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2023 聖VDの軌跡

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2023 聖VDの軌跡

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【8を横にすると∞、という訳にはいかない】

 こちらもいつまでも、2対2のタッグマッチばかりでは面白くない――。
 そう判断した聖ヴァンダレイは、いきなりマッチメークを変更し、ストリートファイト形式では極めて珍しい4対4の8人タッグマッチを実施すると宣言した。
 この試合に組み込まれた参戦者はというと、カップル組は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)の四人、そして聖ヴァンダレイ軍は五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)鳴神 裁(なるかみ・さい)、そして黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)の四人が充てられることとなった。
「う……何だか、敵も味方も知り合いばっかりで、やりづらいなぁ……」
 スターターとしてリングインしたルカルカが、聖ヴァンダレイ軍のスターターである理沙(しっかりワイヴァーンドールズをベースにした黒っぽい衣装を身に纏い、同じくワイヴァーンドールズをデフォルメした妙なマスクを着用中)を前にして、低くぼやいた。
 しかし、かくいうルカルカ自身も真一郎とのデートに臨んでいた筈なのに、何故かリングコスチュームを持参しているこの準備の良さは、一体どういうことであろう。
 ともあれ、Pキャンセラーの影響下では本来の力を発揮し切れない点を十分に考慮に入れつつ、長身の理沙を相手に廻さなければならない。
 そして、その理沙はというと――。
「リア充許すまじ? 違うわね。巨乳許すまじ! 暗闇よりの使者、ブラックワイヴァーンズ見参!」
 己の洗濯板の如き鉄板な胸板をふんぞり返らせつつ、理沙は高らかに宣言した。
 対するルカルカは、普通に厚手の服を着込んでもそれと分かる程の巨乳である。理沙が目の仇にするのも、ある意味正解だといえなくもない。
 すると、コーナーに控えているセレスティアも、幾分申し訳なさそうな表情ながら、パートナーの理沙に合わせて、自身も精一杯頑張って声を張り上げた。
「えぇっと、巨乳許すまじ!」
「ちょっとちょっと、それは違うでしょ!」
 すると、反対側のコーナーから美羽が鋭いツッコミを入れてきた。
 というのも、セレスティアはルカルカほどではないにしても、それなりにふくよかな乳房を揺らしている張本人なのである。
 そんな彼女がアンチ巨乳を叫んだとしても、全く説得力がなかった。
 試合開始から、こんな調子である。
 ルカルカは、すっかりペースを崩された。
 逆に理沙はというと、巨乳ルカルカを相手取ることが出来て、違う意味で満足している。乳をターゲットにした時の彼女はまさにワイヴァーンの如き、シャープで鋭い動きを披露するのである。
「えっ……いや、ちょっと!」
 ルカルカは正々堂々とプロレス技で応じるつもりだったが、理沙は違った。
 びっくりする程の速さでルカルカの背後に廻ると、技を仕掛けるのではなく、リングコスチュームの下で大いに自己主張しているふたつの大きな膨らみをむんずと鷲掴みした。
「サブミッションなんて、今は時代遅れ! これからは、乳ミッションの時代よ! それにしても、何という巨乳! こ、このリア充めー!」
「え〜ん! 真一郎さぁ〜ん!」
 物凄くいやらしい手つきで自身の巨乳を揉みしだかれ、ルカルカは珍しく半べそ状態である。
 こんな状況では、真一郎も真剣にカットに入る、という訳にはいかなかった。
「ルカルカ……流石にそれは、男としてちょっと手出し出来ない……申し訳ないが、頑張って自力で脱出して欲しい……」
 喉の奥から苦しそうな声を漏らす真一郎に、同じコーナーから美羽とコハクが気の毒そうな視線を送った。

