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四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

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四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~ 四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

リアクション

 25−9

「び、びっくりした……突然、何かと思ったわ」
 ちょっと(?)背伸びした世界から無事、子供達を2階に逃がし、ファーシーは何とか鼓動を落ち着けた。酒類は1滴も飲んでいないからこれは純粋に驚きによる脈動である。彼女同様、子供達も幾ばくかはホレグスリの効果を目撃しているので完全に無事とはいえないのだが。
 ちなみに、2階には子供達だけではなく充分な知識を持つ未成年と素面の大人も集まっている。……薬を飲んだ誰かに襲われでもしていない限りは。
「おにいちゃんも言ってたけど、ホレグスリが原因っていうのは間違いないと思うよ! 前、公園でああいうのいっぱい見たし……」
 ピノは、空京でのホレグスリ試飲会を思い出す。一方、ファーシーはかつて薬を飲んだ、舎弟の彼女のことを思い出していた。
「半日は効果があるのよね。これからどうしよう……」
 下への道は1箇所だけ。だが、その1箇所を通ると大人の世界に逆戻りで。
 解散しようにも、帰ることも出来ない。
「にゃー! にゃー!」
 そこで、ちびあさにゃんが大きめの声でファーシー達を呼んだ。見ると、お絵かきボードに『1時間で効果は切れるよ☆』と書いてあった。ちびあさにゃんとは違う、どこかで見た字の癖だ。
「1時間……? じゃあ、ここで1時間過ごしていればいいのね!」
「ば、ばぶ」
 イディアが皆に聞こえるように声を上げる。ファーシー達がそれに気付くと、イディアはちびあさにゃんの持つプラネタリアームを指差した。薬の効果が現れだした時、彼女達はこれを何時頃から投影しようかと話し合っていて、とりあえず2階に上がることを優先して話は中断したままになっていたのだが――
「あ、そうね! 皆でこれを見て過ごしましょう!」
「にゃ〜!」
(じゃあ、早速準備するね!)
 それから間もなく、工房2階の天井は漆黒の夜空へと変化した。昨日の夜は雪の代わりに曇天で、今日もその名残で晴天とはいかず、この2日間はあまり星に恵まれないクリスマスだった。だが、今、機晶工房には満天の星空が広がっている。雲も、街の光も無い場所なら、本来はこう見えるであろうという空の風景が、彼女達の頭上で瞬いている。
「わ、綺麗……」
「…………。きゃっきゃっ!」
 イディアを抱いて床に座って。
 想像以上の星の数に、ファーシーは思わず呟いていた。イディアもびっくりして目を見開いてぽかんとしてから、その輝きに興奮した声を出す。星が宝石にでも見えたのか、掴もうと手を伸ばしてにぎにぎしている。
 正に、心が洗われる光景だった。
 一緒に2階に来た子供達も、それぞれに星空を眺めている。その様子を一番後ろで見守りながら、エースは言った。
「……良かった。これでさっき見たものを忘れてくれるといいんだけど……」
「一時はどうなるかと思いましたけど、何とか穏やかに終わりそうですね。後、僕達のやることは……」
 エオリアは1階の方をちらりと見やる。
「いけない大人達が正気に戻ったか確かめて、会場をちゃんと整えることだね」
 1時間後のことを思い、エースはそう言って苦笑した。
「それにしても、何でホレグスリが混ざったんだろう。お店で買う時点から入ってたのか?」
 参加者の誰かが故意に入れたとも思えないし、と、彼等はそれだけが腑に落ちなかった。

