リアクション
覚醒者たちが向かったのは前線だけではなかった。
後方、奇襲をかけてきた部隊の狙いがダフマとこの地をつなぐ六角柱ポッドにあると知ったタケシは少年型ドルグワントとともに数人の覚醒者をそちらへ向かわせる。
そのなかに、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)がいた。
彼女は先日の戦いでアストーの石を守って戦い、瀕死の深手を負って教導団施設内の救護室へ運び込まれた。そこで一命を取りとめることができたわけだが、目を覚ましてすぐ、抜け出すことに成功していた。
まだそのときの傷は完全に癒えていない。それでも薔薇の細剣を手にプロポーグを発動させ、奇襲部隊の神官戦士の気を自分の方へ向けさせようとしたときだった。
「エリー」
と、耳になじみの深い声がした。
振り向くと、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が立っている。
「また邪魔をするっていうの? 煉さん」
正面を向けたエリスの目が、ふと違和感を感じて細められた。どことなく見覚えのある煉とは違う気がする。
違和感の元は、ほどなく見つかった。彼の持つ剣だ。そこに握られているのはあの刀身が深紅に染まった大剣カーディナルブレイドではない。ただの剣だ。
この剣と対のようだったのに…。
(……!)
そのことに思った以上にショックを受けている自分に気付いて、首をぶんぶん振る。
「たとえ煉さんでも、ルドラさまの邪魔をしようというのなら許さない。私はルドラさまの盾」
「――ほらほら。んなことでいちいち傷ついてるんじゃないよ」
煉の内心を鋭く見抜いて、となりのエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)が強張った背中をパシッと叩いた。
「……かなわないな、エヴァっちには」
苦笑し、煉は軽くほおをこすった。
エリスが目を覚ましたと聞いて駆けつけたとき、病室はすでにカラだった。からっぽのベッドと全開した窓に愕然となり、壁に身を預けぐったりしていた煉を、エヴァがグーパンで殴りとばしたのだ。
『歯食いしばれ! 気合い入れろ! 落ち込むなんていうのはいつだってできる! 今あたしたちやるべきなのは、エリスのやつをぶん殴ってでも正気に戻して、連れ帰ることだろうが! おまえの居場所はここだってな!!
分かったら、そんなとこでうだうだしてないで、さぁ行こうぜ。あのバカを連れ帰しにさ!!』
彼女に殴られたほおにはもうあのときの出来事を思わせるものは何もなかったが、気合いはたしかに注入された。
「エリーを取り戻す。それ以外は考えない」
吹っ切った煉の横顔に、あのときのように、エヴァはニカッと笑った。
「よし。じゃあこっちはあたしに任せな」
言うなり飛び出す。彼女の真正面には、あの銀髪の少年の姿があった。
アクセルギア全開。彼女の方から飛び込でいき、少年の振り切ろうとしたバスタードソードを念動式パイルバンカーで受け止める。力が拮抗した瞬間、同時にとびずさり、距離が開いたところでカタクリズムを発動させた。
「アハハハッ! さぁ壊れちまいなッ!」
吹き荒れる力の風に耐える少年にパイルバンカーを打ち込む。
「じゃあ煉。せいぜい頑張りなさい」
美しい銀の髪を肩向こうに払い、リーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)が彼から数歩離れた。
煉の肩までも届かない幼い少女。しかしまるで百戦錬磨の強者であるかのように、周囲の喧騒におびえることなく落ち着き払っている。
見た目には年端もいかない無力な少女に見えても、彼女は魔鎧。実際の年齢は計り知れない。
「今回ばかりは事情が事情だから、あたしがエリスの代わりにあなたの盾役してあげる。でも言っとくけど、長くはもたないわよ? もともとこういった防御は苦手なんだから」
そう言いつつ伸ばした手の先に、白い光が集結した。やがてそれは物質化し、氷の盾となる。
「さあ来なさい、機械人形! あたしが相手よ!」
片手にバスタードソード、片手に氷の盾を持ち、エヴァとは反対側についた彼女をドルグワントのエネルギー弾が襲った。氷の盾は砕けた破片を飛び散らせながらも攻撃を受け止める。だが軽いリーゼロッテの体は衝撃を殺しきれず、背後へ押された。そこを狙って突き込まれた剣を、ブレイドガードでどうにかしのぐ。
(……くうっ…!
まったく……あの子、いつもこんな猛攻に耐えてるの?)
