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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回) Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

リアクション

 それは、なぜ自分がここにいるのか知らなかった。
 どこから来たのかも。
 ――…………
 1秒ほど思考し、やめた。そんなことに興味はない。

 ――喰

 彼のなかにあるのはそれが全てだ。
 頭の先から足のつま先まで。末梢神経から中枢神経まで。原核細胞も真核細胞も。(それのなかにはこの2つが存在していた)
 全てが真闇のように暗い口をぽっかりと開け、一斉に叫んでいた。「喰」のひと文字のみを。

 ――喰
 ――喰
 ――喰
 ――喰

 一瞬もやむことのない叫びは恫喝のうねりとなり、それ以外のモノを全てそれから押し流していた。
 いとも簡単に。
 いともやすく。

 ――喰



 すぐ前方で大きなざわめきが生まれた。
 1つ残らず蒼白した面々。生まれて初めての出来事にどうすればいいか分からないといったとまどいと、身内から沸き起こる、根源的な恐怖。人間として当然のこと。アア、無理もない。

  ――ニンゲン?

 そのひらめきの電気信号もまた、次の瞬間には絶えぬ飢餓に飲み込まれる。
 それにとり、「己」以外は全て「喰らうべきモノ」でしかない。
 身じろぎひとつ。
 捕食の手を伸ばしたとき、まるで雷の直撃でも受けたように対象はびくりと跳ねた。金縛りが解けたのか、引きつった悲鳴のような声をもらしつつ一目散に逃げる。なに、かまいはしない。似た獲物はまだまだたくさんいる。
 しかしその悲鳴がきっかけとなったのか、金縛りの解除は連鎖で起きた。彼らは一様に恐怖の目をして、背を向けて逃げ出す。まさになりふりかまわずだった。だれ1人向かってこようともしない。――いや、いた。
 逃げる獲物とはかなり毛色の違う、別の生き物だ。やわらかみに欠けた、見るからに固そうなモノ。それは刀を振り上げて、向かってきた。
 それは歓喜した。追わずとも、獲物の方から近付いてきてくれる。
 どんどん、どんどん。触れる先からそれは捕食していった。より好みすることなく、全て平等に。ひとつ残らず。
 やがて、背後でちくりとした痛みが起きた。水晶翼の間、肩甲骨のあたりか。首を回すとバスタードソードを持った銀髪の少年が斬りつけていた。それが気付いたことを知って、少年は押し込もうとしていた手を止めて距離をとる。
 食い込んでいた刃先の下からあふれたのはしかし血などではなく、濃い瘴気だった。それはまるでそれ自身に自我があるようにうねうねと身をくねらせ、己を解放した少年へと触手を伸ばす。少年はすぐさま剣で縦横に払ったが、元が実体のない魔の瘴気。千切れた先から互いに集まって、再び少年へと向かっていく。
 別方向からきたエネルギー弾が、それらを一気に吹き飛ばした。2人目、3人目の少年が加勢に現れる。彼らはエネルギー弾で魔瘴気を散らし、消滅させていく。そしてその攻撃をそれへも向けた。
 それの全身を覆う障壁神霊結界が反応し、エネルギー弾の威力の大部分をそぎ落としたが、完全には防ぎきれない。
 銃弾の雨のように肉をそぎ、えぐる。飛来するエネルギー弾に、それは身をよじっただけだった。
 痛みはあまりに小さく、いっそかわいらしいとさえ思えるものだ。
 攻撃する少年の数はいつしか6人に増えていた。――それがどうした。
 それには、ドルグワントもパペットもかわりない。すべてが捕食対象。
 バリアで捕食を免れようとしたのをあざ笑うように、触腕ボロスゲイプはワームの口のような開口部からバリアごと飲み込んだ。
 まさに悪食。
 それは、己の名前すら覚えていなかった。
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)――そんなものを記憶していることに、何の意味があるだろう?



