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リアクション
イルミンスール魔法学校のスペースにて。
手渡された紙コップに満たされていく麦茶を見ていた月崎 羽純(つきざき・はすみ)に、遠野 歌菜(とおの・かな)が気を遣うように聞いた。
「やっぱりビールとかのほうがよかった?」
「は?」
「麦茶を睨んでるから……」
「睨んでたつもりはないけど。少し考え事を」
「悩み事?」
「そんなんじゃない。歌菜こそ落ち着かない様子だが具合でも悪いのか?」
「ううん、そんなことないよっ」
慌てたように返す歌菜を不思議に思いながらも追及はせず、今度は羽純が歌菜の紙コップに麦茶を注いだ。
「ありがと、羽純くん。おつまみも作ってきたよ。屋台で買ったものもあるしね。はい、お箸どうぞ」
歌菜はてきぱきと用意をしていく。
「それじゃ、かんぱーい!」
打ち上げられる花火を背景に、二人は紙コップを合わせた。
歌菜がそわそわしているのには理由がある。
彼女と羽純は花火大会の準備を手伝ったのだが、その時歌菜はこっそり仕掛け花火を依頼したのだ。
それがいつ打ち上げられるのかと、気になって仕方がない。
(あれを見たら羽純くんはどう思うかな。やっぱり驚くよね。その後は、喜んでくれるといいなぁ)
期待感がふくらんでいく。
とはいえ、花火はやはり綺麗で歌菜は羽純と一緒に見れることを心から楽しんでいた。
ドンッ、と胸を打つような大きな音が鳴り響き、直後に大輪の花が開く。
光の粒は七色に変化しながら消えていった。
「今の、すっごい大きかったね。大迫力!」
「何尺玉だろうな?」
そんな感想を興奮気味に話し合った時だ。
ドン、ドンドンッ!
と、三連続で花火が打ち上げられた。
そして──。
『羽純くん、いつも傍にいてくれてありがとう!』
『貴方の幸せが、私の幸せ』
『これからも、二人で沢山幸せになろうね! 大好き!』
夜空に輝くラブレターが現れた。
不意打ちに歌菜は思わず息を飲む。
それから、そっと羽純の様子を覗った。
と思ったら、ぐっと羽純に抱き寄せられていた。
新しい浴衣と馴染んだ羽純の匂いに包まれ、歌菜の頬がみるみる熱を持っていく。
「は、羽純くん、あの……」
「俺も」
耳元で囁かれると、そっと体を離されて空を見るよう促される。
すると。
『歌菜、愛してる』
歌菜はぽかんとメッセージを見ていた。
儚く消えていく羽純からの贈り物は、いつまでも瞼の裏に残像として残っている。
まさか羽純も頼んでいたとは思わず、歌菜は胸にこみ上げる感動をどう伝えたらいいのかわからなくなっていた。
その想いを、羽純の浴衣をぎゅっと握りしめることで表現した。
「私も──」
愛しています。
ぽすん、と羽純の胸に顔を埋め消え入りそうな声の囁きは、しかし、しっかりと羽純の耳に届いていた。
再び羽純の体温に包まれた歌菜は、まだ言ってなかったことを告げた。
「浴衣、すごく似合ってるよ。素敵」
「歌菜も。けど、あれだな。気持ちを花火にするのは思った以上に照れくさいものだったな」
「そうだね。でも、本当の気持ちだから」
「ありがとう。ところで歌菜、そろそろ顔をあげたらどうだ? せっかくの花火が見えないだろう」
「う、うん。もう少し……」
とても、とても恥ずかしくて顔をあげられない歌菜だった。
鮮やかに咲く夜空の花達に、言葉もなく見惚れていた山葉 加夜(やまは・かや)がようやく口を開いた。
「そういえば、涼司くんはヘタレって言われてたこともありましたね」
「加夜……花火見ながらそんなこと考えてたのか」
がっくりと肩を落とす山葉 涼司(やまは・りょうじ)。
その様子に加夜はつい笑ってしまう。
「すみません、いろんなことを思い出していたら何となく」
「どうせ思い出すならもっとカッコイイ俺を思い出してほしいもんだなぁ」
じとっと見つめられた加夜は、つと目をそらしてしまう。
「おい、何で目をそらすんだよ。まさか、何もないとか言わないよな? な!?」
涼司は加夜の肩を掴んで揺さぶる。
夫としては大事なことだった。
妻の記憶の中にヘタレの自分が大半を占めているなど、ショックにもほどがあるというものだ。
だが、加夜が目をそらしたのはそういう理由からではない。
涼司がヘタレと言われていたことは、本当にもののついでで。
(涼司くんに恋を自覚した時のことを思い出していたなんて、恥ずかしくて言えません……)
「か〜や〜」
「ヘ、ヘタレだなんて思ってませんから。思い出していたのは、涼司くんと出会ってからいろんなことがあったなあってことです」
「いろんなこと?」
「ええ。環菜さんやカノンさん、花音ちゃん……。それに校長として多忙な日々を送ってたこと。そんな涼司くんをずっと見てきたことを思い出してました」
「そうか……そう言われてみると、ここに来てからのことをゆっくり思い返すことなんてなかったな」
「そんな暇もないほど、次から次へと難問珍問が降ってきましたものね」
「本当になぁ、どうしてそんなにってほどにな」
「でも、それに立ち向かう涼司くんの傍にいて、私は心も強くなれた気がします」
涼司はただ微笑んで加夜を見つめた。
その時、スターマインが夜空を極彩色に染め上げた。
二人は夢の世界のようなそれを、眩しそうに見上げる。
まるでパラミタで過ごしてきた時間のようにも思えた。
加夜はそれに触れようと左手を伸ばしかけ……薬指に光る指輪に目をとめた。
その手をそっと下ろし、体の向きを変えて涼司の左手に重ねる。
そして、涼司の目をまっすぐに見て言った。
「涼司くん、子供が……できたの」
「……は? え、子供? マジで? また冗談じゃなくて?」
「ううん。本当の本当。三か月目です」
「え!? 大丈夫なのか、こんな外なんか出歩いて」
「大丈夫です。だから、今日はワンピースにしたんです」
涼司は納得したように頷いた。
彼は加夜が着付けた浴衣なのに、彼女はゆったりしたワンピースだったことを、内心では疑問に思っていたのだ。
「そうか、子供か。やったな! 加夜、体を大事にしろよ。無理するなよ。俺が何でもやるから、何でも言ってくれよ」
「少しは動いたほうがいいんですよ」
「そうなのか? じゃあ、ゆっくりな」
「はい。涼司くんみたいに、元気に育ってくれると嬉しいです」
加夜は愛しそうに腹部を撫でると、涼司の手を取り触れさせた。
涼司は不思議なものに触れるような顔をしている。
だがそれも、すぐに優しげなものに変わっていく。
「大切にするよ。加夜も、生まれてくる子も」
加夜は幸せそうに微笑んだ。
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