校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
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25−10 クリスマスも終盤に差し掛かり、ショッピングモールの様子も変わってきていた。既に終了ムードでまったりと残り時間を過ごす店、なるべく売れ残りを出さないようにとラストスパートに入り、期間中である意味1番の活気を出す店。 各所を訪れる客はクリスマスグッズを見ながら話に花を咲かせていて、元々買い物に来ていた人々の他に1日を別の場所で過ごした人々も加わり、そこそこに高揚した空気を作り出している。 静と動が混在するショッピングモールの中で、客が華を乗せていく。皆の中で共通しているのは、どんな形であれ最後の雰囲気を感じようとしているところだろう。 それは恐らく、独り寂しく、やさぐれて歩く者にも当てはまる感情ではないかと思う……たぶん。 「なんてな。まあオレは、独り寂しくやさぐれてない方の長曽禰なわけだが」 幾つかの買い物袋を提げて、長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)は月摘 怜奈(るとう・れな)を相手にしてそんな事を話していた。 「そして今のは、どこかの本に書いてあったのを適当に要約しただけなんだけどな」 「そうなのですか? 私には、今居るショッピングモールを表現したように聞こえましたが……」 「オレにそんな情緒的な感性はねえよ。せいぜい、電飾やツリーを見てそれっぽい空気を楽しむ程度のもんだ」 道の両脇に並ぶ店舗で光るイルミネーションを眺めながら、広明は言う。怜奈も彼の視線を追うように、クリスマスイルミネーションを鑑賞した。歩いていれば自然と目に入ってくるが、改めて見てみるとつい感嘆してしまう光景だった。何を思うよりも先に、綺麗だと感じる。 「ここだけじゃなくて、どこのクリスマスの夜も似たようなもんってことだろ。違う方がおかしいしな」 余計な力を抜いた笑みを浮かべ、広明は光の中を歩いている。広明を買い物に誘った時から、こういうものは恋人同士で楽しむものだろうし満足してもらえるかと思っていた。だが、案外、恋人とか関係無かったのかもしれない。 まぁ、メインの目的は買い物であり、イルミネーションを見る為に出てきたわけだし、 本人曰く、やさぐれてはいないようだし。 怜奈は広明に笑顔を向けた。 「たくさん買われましたね」 「そういうお前はあんま荷物増えてないよな」 彼女の手元を見て、広明は何の気なしにそう言ってくる。確かに、怜奈はあまり買い物をしていなかった。彼を待たせたりしない為にも、控えるようにしていたのだ。 「昨日まで仕事だったからな。んで、明日からも仕事だ。今のうちに消耗品を補給しとかないとな」 広明の買い物袋に入っているのは日用品が殆どで、あまりクリスマスらしいものは見当たらない。クリスマスであってもそれは彼にとっては日常の延長であり、特別こだわるところでもないのだろう。 「長曽禰中……あ、いえ、長曽禰さん」 癖で階級付きで呼ぼうとして、怜奈は途中で言い直す。慰安旅行の時に『今は旅行中なんだ。階級はやめてくれ』と言われたし、気をつけようと思っていたのだ。広明は「ん」という顔をして彼女を見た。 「覚えてたようだな。合格だ」 うんうん、と、答案に二重丸をつける教師を彷彿とさせる表情で頷く。 「その……やっぱり、旅行中がそうなら、今日のようなプライベートな場でもこの方が良いのかな、と思いまして……。堅苦しいのは余りお好きじゃないのかなって」 「好きじゃないっつーより、苦手なんだよ。……まあ、それは呼び方に限った話じゃないけどな」 広明は少し苦い顔で、自分の頭を遠慮なく掻く。 「お前はまだまだ言葉遣いが丁寧すぎる。敬語を止めろとまではいわないが、もうちょっと砕けてもいいんだぜ?」 「……砕ける、ですか?」 「そうそう。何か似たような話、昨日もしたな……。もしかして、月摘達が堅苦しいんじゃなくてオレが気にしなさすぎなのか? ……あ、そういや、今何を言おうとしたんだ?」 「あ、はい」 促され、怜奈は持参していたクリスマスプレゼントを取り出した。