              ⇔

 ――機晶工房の玄関が、内側から静かに開いた。光を消した工房よりも、最早街灯立つ外の方が明るく、仄かな光は道行く人々の顔を照らす。だが、パーティー会場を後にしたその人物の顔だけは、照らし出されることはなかった。否、正確に言えば――照らし出されても人々がそれを認識することは、なかった。
 光学迷彩をかけた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、誰にも存在を気取られぬままに全力で工房から離れていく。道の雪は昼間のうちに脇に積まれ、残った雪も数え切れぬ回数を踏み拉かれて足跡が残るような状況ではない。この日、大佐が工房にいた事実は、一歩毎に煙となって消えて行く。
(これだけ撮れれば充分だな。あとは、これを印刷、データ化して……)
 昨日、デスティニーランドにてむきプリ君からホレグスリと解毒剤を強奪した大佐は、夜通しかけてその改造に成功した。
 ホレグスリには――『摂取してから10分程度で効果を発揮する』という改造を。
 解毒剤には――『ホレグスリを摂取してから1時間後に効果を発揮する』
      且つ『ホレグスリと混ぜても効果を中和しない』という改造をしたのである。
 ついでに、解毒剤の強烈な不味さもその過程の中でほぼ無味化している。
 それらを持って大佐はパーティ会場に潜り込み、光学迷彩で姿を消してこそこそと動き回りながら酒類に仕込みをしていった。冷蔵庫にあった缶ビールを始め、2階に残っていたワインボトル、土産としてルシェンが持ってきた高級ワインにも彼女が皆に薦める前に注入し、後は予め、自分だけは普通の解毒剤を摂取して時を待つだけ。
 酒が振舞われて実際に効果が現れるまで、大佐は適当に料理を食べ、写真を撮って時間を潰した。勿論高級ワインも飲んだが、体内に残っている解毒剤が効果を即打ち消してくれるから何の心配も無い。成人年齢まで1ヶ月ちょっとのタイムラグも、大佐は全く気にしなかった。
 そして、ホレグスリの効果が出てきたところで巻き添えを食わないよう、端に移動しながら動画に切り替えて撮影を続けた。
 個人的には仏頂面の2人――アクアとラスがどういう風になるか見てみたいだけで行った悪戯だった。彼らに近付いてきた1人を一騎当千で黙らせてからは、近くで効果にやられたのは幸運、と様子を間近で記録して。流石に、2人がうまく互いに惚れ合うとまでは思っていなかったが。
(……最後の仕上げをするか)
 電気が落ちても撮影は暫く続け、満足するまでメモリを満たして今はもう、ヒラニプラを離れる直前。
 追手が来ないことを充分に確認すると、大佐は光学迷彩を解いて恋人の待つ家へと向かった。