近接距離から連続でたたき込まれる剣をギリギリでかわし続けるリーゼロッテ。スウェーも駆使しているが、どうしても少年の高速剣の方が速く、重い。
防御に徹することは最初から決めてあった。だからこそ寸前でもかわせているわけだが…。
「――あっ」
しびれた腕から剣がからめ抜かれた。
「しまっ…!」
「おっと!」
次の瞬間、跳躍したエヴァが空中でそれをキャッチした。そのまま剣を少年に投げつける。
「無理に受け止めようとするな。おまえが小さくて軽いのはどうしようもない。相手がドルグワントの場合はできる限りかわして、できなければすり流せ」
少年を串刺しにした剣を引き抜き、ほらよ、とリーゼロッテに投げ渡す。
「…………」
リーゼロッテは少し不服そうな、複雑な表情をしたものの、すぐに今度はパペットたちが煉を標的にしようと向かってきているのを見て、そちらへ走り寄った。
(エヴァに任せておけば大丈夫だ)
リーゼロッテの漏らした声に思わずそちらへ踏み出していた足を、煉は引き戻した。そしてあらためてエリスと向かい合う。
エリスはまるで路地の野良猫のように彼を警戒していた。本気で彼が自分を攻撃してくると信じているのか、油断なく剣をかまえている。その全身が、彼の言うことなど絶対に信じないと叫んでいた。
「エリー…」
「――来るなら、来ればいいわ。煉さんがどれだけ強いか、私が一番知ってる。私じゃ全然かなわないって。だけど、死んだってこの先には行かせない」
エリスの目が煉の手にした剣へと流れる。
「エリー、違う。俺はおまえと戦うために来たんじゃない。これは――」
そのとき煉の視界に、とある屈強な神官戦士の姿が入った。パペットを斬り捨てながらこちらへぐんぐん迫ってきている。興奮し、血走った目がエリスの背中を捉えていると気付いたとき。
考えるよりも早く、煉の体は動いていた。
「――やっ…!」
突っ込んでくる煉を見て、一瞬パニックを起こしたエリスは闇雲に剣を突き出す。切っ先が煉のわき腹に突き刺さった瞬間、煉はエリスの頭を肩に抱き寄せ、彼女目がけて振り下ろされたハルバードを剣で受け止めていた。
「……悪いが、こいつは俺のだ」
敵をかばわれ、とまどっている神官戦士を見上げて告げる。神官戦士はまばたきをして小首をかしげたが、直後、動きを止めた彼を狙って横から斬り込んできたパペットに対象を移した。1人の敵にこだわらなくても、周囲に敵は大勢いる。
「どうして…」
煉の腕に頭を抱き込まれたまま、ぽつりつぶやく。エリスの視界には、糸のように煉の体を伝って流れる赤い血の筋が見えている。自分の剣がつけた傷だ。自分が、煉につけた。
煉はエリスが何を見ているか知って、だらりと垂れた手から剣柄を奪い取ると自ら引き抜いた。この程度の傷などなんともないと言うように。
「俺がきみをかばうのはおかしいか?」
「だって…! ……だって、私、煉さんの敵なのに! 私なんか、必要ないじゃない。煉さんに剣を向けたしっ、煉さんにはエヴァだって、リーゼロッテだっているしっ!」
ああ、無茶苦茶だ。自ら口にしながらもそうと分かって、エリスはぎゅっと目をつぶる。
「よく分からないな。なぜ2人がいることできみが必要なくなるんだ? 彼女たちときみは別だろう」
「だって…!」
「アストーやルドラを護ると言った。相手が敵であるのはともかく、それは理解できる。きみは「護る人」だ。俺も、いつもきみに護られてきた。
だからたまにはきみのことを護りたいと思ったんだが……どうもうまくないな、俺は。とてもきみのようにはいかない」
「そんなことっ!」
傷口を圧迫止血しながら自嘲気味に笑う煉の姿に、やめさせようと思わず伸ばした手を煉が掴み取る。
ぐい、と胸に引き寄せた。
「俺にはきみが必要だ、エリー」強い力を秘めた瞳が、エリスをまなざしで縛った。「やつらは俺よりもきみを必要としているのか? 俺はそうは思わない。俺ほどきみを必要としている存在がいるはずがない」
「……煉さん……私は…」
エリスの表情が不確かに揺れた。その視線が煉の肩越しに1点で止まる。
煉の手を振り払った手が、脇に放り出されていた自身の剣を掴んだ。煉を押しのけると同時に立ち上がる。
「煉さん!」
ギャリッと鋼同士の噛み合う音が煉のすぐ後ろで起きた。煉をかばってエリスの剣がパペットの剣を止める。すり流し、袈裟懸けに斬り倒す。そうして煉を振り返った。
「私は煉さんの盾! だれにも煉さんを傷つけさせたりしない!」
強い光を放つ瞳、はつらつとした笑顔は、いつものエリスだった。
「エリー…」
「さあ立って、煉さん!」
(――ちっ)
煉に手を差し伸べるエリスの姿に彼女が正気に返ったのを確信し、エヴァは先の折り見てしまった光景に内心舌打ちをする。
「ふん。今日だけは大目に見てやる! 今日だけだぞ、エリー」
ぶつぶつ。ぶつぶつ。
そんな彼女をリーゼロッテがちらりと横目に見上げた。
「あら。あたしは大目に見たりしないわよ? あの子ったらこんなに心配かけさせて。あとでケーキの1つでもおごってもらわなくちゃ、わりに合わないわ。もちろん食後の紅茶つきでね」
彼女たちの見守る前、エリスは煉にカーディナルブレイドを手渡した。薔薇のような深紅に輝く刀身は、再び彼らの絆が力を得たことを意味する。以前よりも深く、強く、たしかに。
それを手に、煉は敵へと向かっていく。
「さあ、あたしたちも行くぞ」
「そうね」
先までの文句はどこへやら。2人の元へ駆け出すエヴァの面は、エリスが戻った喜びに笑顔になっている。
くすっと笑って、リーゼロッテは人型を解くとその身を飛ばしたのだった。
* * *
やがて
クレア率いる奇襲部隊は、黒い六角柱全体をその視界にとらえる所までたどり着いた。
巨大とはいえただのポッドであるはずなのに、無尽蔵かと思えるほど続々と吐き出されてくるパペットたちに、前方は埋め尽くされている。
「このまま一点突破だ! 六角柱にたどり着き次第展開! やつらと六角柱を引き離せ!