*            *            *



「……一体向こうで何が起きているんだ」
 にわかに騒がしくなった一帯にクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は目をこらした。
 ここは戦場だ。一時もやむことのない怒号や剣げきで騒がしいのはあたりまえだが、戦場経験の豊富なクレアには、それが通常の戦場ではまず聞くことのない、全く性質が異なるものであるのが聞き分けられた。
 一目散に退避する神官戦士と、十分距離をとった位置からバニッシュを放つ神官。であるなら相手はドルグワントか覚醒者と考えられるが、しかし敵であるパペットも剣を振りかざして向かっていっている。
「第三の勢力か?」
 ここにきて未知の存在が加わったことを警戒し、このまま計画を遂行するべきか否か逡巡する彼女の傍らに、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が進み出た。
「クレアさま、これはチャンスです。今、ドルグワントやパペットたちはあちらに注意のほとんどをひきつけられています」
 彼の指差す場所では、6人の少年が反転してなぞの存在が暴れている場所へ向かって走りだそうとしていた。
 ハンスの言いたいことは分かった。
 第三の勢力の登場にとまどっているのは向こうも同じ。
 クレアもうなずく。その一瞬で彼女の心から迷いは消えた。
「これより作戦を開始する!」
 銃を抜き、振り返る。そこにいたのは彼女の計画に賛同し、志願した北カナン神官軍兵士数十人だった。
 どういう仕組みかまだ不明だが、パペットたちはあの黒い六角柱から出てきている。供給源であるあそこを絶てば、戦局は大きく変わるに違いない。
 しかし周囲はパペットが埋めていた。心なき有象無象の者ども。それでも、数百、数千となれば、大勢の戦死者が出るのはまぬがれないだろう。
 ――それが何だ。
 彼らは己が武器を手に、気迫のこもった視線で彼女に応える。
 言葉として語らずとも、その澄んだ目、表情は告げていた。皆思いは同じだ。この国、民、女神イナンナを護るためならば、惜しむものは何ひとつない。
 彼らは待っていた。クレアの発するひと言を。
 それを、彼女は与えた。
「突撃!」
 と。
「うおおおおおおおおーーーーーーっ!!」
 喊声を上げ、神官戦士は戦場になだれを打って突入した。
 矢じり型陣形。その先頭部隊にクレア、ハンスもいる。
 無私の彼らに報いるだけの力は持たない。しかし、同じ場に、ともに在ることはできる。
 力の及ぶ限り護ることも。
 ハンスの全体防御魔法、オートバリアが光となって全員を包む。守護の思いのこめられたその光は彼そのもののようにやさしいが、同時に彼の意思そのもののように強靭な力の輝きを放っていた。
 突然背後から現れた彼らに気付いて即座に転進をかけるパペットたち。しかしクレアの銃や神官のバニッシュの方が早かった。手足を吹き飛ばされ、体勢が大きく崩れたところへハンスや神官戦士たちが斬り込んでいく。
 クレアは従者も連れてきていた。忠義に厚い親衛隊員たちだ。どんな敵であろうともひるむことなくクレアの敵を排除する者たち。クレアは前線に立ちながらも常に周囲に目を配り、手こずっている者がいれば彼らを補助として向かわせた。
「決して振り向くな! 足を止めるな! あごを上げ、前だけを見て前進せよ!」
 覇気にあふれた力強い号令が、戦いにたかぶる戦士たちのあと押しをする。
 全員が一丸となって穿つくさび。そのなかには、同じ教導団団員のキルラス・ケイ(きるらす・けい)源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)の姿もあった。
 与えられた指示どおり、黒い六角柱目指してがむしゃらに直進する神官戦士たちを側面から狙おうとするパペットを、キルラスはバニッシュを放つ神官たちとともに次々と狙撃していく。
 素早く、着実に。
 彼のライフルから放たれた漆黒の魔弾は振り上げられた刃が振り下ろされるよりも早く腕を砕き、近寄ろうと踏み出した足が地につくよりも早く足を砕く。
 一発必中。たとえ急所に命中せずとも発動した朱の飛沫が傷口から炎を噴き上げて、パペットは燃え上がる。
 炎にまかれ、ひび割れ、砕けていくパペットには目もくれず、キルラスは新たな敵へと魔弾を撃ち込んでいった。
 魔弾の狙撃手――自称するだけのことはあると、少し離れた後方で彼や神官のサポートに徹していた鉄心は思う。