(? ……何でしょう……?)
 目が覚めたら真っ暗で、ルイ・フリード(るい・ふりーど)はぱち、と一度瞬きをして状況が分からないまま起き上がった。途端、頭に何かぶつかり、それとは別に身体が痛みを訴える。
「……?」
 暗闇に目が慣れるまで待ってから確認すると、ぶつかったのはテーブルだった。物が多くあるどこかの部屋らし――
「アクアさん……!!」
 そこまで把握して、ルイは全てを思い出して切迫した声を上げた。今日はクリスマスで、彼はアクアに贈り物をしたい、とささやかなアクセサリーを見繕ってきた。
 ――アクア・ベリル。
 出会ってから1年以上が経ち、ルイの心に引っかかる女性。
 彼女に今日このプレゼントを渡してみれば、はっきりと解るような気がしていた。引っかかりの意味が。ただのお節介な親切心で気になっていたのか、惚れてしまったのかというその答えが。
 とはいえ、パーティーが始まってすぐに声を掛ければ――自分で想像して少しへこむが、開始早々にアクアのテンションが下がるのは必至だろう。
 せっかくのパーティー、彼女には楽しんでもらいたい。解散に近い時までは隅っこの方で楽しむ彼女達を、訪れた皆を肴に出された料理を堪能しよう。そう思い、ソファに座って食事をする方に重点を置いて。
 ――本当は、世間話でもいいからアクアと会話をしたかったけれど。
 友人が増えたアクアは、独りになることもなく常に誰かと一緒に居た。会話の内容までは聞こえなかったが無表情の中でもその都度に様々な表情を見せ、反対側のソファで眠る鳳明を見守る顔には穏やかな中に優しさも見えて、微笑ましく思っていたのだが――
 周囲の様子がピンク色になってきて、ルイもただ見ているわけにはいかなくなった。何が起きたのかと混乱しピンク色の理由に当たりをつけ、アクアに目を戻した時には彼女もおかしくなっていて。
 ――『その人から嫌われてたって、好きになることは自由だよね?』
 ピノのそんな声が聞こえて、アクアからラスにキスをした時には驚いて自分の中の時間が止まったようで。
 その行動が彼女の、彼の『本心』から来るものならルイの行動も違っていたかもしれない。だが、それは薬による偽りの気持ちに因るもので『本心』ではなく。その事実はゆっくりと頭の中に浸透していき、深く自分の感情を探る暇も無くルイはアクアとラスと止めようとして向かいのソファへと足を踏み出し――
 記憶はそこで途切れていた。意識を失う直前、見えない“何か”に途轍もない物理的衝撃を受けたのは――感じる痛みからも確かだろうが。
「……アクア……」
 今判るのは、ルイのすぐ近く、暗闇の中で眠るアクアの胸にラスが顔を埋めて求めるようにそう呟いているということで。
「……………………」
 水色のサンタ服の胸元は大胆にはだけていて、2人の状態にルイはしばし絶句した。思考が出来ずに脳内が真っ白になる。しかし、そこでラスが夢から醒めたかのように目を開けた。
「ん……? ……うわっ!」
 床に寝転がったまま、目前、というか直に触れている胸とその谷間に一度瞬きし。少しの間の後に一気に意識が覚醒したのか飛び起きる。反して起きる気配の無いアクアを見下ろして、腰を抜かしたような体勢のまま即座に彼女から距離を取った。
「な……な……な、何が……、まさか、俺……」
 驚愕の表情でアクアを凝視し、答えを求めるように周囲を見回す。その彼とルイの目がばっちりと合った。アクアを指差す。
「……俺、こいつに何もしてないよな……?」
「知りません」
 願いを込めて放たれた一言に、ルイは確りと断言した。滑舌も良く、多少の冷たさを込めて断言した。それを聞いたラスは口元をひくつかせて更にアクアから距離を取った。数十秒の間そのまま硬直して、衝撃が抜けない様子で立ち上がる。
「……ちょっと、頭冷やしてくる……」
 ルイがどんな思いを抱いてパーティーに出席したかを知らない彼は、後ろめたさも何も感じずにそう言って庭に面したガラス戸を開けて外に出た。外はキンと冷えていて一瞬身震いしたが衝撃も混乱も治まらずに必死に記憶を引っ張り出す。
(何だ何だ何だ、確か、酒にホレグスリが入ってて偶々あいつに惚れちまって、いきなりあいつにキスされて、押し倒して……。……!)
 ――覚えていない。キスだの押し倒しだのだけでも思い出すだけで叫びたくなるが、肝心な部分が曖昧すぎて思い出せない。記憶にあるのは彼女に対する『感情』だけで、この身体が実際に何をしたのかが素晴らしい割合で抜け落ちている。
(マジか……? マジでやっちまったのか……!? いや待て待て待て、その前にものすごく致命的な返事を何かしたような……。何だ……?)