 しかし、普通にタッグマッチとして試合権を守る戦いが進められたのも、最初のうちのごく数分間程度に過ぎなかった。
 何とか理沙の乳ミッションから逃れたルカルカが美羽にタッチして交代すると、聖ヴァンダレイ軍も裁が飛び出してきた。
 美羽も裁も、お互いに蹴り技を主体とするファイトスタイルである。
 フラッシングエルボーからフロントロールキック、シャイニングウィザードへと繋ぐ連続技を美羽が繰り出すと、裁も負けじと、パラフーゾ、メイアルーアジフレンチ、変幻蹴りと繋ぎ、最後はフランケンシュタイナーで放り投げて、美羽の小柄な体躯を場外へ転落させた。
 すると、これが乱戦開始の合図となった。
 場外へ落ちた美羽を追って、コーナーからブラックこと黒子アヴァターラが、古武術によく似た技を駆使して襲いかかってきた。
 こうなると、カップル組も黙って見ている訳にはいかない。
「美羽!」
 救出に走ってきたコハクが、ブラックの当身系の技をドラゴンスクリューでのカウンターで巧く返す。
 美羽にしろコハクにしろ、普通にデートの目的で着こなしてきたお洒落な格好のまま、この8人タッグに臨んでいる。
 他の面々が妙にリングとマッチした衣装を身に纏っている中、このカップルの姿はいささか、際立って浮いているようにも見えた。
「このっ! やってくれたわね!」
 自身も得意とするフランケンシュタイナーを先に仕掛けられ、美羽の怒りは沸点に達していた。
 コハクがスリングブレイドで投げ倒し、ハイフライフローで追い打ちをかけたところで、今度は美羽がブラックに対してフランケンシュタイナーでダウンを奪うと、場外の鉄柵へ素早く駆け上り、場外ムーンサルトプレスを敢行した。
 一方、リング内では理沙が真一郎を相手取る。
 真一郎は空手主体のスタイルを取っている為、ルカルカが望むようなツープラトンでの攻撃は、ほとんど不可能であった。
 その為、ルカルカはセレスティアをコーナーに振り、ミサイルキックで串刺しにしてからトライアングル・チョークで抑え込み、真一郎の邪魔をさせるまいと必死のサポートに入った。
「真一郎さん、今のうちだよ!」
 ルカルカの声を受けて、真一郎は理沙に踏み込み右回し突きから後ろ回し蹴りへと繋ぎ、体力を奪う――つもりだったのだが、どうにも踏み込みが甘く、効果的な打撃となっていない。
 矢張り相手は女性ということもあって、痣が残るような打撃を首から上の部位に叩き込むのは、どうにも躊躇してしまって、いまいち踏み込めないでいたのである。
 すると、今度は聖ヴァンダレイ軍の反撃。
 ブラックが場外で酷い目に遭っていることなどまるでお構いなしに、裁が理沙と協力して、真一郎に襲いかかってきた。
「ごにゃ〜ぽ☆ ここでの情けは、命取りになるんだな、これが!」
 裁が色っぽい両太腿を駆使し、真一郎に首四の字固めを仕掛けてきた。空手は立ち技であり、且つ打撃の格闘技である以上、寝技での極め技には特に弱い。
 案の定、真一郎は裁のしなやかな両脚に絡め取られてテークダウンを奪われ、更に理沙が真一郎の両脚を足四の字固めに固めるというW四の字で攻め上げてきた。
 流石に拙いと慌てたルカルカが、セレスティアを解放してカットに入ろうとした。
 が、それよりも早く場外から駆け戻ってきた美羽とコハクが、それぞれ裁と理沙を真一郎から引き剥がし、何とか事無きを得た。
「ひとり仕留めたから、人数ではこっちが有利だよ!」
 美羽の声に、真一郎は咳き込みながら感謝の意を示した。

 最後を締めたのは、女性相手ということで随分と躊躇していた真一郎だった。
 ルカルカの為にも思い切らなければ、と頭を切り替えた真一郎は、心の中で何度も謝罪しながら、それでもその表情は鬼の形相と化し、まずは理沙を小手返しで投げ飛ばし、更にとどめの瓦割りでKOを奪うと、返す刀で裁に真空飛び膝蹴りを叩き込んだ。
 これで、裁もKO。
 セレスティアは既にルカルカがトライアングル・チョークでグロッキー状態に追い込んでいた為、これで聖ヴァンダレイ軍で戦える者は、ひとりも居なくなったことになる。
 この時点で、8人タッグマッチはカップル組の勝利が確定した。
「やったぁ! 真一郎さん、やったぁ! とってもとっても、かっこよかったよ!」
 ルカルカが真一郎に飛びついて、周囲の目を憚らぬ熱い抱擁をこれ見よがしに披露した。
 真一郎も、ルカルカに負けない程の情熱的なハグで応え、もうそこだけが別空間にでもなったような雰囲気が漂い始めている。
 これには、美羽とコハクも苦笑を浮かべるしかなかった。
「僕達は、後で、で良いかな」
「うん、そうだね」
 抱擁のみならず、ディープキスにまで発展しているルカルカと真一郎の超スイーツ空間を引きつった笑みで眺めながら、美羽はコハクにそう応じるしかなかった。
 ところが、そこへ。
「折角のヴァレンタインキスの最中申し訳ないが、ここからはヴァンダレイキックタイムである!」
 突然、聖ヴァンダレイがリング上に飛び込んできて、ダウンしたままの理沙や裁を、無理矢理引きずり起こそうとした。
 戦いが終わればノーサイド――もともと、理沙や裁とは親しい間柄だったルカルカや美羽は、聖ヴァンダレイによる制裁に対し、見て見ぬふりをする訳にはいかなかった。
「ちょっと待ってよ! まだ四人とも、回復出来てないんだよ! そんな状態でヴァンダレイキックだなんて、幾ら何でも酷過ぎるんじゃない!?」
「敗者に鞭打つ行為は、教導団員としては看過出来ない!」
 美羽とルカルカが獰猛に吼えると、聖ヴァンダレイは意外にも、うっと詰まったような仕草を見せた。
「ふふん、ま、まぁ良かろう……まだまだお楽しみは残されているのだからな。ここは貴様らに免じて、ヴァンダレイキックは無しにしてやろうではないか」
 それだけいい残すと、聖ヴァンダレイはすごすごとリングを去っていった。
 案外、押しに弱いタイプなのかも知れない。
 理沙達がヴァンダレイキックを免除されたことで、ほっと胸を撫で下ろしているルカルカと美羽だが、その隣で真一郎とコハクは、神妙な顔つきで視線を交錯させていた。
「今……聖ヴァンダレイが変なことをいっていたね」
「確かに。お楽しみはまだ残されているとか、どうとか」
 何となく、嫌な予感がした。
 そしてその予感は、すぐに現実となって彼らに襲いかかってきたのである。