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リアクション
【西暦2023年 3月1日】 〜〜
泉 椿(いずみ・つばき)は、走っていた。
手には、パラ実の卒業証書が握られている。
卒業証書と言っても、ホームページにアップされているのを、自分でプリントアウトして、名前と日付を自分で書き入れるという、本当に『証書』として通用するのかどうか、甚だ疑わしいシロモノだ。
しかし、椿の卒業証書の名前と日付の欄は、空欄のままだ。
椿は、そこは御上 真之介(みかみ・しんのすけ)に書いてもらうつもりでいた。
椿にとって先生とは、御上の代名詞のようなモノである。
今日は、椿が高校を卒業した日。
そして、告白の返事を、御上から聞く日である。
正直椿は、自分が御上に選んでもらえるとは思っていない。
自分の恋敵は、あの五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)なのだ。
容姿も、スタイルも、教養も、女性らしさも、自分が円華より優れている所など、椿は何一つ思い浮かばない。
もちろん、腕っぷしなら円華に負けるはずもないが、女性的魅力という視点で考えた場合、これは全く問題にならないというか、むしろ不利な要素になるかもしれない。
でも椿は、不思議と悲しくは無かった。
(例え先生が円華を選んだとしても、アタシは、一生先生の側にいて、一生先生を守る――!)
その『想い』に、迷いは無い。
椿は、御上が待っている、広城の庭に向けて、最後の階段を駆け上がった。
「先生――!」
椿は、早咲きの桜の樹の下に御上の姿を認めると、駆け寄った。
「ああ!早かったね、椿くん」
御上が、笑顔で椿を迎える。
椿の胸が、チクリ、と痛んだ。
「先生、アタシ、卒業したよ」
御上に、卒業証書を見せる椿。
「名前と日付、書いてないけど。ホラ、パラ実ってとにかくいい加減だから、卒業証書も自分で書くことになってて。でも、先生に書いて欲しかったから――」
「わかった。それじゃ、後で書こう。今は、筆も炭も無いしね」
「そ、それでさ先生!あの――告白の件……だけど……」
始め、うわずっていた声が、急速に尻すぼみになっていく。
(しっかりしろ、アタシ!)
椿はパンッ!と両の頬を叩いて活を入れると、キッと顔を上げた。
「先生!約束の告白の返事、聞かれてくれよ!アタシなら、大丈夫だから!」
フワッ――。
気がつくと、椿は、御上に抱きしめられていた。
「ありがとう、椿くん」
「え?……え?」
何故、自分は抱きしめられているのか。何故、お礼を言われているのか。
椿には、訳が分からない。
「君に告白されてから今まで、僕はずっと、君の事を見ていた。君は、一生懸命勉強していたね。それも、健康に関する事ばかり――僕の身体の事を、気遣ってくれたんだろう?」
「だ、だって、アタシ頭良くないから、難しいコトはよくわからないし……。それでも、身体のコトとか栄養のコトとかなら、まだ分かるかなって……」
「それに、料理も頑張ってた」
「アタシ、料理も下手だから……」
「そんな君を――僕のためを思って、一生懸命に努力している君を見ていたら、思ったんだ。もしかしたら、君となら、やり直せるんじゃないかって」
「やり直す……?」
「僕はね、椿くん――」
抱きしめた時と同じ様に、そっと椿の身体を話すと、御上は、話し始めた。
「僕には昔、付き合ってた女(ひと)がいてね。僕は、その人の全てが好きだった。でも……。その人は、違ったんだ」
御上は、一瞬悲しげな顔をした。
「その人は、僕の外見が好きなだけだったんだ。それを知った時、僕は酷いショックを受けた。それからだよ。僕が、メガネを掛けるようになったのは。そしてそれから僕は、人を愛せなくなった――人を好きになるのが、怖くなったんだ」
「好きになるのが、怖い……?」
「そう。例え、どれだけ僕のコトを好きだと言ってくれも、僕の外見以外を愛してくれていたとしても……」
「そうだったんだ……」
「でも、僕のコトを思って、僕ためだけに、必死に努力してる君を見ていたら、信じられるかもって、そう思えたんだ。だから、椿くん――」
御上は、そっと椿の手を取った。
「僕と、付き合って欲しい」
「先生……。ホントに、ホントにアタシでいいの……?円華じゃなくて……?」
「君でないと、ダメなんだ」
「せんせぇっ!」
椿は、御上の胸に飛び込んだ。
喜びのあまり、次から次へと、涙が溢れてくる。
「先生……。アタシ……、アタシ嬉しい……!これ、ホントだよね?夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ、ほら――」
御上は、椿のあごに手をかけると、そっと上を向かせ、口づけをした。
「――ね?夢じゃないだろう?」
「夢じゃない……。夢じゃないけど……夢みたい……」
椿は涙を拭って、照れくさそうに笑った。
「ホントにアタシ、先生の彼女なんだよね!」
「そうだよ。さっきっから、何回聞いてるんだい?」
「だって、なんだか全然実感が沸かなくて……」
御上と椿は、手をつないで、桜の木の下を歩いていた。
「これから、初デートしようか?何がしたい?」
という御上の質問に、椿が
「じゃあ……散歩したい!」
と言ったためである。
「先生、知ってる?こうやって散歩するのって、身体にいいんだぜ」
「知ってるよ。椿こそ、僕の趣味がトレッキングだったの、忘れちゃったのかい?」
「あーあーあー!そうだそうだ!先生、トレッキング中に樹の精にさらわれちゃったんだっけ――って。先生?」
「なんだい?」
「今アタシのコト、なんて呼んだ?」
「え?『椿』って呼んだけど?」
「よっ、呼び捨て――!」
「だって、彼女に『くん』づけはおかしいだろう?かといって、『さん』づけするには年下過ぎるし」
「それはそうだけど……」
「イヤなの?」
「そうじゃなくて!その……、ちょっとだけ、恥ずかしくて……」
「なら、『くん』づけに戻す?」
「それはダメ!もう!先生のいじわるだよ〜!」
「なら、このままでいいよね、椿?」
「うん、いい……」
口ではそう言いつつも、やはり恥ずかしいらしく、椿の顔は朱く染まっている。
御上の顔が中々直視出来なかった事と言い、どうやら椿は、人一倍恥ずかしがり屋のようだった。
「それじゃ、椿も僕のコトは『先生』じゃなくて、名前で呼んでくれないと」
「な、名前って――」
「真之介って」
「ムリ!それはムリ!!せめて『真之介さん』にして!」
「んー……しょうがないな〜。まぁいいよ、それで。じゃ、早速呼んでみて」
「し、真之介……さん……」
元々朱かった椿の顔が、耳まで真っ赤になる。
「良く出来ました♪」
「う〜、ヤッパリ恥ずかしい……」
「早く慣れようね、椿♪」
「わ、わかってるよッ!」
ふくれっ面をして、プイ、と横を向く椿。
それでも、つないだ手は決して離そうとしない。
「し、真之介さん?」
「なんだい?」
「ずっと……ずっとアタシと一緒にいてね」
「いいよ。約束だからね」
御上は、椿の手を引き寄せると、この日何度目かのキスをした。
ためらいがちに、自分からもキスを求める椿。
今までよりも少し長い、大人のキスになった。
「真之介さんっ!」
「うん?」
「アタシ今、スッゴイ幸せ!!」
椿は、まるで猫のように目を細めて、御上の胸に埋まった。
そんな椿に優しいまなざしを向け、愛おしそうに抱き締める御上。
風に散った桜の花びらが、まるで二人を祝福するかのように、その周りを舞った。
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