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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第2回/全2回)

リアクション

「――ここですね」
 ほとんど同時に同じ場所へ手をついたルドラに問う。
「おー、ここか」
 ルドラが何か返す前に、ひょこっとが2人の間に首を突っ込んだ。
 ロアとルドラの手が同じ細い継ぎ目のような所に乗っているのを見た陣は、後ろに向かって言う。
「おいユピリア。おまえの出番だ。こじ開けろ」
「もうっ! なんで力仕事になりそうだと全部私の出番なのよっ!」
「お姉ちゃん……」
 ぷんすか怒りながらユピリアがブーストソードを手に近づいてきた。
「いいからやれ。グラキエスたちも頑張ってくれちゃいるが、そうもちそうにねぇ。なにしろ相手は幻と機械だからな」
「分かってるわよ」
 でもなんだか割り切れない。そんな感じでぶつぶつ言いながら、マキシマムアームの膂力でブーストソードを継ぎ目に立てようとしたときだった。
 ひゅっと風がユピリアのほおに触れ、肩をかすめた何かが壁を一刀両断にする。
 見ていた者すべての目に白い残像を残したその刀は、気付いたときには白い鞘にぱちんと収まり、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の肩に担がれていた。
「よっ、と」
 白狸奴刀で切ったばかりの壁を、竜造は踏みつける。特に力を込めていたようには見えなかったが、ラヴェイジャーのひと蹴りであっけなく壁は内側へ折れ曲がった。
 先までと打って変わったように明るい通路が伸びて、その先に上へ向かう階段が見える。
「隠し通路ってヤツだな。……どうした?」
「あ、いや。なんでも」
 通路でなく自分を見ている陣に気付いた竜造は、そのごまかしの裏で陣が考えていたことを見抜いたように、フンと鼻を鳴らす。
「徹雄、アユナ、ゼブル。この先にあの生意気な女がいやがる。行くぞ」
 竜造に名前を呼ばれ、3人のパートナーが無言で従い彼の後ろをついて行く。ゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)だけが陣の横を抜ける際「ケヒッ」と引きつったような嗤いを漏らした。
「あーやだ。キモい。
 陣?」
「ああ。俺たちも行くぞ」
(あいつが味方って、どうにも慣れねぇな)
 つい数時間前には、アストー01の命を狙ってきた4人だった。それがいきなりポムクルさんに手紙を持たせ
『チップ回収が目的だが、そちらの目的達成まで回収困難と判断。そちらの目的達成まで敵対行動は控える』
 ときた。
 完全な味方というわけでなく、一時休戦で、目的地へ着いたらまた敵に回るということだろうが……。
(目的地、か)
 陣はルドラに視線を向けた。
 ルドラは相変わらず無表情で、何を考えているか悟らせない。だがその表情が、ラシュヌの姿を見た一瞬変化したのを陣は見逃さなかった。
 失望とあきらめ。
 あれはたぶん、そういうものだ。半ば分かっていたことだから今さら驚きはしないが、ああ、やはりな、という類いのもの。
 あの場には大勢いて、アルクラントの質問の際ルドラが気を損ねていることには全員気付いただろうが、おそらくそのことに気づけたのは陣だけだっただろう。
 なぜなら、陣にもまた、ラシュヌを見た瞬間にすべてが理解できてしまったからだ。
 アンリという科学者が何を考え、何を求め、その最期に何を望んだか。分かってしまった。
 ラシュヌというこの現実の前にはもはや「もしも」という可能性すらない。
「――死者を鞭打つ趣味はねーけどよ。ちっとばかし酷過ぎやしねーか? アンリ」
 あんた、こいつがただの機械だと思ってなかったはずじゃねーのか?

