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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

リアクション


♯2


 人一人がやっと通れる隙間を、アーコントポウライが器用にすり抜けていく。勢いが乗ったところでワイヤーを切断し、ビルの非常階段に手をかけて静止する。
「しっかりと観察してみれば、機械的だな。これなら裏をつくのも難しくはないか」
 三船 敬一(みふね・けいいち)は上空を旋回する羽付きのインセクトマンの視線を計算して身を隠す。人間の見張りであれば隠れているとは言い難いが、インセクトマン相手には十分通用する。
「考えて行動してるってわけではなさそうですね」
 遅れて飛来した白河 淋(しらかわ・りん)が非常階段の下の階に滑り込む。少し音が鳴ったが、反応は無い。
「決められた命令を守っているのだろう。理想的な兵士とは言い難いな」
「本当に言われた事だけをやっているんですね。流石に主要な道路には配置されてるので大勢で動くのを察知されないのは厳しいですが、少数で工作するのは簡単そうですが」
「確かにな。だが、あそこまで機械的であれば、恐らく目の前で仲間を殺されたとしても反応は無いだろう。混乱や扇動を目的とした小規模な工作では効果は薄いだろうな」
「そうですね。組織に影響するような場所には、厳重な防衛がなされているでしょうし」
「適材適所とは言えるな。人間ではできないだろうが、羨ましくはないな」
 羽根付きインセクトマンが通り過ぎるのを待って、敬一はワイヤーを射出し、次の地点へ移動する。
 移動先のビルの屋上、空調機の陰に身を隠していたコンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)は振り返らずに声をかけた。
「遅かったな。こっちはいい眺めであったぞ」
 軽く顎で指し示した先には、古い砦のような建物と、広がる芝生とそこにずらりと並ぶ楕円形の黄色い卵のようなものが見える。
「案外簡単に見つかったな」
 敬一は事前に用意した地図を取り出す。卵を設置するにはある程度の広さが必要だという情報から、いくつか場所は絞り込んであり印が追加されていた。
「これで偵察は完了ですかな」
「いや、予測地点は全てまわる。複数個所を防衛する手間を取るとは考えにくいが、一箇所とは限らないからな」
「これは中々壮観ですね。あれが虫の卵じゃなければですけど」
「我はここで見張りをしよう」
「ああ、何か変化があれば報告してくれ」
 敬一と淋は素早く次の地点へと向かっていく。それを見送らず、コンスタンティヌスは通信繋いだ。
「定時報告ではありませんね」
 後方で待機しているレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が答える。
「トラブルで?」
「卵を発見しました。親衛隊らしき護衛は三体、地点は―――」
 報告を受け取ったレギーナは素早く情報をまとめていく。
「では、こちらの報告は私があげておきます。何かあればすぐに報告してください」

「卵、見つかったみたいですね、場所はリオの予測通り」
「別に手柄でもなんでもないよ。相手にも常識が通用するってだけさ」
 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)十七夜 リオ(かなき・りお)の二人は突入部隊に先んじて移動を開始していた。狙撃地点の確保と準備のためである。
 卵の話を聞いたのは、アナザー・マレーナと黒血騎士団と合流してすぐだった。
「国連軍はドイツで活動中。黒い大樹はこの辺りで―――随分大胆な遠征ね」
 病院での作戦会議は簡潔かつ大急ぎで行われた。
「予備戦力を潰されたくないから、陣地の奥か敵さんが予想する僕たちの位置とは逆方向に卵を設置したい。けど、出来れば孵化後すぐに投入したいから、前線近くに置きたい。となると、勢力圏内で前線から一歩か二歩後退したこの辺りに設置してそうってとこかな?」
 アナザー・マレーナから得られたエッグカタピラーと卵の情報を元に、設置場所の推測をリオは試みた。
 その推測は見事に的中したのである。最も、複数ある推測地点の一つが正解だった、というのであり唯一の地点を見事に言い当てたのとは若干違う。
「色々情報を集めてみると、卵を狙うしかないって感じなのが嫌だね」
「どういう事?」
「昆虫人間はいくら損耗してもいい存在ってのが、敵味方に知れ渡ってるって事さ。余程の馬鹿じゃなければ、次に相手の選ぶ手が見えてくるのって、こっちにとってはいい事じゃないよな」
「向こうも罠を張り放題、というわけですね」
「そういう意味じゃ、あの子をどう使うかってのは一番重要だよね。あんまり言いたくないけどさ」
 この戦場には重要な拠点や人物というのが、とにかく少ないのだ。
 こちらにあるのはアナザー・マレーナというただ一人であり、ダエーヴァにあるのはアカ・マナハという指令級が一体あるだけだ。他の要素は、どちらにとっても失って大局に影響しない。
「ただ、あちらもそこまで本気じゃないだろうってのは救いだね」
「本気でないんですか?」
「本気でイギリス制圧を考えているのなら、慣例通りに指令級は引きこもってるんだ、きっとね。アカ・マハナがわざわざ出張ってきているのは、あの子に興味か因縁があるからだよ。大樹に国連軍が向かってるのが移動の理由なら、姿は隠すだろうさ。大勢を占める昆虫人間はほとんどロボットみたいなもので、指揮官が前線に立つ事で士気が向上するわけでもないみたいだし。指令級の存在に作戦に効果的な意味がないのなら、弱点を晒すだけの行為だよ」
「だから本気ではない、という事ですか」
「もちろん、実は凄い能力とかがあるかもしれない。けど、僕が知る限りそういう類は率先して前に出ていた。自分の使い所、みたいなものは弁えてたし、危険を恐れるような素振りはしてなかった」
 指令級と称されるダエーヴァの怪物は、過去に二体が討伐されている。どちらも、必要であれば率先して前線に出るタイプであり、表舞台にあまり出ないというアカ・マナハとは対照的な存在だ。
 ダエーヴァの目的が世界を滅ぼす事であれば、今の命に対する価値観は自分達の考えとは違うものであるのは想像に難くない。
「たぶんだけど、アカ・マナハという指令級は、戦う事に重点を置いたものではないんだ。前線に出てもその価値を発揮できないから、出てこない。そんな理由じゃないかな」
「戦いに役立たない指令級ですか。じゃあ、何が得意なんでしょうね」
「なんだろう、現状だと洗脳とか得意そうだよね」
「あまり、近づきたくないですね」