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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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【裂空の弾丸】Dawn of Departure

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第三章 科学者と蒼き空を喰らうモノ 7

 煉とエッツェルの攻撃が交錯しあった。
 光条兵器の剣プリベントを振るう煉と、エッツェルの防御結界がぶつかり合う。触手と第三、第四の腕が煉を襲うが、煉は間一髪のところでそれを避けていた。間合いを読め。ぎりぎりまで、引きつけ、剣を振るえ。煉は自分にそう言い聞かせた。
 そのとき、黒き砂の嵐の中に飛びこんできた竜の影があった。
「煉! 加勢に参ったぞ!」
「グロリアーナ!」
 王騎竜ア・ドライグ・グラスに乗るグロリアーナが、戦いへと割って入った。
 巨大な両手剣になっているフェニックスアヴァターラ・ブレイドを振るって、エッツェルの動きに揺さぶりをかける。煉はその間に、自分の体勢を組み立て直した。
「エッツェル、いやヌギル・コーラス……あんたは確かに強い。だがな……俺たちには仲間がいる。一人が越えるのことのできない、大勢の仲間という力が。俺たちは、お前がいくら災厄を振り撒こうとも、必ず阻止してやる――!」
 煉はエッツェルへと渾身の力を使って切り込み、接近戦をけしかけた。
 と、瞬間、煉はさけんだ。
「全A.E.F起動、ヤツを撃ち抜け!」
 非物質化して姿を消していたA.E.F――オルター・エゴ・ファイアと呼ばれる8基の射撃兵器が、いきなり姿をあらわした。オールレンジ射撃。全方位からのビームレンジがエッツェルに襲いかかった。
 煉はそこに力を全開にして剣技「零之太刀」を放つ。肩から斜めへと向かって走った剣が、エッツェルにはじめての傷を与えた。
「煉! どいてくれ!」
 そのとき、真司がさけぶ声がした。
 とっさに煉とグロリアーナが避けると、真司がエッツェルの目の前に瞬間移動してきた。
「切り札を切らせてもらう……受け取れ!」
 零距離から、高密度の光の弾がエッツェルへと叩きこまれた。真司が溜め込んだ生体エネルギーの塊だ。見れば、真司は全てのエネルギーを使い果たしたのか、息も切れ切れで動かなくなっている。すかさず、煉がそれを救出した。
 光のエネルギーに包まれたエッツェルは、しゅうしゅうと煙をあげながら姿をあらわした。だが、決して効いていないわけではない。確実にダメージは与えていた。そして、いつの間にか、真司と同じように恭也がエッツェルの目の前にいた。
「俺も切り札を使わせてもらうぜ」
 剣で切り込んだ瞬間、恭也は右腕の義手をエッツェルの身体の中に突っ込んだ。防御結界が消えている。エッツェルが弱っている証拠だった。そのまま、カチッと義手を外して、エッツェルを蹴り飛ばす。距離を取ったその瞬間、恭也はにやりと笑った。
「釣りはいらねぇ、しっかり持って行け!」
 エッツェルの身体に残された義手が、爆発した。
 仕込み義手の爆弾だ。もしものための最後の手段だったが、ここで使うハメになるとは。恭也はすこしだけ勿体ないことになったと惜しみながら、煉たちのもとに戻っていった。
「レッドたちは?」
 煉がたずねる。恭也は飛空艇を親指で指した。
「あっちだよ」
 見れば、飛空艇の上に朝斗たちの姿もあった。
 同じ機晶姫だからか。アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)がレッドの修理に当たっているようだ。飛空艇へと戻って、恭也たちはアイビスたちのもとへと駆け寄った。
「レッドの状態は?」
 真司がたずねる。アイビスはうなずいた。
「なんとか、機能は生きてます。これならすぐに修理すれば、元に戻るかと……」
