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リアクション
第24章 冬花の祝福
飛空艇で恋人の御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)を、迎えに行った後。
セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)は、彼女と一緒に、ツァンダの月の泉を訪れた。
今日は12月24日。クリスマスイブ。
そして、千代の40歳の誕生日だった。
ずっと離れていた2人だけれど、最近、セシルが飛空艇を買ったことで、ようやくいつでも彼から会いにいくことが出来るようになった。
「ちょっと寒いかもしれないけど、冬じゃなきゃ見れないものがあるから」
大切な日のデートの場所として、この月の泉を選んだのはセシルだった。
今年の彼女の誕生日そして、クリスマスイブに。
セシルは彼女にプロポーズすると、決めていた。
「素敵な景色ね」
千代は幸せそうな顔だった。
互いになかなか時間がとれなかったこともあり、彼とこうして出かけるのは随分と久しぶりだから。
2人で一緒に、月の泉の森を歩いていく。
既に日は暮れていて、月の淡い光だけが辺りを照らしている。
2人以外、人はおらず。
静かに、ゆっくり、千代の30代最後の時間が流れていく……。
「これを……」
セシルが小石を拾った。
「こうすると」
そして、泉の中心に投げ込む。
すると――。
波紋が起きたところから、一気に凍りついて、一面に花が咲いた。
美しい、氷晶花が。
月の光を受けて、幻想的に輝く。
「泉の水が、過冷却状態になってるんだ」
衝撃を与えると一気に凍りつく。
その凍りつき方がまさに、泉の水面一帯に花を咲かせたような形になるため、氷晶花と呼ばれている。
そう、説明をしていく。
「凄いわ……」
千代は息をのんで、見惚れていた。
「綺麗だろ?」
言って、セシルは千代に目を向けた。
月光に照らされた、彼女もまた美しかった。大人の魅力が溢れていた。
「……千代」
不意に、セシルは笑顔を消した。
言うべきことが、ある。
しかし、彼の心に不安が過った。
彼女に向けていた真剣な目が揺れて。
視線が、落ちた。
その瞬間。
「……セシルくん、私と勝負なさい」
千代が動いた。
「ち、千代っ?!」
「あなたの思い、心の全てぶつけて見せなさい!」
「勝負って……ま、待て!」
「はあっ!」
セシルが止める間もなく、千代は則天去私を放った。
「無理だって! 怪我でもさせたら……!!」
スウェーで攻撃を受け流したセシルだが、近くの木の枝で頬を深く切ってしまう。
「くっ」
流れた血を、反射的に拭った次の瞬間。
セシルの瞳が真紅に閃いた。
戦に魅入られた、修羅となる――。
「セシルくん……」
「……高くつくぜ?」
セシルは、ぞっとするほど美しく。
不敵な魔性の笑みを浮かべる。
「暴走モードに入りましたね」
千代が構える。
セシルは血を見ると、攻撃特化、防御無視の暴走モードに入ると耳にしたことがあった。
(これは多分、普段、底抜けに明るく振る舞う彼の心の底に溜まりに溜まった『負』の感情の露出……)
千代は体格差を警戒し、組み付かれないよう『鳳凰の拳』のワンツー攻撃で距離を取りながら、打撃を打ち放つ。
セシルは攻撃を受け流し、躱しながら、一瞬の隙をついて則天去私。
「……っ」
千代は強靭な精神力で集中し、攻撃を受け止める。
「そんな攻撃じゃ、私を倒す事なんてできませんよ!」
彼が抱える負の感情全てを受けきり、暴走の『その先』、彼の『素』を出してもらおうと。
傷ついても退かない。避けない。躱さない。
「あなたの全てを出してみなさい! 全部受け止めてあげるから……」
千代は全て、その身に受ける。
「教導女の底力、見せてあげますわ!」
受け切った彼女が鳳凰の拳を繰り出した瞬間に。
「すべ、て……!」
セシルは乱撃ソニックブレード。ナラカの闘技の技術を持つ彼の、凄まじい攻撃が千代に降り注ぐ。
千代の強烈な攻撃は一発セシルに当たり、彼の身体を吹き飛ばす。
セシルの鋭い攻撃は、千代の身体をズタズタに切り裂いた。
だけれど、彼女は倒れない。
防御の姿勢をとったまま、血にまみれて立っていた。
「まだ、だ……」
地を蹴って、セシルは千代に飛びかかる。
神剣イクセリオンの光の刃が、千代の妖艶な身体に振り下ろされる。
千代は躱さない。光条兵器の攻撃でさえ、受け止めようと立ち続ける。
「……っ!」
セシルは、手を振り下ろした。
だけれど、彼の手には武器は握られていなかった。
そのまま、彼は千代に覆いかぶさるように、抱きしめて。
崩折れるように座り込んだ。
「ギリギリ、だったな……」
荒い呼吸を繰り返しながら、千代を強く抱きしめて、彼女の存在を、鼓動を確かめる。
「もう少しで殺しちまうかと思った。なんとか抑えられたのは、千代だったから、だな……」
「セシルくん。今のあなたこそ本当のあなたですよ」
言って、千代もセシルを大切に抱きしめる。
「気づいてくれてたんだな。普段の反動で闇を抱えてる、こと」
セシルは息をつきながら、ゆっくり語る。
「力量もそうだけれど、千代にとって俺は子供に思えるんじゃないかって……だから越えなきゃいけない、守れるくらいに大人になって」
「……」
「つりあう男にならなきゃいけないって、肩に力が入ってたこと」
それから顔を上げて。
傷つけてしまった、彼女の頬に手を当てて、切なげに見つめる。
「むしろ千代は傍についててやんなきゃ駄目なひとだって最近気づいたけど」
わずかに笑みを浮かべて。直後に不安気に瞳を揺らす。
「……正直、暴走してる時の俺を実際目の当たりにしたら、どう思うのか不安だった」
千代は戦いや争いが嫌で。
それからすると、自分の修羅気質は真逆だから。
そんな素直なセシルの言葉を、千代は温かな目で頷きながら聞いていた。
「でも千代ならきっと、何もかも受け止めてくれるんじゃないか。このひととなら、一生一緒に歩いていけるんじゃないか。……そう思ったから、俺は千代を愛したんだと思う」
セシルの瞳が、普段の――碧に戻った。
身体を話して、間近で微笑んで。
そっと小箱を渡す。
千代は受け取った小箱を開けて、中を確認した。
――中には、ダイヤモンドの指輪が入っていた。
「セシル、くん……」
「俺はまだ、男として何も成せてない。だから身を立てるまで、もう少し待ってもらわなきゃならない。
それでもいいといってくれるのなら、結婚してほしい」
千代は彼の碧の瞳を見ていた。
真実の彼の姿を、言葉を五感全てで感じていた。
「……待っていてくれるか? すぐに、胸をはって千代と結婚できる俺になるから」
「はい」
と、千代は美しく開く花のように、微笑んだ。
「お待ちしています」
指輪を両手で包み込む。
どこからから舞飛んできた雪が――風花が舞い踊った。
泉の中で、氷晶花は美しく咲き誇り。
小さな純白の花は、踊りまわって二人を祝福する。