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リアクション
■ 内部告発者 ■
この長期休暇には帰ってくるようにと祖父の藤原 道元に命じられた為、イルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)は実家に戻った。
あまり良い思い出はないのだけれど、祖父直々の言いつけとあらば帰る以外の選択肢はイルゼには無い。
「ただいま帰りました……」
そう挨拶しても、皆の目は腫れ物を見るか、誰もいないように無視するか。でもそれもいつものことだ。
実家には父母もいるようだけれど、イルゼに会いに来てはくれない。
一族の会合を兼ねて食事は大広間で行われるけれど、イルゼは襖を閉められ独り。
蔑まれ、疎まれ、血縁というだけで一族の末席に加えてもらっているだけの身分。
それがここでのイルゼの立場だった。
「お爺さま、シャンバラ王国情勢の報告書です」
道元に呼ばれたイルゼは、まとめた報告書を差し出した。
祖父は78歳という年齢なのに、40代と行っても通じる若々しい外見を保っている。
藤原一族の現当主である道元は、男尊女卑主義者の上、血縁者でさえ政治の道具としてしか見ていない。
息子にドイツの政治家とのコネを作らせる為に結婚させ、そこで生まれたイルゼになど一片の愛情も持っておらず、また、それを隠そうとさえしなかった。
今も祖父の関心が向いているのはイルゼではなく、その報告の内容にでしかない。
「シャンバラ王国情勢の報告は聞いている。アーデルハイトの権威は失墜したように見えるが……わかっているな?」
「はい。アーデルハイトは処罰されザナドゥに左遷されましたが、これは勢力を拡大しに行ったのが本当のところと見ています」
「よかろう。引き続き役目を果たせ」
「はい。この経験が将来地球での政治活動に役に立つ経験になると言うお爺さまのお言葉は忘れておりません」
イルゼが道元から与えられた役目とは、現在権力を持っている人物の不正や不祥事を暴き、権威から失脚させ、新しい政権を樹立させること。シャンバラにおいては、アーデルハイトを筆頭としたEMU精力を駆逐し、シャンバラ王国が世界樹イルミンスールを押さえること、だ。
役割を与えられているうちは必要とされていると感じられる。
たとえそれが、親にも一族にも忌み嫌われる『内部告発者』としての役割であっても。
それに、不正や不祥事を正すことは、誰かがやらねばならない汚れ仕事であることも、イルゼは理解していた。
「そうだ。役目さえ果たしたら好きにするがいい。役目を果たした道具に存在する理由はない……もっとも、女であるオマエには利用価値は十分にあるか。いずれ、検察庁の特別捜査部か政治家の息子の愛人にでもしよう。いいな」
祖父の前を辞したイルゼは廊下を歩きながら考える。
役目が終わったら……?
(シャンバラ……あそこになら与えられた役目以外の道があるかもしれません)
けれど、不正や不祥事に目を背けてしまったら、自分は自分でいられなくなってしまう……。
そんなことを考えながら歩いていたイルゼは、ふと足を止めた。
「ああ、そうでしたか」
一族の縛りから脱するには、役割でなく自分の意思で不正や不祥事を正せば良いのだ。どうして今まで思いつかなかったのだろう。
やっと生きる意味が見いだせたような気がして、イルゼはゆっくりと微笑んだ――。