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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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第三章 科学者と蒼き空を喰らうモノ 4

 飛空艇を守る契約者たちの戦いが続いている最中――
 どこか近く、それでいて遠い場所で、蠢く何かがゆっくりと顔をあげた。
 これは、なんだ……。この力の波動はなんだ……。遠く、どこかここではない遠くで、力を感じる。それは、我が求めし混沌なのか。それとも、我に挑む光あるものなのか。……まあ良い。いずれにしても、全ては飲み込まれるべきだ。
「原初の闇へと――還るがよい」
 ヌギル・コーラスを名乗る存在は、そのとき飛空艇の姿を捉えていた。

「だああぁぁ! 次から次へと! うじゃうじゃ湧いて出過ぎ! すこしは自重しろ!」
 光明剣クラウソナスで飛行生物たちを切り倒すなぶらは、そんな文句を口にした。
「仕方ないだろ。俺たちはとにかく、飛空艇が動くまで出来るだけ数を減らすぐらいしか出来ないんだ」
 なぶらと共に戦っていた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、そう咎める。
 いまや、神狩りの剣だって多少の刃こぼれはしている。早いところ済ませないと、切れ味も落ちてしまうところだ。帰ったらまた鍛冶屋に世話になるだろうか。出費も増えるな……。
 貧乏バウンティハンターの宵一は、そう考えると頭が痛くなりそうだった。
 そのとき、思いがけない声がかかった。
「宵一!」
 宵一のパートナーのヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)だ。
 聖邪龍ケイオスブレードドラゴンに乗って、天のいかづちを敵に打ちながら戦っていたヨルディアは、なんだか切羽詰まったような顔をしていた。ただごとじゃない。
「見て! あれを……!」
 なぶらと宵一、それに合流したなぶらのパートナー、フィアナたちは、ヨルディアの視線が向かう先を見た。
 そこには、奇妙な人型のなにかがいた。空を漂うそいつは、紫色の肉感的な身体に氷のような透き通った紫色の翼を生やしていた。人間のように思えたのは一瞬のこと。肩から突出している第三、第四の巨大な腕。顔を隠す無表情な仮面。そいつは明らかに異質で、宵一たちは、得体の知れないパワーを感じた。飛行生物たちも同じなのか。危険の予兆を察知したように、仮面の男の周りにいた飛行生物たちは飛び去っていった。
「あれは……エッツェル・アザトースっ!」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、そいつの姿を見てそうさけんだ。
 それは契約者たちの間で噂になっている存在だった。エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。契約者でありながら、闇の中にその身を堕としてしまった男。いまやヌギル・コーラスと自らを名乗るエッツェルは、飛行生物と戦っていた契約者たちに告げた。
「契約者たちよ……。我はヌギル・コーラス。破砕と混沌を司る、外なる神。この、蒼き空を喰らうモノだ」
「なにが、蒼き空を喰らうモノだ! これ以上、お前の好きにさせるか!」
 真司はM9/Avと呼ばれる自動拳銃を構えながら言った。
 そのとき、一体のアイアンハンターと、それを改造したラビドリーハウンドという機体を連れたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が、宵一たちのもとに戻ってきた。
「な、なにが起こったんでふか、リーダー」
 慌てながら、宵一にそうたずねる。宵一たちはエッツェルから目を離さずに言った。
「見てみろ。新しい敵のお出ましってわけだ」
「リーダー! それなら僕に任せるでふ! まずは先手必勝でいくでふよ!」
 リイムはそう言って、アイアンハンターとラビドリーハウンドに命令をくだし、遠距離攻撃を開始した。軍神ライフルを構え、二体の機械兵器たちと一緒に引き金を引く。ライフルの銃弾とマシンガンの無数の弾の雨がエッツェルに降り注ぎ、リイムたちはやったかと思った。が、銃弾の煙が晴れたとき、それはぬか喜びだと知った。
 それまでとまったく変わらない悠然さで、エッツェルはそこに立っていた。
「駄目だ! アイツにはみんなでかからないといけない。一対一なら、厄介なことになる!」
 真司が言った。リイムは歯を食いしばるようにくやしがった。
「ぐぬぬ……自分が情けないでふよ、リーダー」
「気にするな、リイム。あんな化け物みたいなやつを目の前にして、率先して攻撃できただけでも、お前はよくやったよ。なあ、ヨルディア」
「ええ。リイム、わたくしは誇りに思いますわ」
 二人にそう言われて、リイムはすこしだけ自分の心が元気を取りもどしたのを感じた。単純だ。リイムは自分でもそう思う。だけど、それだけ、信頼している二人から言われた一言は、とても嬉しかった。
 リイムは知らずのうちに涙目になっていた顔を隠して、言った。
「みんな……! い、いくでふよ!」
 宵一にヨルディア。契約者の仲間たちが、いっせいにその声に応えた。

