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リアクション
「最近、本社の社員食堂、おいしくなったわね」
「ねえ……、あそこの彼、超イケメンだと思わない……?」
ここは山場建設本社の社員食堂。OLたちが、調理場をちらちらと見やりながら噂話を繰り広げている。これまでは、安いがインスタント同然のような昼食を出していた山場建設の社員食堂の味が一変したのは、一人の調理師が入ってきたからであった。
代金は据え置きのままプロ級の腕前を惜しげなく振るう神崎 荒神(かんざき・こうじん)は、この社員食堂こそが職員が集まり情報交換が活発にされる場所としてふさわしいと、潜入していたのだ。おかげでさまざまな情報が耳に入ってくる。大半は他愛もない話だが。
「……」
にこやかに微笑みながら愛想良く、社員たちのお昼のひと時をくつろがせ楽しませる。事実、荒神がきたおかげで食堂の食べ物のレベルがかなり上がった。職員たちともすぐに打ち解け仲もいい。今や、食堂のカリスマといってもいい存在で、役員たちすら上の階の役員食堂ではなく、こちらまで食べに来る有様だ。
「だからって、社食はねえだろ、社食は……」
サラリーマンとして潜入しオフィスラブを楽しもうとしていたアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)は、たちまちにして仲良くなったOL二人を連れながらも、少々不満げに言った。女性を見るとナンパ、デートに誘わずにはいられないプレイボーイの彼は、もっとこう……濡れるような大人の遊びを目指していたのだ。高級ホテルでディナー、その後、最上階のバーででも軽くカクテルでも傾けて、その後は禁断の世界にでも……。なんて当たり前の世界だ。なのに……。
「だって、ここ安くておいしいんだもの。……経費削減経費削減」
経理課の女の子は微笑みながらデザートを食べる。
「いやいや、見くびってもらっちゃ困るぜ。お代くらいはもちろん俺が出すっての」
アルフはもちろん任せておけとばかりに胸をたたく。確かに、デザートは美味いが。
「本当……? じゃあ、今夜連れていってよ。雑誌で紹介されたいいお店があるの」
「もちろん、喜んで」
アルフがいうと、もう一人の女の子がどんよりと暗い顔をした。
「うち給料安いしね。遊んでるお金ないわ。何で私こんなところで働いてるんだろ?」
「そうなんだ……。どこも不景気らしいからね。大変だね」
アルフが何気なく言った言葉に、女の子が食いつく。
「そうでもないわ。うちの会社、建設業界の中でも結構財務状況がいいらしいわ」
「なのに、使途不明金が多いよね。よくわからないもの買ったりしてるし。多分上のほうがピンはねしてんのよ。管理部や監査室はなにやってんのよ?」
(ああ、それは今エルヴァが調べてるやつだ。飯も食わずに働いてるよ、ご苦労だねぇ……)
デザートもういっぱいお代わりしようか、とアルフが考えていると。
「無駄遣い多いよね。今回のスタジアム建設にもめちゃくちゃお金をかけているのよ。わたし伝票切ったから覚えてるもの。あのスタジアム、敷地の地下を掘り起こすのだけで、予算の半分以上使ってるのよ」
「……ん?」
「わたしはただの事務だからそれほど設計には詳しくないけど、スタジアムの土台作りにあんなに地下を深く掘らなくてもいいと思うの。……なにやってたんだろ……?」
「……」
アルフは沈黙する。
一方、荒神も。
(地下、か……。盲点だったかもしれないな……。パスワードは関係なさそうだけど、ちょっと……動いている連中に教えてやるかな……)
○
「地下だよ地下。あのスタジアム、地下でなんかやってるんだ」
「……また突拍子もないことを」
女の子連れで帰ってきたアルフを半眼で見つめたのは、食堂で昼食もとらずに軽食片手に裏帳簿を調べていたエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)だった。彼は総務課の一員としてこの会社に入り込み、経理と人事の両方から今回の事件を調べていたのだ。社員の給与計算から交際費、請け負った仕事とお金の流れは一致しているか、何か不審な点は無いか、監査の眼でチェックしていく。寺院とのつながりがあるなら資金洗浄など、大きな金の動きがあるはずだった。やるべき仕事は山ほどある。
ちなみにアルフも総務課だが、主に女の子の相手しかしていない。
エールヴァントは、去っていく女の子の手を振っているアルフを睨む。
「とりあえずさ、本当にまじめに働けよ。遊んでばかりだと、後で団長に報告するぞ?」
「いや団長、庶務課で鉛筆削りしていただけだし。女の子たち噂してたよ、団長の削った鉛筆で仕事するとすごくはかどるって……いなくなって残念がってたな」
「嘘つくならもっとまともな嘘ついてくれ。……はい、このUSBメモリに取引先のデータ入ってるから、お金の流れチェックしてよ。いっぱいあるからな、終電コースかもよ?」
「……俺、今夜、女の子とデートだから残業パスなんだけど?」
