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リアクション
♯9
「はいはい、下がって下がって」
{SFM0005691#リカイン・フェルマー}は余裕を持って前に出て、近寄ってくる昆虫人間を押し返した。いい感じにまとまったところで、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)に憑依した木曾 義仲(きそ・よしなか)が氷術でまとめて対応する。基礎体温が低いのか、生もの相手につかうよりもあっさりと凍ってちょっと楽しい。
「怪物退治は任せてくれちゃっていいから」
アナザー・マレーナの剣技は、よく練られているし綺麗だ。その剣は即席のものだが、ちゃんと使いこなしている。
しかし、それだけだ。リカインの目からすれば、いや、たぶんここの契約者のほとんどの目から見ても、アナザー・マレーナの戦闘技術は物足りない。
素質は、たぶん十分にある。戦いに向かないとか、そういう事ではない。その素質を磨いて、開花させていないのだ。経験不足、それに尽きる。
「あちらの者共も、一緒よな」
実戦経験の不足は、アナザー・マレーナだけではなく、黒血騎士団の連中も同じだ。ある意味、こちらはより性質が悪い。策や技術に苦心しなくても、肉体の性能だけで事足りるものだから、雑で粗野な戦い方になっている。
同じ性能なら、本能に任せられる獣の方がよい働きをするだろう。
「ま、仕方ないんじゃない」
蟻をいくら踏み潰したところで、人は強くなったりなどしない。昆虫人間は黒血騎士団の素の戦闘能力からしてみれば蟻のようなもので、いくら倒したところでせいぜいスタミナがつく程度だ。最低限、同じ土俵に立つ相手が必要だ。
親衛隊の連中は、そういった意味では好敵手になりえたかもしれない。だが、同じ人間でも訓練を積んだ軍人と、そうでない一般人には気の遠くなるような力の差が出るように、基礎能力以外のところで大きな差があるようだ。
しかしそもそもの段階で、黒血騎士団の連中は「強くなる」なんて事よりも「勝つ」事を重要視しているようだ。親衛隊を相手にする時は、ほぼかならず多対一の形に持っていこうとする。個々の力では物足りなくても、集団でならばというわけだ。それでも若干不安を感じるのは、そういう事だというわけである。
「しょうがないなぁ」
「え、ここですんの?」
夢想の宴はワールドメーカーが紡ぐ物語の幻を呼び出す。リカインが呼び出した幻はドージェ君と私たちが知ってるマレーナ君を再現してみせた。
幻は近づく敵を蹴散らし、踏み潰し、なぎ払う。
しかし、幻は幻。見た目こそ本物によく似ているが、産み出される破壊のほとんどもまた幻であり、現実での破壊は常識の範疇であった。まして、この物語の読み手となる怪物達にとっては、見知らぬ何者かであり心理的な圧力もさほどないようだ。むしろ、回りの仲間が驚いている方が大きい。
ただ一人、特別な反応があったとしたら、それはアナザー・マレーナだろう。彼女はどこかほっとしたような表情を浮かべ、
「そっか、ちゃんと見つけられたのですね」
と零した事を、リカインは聞き逃さなかった。
「なんか、派手なことやってるな」
夢想の宴のドージェが地面を踏みしだくと、地割れが発生し、幻の境界線の外でぴたりと消える。割れた地割れの上を、当然のように昆虫人間が立っていたりと、見ているだけで混乱してきそうだ。
「でもま、うまい事敵を集めてくれてるし、助かったぜ」
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、ふぅと一息ついた。先陣に配置されていた黒血騎士団達は、塞がった傷を見て驚く、シリウスに感謝の言葉を述べた。
「いいって事よ」
からからと笑って礼を適当に済まさせる。それにしても、同じ戦場に居た中では、彼らの方がダメージが大きいようだ。最も、契約者であれば回復手段を用意していても不思議はないか。
視線を最前線に向ける。昆虫人間は一体どれだけいるのかわからないぐらい次々とやってくるが、大抵は範囲攻撃でまとられている。無限に沸いてくる敵で金貨や経験値を稼ぐゲームをふと連想させられた。
やはりというか、当然というか、問題になるのは指揮官型の怪物、女郎蜘蛛達と、親衛隊だ。
「倒しても、きりが無い」
サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)の女王の剣が、昆虫人間を三体まとめて倒す。三体も、ではなく、三体しか巻き込めなかった。
敵の前衛を蹴散らしたつもりだったが、すぐさま別の昆虫人間がサビクの前に立ちはだかり、飛びかかってくる。技を出し終えた体制からでは、六体の昆虫人間の同時攻撃に対応しきれないため、一旦退く。昆虫人間同士の攻撃が当たって、二体が勝手に潰れた。
回りこんでいたはずのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)と肩が触れる。
