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リアクション
ヴァイシャリーの郊外に広がる森の、小さな教会。
誰にも知られないこの場所で、クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)とサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が、模擬結婚式を行うことになっていた。
模擬結婚式。二人が申し込んだのは『模擬』の結婚式だが、クエスティーナとサイアスにとっては『本番』の結婚式だ。
クエスティーナたちが模擬結婚式という形を選んだのには、事情がある。
大企業の経営者のひとり娘であるクエスティーナには、父の定めた婚約者がいる。
けれど……クエスティーナは、パラミタで五年間共に生き、支え支えられてきたサイアスと、想いを通わせ合っている。
父には許されないと知っていても、それでも……。
教会の入り口に立つクエスティーナ。
裾がふわりと広がった真っ白なウェディングドレスに身を包むクエスティーナの腕を、優しくサイアスが取った。
いつも、その力強い腕でクエスティーナを支えてくれるけれど、今日は特別。
「サイアス」
クエスティーナの真剣な表情に、サイアスが頷き返す。
二人きりの教会に、響く足音。腕を組んで祭壇まで、一歩一歩歩んでいく。
祭壇の前で振り返れば、参列者のいない長椅子が、教会の入り口まで続いている。
「私、サイアスは、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、いつくしみ、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います」
サイアスの誓いの言葉が、がらんとした教会に響く。
「私、クエスティーナは、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、いつくしみ、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います」
誓約を交わしたサイアスとクエスティーナは、静かに向き合った。
「クエス」
サイアスが微笑んで、クエスティーナの左手を取った。
そして、左手の薬指に指輪を嵌める。ダイヤの光る、結婚指輪。
ふと、クエスティーナの脳裏に、距離を置こうとしていたサイアスの姿が浮かぶ。
今のクエスティーナには、あの頃のサイアスが苦悩していたことが痛いほどに分かる。
けれど、それでも、この想いは引き裂けなかった。
「サイアス」
クエスティーナは、ダイヤの指輪をサイアスの薬指にそっと嵌めた。
これで、クエスティーナとサイアスにとっての、誓いは立てられた。
互いの名を呼びあう二人。そして、静かに見つめあって、口付けを交わした。
本当の式がいつになるかは分からない。
けれど、今からクエスティーナとサイアスは夫婦だと、魂の夫婦なのだと、誓うキスだった。
「父は色々な意味で恐ろしい人だけど、一緒に根気強く説得しよう?」
「はい。必ず、二人で……」
クエスティーナを、サイアスが抱きしめる。
クエスティーナにとって、剣の花嫁であり監視役だったサイアス。
サイアスにとっては、存在意義であり個人的な感情を抱いてはならない相手であったクエスティーナ。
けれど、五年という歳月は、二人の関係を変えるには充分過ぎた。
死ですら分かつことができないほどに、お互いがお互いの一部になってしまった。
(二人でなら、どんな難題を出されても諦めずにいける)
だから、絶対にサイアスの手を離さないと。
そう、クエスティーナは心の中で固く誓った。
教会で人知れず誓いを交わした二人は、まだ知らない。
クエスティーナが父に結婚の許可をもらうまでに、どれほどの困難が待ち受けているかを。
父にとっては、クエスティーナの婚約者の手前もある。
クエスティーナとサイアスは、幾度も引き離されようとし互いにその身を狙われることとなるのだ。
けれど、今の二人には、確信があった。
時に誘拐され、時に命を狙われても……二人の愛は潰えることがない、と。