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サラリーマン 金鋭峰

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サラリーマン 金鋭峰

リアクション

(まあ、作業員たちは、作ってもすぐ壊されるし命までかけてらんねーよ、って思ってるのかもしれないけど……。酷ではあるが、頑張って貰わないと仕事が進まないしな……)
 今回、スタジアムの建設に参加した中には酒杜 陽一(さかもり・よういち)の姿もあった。彼がこれまでほとんど目立たなかったのは、専門技術を持っていないがゆえに助手のような働きをしていたからであった。
 先頭切ってバリバリ働いていた金ちゃんたちとは違い、一般労働者たちに交じって教えを請いつつ共同作業、と地味な存在だった。せめてもの役に立とうと、時折テロ警戒のために巡回する。スタジアムの構造的に効果的な破壊を与える事ができ、そして、人の出入りが少ない場所を当たって爆弾探索し回収するつもりだった。そんな彼が、ふと立ち止まる。
「……」
 見慣れない怪しい素振りの従業員を見つけたのだ。いや、怪しい素振りというよりも、あれは……。
「そこで何をしている?」
「あ、お疲れ様です」
 陽一の問いかけににこやかに答えたのは、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)だった。彼は、配下の【ゾンビ】、【スケルトン】、【リビングアーマー】を引連れて、資材を搬入しようとしていたところだった。
「……」
 陽一は目を丸くした。いやいや、なんか違うだろ。どうしてゾンビとかが働いているんだ? そんな連中まで雇っているなんて聞いたことがないが……。
「ああ、彼らですか? 一般従業員たちが怖がらないように、作業員そっくりに扮しています。遠目からではほとんど見分けがつかないでしょう? 彼らなら24時間ほとんど休まずに働きっぱなしでも労働基準法に違反しませんからね」
 受け取りのサインをして、空になったトラックを送り返してから、十六凪は言った。
 陽一は訝しげな視線を送りながら聞く。
「あんた……これまで見なかったけど、今日来たばかりなのか?」
「建設の初期からいますよ。連れが建築家で、一緒に働いています」
「現場どこだよ? 初期からって言っている割には、誰もあんたと会ったことないんだが」
「現場ですか? ……地下ですよ」
 十六凪は下を指さす。
「スタジアムの地下に、秘密のイコン格納庫を作ってるんです」