 わがままが過ぎるってもんだぜ。



 たどり着いた先では、すでに本物のラシュヌと竜造たちとの戦いは始まっていた。
 錬鉄の闘気を全身に漲らせ、殺し合いの高揚に心を高ぶらせながら先の折り使用した白い刀白狸奴刀と新生のアイオーンの二刀を手に、精力的に撃ち込んでいく竜造と、それをいなしてすり流し、はじき返し、なおかつ攻撃に転じることで竜造のペースを崩させようとするラシュヌ。
 攻撃の激しさと比較して、竜造は防御が甘い。むしろ、防御などおざなりでラシュヌを攻撃することしか考えていないように見える。防ぐ暇があるなら、繰り出された一撃に向かいカウンターを入れようとさらに踏み込む。攻撃こそ最大の防御と考えているタイプの戦闘スタイルだ。
 しかしだからといって竜造が隙だらけというわけではない。並の相手ならばまず見出すことも不可能な隙。相手の未熟さにつけ入るのではなく、崩してつくり出す髪ひと筋の隙を掴みとるように、ラシュヌは黒刃の鎌をふるう。機械のように正確に、旋風のごとき速さで。狙い澄ませた一撃が竜造の二刀をかいくぐり、その首を落とさんと迫る。
 しかしそれでも、竜造は遠かった。
 ここへ来る前から、ゼブルのフラワシラブ・デス・ドクトルがザ・メスを用いてすでに鉄壁の防御を築いていたからだ。
 高周波ブレード。その刃に触れる物はいかなる物もすべて断ち切る。
 しかし、どんな優れた威力を持つ武器も、相手に届かなくては意味がない。
「フヒヒっ! 今回はわぁたしがお側でお守りさせていただきますよぉおおおっ!
 堅牢防御態勢! 不用意の接近にご注意!」
 竜造の周囲で手術着姿の巨大な老いた赤子が千切れた手術着と赤黒いナニカをぶら下げて浮遊しながらラシュヌの攻撃を防ぐ姿を見て、ゼブルは悦に入る。
 松岡 徹雄(まつおか・てつお)は拮抗している2人の激しい戦いを前に壁を背に立ちながら、いつ、どこから来るともしれないラシュヌへの助力を警戒し、自在の紙片を取り出していた。
 アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)だけが駆けつけた者たちに気付き、そのなかにアストー01もいるのを見て彼女のそばへ寄ると、何が起きても常闇の衣でアストー01を守れるように無言で立つ。
 ラシュヌの視線が流れ、室内へ入ってくる彼らに――ルドラに、気づいた。
「なぜここへこいつらを連れて来た! 父はだれもここに来ることを望んでいなかった!
 あなたは特に! ルドラ!」
「うるせェ。てめーの今の相手は俺だろーが! よそ見してんじゃねぇッ!」
 さらに激しくなった剣げきの末、ついに竜造が勝負に出た。
 イーダフェルトアームによる爆発的な加速からの連撃が鎌の柄を集中的に狙う。竜造のこぶしや蹴り、斬撃をそれまで受け止めていた柄にひびが走った。あと一撃で破砕すると悟ったラシュヌは鎌から手を放した。手足につけた姿勢制御装置を逆噴射させ、距離をとろうとするラシュヌを見て、竜造がニヤリと笑う。
「そうくると思ったぜ」
 先を読んでいた竜造の反応は素早かった。
 風術で周囲の空気を乱し、動きを鈍らせ、キマイラレッグのついた足で蹴りを放つ。
 とっさにラシュヌは両腕の機械でバリアを張り、防御したが、必殺の一撃を防ぎきれなかった。
「きゃああああっ!!」
 はじけ飛び、壁に激突したラシュヌを見て、竜造はチッと舌打ちを漏らす。
「紙一重でずらしやがった。バカが。余計なことしなけりゃ、苦しまずに即死できたろうに」
 壁に身を預け、ひざをつき、立てずにいるラシュヌに向かい、刀を振り上げる。
 それを見て、陣が制止の言葉を発しようとする。しかし。
「待って!!」
 榊 朝斗(さかき・あさと)が一手早かった。
「殺さないで! 僕たちは殺すために来たんじゃない!」
「…………」
 正直甘いと思った。が、ここで彼らを敵に回す意味はない。
 竜造は刀を引き、その場を朝斗に譲るように後ろへ下がる。すれ違いざま、警告はした。
「気を抜くな。やつはまだ何か奥の手を持っているに決まってやがる」
「……うん。分かってる」
 竜造には甘く見えるかもしれないが、朝斗とてこれまで数々の修羅場をくぐってきたのだ。
 「そうかよ」と言うように竜造は肩をすくめ、徹雄たちの元へ戻った。
 朝斗は竜造の蹴りの入った所を押さえ、警戒の目を向けてくるラシュヌを見つめた。
「ラシュヌさん。僕の名前は榊 朝斗といいます。
 僕たちはきみの言う「父」を奪いに来たわけじゃないんだ。せめて話だけでも聞いてくれないだろうか?」
 返答を待ったが、ラシュヌは浅い息をこぼすだけで、何も答えようとしない。
