった。 「永谷……!」 「無茶はするなよ」 光学迷彩に全身を溶かしていた大岡 永谷(おおおか・とと)は、表情を崩さずに、自らの心にささやくようつぶやいた。 「連中が親玉を失うわけにはいかないのと同じように、俺たちにとっても、あなたは失ってはならない存在だ」 正面を向いて敵を牽制しつつ、彼は振り返らずに言う。 「直接狙ってくる奴らの迎撃は任せろ。今回も、全力を尽くす」 「……ああ、任せたぞ」 永谷がぎゅっと力強くスピアの柄を握りしめたのを見て、シャムスはその頼もしい背中に信頼を寄せる言葉をかけた。それに応じてうなずいた永谷は、再び光学迷彩によって姿を消し、周囲の景色に溶け込む。 目を凝らしてようやく分かる程度の、わずかに歪んた空間が、シャムスから距離をとって先行した。 「一歩も退くな! 目的は敵の殲滅ではない。ナベリウスのもとへとたどり着くことだ!」 シャムスはわずかな部下たちにそう叫びをあげて、自分も永谷に続くように再び足を進めた。 その腕に嵌められた腕輪は、かすかに光を帯びている。〈禁猟区〉の保護がかかった腕輪だ。永谷と、そして神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)から付与された聖なる力が、敵の攻撃を耐える体力に内なるパワーを与えていることを実感する。 (ありがたいな) そんなことを思ったそのとき、彼女の横では仲間の契約者が敵の攻撃を退けたところだった。 元神父である契約者、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)である。 敵は腕にはめた、巨大な三本の爪が飛び出た手甲を突き出して襲いかかってくる。だが、その前にアキュートはミラージュを発動していた。幻想の光が人の形を象ったと思ったそのときには、アキュートの分身が生まれている。 アキュートは円の動きで相手の攻撃を避けた。まるでマジックのように、そこに残像のごとく分身が残る。そして単純な思考をしているナベリウス軍の兵は、その分身をアキュートだと誤認した。 「取った」 自分だけに聞こえる、静かなつぶやき。 ミラージュの分身を爪がえぐったとき、兵の背後からアキュートの刃は降り注いでいた。 (やるな) と、シャムスは、ザナドゥに来てから初めて言葉を交わした神父のことを賞賛する。 そのとき、横合いからアキュートを追うようにひとりの影が飛び出した。 「ペトちゃん、少し荒っぽく行きますよ」 「ペトは大丈夫なのです。思いっ切り突っ込むですよ〜」 アキュートのパートナーであるクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)とペト・ペト(ぺと・ぺと)だ。 巨大なナギナタの武器を構えたクリビアは、腰のウエストポーチにすっぽり入っている花妖精、ペトに声をかけて承諾を得てから、一気に敵兵の懐へとバーストダッシュで突っ込んだ。斬り込むその前に、彼女が光術の魔法を放っていたことをシャムスは見逃さない。 光に視界が眩んだそのときを突いて、刃が相手を裂いたのだった。 「敵は神出鬼没ですね。さすがに、そう安々と先には進ませてくれないといったところでしょうか」 クリビアたちへ向けた感嘆の響きも含んで、駆け抜けるシャムスの横に並んだ神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が言った。 「そうだな……」 つぶやくように返し、シャムスは思案顔になる。 (戦士だけならばまだ良い。しかし、戦いに関係のない民を巻き込まずに済めば良いが……) ナベリウスのもとにたどり着くまでの時間もそうだが、彼女が果たして交渉に応じてくれるかどうか。それも問題だった。 そんなシャムスの思考を読み取ったように、翡翠もつぶやく。 「交渉ですが、かなり難しいと思いますね……。条件をつけるという方法もやらないよりはマシだと思います。……上手く行くと良いのですが」 「そうですわね。上手く行けば良いのですけど……交渉、説得をする方の腕次第という感じですわね」 翡翠のつぶやきに答えたのは、彼の後ろに控えていた柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)だった。ほぼ全力に近い速さで疾走するシャムスについてくるとは、彼女もなかなかに素早い。さすがは精霊といったところかと、場違いに感じながらもシャムスは感心した。 「それで? うまくいくためには、どうすれば良いと思う?」 「え……? それは……先ほども言ったように条件をつけるなど……」 「交渉のセオリーじゃない。翡翠、君はナベリウスたちをどう思うんだ?」 条件や交渉・説得の腕は当然、大事なことである。しかし、シャムスが聞きたいのは、これまでともに戦場を生き抜いてきた翡翠自身の意見だった。 自分を一瞥したシャムスの視線を受け止めて、翡翠もそれを感じ取った。 「自分は……3人娘は、かなり、我がままで無邪気な感じがします。ですので、戦って勝たないと言う事を聞かないかと……」 だから彼は、自分の意見を素直に言った。 