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死いずる国(後編)

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死いずる国(後編)
死いずる国(後編) 死いずる国(後編)

リアクション


死人探し、ヤマ探し
AM7:30(タイムリミットまであと16時間30分)


 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、箱根に戻っていた。
 とある目的の為に。
(危険だっていうのは分かってる。だけど、背に腹は代えられない……!)
 彼女の目的。
 それは、彼女の眼前にあった。
 ゆるゆると蠢きながら、だんだんと形をとっていく、化け物。
 本当は誘導は別の人間に頼むつもりだったが、「それ」を思いつき動く者が自分しかいない以上、自分がやるしかない。
 千歳は腹を決め、その化け物向かって大声を張り上げた。
「さあ来なさい、十面死!!」

   ◇◇◇

「生者と死者の見極め方を思いつきました!」
 東 朱鷺(あずま・とき)の言葉に、全員がはっと彼女を見る。
 正者と死者の見分け方。
 それは、この場にいる全員が――死者を除いて――が、望んでいたものだった。
「一体、どうやって?」
 訝しげに尋ねるアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)に、朱鷺は胸を張って説明をはじめる。
 朱鷺の隣では、サングラスをした第六式・シュネーシュツルム(まーくぜくす・しゅねーしゅつるむ)がぐたりと横になっている。
「まずは、直接問いただします。それから、体表のチェック。そして最後に……呪詛にかかっていただきます」
「呪詛?」
 シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が訝しげに首を傾ける。
「その効果により、皆さんには糞尿を出していただく……平たく言えば、下痢になっていただきます。そしてその出てきた糞尿を確認すれば死者のものには特徴が……」
「ちょっと待て」
 さざ波のように引いて行く朱鷺の周囲。
 その波をかき分け朱鷺の説明に割って入ったのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
「その案にはいくつか疑問点がある。そもそも、生者と死者の糞尿にそれほどの差異があるのかどうか確認できていない」
「腐った内臓が出てくるかもしれませんよね?」
「あくまでも、仮定の話だ。そのために、ここにいる全員の体力を削るような真似は……」
「確認後は治療するから大丈夫です」
 いや問題はそこじゃない!
 その場にいた全員が心の中でそうツッコむ。
「オレ、仕事しなくていいネ……?」
 六式の言葉は残念そうでもあり、僅かばかり嬉しそうでもあった。
「もう、止めましょ?」
 悲しげに進み出たのは遠野 歌菜(とおの・かな)だった。
「ここから先は、死人だけでなくイコンまで相手にしなければいけないと聞いたわ。今は、皆で力を合わせる時じゃないですか。私は仲間を信じます」
「……仲間の中に死人がいる可能性は高いだろう。なら、分散せず皆で行動すればいい」
 歌菜の隣に立つ月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、静かに彼女の意見を補足する。
「完全に同意はしかねるが、一理ある」
 理子の側で護衛を続けていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)の言葉に、歌菜は僅かに意外そうな顔をする。
「今、危険なのはむしろ仲間内での疑心暗鬼だ。ヤマや死人の安易な断定や殺害は避けるべきだ」
「それで納得すると思いますか?」
 冷ややかな声で反論したのは水無月 徹(みなづき・とおる)だった。
「宝珠が土壇場で奪われたらどうします? 不測の事態を避ける為にも、死人は判別して殺害しなければいけません。私は、理子とハンナ以外の人物は信用しないことにしています」
 そう言いながら徹は一点を見つめる。
 視線の先にいるのは、とある人物。
 監視するように、そこから目を離さない。
「私は、主様だけを信じますわ……」
 シーリーン・ソロモン(しーりーん・そろもん)は徹の言葉を肯定しているのかいないのか。
 ただ静かに笑う。
「警戒は怠るべきではないな」
 同意するアルクラントもまた、一人の少女を見ていた。
(大切な友人である彼女を疑うのは心苦しいのだが……)
 いざというときには、情は捨てるつもりだ。
「しかし中には混乱を増徴するような発言をする者もいる。注意しなければ」
 そう言いながら、アルクラントは玖純 飛都(くすみ・ひさと)に視線を移す。
 アルクラントの視線を黙ったまま受け止める飛都。
 しかしその瞳は、底知れぬ決意の色を湛えていた。
 二人の視線が交差する。
(アル君…… 私はアル君が成すべき事を果たすまで、必ず守るよ)
 その傍らで、シルフィアは静かに決意を新たにするのだった。
「全く、疑い出したらキリがないのぅ」
 草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)がやれやれといった様子で大げさに肩を竦めてみせる。
「ハイナ、理子、ヤマとやらについて何か知らんかの?」
「え、ううん。全然……」
「わちきも初耳でありんす」
 理子は申し訳なさそうに、ハイナは少し悔しげに言葉を返す。
「ヤマのことでしたら、手は打ってありますわ」
 イルマ・レスト(いるま・れすと)の自信ありげな言葉に、ざわめく周囲。
「十面死は、ヤマの存在を感知したではありませんか」
「あー、確かに。十面死の中の一人はヤマについて反応していたねぇ」
 天野 木枯(あまの・こがらし)が思い返すように何度も頷く。
「ですから今、千歳さんが十面死をこちらに誘導して来ています」
「なるほどぉ、奴と戦ってその反応を見れば……」
「……ってリスク高すぎない!?」
 納得し合う二人の間にルカルカ・ルー(るかるか・るー)が割り込んだ。
「千歳さんは言っていました。十面死が近づいて来たら距離を取ろうとしている物が、怪しいと」
「それは誰でも距離取ろうとすると思うよ! 危ないもん!」
 十面死がやって来る。
 その脅威に、一人また一人と浮足立っていく。
「こっちに来るなら、早く移動した方がいいよ」
「慌てて逃げなきゃいけない理由でもあるのぁ〜、ルカルカさん」
 早くも人を誘導する準備を始めようとしたルカルカの前に立ったのは、師王 アスカ(しおう・あすか)。そして蒼灯 鴉(そうひ・からす)だった。
「理由? そんなの、皆を危ない目に合わせたくないからに決まってる」
「そうなの〜?」
 ルカルカの真っ直ぐな瞳を受け止め、それでもアスカは視線を逸らさない。
 その、アスカの視線にルカルカの心はずきんと痛む。
(あ、これが、疑われるってことなんだ……)
 沈むルカルカの心を余所に、イルマは不満気に周囲に問う。
「だいたい、それ以外にヤマを判別する方法がありますの?」
「あるよ!」
 気持を振り払うように、ルカルカは宣言する。
「っていうか、簡単だよ。朱鷺も言ってたように、聞いてみればいいんだよ」
「嘘感知で、一人一人確認を取る。もしヤマがその自覚を持っていなくても、死人に対しての親和性を感知することで……」
 ルカルカの言葉を補足する、ダリルの説明の最中だった。