ハンス、先頭に立て」
「はい、クレアさま」
緑竜殺しを手に親衛隊員や神官戦士たちとともに突貫した
ハンスは六角柱を背にパペットたちをけん制する。その間にクレアと
キルラスは入口のある側面へ到達した。
「キルラス、セットを」
「――はっ」
「急げ。みんな疲弊している。長くはもたない」
キルラスは銃舞で切れた息を整える間も惜しみ、クレアの指示する位置へ機晶爆弾のセットを始めた。これは
鉄心が戦列を離れる前に彼へ預けていった物だ。
キルラスとしては内部に仕掛け、爆破に確実を期したいところだったが、未知の内部へ突入するだけの戦力がなかった。
「終わりました」
「よし。
全員退避! この地よりできるだけ離れろ!!」
合図の銃弾を天に向け、放つ。その音を聞いて、退路確保をしていた者たちが一斉にパペットを両側へ押し戻した。そうして開いた道を、先頭部隊たちとともに駆け抜ける。
しんがりを務めたキルラスが、超感覚を駆使し、十分距離をとったところでパペットの隙間から機晶爆弾を撃ち抜いた。
「みんな伏せろ!!」
ピシッと音をたて、魔弾が命中したのを感じ取った瞬間、耳をつんざく爆音が上がる。炎熱を伴った爆風と衝撃波が六角柱を中心に波紋のように広がって、いともたやすくパペットたちを空に巻き上げるや地にたたきつけた。
頭をかばって伏せたキルラスやクレアたちの所にまで、パペットの欠片や柱の壁面らしき破片が降ってくる。
もう大丈夫と身を起こした彼らの前、黒い六角柱は黒煙を噴き上げながら大きく傾ぎ、一度止まったあと、ゆっくりと地に倒れていった。
* * *
六角柱破壊の爆風と衝撃は、
氷藍たちの元までも届いていた。
「やったな」
地響きをたて、崩れながら倒れていく六角柱を見ていると。
「……うう…」
足元で、
幸村がうめき声を発した。
「気がついたか」
「ここは……一体…?」
割れるように痛む頭に添えようとした手が額のこぶに触れて、幸村は顔をしかめる。
これのせいだったのか。しかし、どうしてこんなものが…。
「ここはどこだ。密林……ではないな…」
「父上……正気、ですね…?」
おそるおそる、確かめるように
大助が横から覗き込む。
「大助」
「よかった…! 父上、正気に返られたのですねっ」
胸に飛び込んできた大助の髪にほおを寄せつつも、幸村のなかに徐々に先までの出来事がよみがえってくる。血の気の失せた面がこわばり、瞳が暗く陰ったのを、氷藍は見た。
「大助。すまなかった、とだけ言っておこう。だが、あの言葉は――」
「幸村!」
鋭い声で氷藍がやめさせる。言うな、と。俺はいい。又兵衛たちにも。しかしそれは、大助にだけは口にしてはならない。
無言の言葉に従い、口をつぐんだ幸村を大助が見上げる。
氷藍の制止は少し遅かったようだった。言葉として聞かずとも、大助は感じ取っていた。
「……で、でも……父上は、僕たちのこと…」
ち、と舌打ちをして、氷藍は
轢キ潰ス者に飛び乗る。
「幸村、大助、さっさと行くぞ! あの柱が破壊されたって、ここにいるあの人形どもは消えたりしないんだからな!」
言い捨てるように巨大ロードローラーを発進させる。幸村は己の浅薄さを恥じるように視線を下げたのち、
天上天下無双を手に、黙して従った。
そして大助も、いまだ乱れた心ながらも2人のあとについて走り出したのだった。