校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
リアクション公開中!
25−14 ホテルのベッドの上に、多くの買い物袋が無造作に置いてある。ブランドロゴの入ったものから、学生に人気のショップのもの、巨大なぬいぐるみが入ったものまで様々だ。灯りは消えたまま、夜景の光だけが薄らと部屋を照らしている。……否、他にも部屋を照らす光があった。浴室に繋がる洗面所から白い光が漏れている。その先、磨り硝子の向こうからはじゃれあう子猫のような声が聞こえ、豊満な2人の女性のシルエットが見える。 やがて浴室のドアが開き、湯気と共に滑らかな肌を持つ濡れた足が毛足の長いマットを沈ませ―― 「夜景が綺麗……ね、美緒」 「はい……とても、綺麗です」 数分後、バスローブを身に纏った冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)と泉 美緒(いずみ・みお)は窓際で光に彩られたデスティニーランドを鑑賞していた。夜景が栄えるように、灯りはテーブルランプ1つだけだ。室内アトラクションの屋根には昨日の雪が残っていて、先程まで居た外の寒さが思い出される。 けれど、暖房の効いたホテルは冬の寒さとは無縁で、湯上りの火照りもまだ充分に残っている。 (……何より、美緒が隣にいますから心も暖まりますわ) 静かに時が流れていく中、小夜子は美緒に寄り添って囁くように、言う。 「……時間になると、ここのイルミネーションは徐々に消えていくの。でも私には……美緒の方が綺麗で、可愛らしい」 「小夜子……」 こちらを向いた美緒を、そっと優しく抱き寄せる。間近に迫ったその唇に、吸い付けられるように口付けをする。甘く、そして濃厚に。 「…………」 身を離すと、僅かな光の中で美緒の頬が上気しているのがわかる。視線を合わせると、熱を持った瞳が耐えられない、というように目を逸らした。 「あ、あの……」 両手の指を交差させ、ちらちらと小夜子を見ながら慌てたように唇を動かす。だが、うまく後の言葉が続かない。 ――恥じらう美緒……、可愛らしいなぁ。 初心な仕草でうろたえる美緒の背中を、優しく撫でる。秘めていた想いが、雰囲気も相まって高まっていく。 「……貴女の事が欲しい。美緒が良ければ、だけど……」 少し遠慮がちに、小夜子は言う。欲望と渇望と、先に進むことへの僅かな躊躇いが声に混じる。彼女ともっと深い関係になりたい。だが、怖くないわけではない。美緒は、特別な存在だから。 「私の、こんな甘え方でも良ければ、美緒に受け止めて欲しい……」 美緒の瞳がこちらを向く。迷いを見せたのは一瞬のことで「はい……」と彼女は頷いた。 押し倒した美緒の身体が、音も無く羽毛たっぷりのベッドに沈む。その彼女の上からそっと口付けをして、母性すら感じられそうな声で小夜子は言う。 「緊張せず、いつもマッサージしてるときみたいにリラックスして……」 初めて会った時に比べて、美緒はますます女性らしく、色っぽくなった。柔らかな体つきになって、愛情と同時に、同姓ながら情欲が沸いてしまう。彼女が怖がらないように、優しく、抱きしめる。滑らかな柔肌は、どこまでも美しい。 美緒は会った時から今でも変わらず、真っ白なほどに純粋だ。 だからこそ、こうして抱いてしまうことに、汚してしまうことに罪悪感を感じる。 (美緒は私の事を知りたいと言ってた。こんな私の……情事に溺れる部分でも?) 凄く不安だけど…… でもいつか、知る事になると思うから…… ――そして小夜子は、蕾を花咲かせるように、美緒を抱いた。 ◇◇◇◇◇◇ デスティニーランドで1日を過ごし、山葉 加夜(やまは・かや)は山葉 涼司(やまは・りょうじ)と2人でホテルの部屋に戻ってきた。朝にチェックインして荷物を置いて、今はもう、日付が変わるまで後数時間しかない。 短く感じた1日だったが随分と長い時間が経っていた。同時に、やっぱり、今年のクリスマスはあっという間で短かったな、とも思う。 「楽しかったけど、ちょっと疲れました……」 ドアを閉め、加夜はほっと息を吐く。 この部屋は自宅とは違うけれど、明日の朝までは彼女と涼司のプライベートルームだ。戻ってくると、無意識にどこかリラックスする。 けれどまだ、ライトアップされたデスティニーランドの光で室内は仄明るい。遊園地のクリスマスはまだ終わっていない。 そして多分、加夜達のクリスマスも。 「涼司くん」 「ん? 何だ?」 1日遊んで楽しんだ後は、彼と一緒に夜景を見たい。 そう思って、加夜は室内灯のスイッチを入れないままに涼司の腕を取って窓際に向かった。 「ホテルからも夜景が見えるんですよ。もう少し、遊園地の楽しい気分に浸ってみませんか?」 「夜景? ああ……」 窓辺に立つと、時と共に色を変える観覧車のゴンドラやその枠組み、薄青く淡い光を放つシンボルの城、そこで働き、暮らす人々がいるようにすら感じられる鉱山エリア。室内アトラクションの屋根にも電飾が点き、エリア毎に違う色を表現している。 「綺麗だな……」 夜景を見て素直にそう思うなんて、柄じゃない気もする。だが、彼女と一緒に居ると澄んだ心で、情緒的な気持ちになれる。 「ええ……とても、綺麗です」 「さっきまであそこに居たんだよな。ここからだと、全然違う印象に見えて、何か不思議だ」 「はい。何だかとっても静かで……雰囲気があります」 お互いの存在を隣に感じながら、2人はそっと静かに夜景を眺める。そうしているうちに光の1つが消え、遊園地の中に黒い穴がぽっかりと出来た。 「あ……」 黒い穴は、見ているうちに次々と消えていく。終わってしまうのがもったいなくて、加夜は切ない気持ちでその光景を見守った。ほんの一時でも、見逃さないように。 もう少し長く、綺麗な夜景を見ていたい―― でも、遂には最後の光も夜と同化し、デスティニーランドは眠りに落ちた。 仄明るかった部屋も真っ暗になって。それでも、その中で、すぐ傍に涼司が居ることが分かるから、加夜はうろたえずに安心していられた。 確かな温もりが、そこにあるから。 「涼司くん……そこにいますよね……?」 そっと手を伸ばして、手を繋いで。それを頼りに寄り添って、抱きしめる。 「ああ……ここにいる。どこにも行かない……」 闇の中で、声が聞こえてくる。涼司の体温を、その存在を感じる。だが、加夜は彼の身体に、顔に両手で触れずにはいられなかった。確かめずにはいられなかった。 (見えにくい分、いつもより触れていたいという想いが強くなってるみたいです……) 見えなくても、涼司の息遣いや鼓動をいつもより感じて、加夜の鼓動が早くなっていく。 「おいおい、大丈夫だよ加夜。ほら、俺はちゃんとここにいるから」 少しの笑い声の後、彼は彼女を抱きしめてきた。彼の腕に、大きな掌に包まれて加夜も強く抱き返す。 「……心配なのか?」 優しく背を撫でる涼司がそっと言った。胸の中で首を振り、彼の心臓の音を間近で聞きながら、加夜は目を閉じてこの瞬間、こうしていられることに感謝した。 「すごく、安心してます。こうして傍に居られて幸せです……」