 だが、前衛に立つ彼らを護りたいという思いからか、しばしばキルラス自身の防御が二の次になっていた。ライフルの照準器を覗き込む彼の不意をつこうと側面から奇襲をかけてくるパペットを、鉄心が撃つ。
 今、敵は黒い六角柱へ向かって前進する彼らより圧倒的多数で、後方へ回り込もうとしていた。
(いや、それだけの頭脳はこいつらにはなさそうだ。ただ横を通りすぎた俺たちの追撃をかけているだけか)
 どちらにせよ、背後をとられるわけにはいかない。
 視線を合わせた神官戦士に手で合図を送り、穴となりそうな場所のカバーへ向かわせる。
 鉄心はティーや数人の神官戦士と連携して、しんがりを務めて囲まれすぎないように散らしていっていた。
「鉄心、あれを見てください」
 ゴッドスピードとソードプレイの動きで手堅く広範囲の敵を相手取っていたティーが、ふとその足を止めて鉄心の注意をひいた。
 ティーが指差していたのは死龍に乗ったタケシが浮かんでいる付近だ。目をこらすと、死龍から何人かが飛び降りてそれぞれ戦場へ散っていた。
「覚醒者が投入されたか」
 さもありなんだ。前方はリリの薔薇の盾騎士団や神官軍本隊の活躍で、前進する速度が格段に落ちている。側面からは第三の勢力の怪物――それは鉄心たちの現在位置からはほぼ全体が掴めていた――が徐々に迫っていて、ドルグワントの半数はそちらへ向かっている状況だ。そんななか、別働隊である自分たちが後方から奇襲をかけているのだ、自分が指揮官でもそうするだろう。
「想定内だ」
「そ、そうですね…」
 まるで石か何か固い物を飲み込んだかのようにティーののどが動く。
 彼女が何を心配しているかは分かりすぎるほど分かった。あの散っていく影のなかの1つはイコナなのではないかというおそれだ。
 そうであってほしくないという願いと、もしや彼女の姿を見つけられるのではないかという望みから、目を離せないでいる。
「ティー。この距離では、たとえあのなかにイコナがいたとしても俺たちにはどうすることもできない」
「ええ。分かっているんです。でも…」
「今は作戦に集中しろ」
 それが自分たちにできる唯一最善の手段だと、鉄心は目を引きはがし、パペットの銃撃へと戻る。鉄心が正しい。ティーも、このことについては考えないと決めたのか、スパロウアヴァターラ・ソードを握り直し、再びパペットへと向かっていく。
 しばらくはそれでいけた。だがそれも、イコナの姿を見つけるまでだった。
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は戦場に散っていったほかの覚醒者たちのように、死龍に乗っていたわけではなかった。まるで自分を無視する母親の後追いでもするようにパペットたちの一番後ろにくっついて、そこでうろうろしている。
 前へ出るべきだと思う気持ちはあるが、耳をふさぎたくなるような男たちの怒声と剣げき、漂う血と泥のにおい、そういった戦場の緊迫した様子に萎縮した手足が思うように動いてくれない――そんな感じだ。
 ここへ来る前、一堂に会したイコナたちにルドラは言った。「戦闘に不向きと思う者は残っていい」と。
 それは、個々人によって向き不向きがあるということを理解していたから出た言葉かもしれない。だがイコナには、足手まといはいらないと言い切られたように聞こえた。
 鉈でバッサリ斬り捨てられたような疎外感から、たまらなくなって彼らのあとを追い、あの黒い亀裂を通ってこの地へきた。
 でも結局、ここから先へ進めないでいる。
「ルドラさま、ルドラさま……アンリ博士…」
 パペットたちの肩越しにかすかに見えるタケシの背中に、懸命に訴える。
 お役に立ちたいんです。わたくしだって、皆さんのようにお役に立てるんです。だけど……。
「イコナちゃん!」
 彼女の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。喜びにあふれた声。
 イコナの体がびくりと跳ねる。そちらを向くと、あの泣きながら自分を見つめていた白い髪の女性が立っていた。
「そこにいてくれたんですね。ああ無事でよかった。イコナちゃん」
 笑顔になった女性の両手が伸びる。まるで彼女を抱き締めたがっているように。
 彼女を必要としてくれているかのように。
 一瞬、そちらへ駆け出しそうになった足を、ぐっと地面に貼りつけた。
「だめ……あなたはルドラさまの敵なの…」
 首を振るが白い髪の女性には通じなかったらしい。こちらへ駆け寄ろうとする素振りを見せる。抱き締めるつもりだ。
 彼女は敵。だけど、不安と心細さから、イコナは期待が抑えきれないでいた――と、白い髪の女性の目が大きく見開かれた。青い目が恐怖にとらわれ、表情が引き攣っている。