「一体での掌握では限りがあるようですが、厄介ですわね」
女郎蜘蛛は昆虫人間の後ろで、にやにやと笑っている。
指揮官型はそこに居るだけで、周囲の昆虫人間を手足のように操る事ができるようだ。一度に操れるのは二十から三十が限界のようだが、潰れても次から次へと昆虫人間が集まってくるこの場においては、ほぼ無限に近い。
「あまり、構ってはいられないんだけど」
この場において、ダエーヴァの役割分担は非常にはっきりしている。親衛隊は攻撃を担当し、指揮官型は昆虫人間を操り支援を行う。支援には単純な攻撃や回り込みといった手段もあるが、厄介なのが昆虫人間を盾にされる事だ。魔法や飛び道具を使っても、親衛隊や指揮官型ではなく昆虫人間が割り込み、防御する。技名をつけるとすれば、グレート・ミート・ウォールだろうか。言ってしまえば自立稼動式の盾であり、使い捨てでも数があればその効果は絶大だ。
背後の強い気配を察知して、二人は別々に飛んだ。二人の間を割るようにして、くの字のナイフが振り下ろされる。
がたいの良さに比べると、線の細い顔立ちの親衛隊は顔を上げると、正面に二本のナイフを投げた。くるくると回転して飛ぶナイフは、途中で向きを変えてサビクとリーブラをそれぞれ襲う。
それぞれ対応しようとしたところで、ぬっと黒い影が現れた。
「道を明けるのでしたら」
「我々にお任せを」
黒い鎧の騎士は、腕に刺さったナイフを事もなげに抜き捨てると、そのまま指揮官型に真正面から突っ込んでいった。女郎蜘蛛は昆虫人間を盾に回すが、二人の騎士はそれを文字通りぶち抜く。だが、一枚目の壁を抜いても、すぐさま二枚目の壁が作られる。二枚目もぶち抜くだが、そこまでで三枚目を突き抜ける勢いはもう無い。
「そんなやり方では生傷が増えるだけですわよ」
「でも、ここまで近づければ」
リーブラとサビクは黒い背中に足をかけ、肩を蹴って三枚目の壁を飛び越える。左右同時の飛び込みに、女郎蜘蛛はとっさに昆虫人間を一体ずつ飛び上がらせるが、飛び道具を防ぐのならまだしも、たった一体では壁にもならない。
「間合いに入れば、こんなもんだよね」
「そうですわね」
交差するように怪物を飛び越えて着地した二人の後ろで、女郎蜘蛛はゆっくりと崩れ落ちた。そのさらに奥で、「おお」「やった」と声がする、そちらも無事のようだ。
二人にナイフを投げた親衛隊は、間合いが離れるとすぐに目標を切り替えた。一点を見つめて走る顔立ちの細い親衛隊が、アナザー・マレーナを狙っているのはすぐにわかった。
治療を終えた黒血騎士団の一団が、止めるぞ、と意気込み、シリウスも身構える。
まず二人の騎士団が動きを止めようと前に出る。それぞれ攻撃を繰り出したが、止めるには至らず押しのけられた。続く三人も、親衛隊にダメージを与えたが、突破された。
「こっちまできやがったか」
待ち構えていたシリウスが、洗礼の光で迎え撃つ。真正面から光を浴びせられても、親衛隊の勢いは止まらない。
交差の直前で、親衛隊は跳躍してシリウスを飛び越えた。
「今の、何で片目を手で抑えてたんだ。いや、そんな事より―――」
振り返る。
「しょうがねぇ」
突き進む親衛隊の正面で、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が集中のための体勢を崩し、構えをとっているところだった。
親衛隊はこれも飛ぶか避けるかしようとしたのだろう。だが、シリウスにはどうしようとしたのかはよくわからなかった。
「おっと、それはナシだ」
と、垂が口にして間合いを詰めたので、何かしようとしたのがわかったぐらいだ。次に、とてつもない重い音がして、親衛隊はやっと止まった。
「……ん?」
おかしいな、と垂は思った。何でこいつは、無理をして突っ込んできたのだろうか。
アナザー・マレーナを仕留めるため。そう考えるとこの無茶な突撃も納得がいくが、だったら何故一人でやる必要がある。全員でやった方がずっと効率的だ。そして気になるのは、片腕で自分の片目を塞いでいる事だ。もう片方の目は、この突撃の最中の攻撃を受けて潰れているようだが―――。
「見ぃつけた」
「なっ」
片目を塞いでいた腕が、力なく落ちると、親衛隊は表情を変えないまま、そう呟いた。視線は垂の肩を超え、アナザー・マレーナにだけ注がれている。その声に、垂は思わず身を引いた。口から出てきたその声は、どう聞いても女のものだった。
垂が離れると、親衛隊はそのまま前のめりに崩れ落ちた。もう動く気配は無い。
「なんだってんだ」
気味が悪い最後だった。
下ろされていた彼女の視線を持ち上げたのは、黒血騎士団のざわめきだった。何事かと、彼らの注目している方に視線を向けると、他の親衛隊とは体のつくりが若干違いのある、新たな影が、遠くの屋根の上に立っていた。
その男の左右には、他の親衛隊と同じ装いの怪物も並んでいる。
「間違いないようですね」
屋根の上の怪物、シェパードは誰に向かって言うでもなく、一人頷いた。
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