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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

リアクション


・Chapter15


「あ、いたいた!」
 祠堂 朱音(しどう・あかね)は、エザキと雪姫の姿を見つけた。雪姫に関しては、学院でも噂になっている有名人のため、大体把握している。
 ホワイトスノー博士失踪後、彗星のごとく現れた天才少女。
 ブルースロートとジェファルコンを量産化にこぎつけさせ、元パイロット科代表の七聖 賢吾のBMI搭載専用機ホワイツ・スラッシュ――【鵺】を開発した。それだけではなく、今回の宇宙対応関係も彼女の手腕によるものだという。
 その一方で、天学に来る以前の彼女の経歴は謎に包まれている。
「とんでもなく優秀なのに、天学に来る以前の論文や活動実績がまったくない……不思議だよね。香住姉はどうだった?」
「……駄目。極東新大陸研究所には在籍していた形跡があるってことだけど、会ったことがあるって人はいなかった」
 情報収集を手伝ってくれた須藤 香住(すどう・かすみ)が残念そうに頭を横に振った。
 と、その時である。
「おっと、何かね? 君もイコンのことについて聞きにきたのかの?」
 エザキが香住の方に近づいてきた。
「え、あ、ワタシじゃなくて……」
 大人びた香住の方が、自分に用があると思ったのだろう。握手をしようと手を差し出してきた。
「あなたが、ホワイトスノー博士の先生ですか?」
 さっ、と朱音は皺の刻まれたエザキの掌を握った。
「おお、これはこれは失礼。君はジールのことを知っているようじゃな」
「ええ、ほんの少しではありますが……イコンについてお話しました」
 幼い孫娘に接するかのように、エザキが柔和な笑みを浮かべる。その顔にはどこか寂しさのようなものも感じられた。セクハラ他奇行が目立つ変人というのが彼の評判であるが、今は浴衣白衣という出で立ちを除けば、まともな人に見える。もっともそれは、朱音に女性らしい色気がまだないからなのかもしれないが。香住の前に割って入ったのは、純情な彼女が変なことをされないようにするためである。
「あなたの研究については、存じ上げてます。世界初の人型二足歩行ロボットの開発に携わっていたんですよね?」
「日本の自動車メーカーに先を越されてしまったがのう。二十世紀も終わりかけの頃じゃが、あれは衝撃的じゃった……」
 しみじみと昔語りを始めそうになったので、本題に入る。
「単刀直入にお伺いします。今後、イコンはどのような方向に進む可能性が高いのですか?」
「地球とパラミタで、大きく異なるのう」
 エザキと雪姫が視線で示し合わせ、口を開いた。
「将来的な話をすれば、パラミタにおける技術の根幹になり、様々な場面でイコンを応用したものが出てくることになると予想できる。地球とのサイエンス・ギャップはいずれ解消される」
「地球に関しては、宇宙技術に使われることになるかのう。あとは、地上でも工業用途としての導入が検討されておる」
「戦いの道具になってしまうことは?」
「今は、地球の兵器に対イコン武装を搭載するのが難しい関係で、地球でも少数精鋭の戦力となっておる。が、いかんせんワシらのようなロマンを追い求める者以外は、イコンの装甲原理を解明し、有効な手段を見出そうと躍起になっておるんじゃ。第六世代戦闘機や第四世代戦車の方が兵器としては有用じゃからな。アメリカでは、イコン技術を使って機体を開発しておるが、人型じゃないしのう。こういってしまっては身も蓋もないが、地球でのイコン運用は今が全盛期で、いずれは衰退する」
「パラミタでは、逆に発展していくと予想できる。彼らには戦車や戦闘機のノウハウはない。しかも、地球から持ち込めないせいで、その有用性が彼らには理解できない。しばらくはニルヴァーナとの戦いもあって、兵器としての運用が主になる」
「そんな……」
 朱音はショックを受けた。
「けれど、私はイコンを兵器として運用することを是とはしない。将来的には、パラミタにおいても兵器としての役割から解放したいと考えている」
 なぜかは知らないが、そうしなければならない。そんな気がする、と雪姫が告げた。
「ならば、ボクも手伝います。イコンを戦いの道具にしないですむように……」
 それが、「あの人」との約束だから。勝手に思い込んでるだけかもしれないが、同じ志を持つ者は確かにいる。
「ワシは老い先短いが、司城君はまだまだこれからじゃ。頑張りたまえ」
 二人の少女にエールを送るエザキ。
 そう、まだまだ未来は分からないが、これからなのだ。
「イコンの未来、ね。やっぱり、研究するにあたっては、そこまで考えてるんですね」
 そこに声が聞こえてきた。