それを聞いて、シャムスは満足そうにうなずく。 「オレも、そう思う」 それは交渉ごとを諦めたり、あるいは、戦いたいといった私欲ではない。アムトーシスやザナドゥでナベリウスの姿を垣間見たシャムスの、少なからず体験に基づいた意見だった。 無論、ナベリウスを殺してやろうなどと思ってはいない。説得・交渉・対話とは、十人十色だとシャムスは思っている。ナベリウスにとって、それが最適な対話のやり方であるならば、シャムスはその方法を迷いなく取るつもりだった。 そのために、彼女たちはゲルバドルの森を突き進む。 ガサガサと音を立てて、森の幹や枝はその道を阻むために動き出した。即座に方向を変えたり、それを飛び越えてシャムスたちは前へ向かう。時には、敵兵が現れたルートを、逆に取り込むようにして進んでいった。 と―― 「生きる森、ですか。興味深いですね……音楽のテーマにしたいものです」 ずずーと、サンタのトナカイのそりを占領した優雅な男が、珈琲を飲みつつのんびりと言った。 「って、ちょっと待たんかい、そこ!」 「……はい? 何か?」 男――ローデリヒ・エステルワイス(ろーでりひ・えすてるわいす)は、うごめく森を進むのはトナカイに任せているため、労力というものをまるで感じさせない。 そんな、剣の花嫁としては信じられない姿に、ロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)は口を挟まざるえなかった。 「何か? やないわー! こんなときになにのんびりお茶飲んでんねん!?」 「丁度ティータイムの時間でしたので。……これに音楽があれば文句なしなのですが。まあ、私の事はお気になさらず」 名門貴族出身の剣の花嫁は、あまりにも場違いな優雅さでそう言いつつ、ティータイムを楽しんだ。 「貴族って……分からへん……っっ! なあ、桜と領主さんもそう思うやろ?」 まったく通じ合えない貴族論議に涙して、ロランアルトは自らの契約者と領主へ振り返った。 が、そこにいた契約者の娘は、いつもの陽気さのなりを潜めて、なにかを考えるように黙り込んでいた。当然、ロランアルトの声にも気づいていない。 「……桜?」 再び、ロランアルトは名前を呼ぶ。 そこでようやく、彼女は顔をあげた。しかしその視線は、一度ロランアルトに動き、そしてシャムスへと動かされた。 「ねえ、領主様。僕もナベリウスと友達になれるかな? ……僕たちと領主様みたいに」 不安の残る瞳で、契約者――飛鳥 桜(あすか・さくら)はシャムスを見上げた。 「戦いの相手じゃなくて、一緒に楽しい事をして笑ったりできる、本当の友達になれたらいいなって……僕は思うんだ」 「…………」 シャムスはそれにすぐ答えることが出来なかった。 それは、桜を眩しく感じたからである。シャムスは彼女と違って、そんな風にナベリウスのことを考えたことはなかった。彼女の頭のなかにあるのは、少なからず戦いの被害を減らすという意味での“平和”と、そして、妹――エンヘドゥのことである。そのために、ナベリウスという障害をなくすことを考えていただけだ。 だが、桜は違う。 そのことが、シャムスにひどく、彼女とかけ離れた存在であることを突きつけるのだった。 が―― 「戦いは、友達がいなくなってしまうかもしれないっていうのを、僕は時々忘れそうになる……。何かを守りたいって思えば思うほど。僕、友達が……領主様や親分達がいなくなるっていうのは、凄く、嫌だよ」 桜はそう言った。 (……そうか) 自責や、後ろめたさにも似た、自分の感情を振り返って、シャムスは思った。 桜も、もしかしたら自分と同じなのかもしれない。ただ彼女は、そこに、自分の感情に、必死に問いかけたり、語りかけているだけだ。忘れそうになる思いに。 「……まあ、無邪気な子らしいからなぁ」 桜にまず答えたのは、彼女が親分と慕うロランアルトだった。 それから、続けるようにローデリヒが言う。 「貴方が決めた事は貴方にしかできませんよ。私たちは、それの後押しをするだけです」 「そやそや。あとな、桜。問題なんは出来る出来んかやないと思うで? なるかなれんか、や。……お前なら、なれると俺は思う。ローデリヒと友達になれた位やしな」 その言葉には明らかに皮肉が含まれていたが、それが軽口だと気づいているため、ローデリヒは微笑するだけにとどめた。 「おや、私は友人を選んだつもりですが?」 「よう言うわ……」 呆れたような視線を向けるロランアルト。 桜は二人の言葉を聞いて、自分の心をぎゅっと掴むような思いがした。 そして、 「そうだな……お前なら、出来ないことはないさ」 「領主様……」 まるで何か、縛り付けられていた思いが吹っ切れたかのような、シャムスのほほ笑み。 それを見て、桜は勇気をもらったような気がした。 「領主様、僕は友達を……貴方を守ってみせる。必ず、ナベリウスの元にいこう!」 「ああ」 そして、“ナベリウスとも友達になるんだ” 言葉にはしていないが、桜の言葉には、そんな声が続いているような気がした。 2 |
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