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黄金色の散歩道

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料理は愛情


 一緒にお菓子を作りましょうと白雪 魔姫(しらゆき・まき)に誘われた高原 瀬蓮(たかはら・せれん)は今、さつまいもと格闘していた。
 作るお菓子は二種類。
 ゴマをたっぷりまぶしたさつまいもスティックと栗の渋皮煮を使ったパウンドケーキだ。
 どちらも季節の素材を使ったものであり作り方も簡単なので、料理が苦手な瀬蓮も乗り気でいた。
 そして、魔姫の助言を受けながらさつまいもスティックから作り始めたのだが……。
 さつまいもをよく洗った後、約1cm角のスティック状に切る段階になって異様な緊張感を漂わせた。
 瀬蓮は包丁を握りしめ、慎重に慎重にさつまいもを切っていく。
 まるで危険物でも扱っているような真剣さだ。
「あ、あの、瀬蓮? さつまいもは爆発しないわよ」
「爆発……? えっと、気を抜いて切ると太さがバラバラになりそうなの。太かったり細かったりだと見た目も綺麗じゃないし、食べにくいでしょ」
「ああ、そういうことだったの。何だか余計な口出しをしてしまったようね」
「ううん。あの……どうやったら魔姫みたいに手早く切れるのかな」
 もうすでに綺麗にスティック状に切られたさつまいもが並ぶ魔姫のまな板を見やり、瀬蓮は羨ましそうに言った。
 こればかりは魔姫も苦笑するしかない。
「一番の近道は、何度も作ることね。そうしているうちにコツを覚えて短時間で綺麗に切れるようになるわ」
「何度もか……。でも、一人で作るのって何だかな……」
「それなら、目的を持って作るのはどう? たとえば、友達にも食べてもらうためとか、何かでがんばった自分へのご褒美にとか」
「それいいね! 目的があると作りがいがあるよね」
 素直に納得する瀬蓮に、ふと魔姫はちょっとした意地悪を言ってみたくなった。
「誰かのためでも自分のためでも、どちらにしろそれなりにおいしく作れないとがっかりしてしまうけれどね」
「そ、そうだった……! 瀬蓮のレベルじゃ、どっちもまだまだだね……」
 一変して肩を落とす瀬蓮に、魔姫はクスッと笑ってしまう。
「さあ、落ち込むのは後にして残りの分を切ってしまいましょう」
 魔姫に促され、瀬蓮は再び包丁を動かした。
 バターを溶かしたフライパンに放ったさつまいもが次第にきつね色になっていく。
 慣れた手つきで菜箸を動かす魔姫の隣で、瀬蓮はその変化を楽しげに眺めていた。
「瀬蓮、そろそろ塩を入れるわよ」
「はーい」
 魔姫の合図に合わせて瀬蓮は塩をひとつまみ振りかけた。
 魔姫はさつまいも全体に塩がなじむようにフライパンを揺する。
「次はきび砂糖ね」
「おいしそうになってきたね」
「つまみ食いはダメよ。とっても熱いから火傷するわよ」
「し、しないよ。もう、そんなに子供じゃないよ」
 頬をふくらませる顔がまさに子供のようで、魔姫は笑ってしまう。
 そして、きび砂糖の後にゴマを絡めて完成した。
 次は栗のパウンドケーキだ。
「うまくふくらんでくれるといいなぁ」
「レシピ通りやればうまくいくわよ」
「それでも失敗しちゃったら?」
「どこかで何かを間違えたのね。失敗作を食べながら反省するといいわ」
「厳しいなぁ」
「今日はワタシがついているから、きっとうまくいくわよ」
 頼りにしてます、と瀬蓮が返したところで作業開始だ。
 ボウルに入れたバターや砂糖、卵、牛乳、バニラオイルを泡立て器でかき混ぜながら、瀬蓮は魔姫に聞いた。
「お菓子以外にも料理してるの?」
「だいたいはエリスが作ってくれるけど……そうね、気が向いた時はね」
「そうなんだ。栗を見てて思ったんだけど、栗ごはんもおいしそうだなぁって」
「作ってみる?」
「きょ、今日はもういいよ」
「ふふっ。作りたくなったら声をかけて。一緒に作りましょう」
「うん、よろしくね」
 ボウルの中身がよく混ざると、ここで瀬蓮は魔姫と交代した。
 ゴムべらをもった魔姫は、ふるいにかけた小麦粉をボウルに入れ、混ぜ合わせていく。
「……うん、もういいかしら。粉っぽくないわよね。瀬蓮、栗を入れて」
「はーい、入れるよー」
 瀬蓮は、粗みじんに切った栗の渋皮煮をボウルに移す。
 魔姫がそれをざっと混ぜた。
 型に入れて整えれば、後は40分ほどオーブンで焼くだけだ。
 時計を見ると、焼きあがる頃はちょうど3時頃だとわかった。

 エリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)が整えたテーブルで、魔姫と瀬蓮は作ったお菓子でお茶にした。
 エリスフィアが選んだ紅茶は、お菓子にとてもよく合った茶葉だった。
「おいしい!」
 一口飲んでにっこりした瀬蓮に、控えめながらもエリスフィアは嬉しそうにした。
 次に瀬蓮は栗のパウンドケーキを食べると、何かを思う顔つきで一つ頷いた。
 魔姫が不思議そうにその様子を見ている。
「どうしたの?」
「おいしくできてるなと思って」
「あまりそういう顔には見えなかったけれど……」
「一人で作ったらこういうふうには仕上がらなかっただろうなぁって。今、おいしいお茶の時間を迎えられているのは魔姫のおかげだね」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわね。ところで瀬蓮は、料理をする時は何を考えながら作っているの?」
 急な質問に瀬蓮はしばらく考えてから答えた。
「レシピ通りにやるので精一杯かな。それでもどこかが抜けてたり、途中経過の写真と違ってたりするんだけど。魔姫は?」
「ワタシは食べてもらいたい相手を思うわ。今日だったら瀬蓮をね」
 瀬蓮は照れたように笑い、お礼を言った。
 それから魔姫は、正当な作り方じゃないかもしれないけれど、と前置きして続ける。
「食べさせる相手が決まっているなら、その人の好みに合わせるのも手ね。たとえば、甘党の人には通常のレシピよりも少し砂糖を足してみるとか、フルーツが好きな人にはフルーツの入ったお菓子を作るとか」
「そっか、そうだよね。それって自分のために作る時も当てはまるよね。レシピ通り作って味が濃いなって思ったら、次は調味料を加減するもん」
「ええ。それに『料理は愛情』ってよく言うけど、それって気持ちを込めることも大事だけど、相手のことを理解して考えてるからこそおいしくなると思うのよね」
「うん、わかるよ」
 瀬蓮は大きく頷く。
「次に瀬蓮が料理をする時は、誰を思うのかしら。やっぱりパートナーのアイリス?」
「うーん……誰かなぁ。このことを教えてくれた魔姫かな。進歩した瀬蓮を見てほしいかも」
「それは楽しみね。でも、あまり待たせないでね。いつまでも成果の報告がないと忘れちゃうわよ」
「が、がんばるよ……!」
 フォークを握りしめて力む瀬蓮。
 魔姫はくすくす笑い、いつか瀬蓮が成果を持って来てくれる日を楽しみに待つことにした。