(? ……何でしょう……?)
 目が覚めたら真っ暗で、アクアは状況も分からないままに瞬きをした。頭の下に、太くて硬く、それでいて柔らかさのある何かがある。まるで、誰かに膝枕をされているようだ。……何かが変だった。自分は、膝枕をする側だった筈なのだが。
「! ルイ……!?」
 そして、初めて暗闇に慣れた目に映ったのは自分を見下ろすルイの顔だった。
「おはようございます、アクアさん」
「……!? な、何で……、私は……」
 微笑みを向けられ、アクアは驚きと共に飛び起きた。眠る前の記憶を咄嗟に思い出せず、慌てて自らの身体にぺたぺたと手を当てる。
「…………!」
 そこでサンタ服がはだけているのに気が付いて急いで前を合わせた。混乱する。どうしてこんな事になっているのかが、判らない。考えられない。羞恥で顔が熱くなり、咄嗟に睨むようにルイを見る。そこで彼は、優しい笑顔を浮かべて小さな箱を差し出してきた。優しいのに、それはどこか痛みを伴う笑顔でもあって。
「大丈夫です。私は何もしていませんから」
 事実、触るのにためらいがあって衣装を直すことも出来なかった。
「これは……?」
「アクアさんにと思って買ってきました。クリスマスプレゼントです。これからの、充実した生を願って」
「…………」
 アクアはボタンを閉じた手を胸に当てたまま、その小箱を呆然と見つめた。そろそろと手を伸ばして箱を受け取り、包装を解く。そこには、ペンダントが入っていた。透明感のある水色の石がささやかに装飾してある。箱には『アクアマリン』と印字された小さな紙も入っていた。
「…………」
「必要がないと感じれば処分して下さっても構いません。アクアさん……サンタ姿のアクアさんも私は可愛いと思いますよ♪」
 驚いたままの表情のアクアに、ルイは最後に茶目っ気を含め、何故か彼女を安心させる必要がある気がしてそう言った。アクアはどこか泣きそうな目をしていて、そう言わずにはいられなくて。
 やがて彼女は、ペンダントの鎖をぎゅっと握って彼と視線を合わせてきた。
「……ありがとうございます」
 それは、これまで投げられた中で、一番素直な響きを持って彼に届いた。

 それから間もなく、誰もの身体からホレグスリの効果は消えて。
「じゃ、じゃあ、そろそろお開きにしようか」
 多少乱れたテーブルの並びの中で、笑顔を引きつらせながらモーナが言う。
(ホレグスリ……恐ろしい薬があったもんだよね……あ、あたし、何かとんでもないことした気がしないでもないけど……)
 ……描写は諸事情によりカットされたが、彼女にも何かがあったらしい。
 効果が出たのが相思相愛同士であったりそうであっても近しい者同士だった場合が多かったからか、パーティー会場は彼等が我に返ってもそこまでの阿鼻叫喚には至らなかった。2階から子供達が戻ってきたことで、おおっぴらに叫べなかったのかもしれないが――
「何があったんだろう……。会場が散らかってるような?」
「ふふふ……何があったか聞きたいか? 聞きたいのなら話してやってもよいぞ! どうだ!?」
 眠っている間にホレグスリの効果が切れて事無きを得た鳳明が首を傾げ、その彼女にヒラニィが嬉しそうに話し掛けている。そうして、それぞれがそれぞれに帰り支度をする中で、花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)はファーシーに声を掛けた。
「ファーシーさん」
 だがそれは、今日この工房に集った、親しくなった皆に向けて放たれたような感じでもあった。実際、そういった部分もあったのだろう。
「? なあに? 花琳さん」
「あのね……」
 振り返ったファーシーに、花琳は落ち着いた笑顔に少しの寂しさを混じらせた。
「私、自分探しの旅に出ることにしたんだ。だから、今までみたいに会えなくなると思う。この中に、今日撮った皆の写真が入ってる……これが、私のクリスマスプレゼント」
「花琳さん……」
 一眼レフのカメラを持ち上げて、花琳は笑う。自分探し、というものがどんなものなのか、ファーシーにはよく分からない。けれど、いつもとの雰囲気の違いから、それが観光旅行とは意の違うものなのだということは感じられた。恐らく、花琳にとってそれは切実に必要な旅なのだろう。
「そっか。じゃあ、旅から帰ってきたら教えてね。きっと、また会いましょう」
「……うん、きっと」
 花琳はそう言って笑って、工房全体を見回した。彼女の傍にはスカサハと、心配を顔に出すまいとするカリンが立っていて。いつの間にか静かになった室内で、共に遊んだ友人達も彼女達を囲んでいて。
 彼らに、花琳は改めてカメラを掲げた。
「最後は、皆が笑顔の集合写真が撮りたいな。……いいかな」
 パーティーに訪れた皆の中で風祭兄弟だけが奇しくも退室していたが(退室理由はほぼ間逆だったが)、それは後で個別写真から編集して右上あたりに追加しておけばいいだろう。
 ――そして皆、花琳の希望を了承して。
 それから、並び順でわいわいと全員で一騒ぎして。
 この日最後の、シャッターが切られた。