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リアクション
数百、数千の軍同士が正面からぶつかり合う様は、想像を絶する激しさだ。
甲冑をまとった者どもが駆ける音は地の鳴動のようであり、それらが正面から鋼と鋼をぶつけ合う剣げきは重く、激烈を極める。
それに混じって
「はあっ!!」
「うおらああああっ!!」
「てやああーーーっ!!」
思わず耳をふさぎたくなるようなおたけびや怒号があちこちでひきりなしに上がっていた。
そんななかで、ただ1人にこにこと笑顔で戦う者がいる。つやつやとした健康的な褐色の肌につるりと光る坊主頭が特徴的なルイ・フリード(るい・ふりーど)である。
「筋肉に言葉はいらない」「殴り愛」という、一風変わった独自の価値観を持つ彼は、日々筋肉を鍛えることに余念がない。鍛えられた筋肉があってこそ、心身は調和するというわけか。
そんな彼だから、もちろん武器は己のこぶしひとつ。まとっているのは驚天の闘気。剣や鎧などといった物は用いない。
そして欠かすことのできないのがこの笑顔、ルイ・スマイルだ。
「ふふふ。相手が素手だからといって、なめてはいけません。私のこぶしは大変危険ですよ! ほら、このように!」
白い歯を見せながら、満面の笑顔でパペットの持つ剣を砕き、頭部や胸部を次から次へと砕いていく。
「うむ。ルイのやつは今日も絶好調のようじゃのう」
後方、ガーゴイルに乗ってその様子を観察していた深澄 桜華(みすみ・おうか)が、あごに手をあて推しはかるようにふむふむとうなずいた。
額から2本の角を生やした鬼の面をかぶり、素顔を隠してはいるが、その声、服の上からも分かる未発達の体は幼い少女のものだ。
しかし面の奥から見える赤い目は、数十の齢を重ねた賢者であるかのように思慮深い。
「じゃが、そうして手がくっついたとはいえ、おぬしはまだまだ十全ではないのじゃからな。あやつにつられて無茶をするなよ?」
ともに来たノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)を見下ろす。
――現駆動率50%弱。しかしあの程度の人形相手であるならば30%の出力で可能。
ノールは声として答えなかった。密林での戦いで戦闘不能状態に陥ったノールだったが、彼の要望で桜華には戦線復帰のための修復を優先してもらったため、その他の機能――例えば音声機能といったものはまだ未修復のままだ。
「そうか。じゃが、もし例のドルグワントとやらが出てきたらルイに譲っておぬしはおとなしく引っ込むのじゃぞ。さもなかったら首に縄をつけてもわしが連れ戻すからな」
駆動系の調整を急ぎ過ぎて、今もまだ各所が不安定な状態だった。新規の部品と旧来の部品とのマッチングもまだでエッジがとれていないような状態だ。他人には分からないかもしれないが、桜華の耳からすれば気になる雑音もかすかにする。だが、自分の体は自分が一番知っている。ノールも気付いているはずと、桜華はあえて口にはしない。
――応。
「よし。ならば行け」
同時にノールはダッシュローラーを起動させた。土埃を蹴立ててルイの元へ駆けつける。
「ノールさん! 動けるようになったんですね!」
瞬時に目の前のパペットを破壊したノールの雄姿を見て、ルイは破顔した。今まで以上に輝かしい笑顔で彼の戦線復帰を喜ぶ。ノールはうなずき、さらに2体を同時に砕いた。
それから2人は一丸となって、周囲を埋めるほどにいるパペットを砕いていった。
すると――
ガンッ!!