気持ちだけクリスマスらしい包装をした、作業用手袋だ。 広明とはニルヴァーナで何度か一緒に行動していて、事に対する彼の姿勢を間近で見て立派な人だという印象を持った。助けられたこともあり、強く信頼してもいる。別の勘定も芽生え始めていたが彼女自身はまだ自覚無しで、これは純粋に日頃の感謝に、と用意したプレゼントだ。 「長曽禰さんにはいつもお世話になってますし、プレゼントを用意したんです。はい、どうぞ」 「変に色気のあるものよりは、実用的な物の方がいいかと思ったのですが」 「ん? おー、それもそうだな」 苦笑しつつ、広明は手袋を受け取った。言われてみれば、その通りだ。可愛らしいものを渡されても使い道に困るし、マフラーなどを渡されたら舞い上がってしまいかねない。職場仲間としてはこういったものが無難だろう。 「ありがとな。んじゃ、明日から使うとするか」 そして、今の場所から見える店にざっと目を遣り、怜奈に言う。 「それじゃ、オレも何かクリスマスプレゼント買ってみるか。何か欲しいもんあるか?」 「わ、私ですか?」 怜奈は驚き、広明の横顔に向けて慌てて断った。 「お返しなんてとんでもありません。こちらが勝手にお渡ししたわけですから、お気になさらないで下さい」 「お返しじゃなくて気分だよ、気分」 気軽な口調でそれに返し、広明は歩く傍らで適当に近場の店を覗きだす。それについて歩いているうちに、洋菓子店の前を通りかかった。クリスマスももう終わりということで、ケーキを数割引で販売している。 「……そういえば、甘い物はお好きですか? もしよろしければ、長曽禰さんが書類関係のお仕事をされてる時にでも、ケーキをお持ちしますよ」 「ケーキ? 好きだけどな。それじゃオレばっかもらってるみたいで何か悪いな。まあ、くれるっつーもんは貰うが」 「じゃあ、今度持っていきますね」 答えを聞いて怜奈は微笑んだ。その後、広明は簡易カイロをプレゼントしてくれた。中に液体が入っている、再利用出来るタイプのものだ。実用的であり少し、可愛らしい。 「まだまだ寒いし、こんなんでいいなら受け取ってくれ。メリークリスマス」 「メリークリスマス……ありがとうございます」 ◇◇◇◇◇◇ アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)はデスティニーランドに併設されたショッピングモールを歩いていた。片手に持った携帯の画面には、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)から送られてきたメール文が表示されている。 『弾さんの凄い姿が見れるので来られませんか。休憩になったら、可愛い男の娘姿を鑑賞しながらのお茶でもおごりますよ』 その後には洋菓子専門店の名前と休憩時間が付されていて、アゾートは今、その店を目指して――ついでに色々と見回りながら――歩いていた。 メール文への、期待を込めて。 「凄い姿、男の娘……」 「ご帰宅までの時間は……では、保冷剤を入れておきますわね」 その頃、風馬 弾(ふうま・だん)は並ぶ客を前に多少割引されたクリスマスケーキを売っていた。ノエルと一緒に、アルバイト中である。 『せっかくだから、ケーキ売りとかクリスマスのバイトができるといいなあ』 身寄りがない2人は、学費を稼ぐためにこの日をアルバイトにあてることにして、季節ものの仕事をしたいと言った弾の言葉を受けてノエルがこの店を選び、申し込んだ。 「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしておりますわ」 そこまではいい。そこまでは普通だ。だが、この流れで彼が何故女性口調を使っているかというと―― 『風馬さんとノエルさんね。はい、これが制服。よろしくね』 店長に完全に女子と間違えられ、女子の制服を渡されたからだ。 (書き間違えちゃったみたいなんだよね……) 原因は恐らく履歴書欄の書き間違いで、女子だから採用した、という側面が大きいらしい店長に、弾は真実を伝えられなかった。自分は男だ、という真実を。 (もう、最後まで女の子のフリし通すしかないよね……) 履歴書は『男・女』とどちらかに丸をするようになっているが、ノエルはうっかり、『女』に丸をつけてしまったのだろう、と弾は思っていた。