 ダァアアンッ!

 銃声がした。
 それと前後するように、「アキラあぁああああっ!」という悲鳴。
 人が倒れていた。
 アキラを凶弾から守って死んだルシェイメアだった。
 そして茫然と座り込むアキラ。
 周囲は騒然となった。
 驚き駆け寄る人物。
 治療を試みる人物。
 銃弾の恐怖に逃げようとする人物。
 混乱。
 悲鳴。
 恐怖。
 困惑。
 その、全てを待ち望んでいた人物がいた。
 彼にとって、それはまさに始まりのファンファーレ。
「幕開けにはちょうどいいカオスっぷりだ。ペト、曲を頼むぜ」
「パーティーなのですか?」
「ああ。最初で最後の、とびっきりのな」
「ごちそうは?」
「たっぷりだ」
「よ〜し、ペト、張り切って演奏しちゃうのですよ〜」
 キタラの音。
 ペト・ペト(ぺと・ぺと)の演奏に合わせて踊りだしたのは、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だった。
「アキュート……」
 茫然とした様子でそれを見るアルクラントに、まるでダンスでも誘うかのように手を伸ばす。
「哀しいねぇ。俺を疑ってたなんて」
「いや、私はむしろ、君の話を聞いて信じてみようと……」
「ああ。俺は嘘を言った覚えは無えぜ。一人でも多く、少しでも長い間、生きていて欲しかったからさ」
 笑った。
「俺達のエサ共にな……!」
「アキュート……っ」
 唇を噛むアルクラントを嘲るように、手の平を返す。
「主催は俺、主菜はお前ら。客はもう到着してるぜ? お前らの隣の誰かだ。なあ、得物の用意はいいか? 獲物はちゃんと見定めたか?」
 言葉は軽く。
 ステップも軽やかに。
「ルールは単純。食うか、生き延びるか。開始の合図は任せとけ。盛大に行くぜ!」
 そこでぴたりと踊りが止まる。
 重要な宣言をすべく、息を吸う。
「レッツ、パ」