「敵――飛行生物以外の存在を確認しました! 目標データあります! 目標はエッツェル・アザトース! 繰り返します! 目標は、エッツェル・アザトースです!」
 通信席に座っている舞花が言ったその声が、ブリッジ内に響いた。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がいない今、自分がしっかりしなくてはいけない。舞花は常に、そう自分に言い聞かせていた。その成果か、敵の存在をまっさきに察知したのも、舞花だった。
 舞花の報告を聞いて、ベルネッサは眉を寄せた。
「エッツェル・アザトース……?」
 その声に答えたのは、ローザマリアだった。
「闇の世界に自らを堕とした契約者よ。破壊と混沌を目的に動いていて、私たちの邪魔をしたのも数知れないわ。たぶん、その強さは飛行生物の比じゃない。なんとかしないと……」
 ローザマリアたちは苦悩の顔になった。そのとき、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が言った。
「わらわが出よう」
「グロリアーナ?」
「外には飛行生物たちもまだ残っている。空中で防衛戦をしている契約者たちだけに任せておくわけにもいくまい。我が王騎竜ア・ドライグ・グラスであれば、エッツェルにも立ち向かえるはずだ」
 グロリアーナがそう言うと、通信席にいたメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が言った。
「グロリアーナさん。敵の位置情報はHCへと転送しておきました。これで飛行生物たちの動きも分かるはずです」
 尋常ではないスピードでパネルを操作するメティスの言う通り、グロリアーナの銃型HC・Sには、外の契約者たちが保有しているものと同じ飛行生物たちの位置情報が転送されていた。
「かたじけない」
「これが仕事ですから。あと、甲板にいるレンやザミエルたちにも、ブリッジの現在の状況を伝えておいてください」
「了解した。では、参ろう」
 グロリアーナは一体のアイアンハンターを引き連れ、颯爽とマントを翻してブリッジを出ていった。
 それからほどなくして、くんくんと鼻をひくつかせたダンケ・シェーン(だんけ・しぇーん)が声をあげた。
「なにか、匂います……」
「ええっ! 私はなにもしてませんよ!」
 まるであらぬ疑いでもかけられたかのように、ジアがぎょっとなりながら言う。
 ダンケは呆れて、首を振った。
「ジア、違います。これは、なんだか不吉な匂いです」
 そのときだった。通信席の渉が、レーダーに映った新たな敵影を見つけた。
「新たな敵です! しかもこれは……なんだ? ……小型飛空艇?」
 モニタに外の状況が映し出される。小型飛空艇に乗っているのは複数の人影だが、その先頭にいる白衣を着た若者が、安っぽい悪役を思わせる高笑いをあげていた。
 それを見て、ルカルカが「あちゃー」と頭を抱えた。
「ドクターだよ……」
「ドクター?」
 ベルネッサが聞き返すと、答えるのも面倒くさそうにルカが言った。
ドクター・ハデス(どくたー・はです)。悪の秘密結社オリュンポスとかなんとか、変な組織を自分で名乗ってるやつよ。まあ、あのエッツェルさんよりかはずいぶんとマシかもしれないけど、ノリというか、別の意味で厄介な……」
「通信を開いてみるが、あの様子だと聞く耳は持たなさそうだな」
 ダリルが言って、ドクターに通信を呼びかけた。意外にもあっさりと、ドクターは通信に出た。
『ダハハハハハ! こちらはドクター・ハデス! 久しぶりだなぁ、ダリル・ガイザック。それにルカルカ・ルー! またもや我がオリュンポスの野望を邪魔しようというのか! この俺にいったい何の用だね!』
「あー、ドクター? 浮遊島にはバリアが張られていてね、そのバリアを破るためには、この飛空艇が必要なのよ。だから、浮遊島が目的なら、飛空艇を墜とすわけには……」
 ルカルカが丁寧に説明しようとするが、ハデスはそれを高笑いでさえぎった。
『ナハハハハハ! そんなわかりやすい罠に俺が引っかかるとでも思ったか! 甘い! 甘いぞ、ルカルカ・ルー! このドクター・ハデス! そのような投げ口上に引っかかるほど、馬鹿ではないわぁ! 飛空艇は俺たちがいただく! アデュー! 乗組員の諸君!』
「あっ! こらドクター! 話を最後まで聞きな――」
 ぶつんっ、と、ハデスの通信は一方的に切られた。再び通信を試みるが、向こうからの応答はない。完全に、無視されていることは明らかだった。
「あんの、クソ科学者ああぁぁ! 馬鹿はどっちよおぉぉ!」
「落ち着け、ルカ。とにかく、話さえちゃんと通れば、ドクターは味方につけられる。誰か、ドクターの説得に……」
 ダリルが言ったそのとき、通信士たちの後ろからちょっと緊張した甲高い幼声が響いた。
「私が行きます!」
「ゆ、悠乃ちゃんが……!?」
 ふり返ったルカたちの目の前にいたのは、渉のパートナーの雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)だった。
 まだ幼い機晶姫の悠乃を一人で行かせるのは心許ない。心配になるルカたちだったが、悠乃の決心は固かった。
「わ、私も……兄様たちみたいに、みなさんのお役に立ちたいです。ただ黙って見ているだけなんて、絶対に出来ません!」
「悠乃……」
 渉は、悠乃の決意で満ちた目を見て、驚いた。
 小さくて、まだ守られているだけに見えていたあの悠乃が、こうして一人の仲間としてみんなの為になにかをしようとしている。なんだか、妹の成長を見ているみたいで、ひそかに渉は嬉しくなった。
「本当に大丈夫かい? なんなら、僕もついていって……」
「大丈夫です! 兄様には、通信士としての仕事がありますから……私も、兄様みたいに頑張ります!」
 もう、止められないことはルカたちにもわかっていた。
 悠乃は小さな翼のお守りをポケットで握って、空飛ぶ箒を手にとって、ブリッジを出ていった。
「神崎さんたちにも、よろしく言っててね!」
 出ていく際にルカがそう言うと、悠乃はちょっと照れくさそうにぐっと親指を立てた。
 悠乃がいなくなったブリッジは、ちょっとだけ寂しく思えた。ベルネッサも、同じように思う。それだけ悠乃が、この緊張したブリッジ内で、みんなの元気をもたらしていたということか。身体は小さくても、その存在はとても大きかった。
「総員、飛空艇の防護フィールドを張り、防衛機能を最大限に活用せよ。一刻も早く、動力の回復を目指します!」
 ベルネッサが、みなに指針を示す。
「――はい!」
 乗組員たちは気合いを入れ直して、一斉に返答した。