「イコナちゃん、逃げて!」
 悲痛な声で叫ぶ彼女の横を、影が駆け抜けた。おそろしいスピードでまっすぐイコナへ向かってくる、それは、彼女を撃つと宣言したあの男だった。
 硬く引き締まった決意の面。手にはあのときの銃が握られている。
「だめ……こないでぇ…!」
 イコナは懸命に小さな握りこぶしを振り上げ、天の炎を導く。
 白く輝く炎が落下し、柱となって噴き上がっても、男のスピードは全く落ちなかった。
 イコナをその大きな体で覆い、地に押し倒す。同時に、男から重い衝撃が伝わってきた。
 何かが突き刺さったような振動。けれど、痛みはない。あお向けになったイコナの視界には、真っ青な空と、男の背から伸びた白い剣の柄があった。
「イコナ……無事か…」
 男がイコナの耳元でとぎれとぎれにささやく。イコナは声が出なかった。
「……そうか…」
 男は地を押してイコナからかぶさっていた上半身をどけると、うなずいているイコナを見下ろす。
 険しかった表情はいつしか緩み、やさしい目が見つめていた。
「けがは、ない、な…?」
 懸命にうなずくイコナの上に、男の体を伝ってぽたぽたと赤い血のしずくが落ちる。男はほっとした表情を浮かべたが、次の瞬間それも消えた。
「あっ…!」
 イコナの腕のなか、男の体がぐらりと揺れて横倒しになる。
「鉄心! イコナちゃん!」
 ティーは蒼白し、気絶している鉄心の傍らにひざをついた。鉄心はハルバートに貫かれていた。刃先が腹部から見えている。
 まだ息があるのが不思議な状態だった。今も、いつ呼吸が止まっておかしくない。
「鉄心……鉄心…っ! 待っててください、今神官を――」
 回復魔法が使える者を呼びに行こうとしたティーの視界に、反対側に座ったイコナの姿が入った。すっかり血の気を失った顔で鉄心を見下ろし、がたがた震えている。
 肩に触れると、イコナはイソギンチャクのように縮こまっていた体をますます縮こまらせた。
「イコナちゃん、鉄心を助けてください」
「……わたくし…?」
 叱られるとばかり思っていたのか、ぎゅっと閉じていた目をそろそろと開く。
「そうです。イコナちゃんなら鉄心を救えます!」
「で、でも、わた、わたくしは…」
「イコナちゃん! お願いです! イコナちゃんにしかできないんです!」
 イコナは見下ろした。彼女を撃つと宣言した男――でも撃たなかった――、今その身を挺して彼女を救ってくれた――彼女の無事を喜んでくれた――男を。
 イコナは強張った面のまま、こくっとうなずいた。
「いきますよ、イコナちゃん」
 ティーがハルバートを引き抜く。同時に傷口から吹き出した大量の血におびえながらも、イコナは傷口の上に両手をかざして命の息吹を発動させる。鉄心の傷はみるみるうちにふさがり、傷口は癒え、元の健康な肌の色を取り戻した。
 不規則だった鉄心の呼吸が力強いものへと変わる。
 ふと、その目が開いた。
「……イコナ…………泣いて、いるのか…? こんなもの……なんでもない…。おまえは、本当に……泣き虫だな…」
 そうつぶやいて彼女の目じりに残った涙に触れる。それで最後の力を使い果たしたのか、また鉄心は意識を失った。
 だが今度は体力を回復するための眠りだ。
「ありがとうございます、イコナちゃん!」
 ぐっと引っ張られたと思うや、気がつけばイコナはティーの腕のなかにいた。
 彼女をやさしく包み込んだ、あたたかな体。抱き締められ「ありがとう」と何度も何度も繰り返される言葉に、だんだんとイコナの張りつめていた心が緩み、ほどけていく。
 体のどこかで、小さな何かがぱりんと割れた。
「……ごめ……さい……ごめんな、さい……ごめんなさぁ……い……っ」
 ――うああああああぁぁぁっ!
「何を謝るんです? 私の方こそ。ごめんなさい。私も鉄心も、小さなイコナちゃんを守ってあげているつもりで、本当はこうしてイコナちゃんに守られていたんですよね…」
 泣き出し、しがみついてきたイコナにほおを擦り寄せる。
「ううっ……うーっっ……」
「イコナちゃん。お帰りなさい。そして、帰ってきてくれて、ありがとう」
 ティーはえづくイコナの背中をぽんぽんと叩き、ぎゅうっと抱き締めた。
 そしてもう一度、つぶやいた。
「ありがとう」
 と。
「……ううーーっ…」
 どうすれば伝えられるか、イコナには分からなかった。
 ふさわしい言葉がどうしても出てこない。
 だけど体じゅうにぱんぱんに満ちた、この思いを少しでもティーに伝えたくて。
 イコナはあたたかな背いっぱいに手を伸ばし、しがみつき、ひたすら泣いたのだった。