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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

リアクション


♯3


 芝生にはびっしりと黄色い卵が並んでいる。等間隔に敷き詰められた卵は、背筋に何かが這うような気持ち悪さを感じる。一つ一つの卵を見る限りには嫌悪感を強く感じるものでもないが、びっしりと敷き詰められているのが原因なのかもしれない。
 卵の周囲はこれまた等間隔に昆虫人間が展開している。一定の間隔を持って卵の周りを周回しており、まるで卵が祭壇か、あるいは周回する昆虫人間が古いゲームの決められた範囲をうろうろするモンスターのようにも見える。
 音は極端に少なく、怪物どもの足音と風の音がするだけで、人の話し声でもあればすぐに耳につくだろう。
 そんな場所へ、異質な衝突音を響かせながら、出魂斗羅が猛烈な勢いで飛び込んだ。フロントには怪物の体液と思われるものが付着してマーブルカラーだ。
「一番槍、頂きだぜ!!」
 出魂斗羅の突入に怪物達が殺到するが、既に勢いの乗った出魂斗羅とらにとっては、飛び掛る怪物は自殺志願者に等しい。跳ね飛ばされ、千切れ、打ち付けられていく。
「”くしゃくしゃ”に潰してやっからなァ!!」
 ハンドルを握る猫井 又吉(ねこい・またきち)が吼えながら、すでにベタ踏みのアクセルに魂を重ねる。整列する卵に突入にし、宣言通りに卵はぶちぶちと潰れていった。
 卵設置地域の半分を過ぎたところでハンドルを切り、ドリフトしたコンテナがさらに卵を巻き込んでいく。
 タイヤが芝生を削り無事な卵に向かって突っ込んでいく。その正面に、昆虫人間より一回り大きい怪物。
「馬鹿野郎、死にてぇのか!」
 クラクションを鳴らして威嚇するが、怪物は動かない。鎧のような外殻を持つ怪物は両腕を広げて、真正面からトラックに立ち向かった。
 衝突、出魂斗羅のフロントが凹む。怪物を削りながらも出魂斗羅を受け止めた。そして、
「うおっ」
 前輪が浮く、驚くべきパワー、だがそれだけでは終わらない。怪物はそのまま、出魂斗羅をぶっこ抜いたのだ。投げっぱなしジャーマンだ。放り投げられた出魂斗羅は卵地点を跳び越し、地面で二度バウンドして奇跡的に車輪を下にして着地した。
 ジリリリ―――出魂斗羅が止まってすぐに周囲を蝉の鳴き声に近い音が埋め尽くす。
「出魂斗羅だけで何とかなったりはしねぇか」
 少し目は回ったが、又吉は無傷だ。ガトリングガンと冷凍ビームを起動させてさらなる攻撃を開始する。
 飛び出すのは銃口だけではなく、コンテナからは契約者達が、上空では国頭 武尊(くにがみ・たける)の非物質化していたポータラカUFOが姿を現す。
「今のオレは全自動卵割り機すら凌駕する存在だぜ」
 ポータラカUFOのロングハンドが卵を掴んでは、投げる。卵を掴んでは、投げる。掴んでは投げる。
 潰れた卵からは、どろりとした黄色い発光色の液体が流れ出る。卵の黄身のようだ。
 音に集まってくるのか、次々と昆虫人間が集まってくる。特に昆虫を集めているのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
「こいつら、メンタルアサルト効果無いわね」
「何も考えてないんじゃない?」
 思考能力という部分で、昆虫人間は人間に大きく劣るようだ。個々の個体は、敵を認識することとそれに攻撃を加えるのその二点で成立しているかのようである。
 それを補うために指揮官タイプの怪物が存在するようだが、今のところこの場所に居るのは三体の親衛隊のみで、彼らは昆虫人間に細かい指示を出すつもりはないようだ。
 二人は手馴れた動きで昆虫人間達を蹴散らしていくが、ふとあるタイミングで動きが鈍った。
「数が多すぎるってわけね」
 二人は既に自分達の部下以上の怪物を蹴散らしていたが、それでも敵の数が減ったようには見えない。そして溢れそうな程の昆虫人間の注意を二人だけで引き付けるには足りないようであった。
 卵の設置された地点からも銃声が響く、彼女達が爆弾を持たせていた部下達だ。
 昆虫人間と兵士達の戦いは、いささか劣勢だ。次々と沸いてくるように迫る怪物達に対して、彼らは孤立してしまっているのだ。このままでは包囲されてどうしようもなくなってしまうだろう。
「しょうがないわね」
「助けにいってあげましょうか」



