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それぞれのこれから


 午後の陽光差し込む薔薇の学舎の寮の一室。

「もうお昼だし、サンドイッチでも食べる? 食べたくて作ったら思ったよりたくさん出来ちゃって、結構多いけど」
 皆川 陽(みなかわ・よう)は言葉通り結構多いサンドイッチをテーブルに置きながら近くで寛ぐテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)に声をかけた。
 途端
「食べる、食べる」
 テディは嬉々として飛んで来るなり椅子に着席した。物凄い速さである。何せ空腹と大好きな陽が作ってくれた物という事が拍車をかけているからだろう。
 さらにサンドイッチの具をぱぁと確認するなり
「おぉ、僕の好きな物ばっかり! どれから食べようかなー」
 感激とばかりに弾んだ声を上げてテディはあれこれ楽しそうに目移りをし始めた。
「…………(作り過ぎたって……何言ってんだか……最初から大量に作ったのに……本当、へこむな、この性格……何にでも言い訳や理由を求めてしまうとこ)」
 小躍りでもしそうなテディとは違い陽は冴えない表情。内心で先程の自分の言動、よく食べるテディのために作ったのにそれを口にせずさらりと自然に言い訳をした事にへこみ呆れの溜息を吐いていた。
 そんな陽の内心など知るはずもないテディは
「うん、美味しい……次は、これでその次は……あぁ、どれも美味しそうだー」
 あれこれとひっきりなしにサンドイッチを頬張っていた。
「……あのさ……永遠の愛ってあると思う?」
 陽はふと冴えない表情を真剣なものに変え、真っ直ぐに自分を愛してくれているテディを見やりながらさりげなく問うた。
「……えと……」
 不意の真剣な陽の問いかけにテディは食べかけのサンドイッチを手に考え始めた。
「……ん〜(永遠の愛かぁ。受け入れてもらったと思ってたのに最後には手ひどく拒絶されたり、終わったって思ってたのにまたこうして仲良くしてもらえたりでいつも堂々巡り……永遠の愛……)」
 何とか良い答えを陽にしたいと思いながらも答えを導き出す手助けをするこれまでの経験は紆余曲折で上手く形に出来ず口ごもる。
 しかし、
「ボクは、ないと思う」
 陽は上手い答えに悩むテディを急かしたり追求はせず話を続けた。
「ほら、口でなら何とも言えるよね。目に見えない物だから……現に今の自分がそういう気分で……その上、指輪まであるし」
 陽は自分の悩みなど知らずにテディに嵌められた輝く忠誠の指輪に目を落とし指でなぞった。形無き思いにあえて形を与えた物。
「……陽?」
 テディはなおも食べるのを中断して陽の話に耳を傾け続ける。
「……思うんだよ。将来にわたってずっとそうだっていう保証なんて誰にも出来ない。未来なんか誰にも分からないんだから。それなのに大事な事を簡単に口にして相手とどうにかなろうとするのは逆に不誠実なんじゃないかと……」
 陽はテディの指にある誓いの指輪にちらりと視線を向けながらも淡々と続ける。実はこの話をするきっかけにとサンドイッチを作ったのだ。
 ここで
「……はぁぁ」
 言いたい事を言い終えた陽は途端に盛大に溜息を吐いたかと思いきや
「……めんどくせぇ。本当にめんどくさい人間だよ、ボクは……全くめんどくさくて嫌いだよ……はぁ」
 自己嫌悪の連発。
「……つまり、陽は未来は分からないけど、今は僕を愛してるって事だよね? 僕も陽を愛してるよ」
 テディは長々とされた陽の話をコンパクトにまとめ、食べかけのサンドイッチを持ったままにこぉと嬉しそうに笑いながら自分の気持ちも伝える。何せ話の長さはともかく内容は自分を好いているという事だから。
「……今……そうなるのかな……というか……ボクがしようとしたのは将来の話で……いや、将来の話なんかすることは出来ないよねっていう話だから……つまり現在の話? まぁ、何でもいい。とにかく……」
 自分に向ける笑顔と言葉に飲み込まれそうになった陽は慌てて言葉を継いで
「この気持ちがずっと続くように、そういう自分であり続ける事が出来るように、努力することを約束するよ。ずっとね」
 自分の気持ちを伝える。
「僕も努力すると約束するよ。だって、この5年で学んだ気がするんだ。自分の望みだけ見つめてそれに執着するんじゃなくて、相手の意志を考えよう他者にも望みがあるって考えようって、自分の感情を尊重されるのは嬉しいから自分も相手にそうしようって」
 聞き手を務めていたテディはこれまでの事を振り返りながら自分も約束する。陽が頑張るのなら自分も頑張らなければ。互いに良好な関係を築き続けるためには両方の努力がいるから。
「……というと、やっぱり僕が言ってた通りだよね?」
 テディがにかぁと嬉しそうに笑った。何やかんやと言いながらも結局は愛しているという事に辿り着く。
「……そうなるのかな……というか、将来の話がしたかったのに、なんか現在の話になっちゃったじゃん!」
 テディの言に納得しつつも話がしたかった将来ではなく現在になっている事に気付いた陽は突然逆ギレ。
 そして
「ええい食え。黙って食え。オマエのために作ったんだから食え」
 サンドイッチをテディの口に次々と無理矢理押し込んでいく。
「……僕のためって、さっき、作り過ぎたって言ってたけど……」
 テディは食べかけのサンドイッチを持ったまま必死に放り込まれるサンドイッチを消化しつつ陽の言葉に疑問を挟んだ。
 それが
「……あのなぁ、そんな話信じるなんて……だからオマエは駄目なんだよ! そもそも何でオマエの好きなものしか入ってねぇんだよ!」
 ますます陽の逆ギレに火をつける。
「……確かに……というか、話した事もないのにどうして好きな食べ物を全部把握してるの……そういう所好きだけど(それにちゃんとこっち見て話してるようでいて最後にこうやってキレて自分の事だけ叫び出すっていうところもすごく好きだけど……)」
 言われて納得したテディは嬉しそうに余計な事を口走る。逆ギレされても一切の嫌悪感はない。何せ全てを含めて好きだから。
「……好き嫌い程度なんか聞かなくても普通分かる」
 恋人としてはあまりにも間抜けな言動に陽はぴしゃりと言い放ち、テディの口にさらにサンドイッチを押し込んだ。聞かなくても最愛の人の好物を知っているとはまさに愛する気持ちが続く努力の一つだろう。そもそも端から見たら陽のやっている事は恋人定番のあーんという食べさせるアレだったり。
「むぐぅ」
 テディは口いっぱいになったサンドイッチを必死に消化しながらも幸せであった。
 大好きな人と過ごすこの時間がとても愛おしくて。それは当然陽も同じだった。