実際は―― (弾さんの男の娘姿、思ったとおり可愛いですわ) という、弾の男の娘姿が見たいが故のノエルの確信犯的所業なのだが、それには全く気が付いていない。ノエルも、ナイショを通すつもりだ。 だが、それで最大の問題が消えるわけではない。 仕方なくノエルにお化粧してもらって、女の子の衣装を着て。 男の娘として完成した弾を見て、ノエルはアゾートに、アルバイトをしているから見に来てください、とメールをしてしまったのだ。いや、文面までは画面を見ていないので知らないのだが。 (こんな恥ずかしい格好を見られるのはキツいよう……。こんな趣味だと誤解されて、嫌われちゃったりしたらどうしよう……) その瞬間が訪れるのを恐々と感じながらも、弾は笑顔で接客をこなしていく。今のところ、訪れた人々の中で彼が男かもと疑う人はいなかった。誰もが、女子として接してくれている。バレる気配がないのは悲しいかな想像できたけれど、男子としてそれでいいのかという気持ちとアゾートの事が気になるのとで笑顔の裏は忙しい。 きれいだなー、と憧れを抱いているアゾートに女装壁があるとは思われたくなくて、どう乗り切ればいいのかとぐるぐると考えて。 とはいえ、お客様も次々と来るわけで。 (お、女の子としてがんばろう……) 心の中で涙しながら、弾はガラスケースの前で接客を続ける。喋り方も、女の子っぽくなるように気をつけて。 「すみません、イチオシのケーキとかありますかー?」 「はい、こちらのケーキがオススメですわ」 10代後半位の女性客の質問に、にっこりと笑って彼は答える。しかし、そこで彼の笑顔が凍りついた。女性客の後方で、次に順番を待っているのはアゾートだ。 (アゾートさん……!!) 「じゃあ、これください」 「あ、ありがとうございます。少々お待ちくださいね」 ぎりぎりで素を出さずに何とか女性客をさばき終える。その間も、アゾートはじっ、と弾を見つめていた。 順番が来て、前へ出る。 「…………」 「…………」 (うふふふー) 頭が真っ白な状態で完全に素を出し、言葉を失くす弾とそれを見つめ続けるアゾート。ノエルはその2人を――主にアゾートに反応する弾を――面白そうに見守りながらナチュラルにケーキ売りを続けている。 彼女は、弾の男の娘姿を独り占めするのは勿体無い、と彼の友達であるアゾートを呼んだのだ。 「キミ、じょs……」 「交代しますねー」 後ろから店員に声を掛けられたのは、その時だった。 「違うんです。僕は女の子が好きな、ノーマルな男の子なんです」 休憩室に入り、弾は必死に弁解する。 「…………?」 アゾートは、いつものどこかぼうっとした顔でそれを聞いていた。 (そんなに主張しなくても、知ってるけど……) メールの文面と状況で、アゾートは女装の理由を9.9割掴んでいた。だから、突然のノーマルアピールの意味が分からない。 彼女の怪訝そうな顔を別の意味に捉え、弾は「……あ!」と赤くなり、慌てた。これじゃあ、まるで告白してるみたいだ。憧れてるけど、そういう気持ちは持っていないのに。 「……あ、いや、女の子が好きというのもアゾートさんが好きというわけではなく」 「……ボクのことが嫌いなの?」 理解は出来るが、何となく、アゾートはツッコミを入れてみる。 「……あ! いえアゾートさんは好きですけどそういうのではなく、あのその」 しどろもどろに、事情を何とか正しく説明しようとして、弾はどんどんしどろもどろになっていく。 そこで、休憩室のドアが開いた。店長が顔を出す。 「風馬さんー。ちょっといい?」 「あっ、はい! 今行きますわ」 「…………」 「…………。あっ、だからこれは、そうじゃなくて」 ドアが閉まって1拍後、弾はわたわたと無意味に手を振り回す。 (切り替えが凄いなー。男の娘のセンスがあるかも) それをアゾートは、そんなことを思いながら眺めていて。 (お化粧した男の娘姿な上に、恥ずかしがってお友達には否定して、でもお店にバレてはいけないから女の子のフリをしていなくてはいけない……) そしてノエルは、弾の慌てぶりを純粋に楽しんでいた。 (誤解が誤解を呼び、どつぼにはまって赤面して身悶えする姿……可愛すぎますわ。うふ)