突然高速で吹っ飛んできた何かがルイの後頭部に激突した。それはパペットの割れた頭部だった。
まったくのノーガード状態で受けてしまったルイは、後頭部を押さえてうずくまってしまう。
「うわ! 悪い!!」
駆け寄ってくる軽い足音とともに、そんな、あせった女性の声がする。
「大丈夫か?」
心配そうに見下ろしてきたのは緑の髪の少女だった。手には美しい装飾をされた鉄扇を持っている。
「あなたは――若松 未散さん、ですね?」
「んっ? ……ああ、そうだが?」
見知らぬ大男から名を呼ばれ、若松 未散(わかまつ・みちる)は少し警戒するように身を退く。立ち上がったルイは相手にいぶかしげに見ているのもかまわず、握手の手を差し出した。
「月谷 要さんからあなたのことは聞いています」
その名前に、ああと未散も警戒を解いた。
「事情も聞きました。パートナーが八斗くんについて行ってしまったとか。大変なことになりましたね。
で、要さんはどこですか?」
ざっと見回したが、彼や彼のパートナーたちの姿はないようだった。ノールのように未散の後ろで周囲を警戒し、パペットと剣を交えているのはハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)だ。
未散は首を振った。
「分からない。一緒に来たんだが、戦っているうちにはぐれてしまった」
「そうですか。ですが同じパートナーを探しているんですから、すぐ合流できるでしょう」
コントラクターとパートナーには無意識の底で結ばれた絆がある。
「うん。みくるは多分、あっちだ」
ずっと心にひっかかる方角を、未散は指差した。
はたしてそちらの方角には、若松 みくる(わかまつ・みくる)と月谷 八斗(つきたに・やと)の姿があった。
八斗はハルバードに似た愛用の武器ヴェンジェンスを持ち、空いた手でみくるの手を取っている。
タケシの命令は神官軍の排除だった。それにはおそらくあのコントラクターが操る不滅兵団をたたくのが一番いい。
そう思うのだが、幼いみくるを連れていてはおいそれと飛び込んでいくこともできない。
みくるは気付かれまいとしているようだったけれど、怒声を上げながら殺し合っている大人の男たちの姿を間近で見て、おびえているようだ。
「だから死龍の上に残ってろって言ったのに」
八斗からの言葉に、みくるは懸命に首を振る。置いて行かれると思ったのか、きゅ、と握った手の力が強まった。
先から水の槍を撃ち出して神官軍を攻撃している死龍も、パペットやドルグワントと同じでルドラから命令を受けている。覚醒者は襲わないし、八斗からの申請でみくるも――幼い少女であることから無力と判断されたのだろう――攻撃の対象外だ。
八斗が離れても死龍が守ってくれるから問題はないだろうが、この様子では無理やり置いて行ったところであと追いして来かねない。
さてどうしたものか。思案していると。
「ついに見つけたぞ! そこにいたのか! 八斗!」
聞き覚えのある声が飛んできた。
そちらの方を向くと、あの赤い髪をした女性が立っている。
「ひとをこんな所まで来させやがって! まったく、どうしてくれようかね」
こんな戦場で、あの2人はどうしているかと気が気でなかったが、少なくともどこかけがを負っている様子はない。
怒り口調で指をぽきぽき鳴らす真似までして見せるものの、ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)はかなりうれしそうだ。
しかし八斗はその姿をそのままとったらしい。
「なんだよ。こっちは来てくれなんて言ってないよ、オバサン」
ぴく、とルーフェリアのこめかみが反応する。
「……そのクソナマイキな口きいてくれた礼をしてやんなくちゃあこっちの気が収まらないんだよ!」
ゴゴゴゴゴ。
まるで活火山が突然火を噴いたような剣幕で、ルーフェリアは飛び出した。
「うわっ!」
かまえをとっていたにもかかわらず、八斗はルーフェリアの軽業の靴と神速を用いた動きにとっさに反応できなかった。
ヴェンジェンスを持った手を掴まれてしまう。振り払おうとしたが、ルーフェリアの方が力が強く、がっちり固定されてしまっていた。
「さあとっとと帰るぞ、八斗! おまえにはいろいろと聞きたいことが――つっ!」
八斗に噛みつかれ、パッと手を放す。
「帰るってどこへだよ? 俺の居場所はルドラさまやアストーさまのそばだけだ」
距離をとり、八斗は油断なくルーフェリアを見つめながら緑竜の毒液をふりかけ、清浄化を発動させた。そして先のようなことがないよう、パワーブレスを自らにかける。
「……ルーさんと、一緒に帰ろ? 八斗」
みくるが、後ろで小さくつぶやいた。
「みくるはここにいろ。危ないから動くなよ!」
振り切った手の先から凍てつく炎が飛んだ。
ルーフェリアが避けるのを見越してその先に回り込み、ヴェンジェンスをふるう。
密林で用いたヴェンジェンスはハルバート型をしているのになまくらで、遠心力と腕力を用いての打撃技にしか使えなかったが、今はオプションパーツSLAYERがついている。
鋭利な刃が連続してルーフェリアを襲った。
「ルーさん!?」
もう少しで腕を切り落とされかけたルーフェリアの姿を見てしまい、説得する間の時間稼ぎをしていた霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が驚きの声をあげる。