 午後の眩しい光が差し込む薔薇の学舎の寮の一室。

「……あぁ、もう昼かぁ」
 寝ていたユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)は夕べの徹夜でまだぼんやりする頭のまま目を覚まし欠伸を一つ。
 ふと隣から
「……騒々しいなぁ。何か始めてるのかな」
 何とも騒々しい音が聞こえ気になったユウはぼんやりしていた頭を急いで覚醒させ、自室を出て隣の部屋、陽とテディが食事中の部屋へ足音消して向かった。

 陽達がいる部屋の前。

 声をかけて中に入る事はせず、
「……」
 ほんの僅かに開いた扉からそーっと中を覗き込んだ。
 そこでは陽に見守られながらサンドイッチを食べるテディがいた。

「……(お昼か)」
 そう言えばそんな時間だなと思いつつもユウは口には出さず、静かに二人の様子を黙って見ていた。
 すると陽は何やら永遠の愛云々とか話し始めた。
「……(……自分は……己の、そして彼の愚かさが招いた悲劇を修正したくて過去に来たけど……)」
 やり取りの内容を聞きつつもユウは別の事、未来人らしい事を考えていた。隠してはいるが、実はユウの本名はヨウ・アルタヴィスタ。パートナーロストで壊れてしまった伴侶を救うため、自分とその運命を変えたくて現在に来た陽の未来の姿。
「……(これが結果か……過去の改変には成功して喜ばしい事だし、自分の望みだったけど)」
 ユウは食い入るように陽達を見つめる。その視線は目的が達成されたにも関わらずどこか寂しげで切なさがあった。
「……(成功したとしても……それで幸せになるのは自分じゃない……よく考えたら分かる事……)」
 ユウは改めて突きつけられた事実にますます胸が痛くなり頭は考えても詮無い事で堂々巡り。
「……(……二人の幸せを祝福したいし自分達のようになって欲しくないけど……)」
 ユウは自分が心から二人を祝福していない事を知っていた。
「……(……呪わしいな。あの声もあの笑顔も心も愛も……あの男の全ては自分のものだった……本当に考えても仕方が無いしいけないと分かってる。分かってるけど返せとすら思ってる)」
 ユウは切なさと愛おしさがないまぜになった眼差しでテディを見つめ自分の中に横たわる黒々とした感情を感じていた。彼をいや、未来世界の彼を愛しているからこそ余計に強く思い、やるせなさも酷くなる。
 感情はともかく頭では分かっているのだ。
「……(どんなに欲しても自分のじゃない。こっちの世界の幸せはこっちの自分のもの)」
 目の前の幸せは自分のものではないと。いくら陽が自分だとしても。
 ユウは逆ギレを始めた陽を見るや
「……」
 そっと幸せな恋人達に背を向けた。
 そして
「…………次の生きる目的を探さないとなー……」
 最大の目的を完遂した実感と共におもむろにつぶやきを洩らしてから
「……ボクは永遠の愛を誓ったキミを、救えたのかなぁ」
 ユウは宙を仰ぎ、最愛の人に思いを馳せた。心に浮かぶその人は愛しさと優しさに溢れる笑顔をユウに向けていた。