「お疲れ様です、エザキ博士、雪姫さん。最後の方の話、少し聞こえたものでして」
 荒井 雅香(あらい・もとか)は、朱音たちと話しているエザキと雪姫に声をかけた。
 ちょうど帰投後の受け入れ態勢を整え、休憩に入ったところだという。
「最近は若い女の整備士もいるんじゃのう。どれどれ……」
 興味津津にエザキが雅香を見定め、手を出そうとした。
「あら、まだまだ元気じゃないですか」
 さっとかわし、微笑みを向ける。
「いやあすまんすまん。しかし、君も勉強熱心じゃな」
 彼女がツナギのポケットに、イコン関係のメモや資料を入れているのをエザキは見ていたのである。
「まだまだ未熟ですからね。日々、精進です」
 そう口にした彼女だが、今年度の整備科の代表生徒である。イコンに関しては生徒たちの中でも、多くを知っている方だろう。
「そういえば、エザキってことは……」
「ワシの祖父が日本人なんじゃ。三世ってことになるかのう。ジールたちを受け持つ前は、しばらく日本で教鞭をとってた時期もあるんじゃよ」
 その時に自動車メーカーが発表した人型ロボットに衝撃を受けたのだという。
「ホワイトスノー博士は、どんな学生だったんですか?」
「彼女は天才じゃったよ。論集に載せるための論文を書いてくれて言ったら、一晩でそれと、他に思いついたってだけで三本も論文を持ってきおった。どれもクオリティが高くて驚いたものじゃったよ」
「本当に、学生時代から研究熱心だったんですね」
「そうじゃな。じゃが、研究以外は何も興味ないって感じではなかったぞい。ほれ」
 エザキが取りだしたのは、手帳サイズのアルバムだ。
「これが、ホワイトスノー博士? ほんとに、雪姫さんと瓜二つね」
 飛び級で大学に入ったということだが、雅香の知るホワイトスノー博士とは大分印象が違う。ミニスカートにツインテールという出で立ちの写真を見た時は、いくら十代の頃とはいえ、別人過ぎるだろうと思った。
「彼女はムードメーカーじゃな。周囲を動かす……いや、振り回すのが得意じゃった。天真爛漫、ってほどではなかったがのう。彼女に泣かされた者は多かった」
「なんといいますか……こうして写真を見ても、そんな博士の姿が想像できません。このよく博士と映ってる男の人は?」
「ヴィクターじゃ。ヴィクター・ウェスト。ジールの一番の被害者であり、良きライバルじゃった」
 ヴィクター・ウェスト。マッドサイエンティストと噂であり、世界の敵とみなされている危険人物だ。
「ジールと違い、彼はどこまでも平凡じゃった。じゃが、そうであるがゆえに誰よりも努力家じゃった。彼がわずか十五歳で大学に飛び級できたのも、生物学者一族に生まれながら機械工学、そしてロボット研究に対しても力を発揮できたのも、全てはそれによるものじゃ。二人は対照的でありながらも、互いをライバルと認め、切磋琢磨しておった。おかげで、ワシが何百本の論文を読む羽目になったことか……」
 ヴィクターはホワイトスノー博士によくいじられて理不尽な目に遭っており、その度に「オレはいつか先輩を見返してやる!」と一念発起していたらしい。ただ、写真を見る限りでは、仲がよさそうだった。
「じゃが、二人はあまりに優秀過ぎた。研究室いた学生は去っていき、扉を叩いた学生は、あの二人には敵わないと諦め、気づけば三人だけになった。それでも、充実しておったよ。ワシら三人で、等身大の人型ロボットを完成させもした。ヴィクターは生物の構造に詳しいことをロボットに生かし、機械の効率化をジールが行った。あの二人が組めば、いずれは人間と区別がつかないロボットも造れるのではないか……そう、思ったものじゃよ」
 昔語りをするエザキの表情が曇る。
「それでも『真の天才』の前には、ワシはおろか、あの二人でさえ霞んでしまう。たった一人の少女が、ワシらが三年がかりで造ったものを三日で完成させたんじゃ。設計図をたった一日で理解し、あとの二日で製作を行った。彼女は言ったよ、『私が一日で解決できない問題、初めて見ました!』と、無邪気に。彼女がもし今も生きていたならば、科学技術に大きな革命が起こっていたことじゃろう」
「その子は亡くなったのですか?」
「そうじゃ。じゃが、彼女との邂逅は、いい刺激になった。二人は益々やる気を出し、研究に勤しんだ。ジールが『新世紀の六人』の一人となっても、それは変わらない。じゃが、決別の時は訪れた。ヴィクターは何も言わず、研究室を去ったのじゃ。その日以降、ジールは感情を見せることがなくなった。未だに二人の間に何が起こったのかは分からぬ」