パペットを斬り裂き、駆けつけようとしたが、そうすると見越したルーフェリアが叫び返した。
「来るな!」
「でも、ルーさん…っ」
「ルーさんに任せとこう、悠美香ちゃん」
やはり露払いをしていた月谷 要(つきたに・かなめ)の言葉に、悠美香は不承不承うなずいた。
「……くそッ」
攻撃を避けながら、ルーフェリアは己の武器、背中の紅鉄傘を抜く。
彼女は八斗と戦いたいわけではない。どんなに生意気で腹の立つ言動をしても――むしろそれこそが八斗なのだし――八斗が大切であることにかわりはない。だから攻撃を返すことはできず、あくまでこれは防御用だった。
しかし、これが思いもよらなかった効果を生んだ。
パッと眼前に開いた真っ赤な番傘。
『俺、待ってるからね、ルー姉』
幻聴か? まるで自分の胸から響いてきたような言葉にぎょっとして、ヴェンジェンスを振り切ろうとしていた八斗の動きが止まる。
ルーフェリアは見逃さなかった。
紅鉄傘の影から飛び出してすばやく八斗の背後に回り羽交い絞める。
「うわ!」
「いいからひとの話を聞け! さもないと尻ぶっ叩くぞ!!」
暴れて抜け出そうとしたいた八斗だったが、その瞬間ピタっと止まった。
八斗によると育ての親はルーフェリアだったらしい。そのわんぱくぶりで一体過去どれだけおしおきをされてきたのか――ほぼ反射的に従ってしまった自分に、八斗自身赤面してしまう。
「……ちくしょお…」
「八斗」
そのとき、また別の女性の声が聞こえてきた。聞き覚えのない声。けれど、妙に心にかかる――……。
そちらを向くと、金色の目をした緑の髪の美しい女性が立っていた。
年のころは二十歳前後だろうか。ぽかんと口を開けてしまった2人にまじまじと見られたその女性は、きっとこんなふうに見られるのはどこかおかしいところがあるに違いない、とでも思ったのか、短いスカートの裾を懸命に引っ張って伸ばそうとする。けれど裾は伸びなくて……伸ばすことはあきらめて、ぎゅっと手のなかに握り込んだ。
そして、あらためて八斗へ向き直ると、こう告げた。
「八斗。シャンバラに、帰りましょう。みく……ええと……わ、私も、一緒に帰る……ります、から」
そわそわ、もぞもぞ。おどおどした自信のない所作でひきりなしに体を揺らしている。聞くからにたどたどしい、使い慣れない言葉を一生懸命考えてしゃべっているような姿だった。
じーっと食い入るように見入っていたルーフェリアは、あっと声を上げる。
「おまえ、みくるか!?」
「えええっ!?」
言い当てられて、その女性――愛と夢のコンパクトで大人の女性化したみくる――は、カーッとほおを上気させた。
今自分がどんな姿をしているか全く分からない。2人の反応からすると、逃げてどこかへ隠れたくなってしまう。それでもあきらめずに説得を続けたのは、八斗が年上の女性に弱いらしいということを聞いていたからだった。
幼い自分では聞いてもらえないことも、この姿だったら聞いてもらえるかもしれない……そう考えての、みくるなりの必死の策だった。
「八斗。お願い。みく……みんなと一緒に、戻りましょう? 八斗も、ほんとは分かってるんでしょう…?」
みくるの手が、まばたきも忘れてまじまじと見入っている八斗にそっと添えられる。八斗はぎゅっと目をつぶり、うなだれた。
「……でも……俺は……俺は、ドルグワントなんだ」
「だから何だ。「八斗」であることにかわりないだろうが」
ルーフェリアは即座に断言した。
「それが生まれたときからおまえんなかにあるもんなら、それもひっくるめて丸ごと「八斗」だ。
あんま、オレたちのこと見くびるなよ。「未来から来た要と悠美香の息子」なんてーのも、おまえが言ったから信じてやってるんだぞ。それに比べりゃこんなこと、屁でもないさ!」
「……ルー姉…」
見上げる八斗の目じりに涙がにじんだ。手からヴェンジェンスがはずれて転がる。
「戻ってこい、八斗。未来人の八斗も、ドルグワントの八斗も、ただの八斗も。全部オレたちの八斗だ」
「ルー姉! 俺、待ってた! 待ってたんだよ、ルー姉!」
「ああ。長く待たせちまったな。すまない」
首に腕を回し、しがみついてきた八斗の背中を、ルーフェリアはあやすようにぽんぽんとたたく。
八斗の上着のすそを、みくるが下に引っ張った。いつの間にかみくるも元の姿に戻っている。
「八斗、帰るの? 一緒?」
「みくる…。へへっ。やっぱ、みくるはこっちの方がいいや」
その言葉か、それともくしゃくしゃっと少々雑に――けれど愛情にあふれたしぐさで――頭をなでられたことからか。みくるは上機嫌で笑顔になった。
「ルーさん…。八斗、よかった」
「やれやれ。これでこっちはひと段落?」
ああは言ったものの、内心はらはらしながらちらちらと様子をうかがっていた要が、ほっと息を吐き出す。
「じゃあ、残るはあっちかぁ」
少しゆううつそうな響き。向き直り、視線を向けた先には、ドルグワント覚醒者のルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の姿があった。
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