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【2021クリスマス】大切な時間を

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第26章 一夜の恋

 シャンバラ教導団の在るヒラニプラも、立木に電飾や飾り付けがされ、煌びやかに彩られ、街の中は賑わいを見せていた。
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、そんな街の中を一人で歩いていた。
 傍らにいるはずの、恋人、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の姿はない。
 彼女は軍の任務で、年明けまで帰ってこれないのだ。
 一人残されたクリスマス。
 例年のクリスマスは2人で過ごすのが当たり前だったのに。
 寂しさと共に。
 どこかほっとした気持ちもあった。
『そのリングをつけてなんかやらない』
 それは空京で、事件の時にセリアナがセレンフィリティに言った言葉。
(セレンはいい加減で大雑把で気分屋でおまけに向こう見ずだから……)
 それをフォローする自分の役割について、疑問に思ったことはなかった。
 セレアナはセレンフィリティを愛しているから。
 大切に想うから。
(だけど……最近、セレンは何処か自分を大切にしていない)
 セレンフィリティには辛い過去があった。
 それ故のことだとは理解してる。
 でも、もう少し自分を――自分のことを想う、セレアナのことを大事にしてほしい。
 そう思ってしまうのは、我がままだろうか。
 そんな気持ちを持ってしまったからか。
 セレンフィリティと微妙に心がすれ違うようになった気がする。
 最近はデートしても、夜毎体を求めあっても、全然満たされなかった。
 セレンフィリティの方も、なんとなくそれを知っているようで、ますます気持ちがすれ違い、すれ違ったまま……今日を迎えてしまった。
(少し二人の間に距離を置いて見つめ直す時期なのかもしれない……)
 賑わう街を。
 一人で、孤独にセレアナは歩いていた。
 冷たい突風が服の中を駆け抜けて、ふと我に返ると。
 いつのまにか、公園のベンチに一人で、ぽつんと座っていることに気付く。
「あ……」
 孤独でいることに、耐えられなくなって。
 セレアナの目から、涙が零れ落ちた。
 寂しくて、居た堪れなくて。
 愛する人の傍に居られないことが、こんなにも辛くて……こんなに、悲しいなんて――。

「みんな楽しそうね〜。今日はカーリーもいないし、夜はのんびり家で過ごしますか」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は、街で一人分のケーキと七面鳥を買って、家に戻ることにした。
 パートナーの水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、出張でヒラニプラを離れているし、彼氏もいないし。
 今年のクリスマスは一人で気ままにのんびり過ごそうと思っていた。
「……ん?」
 近道をしようと、公園の中に入り、通り過ぎようとしたその時。
 カジュアルな冬物を着た、自分より年上に見える女性が、顔を両手で覆って泣いている姿を見た。
「……彼氏に別れ話でも切り出されたのかな?」
 こんな時期に。可愛そうに。
 そうは思ったが、関わりを持たないよう、そっと立ち去ろうとした。が。
 しゃくり上げて、顔を上げたその女性と、偶然目が合ってしまった。
 間近で泣いている女性を無視して通りすぎることもできなくなり。
「どうかしましたか?」
 どうしたものかと困り果てながら、とりあえず優しげに声をかけた。
 次の瞬間に。突如、その女性はマリエッタに取り縋ってきた。
「お願い……私……私は……」
 と、言葉にならない言葉を吐き、彼女は泣き続ける。
「んーと、とにかく落ち着かないとね? 周りの人達も何事かと思うし」
 通りかかる人々がこちらに目を留めだす。
「あたしの家に来る? お茶くらい淹れるわよ」
 やむをえず、マリエッタは女性を宥めながら、家へと向かうことにする。

「セレン……セレンが好きなの……でも……最近どこか……心が……届かないような気がして……」
 歩きながら、彼女は――セレアナは、マリエッタにぽつりぽつり語っていく。
 ショートウェーブの黒い髪。
 涙で濡れた青い瞳。
 肌の色は美しく白く。
 すっりとした長身の、ほっそりとした足。
 そして、とても綺麗な顔立ち。
 セレアナは、マリエッタの好みのタイプだった。
「寒かったわね」
 マリエッタはセレアナ部屋に入れて、暖房をつける。
 彼女の涙は止まらない。
 震えているのは、寒さのせいだけではないことも、解っている。
 愛する人のことで、心を痛めて自分に縋り付いてきた彼女に。
 マリエッタはやりきれない想いを抱く。
「……今夜はあたしが、セレンって人のこと忘れさせてあげる」
 震えている彼女を、マリエッタは抱きしめて、優しく口づけをした。
 それから、彼女の冷たい身体を。
 自分の手と身体で。
 いつもの自分では想像もつかないほどに、優しく、愛おしむように……。
 抱きしめて。温める。

○     ○     ○


 目が覚めると、既に夜だった。
 身を起こし、セレアナは自分が一糸纏わぬ姿であることに気付く。
 隣にいるのは、蒼い髪の名も知らぬ少女。
 公園のベンチで孤独に震えていた自分に、声をかけてくれた娘……ということは覚えている。
「……ん……」
 その少女、マリエッタが目を開いた。
 彼女も身を起こし、2人の間に少しの間、気まずい空気が流れた。
「……セレンって人、好きなのね……あたしを抱いている間、泣きながらセレンって呼んでた」
「ご、ごめんなさい……あなたのことを……その……」
「いいのよ。それだけあなたがセレンって人のこと愛してるってわかったから。あたしと寝たくらいでその子を裏切った事にはならないわよ」
 マリエッタのその言葉に、セレアナは首を左右に強く振った。
「……でも……ごめんなさい……とても心細くて……あなたに……」
 縋ってしまったことを、セレアナは深く謝罪していく。
 マリエッタは、涙の止まった彼女の顔を初めてきちんと見た。
 やはり、とても美しい女性だ。
 彼女が終始、恋人の名を呼んでいる間。
 マリエッタは彼女と、その恋人への軽い嫉妬を感じていた。
「そういえば、自己紹介、まだだった? あたしはマリエッタ。よかったらマリーって呼んで」
「私は……セレアナよ」
「そう。いい名前ね」
 マリエッタは微笑んで、だけれどどこかぎこちなく。
 2人は朝まで沈黙を挟みながら、会話を続けた。

 日が昇ってすぐ。
 セレアナは礼を述べて帰っていった。
「……迷わないでね」
 と、呟きながら、マリエッタは彼女を見送った。