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リアクション
第27章 笑顔の約束
「イルミネーション綺麗だなー」
夕方。大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、百合園女学院の前でアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と待ち合わせて、ヴァイシャリーの街に出ていた。
「はい、キラキラしていて、綺麗です」
アレナは、日中友人とショッピングをした時に買ったという、白いAラインのコートを纏っていた。
「ヴァイシャリーではクリスマスにどんなことをやるんだ?」
「大きな木に電飾をつけたり、飾り付けをしたり。ヴァイシャリーはツァンダほど地球の文化が流れてきていませんから、街として行っているのはそれくらいかと思います。あとは、ヴァイシャリー家でもパーティが行われるそうですし、百合園女学院でも生徒達が企画した催し物が色々あるんですよ」
アレナは歩きながら、街中で行われている小さなイベントを康之に紹介する。
「抽選会を行っているお店もあって……。あとで行ってみませんか? それから、劇場で特別公演もあって……あと、島でもパーティが行われるそうです!」
彼女は明日、ヴァイシャリー湖の小さな島で行われるパーティに呼ばれているそうで、それを楽しそうに話していた。
パーティへの参加もそうだが、久しぶりにパートナーの神楽崎優子と会えることが嬉しいらしい。
(そうだよな……。アレナまだ優子さんと会えてないのか)
康之は浮遊要塞の事件のことを思い出す。
自分の隣で、アレナは元気にしているけれど……。
その心に、沢山の不安を抱えていることもわかる。
本当は彼女を助けるために、色々聞きたいことはあるけれど、こんな日くらいそういうのはナシでいこう。
そう決めて、事件のことには触れずに、アレナの傍で微笑み続けていた。
「そうだ、一応プレゼントは用意してきたけど、その前にちょいと聞きたいことがあるんだ」
露店のベンチに腰かけて、出来たての焼き菓子を半分こしながら、尋ねてみる。
「アレナって、スライムが好きなのか?」
「え?」
「いや、時々持ってるの見かけるからさ、好きなのかなって。好きなら似たようなの見つけて買ってやるぜ?」
にっこり康之が微笑むと、アレナもにこにこ笑みを浮かべる。
「あの子はお友達なんですっ」
「友達か〜」
ヴァイシャリーに来たばかりの頃。優子に手間のかからないペットでも飼ってみたらどうだと勧められて。
アレナは一人で、郊外の小さなペットショップを訪れたそうだ。
その時に、店員の男性に『君にはこの子が似合うっ!』と強く勧められたのが、スライムのスラちゃんだそうだ。
「魔法攻撃から守ってくれるんですよ……!」
「そっか、大事なお友達なんだな」
「はい。あ、ココアできたみたいです」
アレナが立ち上がり、注文してあったホットココアを2つ受け取って、1つを康之に渡した。
そしてまた、2人ならんで腰かける。
「温かいです」
アレナはカップを両手で包み込んで、手を温めていた。
寒さで頬がうっすらと赤く染まっている。
「うん、あったかいなー! ココアが無くなったら、手、握って温めてあげるぜ。俺、アレナより体温高いしな」
康之も同じようにカップで手を温めながら、アレナにそう言うと、アレナは嬉しそうに首を縦に振る。
「手を握る、か……」
彼女の小さな手を見て。その感触を思い出し。
康之は同時に、過去のことを思い浮かべていく。
「離宮から帰還して、そろそろ一年なんだよな。あっという間い過ぎたけど、色々あったなぁ」
帰還してすぐにあった、歓迎祝賀パーティーに、パン…パーティ。夏祭りのサプライズもあった。
万博やハロウィンも。
「楽しい事いっぱいあったよな」
「……そうですね」
こくんとココアを飲みながら、アレナがしみじみ答えた。
「そういえば、歓迎祝賀パーティーの時。アレナは『自分にできるお返しは、出来る限りしたい』って言ってたけど、俺としてはアレナが楽しい時に笑顔を浮かべている。それだけで十分なお返しになってるんだ」
「どこが、お返し……でしょう?」
アレナは不思議そうに康之を見る。
「俺の事を特別だって言ってくれたり、俺の笑顔があったら頑張れたって言ってくれた時なんて、嬉しくて俺がお礼を言いたいくらいだったんだぜ?」
康之は……アレナが大好きな陽の光のような強い笑顔を浮かべる。
「まっすぐ突き進むだけが取り柄で、他は何も持ってない俺にそこまで言ってくれて、ありがとうって」
アレナは首をゆっくり横に振った。
「他には何も持ってないなんてこと、ない、です。康之さんは凄い人ですよ……」
だって。
“あなたの笑顔は『本当』だから”
“私に向けてくれる言葉も『真実』だと信じられるから”
“あなたの多くの友達は、本当のあなたを好いているから”
「すごいんですよ!」
そう、もう一度言ってアレナは微笑んだ。
そんなアレナの言葉に、康之は感動すら覚えてしまう。
「それじゃ、今から言う言葉も『本当』の言葉だ」
康之は、ケースに入ったプレゼントをアレナへと差し出す。
「これには『アレナが気に入ってくれた笑顔を絶対に失わない』って約束が込められてるんだ。……これを持っててくれるかな?」
ケースに入っていたのは、約束の指輪……プラチナで出来た大きめのリングだった。
「アレナの笑顔は俺が護る。だから、俺の笑顔はアレナに護って欲しいんだ」
「康之さんの笑顔を……護る? 持っていれば、いいんですか?」
「あぁ、サイズはぶかぶかだから、わざわざ指につけなくてもいいからな!」
そう言うと、アレナはこくりと頷いて。
空になったカップをベンチの上に置き。
ふわふわのマフラーを外した。
彼女の首には、夏に康之がプレゼントした銀製のロケットがかけられていた。
一旦外して、アレナはチェーンにリングを通して。
また首にかけた。
「今日はこうして、持ってますね。ありがとうございます」
アレナはリングが見えるように、マフラーを巻き直した。
それから。
「パン…パーティの時のお茶、気に入ってくださったみたい、でしたので。……メリークリスマス、です」
鞄の中から取り出した、お茶のセットを、康之へと差し出す。
「メリークリスマス、アレナ!」
アレナからのプレゼントを受け取った康之は、彼女にもう一つプレゼントを――アレナが大好きな、満面の笑みを贈った。