「ククク、これだけ広大なスタジアムであれば、当然、スタジアムの中央が割れて、巨大ロボット……もとい、イコンが出撃するような素敵ギミックがあるべきだろう!」
 山場建設の誇る天才建築家、アーキテクト・ハデス(ドクター・ハデス(どくたー・はです))はマッドサイエンティストのような笑みを浮かべながら、工事の進捗を満足げに見つめていた。
 金ちゃんたちが作業をしている真下の、そうつまり地下には、すでにかなりの基地が出来上がりつつあった。
 秘密基地好きのハデスの脳内には、古いアニメに登場する地下からロボットが出撃するシーンのようなものが思い描かれていた。ロマンだ……、と彼は目を細める。
 部下として【施工管理技士】、秘密結社オリュンポスの戦闘員(【親衛隊員】)を引き連れて、スタジアムの建設作業をおこなっていたのであった。
 あろうことか、一般作業員の中にも、特に疑問を覚えずにこの地下基地の建設に従事している者たちもいる。給料も支払われている。当然だ。この地下基地の工程は、“公式の作業”なのだから。
 その天才的頭脳と彼が誇る多くの特技を駆使し、スタジアムの設計図に地下イコン格納庫を“標準仕様”として書き加えていたのだ。殆どの人は怪しまなかった。何しろ山場建設が誇る世紀の天才である。その技術と設計力を持って幾度も会社の苦境を救った設計部のカリスマ。彼が言うことは間違いないだろう。あまりに天才すぎて、凡人には理解できないのだろう。そんな風に考えている者も多くいた。
「フハハハ! 見よ、これこそ秘密結社オリュンポスの秘密基地……じゃなかった、株式会社山場建設の秘密スタジアム、ヤマバベースだっ!」
「このスタジアムを作ることが、悪の野望をくじくことになるのだな!」
 聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん)は目を輝かせる。
 正義を愛するカリバーンは、山場建設のピンチを救うためということで、ハデスと一緒にスタジアム建設を手伝っていた。ロボだけに力には自信があるので、重い鉄骨などを運んだりといった重機並みの重労働を担当し軽々こなす。さらに、部下として【メイドロボ】と【埼玉県民】を連れてきて、作業を手伝わせていた。
 カリバーンの作られた日本の研究所にも地下基地があったのだ。だから、彼は建築物の地下には基地があって普通だと思っていたのだ。世間知らずにもほどがあった。何の疑問も抱かずに仕事を手伝い、作業は進んでいる。
 そこへ……血相を変えた金ちゃんたちがやってきた。
 かなり出来上がっている地下基地を見やって唖然とする。が、すぐに我に返ると、金ちゃんはハデスの襟首をつかみ上げる。
「お前か、鏖殺寺院の地下基地を担当しているのは……!」
「鏖殺寺院? 何のことだ? 私はただ自分の趣味に正直なだけだ」
 天才ハデスも天才が故に気付いていなかった。そして純粋が故に大石の悪意を察することができなかった。どうしてこんな馬鹿げた計画に予算が普通に下りてきていたのか。
 山場建設は、いや大石は悪徳政治家と組んで鏖殺寺院の施設を建設しようとしていた。ここがそれである。
 そう……ハデスとてその天才さを大石に利用されていたのだ。まさか、恐れ多くも天下のオリュンポスを利用しようなどという奴が現れようとは思ってもいなかったのだ。
 基地が完成すると、ハデスは設計を離れる。もう関係ない。だが……その後この基地を使用するのは鏖殺寺院なのである。
 きっと……ハデスの望む光景が見れる事であろう。スタジアムの天上が開き、地面が割れ、その下から悠然と姿を現すイコン。その姿にハデスは自分の成し遂げた見事な設計に満足するだろう。だが、そのイコンの所有者は寺院なのだ。
「いますぐ作業を中止しろ」
 恐ろしげな表情で言う金ちゃんにハデスはフフンと鼻で笑う。
「だが断る!」
「連れて行け」
 金ちゃんがパチンと指を鳴らすと、ハデスは両脇を抱えられどこかへ連れて行かれた。
「ばかなぁぁぁぁっっ! この俺が悪に加担してしまっていただとぉぉぉ……!」
 カリバーンは無念の叫び声をあげながら同じく連れて行かれる。
 まあ、今回は大石がターゲットだ。知らぬ存ぜぬを通せばいいことだし、ハデスのことだから、どこからでも余裕に復活できるだろう。特に罪にも問われなかろうし問題もない……ということにしておこう。
「……すまん、オレのせいだ……」
 地下施設を眺めていたナオ実がぽそりと言う。
「なぜ謝る?」
「設計図をもっとしっかりと確認しておけば……はやく気づけたのに」
「本社の設計部だって気付かなかったんだ。仕方がなかろう」
「発見できただけましとはいえ……山場建設の資金を無駄に使ってしまった……経理も資材も労働者も……その他の多くの人たちの手を意味もなく煩わせてしまったのだな」
「……」
 なんだか責任者のような言い方に、金ちゃんはナオ実を見つめた。
 よく見ると、彼女は気品のある整った顔つきをしている。重労働に従事している割には立ち居振る舞いも普通の女性とは違って見えた。
「金ちゃん、話がある。ちょっといいか……?」
 しばらくして、ナオ実は顎で示すように金ちゃんを招いた。
 様子を見にきた労働者たちが再び現場に戻るのを見届けてから、金ちゃんとナオ実は二人で食堂へと入った。
 ナオ実は、少しリラックスした様子で鳶服の上半身のチャックを開けるとシャツ一枚になる。テーブルの上のやかんを見つけ、らっぱ飲みで一息ついた。
「……ふう、うめぇ……」
「……」
「金ちゃんも飲むか?」
「いや、いい。そのまま差し出されても困るだけだ」
 金ちゃんはそこらへんの椅子に腰掛け、聞く。
「で、何の用だ?」
「労働者たちの士気が落ちている。テロがなくてもな。オレたちが盛り上げるのももう限界だ」
 ナオ実は仲間たちの表情を思い浮かべながら言う。
「賃金の不払いも多いし、なによりリストラ社員が流れてきている。やる気を失っても仕方がないことなのかもしれない」
 金ちゃんが言うと、ナオ実の表情が少し変わった。
「現場で働く労働者たちを人とも思わぬ男にしかできない所業だ」
「……?」
「一度負け犬(オレはそうは思わないが)のレッテルを貼られたら立ち直るのは難しいのかもしれない。加えて当事者意識も低い……いつまでたっても被害者だ。同情はするが、憐れみに溺れるのはよくない……そこで、だ……」
 ナオ実は金ちゃんに言った。
「この会社――ヤマバ土建――オレ達で買わないか……?」
「……なに?」
「普通なら返せそうにない負債が数十億ある。そんな会社なら二束三文だ。会社って……スーパーでリンゴを買うのと同じくらい簡単に買えるんだよ。お金はみんなで出し合おう、財務はクレアに任せれば問題ない。つまり……」
「ちょっと待て。君は何者だ?」
「ただの女鉄工鳶さ」
 ナオ実はフッと笑って。
「株券はみんなで分け合う。雇われ労働者でなくオーナーになるんだよ。“自分の”会社だ。意識も変わってくるだろう」
「確かに……可能ではある。あとは本社との交渉次第だが……」
「このスタジアムは何があっても絶対に完成させる。そのための布石だ」
「借金が数十億円あるんだぞ?」
「スタジアムが完成すれば、余裕で返せる。金ちゃん……埼玉県がこのスタジアムにいくらの施工費を出していると思う……?」
「君は……本当に、何者なんだ……?」
「ただの女鉄工鳶さ」
 ナオ実はもう一度ほほ笑んだ。