(えーっと……ああ、あんなところに)
 エザキ博士を探していたイーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)は雑談している彼らの姿を発見した。
 極東新大陸研究所にいた頃から、あの老人の悪名は耳にしている。幸い、会う機会はなかったが。しかし、噂よりも真っ当な人物であるように見受けられる。格好は真っ当とは言いがたいが。
 一旦話が終わったタイミングを見計らい、声をかけた。
「こんにちは、雪姫さん。
 ……ギルバート・エザキ博士ですね?」
 エザキがおもむろに、イーリャに近づいてきた。
「極東新大陸研究所のイーリャです。どうかお見知りおきを。天御柱学院では、普通科教員……雪姫さんの指導教諭を勤めています」
 指導教諭、というのは半分ハッタリだ。
(雪姫さん、何もされてない、大丈夫?)
(肯定。特にセクハラと定義づけられている行為は受けてない)
 こっそりと確認し、エザキに向き直る。
「噂はかねがね聞いております……それで少し相談したいことがあり……ひゃ!!」
 エザキが彼女の肩を叩いた。ように見えて、その手を少しずつ胸元へずらしていこうとしていた。
「……分かっておる。確かに人目につくとまず」
「この劣等種のエロジジイが!」
 ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)がエザキをはたいた。
「ジヴァ!」
「何勘違いしてんのよ、雪姫にも危険が迫るかもしれないからやったのよ!」
「いいビンタじゃ、悪くない」
 まったく効いていない。いや、効いているが喜んでいる、といった方が正しいのか。
「しかし、君たちは本当に似ておるの」
「は、どこが?」
(彼女、君とにとっては娘みたいなものじゃろ? 違うかの?)
(……! なぜそれを?)
(何となく、じゃ)
 イーリャはこの老人が、油断ならない人物だと悟った。ただのエロジジイではない。あのホワイトスノー博士の師なのだから、ただ者ではないと思っていたが、こんな形で実感することになろうとは。
(雪姫嬢と、ジールのことじゃろ?)
(はい)
「ジヴァ、ちょっとエザキ博士と話すから、雪姫さんのことお願いね」
「ちょっと、どこ行くのよ!?」
 雪姫のことをジヴァに任せ、エザキと二人きりになる。
「やはり、あなたは雪姫さんのことをご存知なのですか?」
「いんや、全然」
 嘘だ、とイーリャは思った。だが、不思議なのは正真正銘女性であるはずの彼女に、あいさつという名のセクハラ行為を行った気配がないのはなぜだろうか。
「そうですか……もしかしたら、ホワイトスノー博士の師ならば、何か聞いているかと思ったのです。博士と瓜二つなので、彼女が造られた存在だという気はするのですが……」
「ロボットじゃろ? 雪姫嬢は」
「え?」
 今、何と言った?
「ジールはクローンなんて作らせんよ。人間の複製というのを嫌っておったからの。その癖、ロボット工学で『人間の創造』をなそうとしておったが。その成果が、おそらく彼女なのじゃろう。『新世紀の六人』に選ばれた他の五人の知識もあれば、できなくはない。そう思わせるほどのメンツじゃったからな」
 確信は持てないが、とエザキが続けた。
「じゃが、もしそうならなぜジールは誰にも言わなかったんかのう……。人間と区別がつかないロボットの創造は、ヴィクターとジールの夢じゃったはずなのに」
「きっと、それは……いえ、なんでもありません」
 造った後に負い目を感じてしまったから、とはエザキには言えなかった。
 彼女がロボットだとすれば、どこか機械的なところや、人の思いを理解できないという彼女の言い分も納得がいく。
 だが、彼女が何者であろうとも、雪姫に対する態度を変えるつもりはない。無論、彼女の正体を言いふらすつもりもない。彼女が前に踏み出そうとしているのを、イーリャは知っているからだ。

(雪姫、ちょっといい?)
(何?)
 その頃、ジヴァは雪姫とテレパシーで話していた。
(アンタを造った『親』は六人いて、話をしたことがあるのは一人……って、前話したわよね? その一人ってもしかして、あのギルバートとかって変態セクハラ教授? いや、まさかとは思うんだけど……)
(否定。あの人は、『新世紀の六人』ではない。私が会ったことがあるのは、空京大学の司城博士。親戚ってことになってるけれど、あの人が親の一人)
 会ったのは、九校戦の後だという。
(そう。ありがと)
 そこで、珍しく雪姫の方から質問してきた。
(ジヴァ。仮定の話だけど、私が人間ではないとしたら、驚く?)
(別に。なんか、雪姫は他の劣等種どもと違う感じがするし)
 だからなのだろうか。彼女に対しては特に悪い感情を抱かないのは。
(なんでそんなこと聞くのよ?)
(特に意味はない)
(アンタ、時々おかしなこと言うわよね。まあ、別にいいんだけど)