 手足に負った裂傷は、浅いものも含めるとかなりの数だ。たぶん、さっきの蹴りで肋骨もひびが入っているか折れているだろう。痛みに耐えているのは分かっていたが、手を差し伸べることはまだできなかった。人間にひどく傷つけられた野生動物同様に、彼女にはまだ朝斗と竜造の区別もついていない。全員「人間」で、等しく「敵」だ。
 朝斗はゆっくりと、ラシュヌにそれが何を意味するか分かってもらえるように武装を解き、彼女の前に並べる。
 それを見て、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)があわてた。
「朝斗は何を考えているの」
 そのまま飛び出して行きそうになったアイビスの手をルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が掴み止める。
「ルシェン?」
「しっ。
 今大勢で動いたら彼女を刺激してしまうわ。ただでさえ過敏になっているのよ」
「でもっ」
「それに……今の私たちに、何が言えるの?」
「それは……」
 アイビスはためらうようにうつむいた。
 彼女がアンリ博士を「父」と呼んだときの衝撃は、アイビス自身思いもよらないものだった。
 ドルグワントはすべてアンリが生み出した存在。いわば、彼の子と言っておかしくない存在だ。タルウィとザリチュが元となったのだから、親と言うべきはこちらの2人かもしれないが、あの2人はドルグワントを使いつぶしのきく人形程度にしか考えておらず、むしろ彼らが壊れるのを楽しんでいた。まだわずかでも人らしい扱いをしてくれたのは、アンリだけだった。
 当時ドルグワントには人のような感情はなく、特に精神面はどんどんダウングレードされていったせいで、命じられるままに動くロボットのような存在でしかなかったが、そんな状態でさえも、アンリ博士のために、とドルグワントであったアイビスとルシェンは考えていた。ザリチュでもタルウィでもなく。アンリのために、アンリの悲願であるディーバ・プロジェクトを完遂するのだと。
 そのアンリを「父」と呼んだ。
 彼女はドルグワントではない。おそらく機晶姫でもない。
 その存在を前にして、アイビスは……そしておそらくルシェンも、心穏やかにはなれずにいた。
 たぶん、そんな自分たちでは何もできない。
「ここは朝斗に任せましょう」
「……はい」
 うなずいたアイビスの視界に、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の姿が入った。
 あさにゃんはいつの間にかアストー01の手に移って、そこで一生懸命ハンドベルト筆箱を使って何かを伝えようとしている。
 アストー01に向けられた紙に何が書かれているかは分からなかったが、彼女を一心に見上げる一途な目や表情から、何を伝えようとしているかは明白だった。
『ああしているけど、朝斗も本当は不安でいっぱいなんだよ。
 でもそれでも彼を信じて欲しい。
 朝斗はとっても優しくて、とってもとっても強いんだから……。
 だから彼を、そして彼の友達であるみんなを信じてほしい。
 僕も頑張って力になってあげるから。
 ……ね?』
 ここに来るまで暗い通路を歩いていたから気づけなかったけれど、アストー01は血の気の失せた顔をしていた。あさにゃんに見せている笑顔もどこか引きつって見える。
 その様子に、あらためてアイビスとルシェンはアストー01がただの女性であることに気づかされた。姿は成人した大人だが起動して半年にも満たず、コントラクターのような戦闘力は一切持ち合わせていない。彼女はデータチップに導かれてここへ来ただけの、ただの普通の女性なのだ。
 ルドラは彼女を守ることを表明しているが、結局のところ経験の浅い人工知能で、そういった心の機微にまでは気づけないのか――それとも単純に、命さえ守ればいいと考えているのか――彼女の状態には全くの無関心だ。
 ラシュヌの登場から、みんなが戦いに集中し、周囲を警戒しているとき、彼女を気遣っているのはアユナとあさにゃんだけだった。
「ルシェン……」
「感情は複雑で、とても厄介だけれど。でもこれだけはたしかね」
「ええ」
 2人はアストー01の元まで戻ると、そっと手を取り、視線を合わせてほほ笑んだ。
 怖いのを隠さなくていい、不安に思っているのを隠さなくていい、と。
 つないだ手からぬくもりとともにそんな心の声が伝わったのか。アストー01の体から力が抜けて、ほおに赤みがさす。
 自分を見つめる4人を順に見て、アストー01はやわらかく笑んだ。
「ありがとう」