 ダァアアンッ!

 続く言葉は、出なかった。
 永遠に。
 アキュートの口からは、言葉の代わりにただ空気が漏れるだけ。
 口があった場所には、その代わりのように穴があった。
 ずるりとその場に倒れこむ。
 アキラを狙った凶弾は、アキュートにもまた狙いを定めていた。
 一点の迷いもなく、ずっと以前から。
 アキュートの宣言は確認ではなく、ただの好機だった。
 彼の周囲から人が離れた。
 容易く狙えるようになった、ただそれだけが攻撃の理由だった。
「アキュート、ごちそう、は……?」

 ダァアアンッ!

 ペトペトが食らったのはご馳走でもはなく、光の攻撃だった。
 アキュートに倣うように、ペトペトも倒れる。
 血に染まったキタラが転がった。

「い、一体誰が……」
「俺だ」
 茫然と呟く徹の後ろから声がした。
 警戒も露わに振り向いた徹が見たのは、ブライトマシンガンを背負った国頭 武尊(くにがみ・たける)だった。
 憮然とした表情で近づいてくる。
「ここまで混乱が起きちゃ、これ以上遠方で狙うのは無理なんでな……」
「……ルシェイメアを撃ったのも、武尊殿が……?」
 絞り出すような声。
 冷たくなったルシェイメアを抱き締めた、アキラだった。
「……」
 武尊は答えず、アキラにマシンガンを向ける。
「どうしてこんな事を……」
「怪しいから、撃つ。それだけだ」
 青ざめる歌菜に当然のように答えると、引き金を引こうとする。
「や、止めて!」
 思わずアキラとマシンガンの間に立つ歌菜。
 しかし武尊は迷わない。
 銃声が響いた。
 衝撃を覚悟した歌菜とアキラだが、それは訪れなかった。
 武尊の得物の銃口は、上を向いていた。
 歌菜のパートナー、羽純が武尊の腕を捩じりあげていた。
「武尊、なんて事を……っ」
「怪しい以上、始末するしかない。俺は嘘はついてないぜ。なんなら嘘感知で確認してもらってもいい」
「たしかに、武尊は嘘はついていない。だが……」
 確認したダリルが言葉を濁す。
「……俺も、確認してもらっても構わない。ルシェイメアは、俺は、死人じゃない……」
 ぽつりとアキラが漏らす。
 その言葉に嘘はなかった。
 武尊自身が、そう感知した。
 3日前のあの日。
 混乱の最中確認した時、アキラは何か隠していたと感じられた。
 それは、死ではなかったということか。
「これ以上は、もう止めるんだ。貴重な戦力を2人分もすり減らしたくない」
 陽一の言葉に、すっと武尊の視界からアキラが外れた。
 彼の関心は既に次の標的に向かっていた。
 それは、あまりにも人の多い所にいたので遠方から狙えなかった人物……
「おい!」
「話は全ての標的を片付けてからだ」
 アキラの声を背に、武尊は歩を進める。
 それは、最も人の密度が高い場所にいた。
 護衛の多い理子の側に。