 小規模な爆発が何回も続く。
 昆虫人間は衝撃に吹き飛ばされ、爆発地点に近いものは間接から千切れたりと大打撃を受けている。
「身近な危険物ですわね」
 その様子を監視しているクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が呟く。軍用の火薬が手に入らないため、街中でも手に入る品物などを使って作った手製の爆弾なのだが、その威力は十分なほどあった。怪物達が、道の脇にある不審物に何ら注意を払わないのも大きいだろう。
「指揮官タイプを確認しましたわ、今送ります」
 敵の動きをよく観察していれば、昆虫人間の動きだけで指揮官タイプの怪物が居るかどうかの判断ができるのだ。少数で警戒するような動きを見せれば、間違いなくそういう命令を下した何者かがいるのである。
「了解した、パワードスーツ隊に任せる」
「わかった、任せて」
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)の通信受け、鶴 陽子(つる・ようこ)ホーエンシュタウフェンのパワードスーツ隊を率いて現地に向かった。
 到達した地点では、昆虫人間達が爆発物に怯えているかのように、丁寧にクリアリングしながら進んでいる。
「さっきと一緒ね」
 陽子は素早く敵の部隊の背後へと回りこみ、準備を整えてからパワードスーツ隊に攻撃の指示を出した。対神像用ロケットランチャーが前衛の昆虫人間を吹き飛ばすと、すぐさま敵の動きに変化が生じ、撤退しようとする女郎蜘蛛型の怪物が、回り込んだ陽子の前に現れた。
「真正面、どんぴしゃね!」
 砲撃姿勢をして待っていた陽子がする事は、引き金を引くだけ。動揺した指揮官型の怪物は、まともな手段を講じることもできずに爆煙に飲み込まれた。
 指揮官を護衛するという命令から解き放たれた怪物達が陽子に殺到するが、ホーエンシュタウフェン相手ではスペックも、もともとの技量も比べ物にならない。
「指揮官型は排除したか」
「ばっちりよ」
「了解した。すぐに新たな爆弾を設置する人員を送る。次の指示がなければ、彼らを援護してくれ」
「了解」

「やれやれ、思った以上に大変な役を買って出てしまったようだ」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が見下ろす先には、道を埋め尽くさんというばかりの昆虫人間達でひしめいている。
 ジェイコブに届いた「奇襲開始」の通信と共に、揃って動き出した怪物達だ。卵を防衛するための増援なのだろう。
「全く、どこに隠れていたのやら、だ」
 町をうろついていた怪物達の数は、ここまでではなかったはずだ。であれば、周囲の建物などに予め援軍用に配置していたのだろう。恐らく敵は卵を襲ってくるだろうから、そこに敵が姿を現したところで大群を集結させよう。
 わかりやすい手段だ。だが、往々にして奇策よりも単純で王道な手段の方が対処は難しい。増援を防ぐ役を買って出たジェイコブも、この溢れる昆虫人間全てを撃退するのは不可能だ。
「怠慢してると、言ってくれるなよ!」
 民家の屋根から、ジェイコブが駆け出すとフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)がすぐさま、
「いきます!」
 我は射す光の閃刃を唱えた。光の矢が怪物達へと襲い掛かり、次々と撃ち抜かれていく。だが、怪物の行軍は止まらない。ごく一部の塊を除いて。
「そこだ」
 ジェイコブの声に答えて、フィリシアは天のいかずちを発動する。怪物が不自然な団子を作っている部分に直撃し、外側が剥がれる。
 隙間からは、こちらを見上げる女性の影。下半分はツル状の植物の集合体の化け物だ。
 屋根を蹴ったジェイコブは、そのままその怪物に真っ直ぐ飛来する。迎撃のツルは、しかし神速のジェイコブを捉えられない、するりと横を抜けて間合いを詰めたジェイコブは、拳を打ち込んだ。
「悪いな、あまり時間はかけられんのでな」
 鳳凰の拳が叩き込まれる。人間の数倍はあろうという巨大な体が、たたらを踏んで後退する。だが、仕留めるには至らず、ツルを伸ばして反撃を行う。
「おっと、回りはよく見るもんだ」
 ジェイコブは迫り来るツルを身軽な動きで回避する。次の手は彼に必要はない。声をかけた怪物は、既に石となって動かないからだ。
 石になった怪物の背後から、フィリシアが我は纏う無垢の翼で一足先に飛び上がる。
 統率を失った怪物達の一部は行軍を取りやめて敵であるジェイコブに攻撃を仕掛けようとするが、ジェイコブはそれを相手にせず壁に足をかけ、再び屋根の上に身軽に飛び上がった。
「よし、撤収だ」
「これで、足並みを揃えた援軍はできませんわね」
「援軍そのものをとめるのはできないが、まぁ、仲間を信じるとしよう」
 会話をしている間にも、ジェイコブを狙って何体もの怪物が壁をよじ登ってきている。行軍の中央部分が乱れた事で、多くの怪物の足並みは乱れたようだ。