そう言うアルフのネクタイを、エールヴァントはぐいっと引っ張った。
「よく聞こえなかったけど、なんだって?」
「ちょ……、エルヴァって目がマジなんだけど」
「一度ネクタイ締めたからには、真面目にこつこつ働く。給料以上の仕事をして、初めて一人前っていえるんだぜ?」
また一人熱心にパソコンを操作しだしたエールヴァント。傍らでUSBメモリを受け取ったアルフが、携帯片手に帳簿を調べ始める。
「ああ、御免。今夜行けなくなったから。……うん、また今度ね。……あはははっ、君可愛いから大丈夫だって。……うん、そうそう君向きの最高にシックな雰囲気のバー知ってんだ。……いいって、俺がおごるって言ってんだろ? ……うん、じゃあその子も連れてきていいから。ふふ……大歓迎さ……って!?」
バキリ、と携帯が折られた。
「屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
エールヴァントが完全に据わった目で、親指を上につきたてる。
「うわ、何だかサラリーマンを嫌でも満喫しそうな俺の明日はどっちだ!?」
少々冷や汗をかきながら苦笑するアルフに、エールヴァントは真顔で言う。
「どっちもこっちも、ここしかないんだよ。しかも明日じゃなくて今日の仕事こなせ。サラリーマンをなめるな!」
「エルヴァってサラリーマン精神が骨の髄まで浸透してないか。もーちょっと気楽にやろうぜ〜」
サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ、なんて歌がはやったのはもうはるか昔のことである……。
○
「スタジアム現場の資材、もう一度発注お願いできないでしょうか……。ええ、前回の未払い分までお支払いいたしますので……ええ、よろしくお願いいたします……」
営業部の事務処理係として配属されていた魚蓮(うおれん:ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた))は、クレーム対応や各種事務処理に対応していた。
情報管理・伝達、資料作成をする情報科所属を生かし、建設の件は会社・現場からの要望を電話やメールで集め、資材手配・発注・依頼・伝達事項を纏め、双方へ迅速的反映の為に頼める事は適材適所と各課に実行を徹底し、完了した後は現場からの情報、報告、過程、結果を書類に纏める。さらには不審点はないかを確認する。そんなひたすら地味な事務仕事を心底楽しんでやっていた。
会社と現場との情報伝達を的確にこなし業務を潤滑に行えるようにすることが、彼の喜びであった。が……。
「うまくいってないんだよなぁ……。部材はどこへ消えたんだ?」
電話を置いた魚蓮は、呆れたように溜息をつく。伝票の処理をして経理に回す。今度はしっかりと金が行き届くように配慮して、だ。
仕事を放棄した業者の方に何度も連絡をとり、今の状況を伝え復帰を乞う。心からの言葉で丁寧に根気強く。見得も面子も捨てるべきものはいくらでも捨てる。会社の誇りや自分の決めたものをとことん守りぬく覚悟であった。
そのおかげで、現場を放棄した多くの業者や労働者たちがスタジアムに戻ってきつつあった。
「しかし、これだけやっても現場に部材が届いていないって、どういうことだ?」
「何度も発注しましたよね。向こうもお金を受け取りました。発送完了しています。証明もあります。なのに到着しないんです。途中で盗まれた形跡もないです」
経理係の湯野(ゆの:ジュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと))は、魚蓮が纏めた双方の要望を組み取り捌き会計処理する係だった。
その彼は、経理作業中に【博識】【情報通信】の特技を生かしネットセミュリティかけつつ社内の情報・通信を探索しているのだが……。
「カラ伝票を切っているわけじゃないんですよ、これ……。ちゃんと部材が届いているし使われています。受取伝票だってあります。なのに実際の現場には部材がないんですよ」
「それがカラ伝票だろう? 巧妙に隠されているんだよ。それを探すのが仕事だ」
「それは経理や総務に潜り込んだメンバーもやっています。優秀な連中ばかりが必死で探しているのに、実際に不正がほとんど見つからないんです。どうです、これ?」
「不正なんかなかった……」
「でもそんなはずないんです。よく調べると数量や金額が合致しないところありますし」
「なんか……、数量的にスタジアムをもうひとつ造っているような感じだな。しかももう一つは出来上がってる……?」
「もう一つって、どこですか? 現場は金さんたちがいるだけでしょう……?」
「……」
「……」
二人はしばし考えて顔を見合わせる。そういえば……。
「地下だ」
「地下にもう一つ、こっそり何かを作っている……? 誰が……なにを……?」
魚蓮は急いで電話機を取ると金ちゃんにつなぐ。
「金ちゃん、地下だ。やつらは、スタジアム建設現場の地下にいる……!」
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