 そのときだった。飛空艇がなにかの衝撃を受けて、激しく揺れた。
「な、なんだ!」
 煉がさけび、空を見あげる。するとそこには、信じられないものが浮かんでいた。
「ま、まさか……あれだけやっても、まだ生きてるっていうのか……!」
 恭也は驚愕で顔が歪んでいた。
 飛空艇の上に浮かんでいたのは、爆発で仮面がひしゃげ、びちゃりびちゃりと、身体を構成する液体と肉体部分をそぎ落としていた、エッツェル・アザトースだった。輝夜が、エッツェルに泣きながら呼びかけた。
「エッツェル! どうしてこんな……! みんなを悲しませるようなこと、するんだよ!」
「我は混沌。我は無限。全ては闇に墜ち、暗き門に閉ざされよ――!」
 そのとき、エッツェルの放った触手の一撃が、輝夜へと襲いかかった。
 だが、それが輝夜を貫くことはなかった。誰もが予想をしなかった。それまでまったく動かなかったレッドが、再び起動し、輝夜を守ったのだ。触手が、レッドの身体を――人間であれば心臓があるべき部分を、貫いていた。
「輝夜様ヲ 守ル …… 指令デハ無ク 私ノ意思デ ……」
「レ、レッド……」
 バチバチと火花を散らすレッドの身体から、オイルがこぼれ落ちていた。それが、輝夜の頬に落ちる。レッドはゆっくりと、アイビスを見た。
「アイビス様 …… コレガ “ココロ” トイウモノナノデスネ」
 レッドはそのとき、自分の目から涙が流れているような気がした。なんの感情の色も光もない、自分の無機質な赤い目から、涙と呼ばれるものが、流れているような気持ちになった。気持ち……? そう、温かさが、レッドの中に滲んでは、消えて、滲んでは、強く、光を帯びていった。輝夜を守りたい。たとえ、この身を挺してでも……。レッドは、そう願った。
 レッドのブースターがフルスロットルで回転した。ぶおおおおぉぉと、動きだし、ゴッ――と、みんなが止めるような間もなく、レッドは空に浮かぶエッツェルへと飛び立っていった。
 そのとき、輝夜は、いや、そこにいた契約者たちは、レッドが何をするつもりなのか、ハッキリと分かった。あれだけダメージを受けた身体で、しかも、あんな大出力のブースターを動かして……その意味は……。
 だがそのことに気づいたとき、すでにレッドは、エッツェルを抱きしめ、自分ごと飛空艇の浮かぶ空から落下していった。
 最後に輝夜たちは、レッドがなにかつぶやいたのをはっきりと聞いていた。
「サヨウナラ、皆様。 私ニ心ヲクレタ コノ世界ヲ頼ミマス」
 飛空艇の真下のほうで、エッツェルを抱きしめたレッドが、カッ、と光輝く。
 それから、巨大な爆発が起きた。残骸が散る。緑の装甲具の残骸。レッドの、残骸だった。
「レッドオオオオオォォォォ!!」
 輝夜は泣きさけんだ。
 だけどその声は、もう二度とレッドのもとには届かなかった。
 しばらくして、ルシェンの持っている銃型HC・Sに、渉からの通信があった。
「……そう。わかったわ」
 ルシェンは静かに通信を切った。
「どうだった?」
 朝斗がたずねる。ルシェンは穏やかに答えた。
「エッツェルの生体エネルギー反応はなくなったみたい。同時に……レッドのも」
「そっか……」
 朝斗はそうつぶやいた。そうとしか、答えられなかった。
「――行きましょう。まだ終わったわけじゃないわ。飛行生物たちはまだ残ってる。エッツェルの反応が消えたなら、それに脅えて逃げていた飛行生物たちも、戻ってくるでしょう」
 非情かもしれない。ルシェンは自分で言っていて、自分のことがひどく嫌になりそうだった。
 だけど、誰もルシェンを攻めなかった。むしろ、正しい道へと自分たちを導いてくれたことに、仲間たちは感謝した。しかし、膝をついたまま、ずっと顔をうつむけている輝夜には、誰も、なにも言ったりしなかった。いまはそっとしておこう。戦うのは、自分たちの役目だ。そう、思っていたのだ。
「アイビス、輝夜ちゃんについていて。私たちは、飛行生物たちの迎撃に向かうわ」
「ええ、わかりました。ご武運を」
 ルシェンたちはアイビスたちと別れて、飛行生物たちの群れへと再び飛びこんでいった。