校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
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25−13 「マスター見て下さい! ここから見た遊園地は凄く綺麗なのですね」 ホテルの窓硝子にぺたんと両掌をつけて、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は感動的且つはしゃいだ声を上げた。発動中のしっぽがぶんぶんと振られている。顔面が窓にくっつきそうだ。 「ああ、話に聞いたことはあったけど、こりゃ絶景だな」 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)も彼女の隣に立って、夜景を見下ろす。恋人同士な空気を出せるように、いつもよりも落ち着いた、優しさを含んだ声で言う。 イブは2人一緒に過ごした。フレンディスのサンタコスも見ることもできた。だがそれはクリスマスパーティーでの出来事であり、それっぽい雰囲気にも全然、もう到底、ならなかったから。 そして、クリスマス本番くらいは2人っきりで過ごそう、とベルクはホテルを予約した。今年の夏に恋人になって、だが、まだ2人の関係はキス止まりで。 (関係をもーちょい深めてぇが、無理矢理はフレイが泣きそうだから慎重になるしかねぇんだよな……) 心の中で溜息を吐いて、かつて、彼女をベッドに押し倒した時の事を思い出す。あの時はだめだったけれど、嫌だから、という理由ではなかった。 だから、今日は―― 「マスター」 フレンディスが窓硝子から90度向きを変え、正面からベルクを見つめてくる。 「遊園地だけでなく、かようなお宿へもお誘い頂け……感謝の言葉が足りませぬ。しかし、その……」 周囲を見回してしっぽの振りが弱くなる。戸惑ったような表情で、部屋を一通り確認している。ベッドにも勿論目が行き、これは今回は伝わっているかもと思った時。 「私、未だ洋館は慣れておりませぬが、このお宿の造りは高層かつ堅牢にて敵襲対策されておりますね。ただ、強襲や脱出の際は少々不利そうです……」 ――何か、ちがうことを言われた。 不安そうだったフレンディスの顔が、気合いの入った明るいものに変わる。 「でも、マスターご安心下さいませ。必ずや私がお守り致しますので!」 ぐっ、と片手を握り締めてこぶしを作る。瞳が、燃えている。何か、決定的な勘違いをしている。 (……まぁ、ある程度は予測していたが、念を押しとくべきだったか……?) 今度は実際に溜息を吐いて、フレンディスにはっきりと言う。 「フレイ、俺は恋人としてお前を誘ったんだ。決して任務でも何でもねぇぞ?」 「え?」 しっぽの動きがぴたりと止まる。 「……え?」 「だ、だから……」 「標的がいるのですよね! 狙われてもいるのですよね! 長屋では危ないからこのお宿を選んだのではないのですか?」 力強い口調で、フレンディスはベルクに迫った。恋人になる前、忍としての主従関係時代に彼とは幾度か一緒に宿泊していて。だから、今日も護衛気分満載でホテルに来ていた。 もしかしたら先程ベッドを見たのは意識していたのかもしれないけれど、していないことにして。思考が無意識に逃走中の彼女は少し動揺して、ここで「そうだ」と言ってもらいたくて。 「なんでそんな期待した顔してるんだ……?」 ベルクはちょっと、かなしくなった。だが、ネバーギブアップという言葉もある。 「本当に、恋人同士として過ごしたくて誘ったんだ」 フレンディスの顔が赤くなった。耳としっぽの毛が一瞬逆立ち、そして耳としっぽがぺたん、となった。やっと状況を自覚したようで、それで伏せてしまった耳が気になって、片耳を摘んで立たせてみせる。……指を離したらまたぺたん、となった。この反応は彼女がへこんだ時のものによく似ていて、探り探り、ベルクは言う。 「ほら、夜景、綺麗だろ? ここでこうして、恋人達は抱き合ってキスをするんだ」 「キス……?」 「……ああ、こうして……」 静かな部屋で、外で瞬く光に祝福を受けるように抱きしめる。 びくっと、フレンディスの背中が震える。けれど、突き飛ばすようなことはせずに彼女はおそるおそるベルクの背を抱き返した。見つめ合って、口付けをする。 何度目かの、唇の味。緊張しているせいか、赤面しているせいか彼女の吐息はとても熱くて、身体の内から何かが滾る。これまでより深く、長く、キスをする。 唇を離したフレンディスの顔は、のぼせたようにとろんとしていて。 窓際の方のベッドに彼女を押し倒し、被さるように自分も柔らかな両肩のすぐ脇に手を突いて正面から顔を合わせる。 (マスター……) フレンディスは羞恥心で顔を真っ赤にしていた。熱くて、とても熱くて、額に薄らと汗が滲んで涙が浮かぶ。 好きなのに。マスターのことが、こんなにこんなに大好きなのに。 進展はマスターなら……と思っているのに、何故か身体が小刻みに震える。 恥ずかしい、恥ずかしい。どうなるんだろう。どうするんだろう。 ベルクの手が肌に触れる。びくっ! と、強く目を閉じる。その瞬間、瞳に溜まっていた涙が頬を伝った。 「…………」 ふっ、と、手が離れる。感じていた圧力みたいなものが、やわらいだ。 目を開けたら、ベルクはベッドに両膝で立ち、恥ずかしそうに目を逸らしていた。怒っているというよりは少し自信がなさそうに。 「……本当に、嫌じゃないんだよな」 こく。とフレンディスは一度頷く。 「でも、そんなに泣かれちゃこれ以上はできねぇだろ」 違うと解っていても、どんなに彼女を求めていても、何だか胸がちくちくと痛む。合意の上なのに、合意の上じゃないような。だから。 「……今度は、目隠しを持ってくるな」