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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~

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【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2024年 8月2日 午前】  〜対談 四州開発銀行総裁&連邦軍総司令〜

「あ〜、終わった終わった〜ぁ!終わりましたよ〜っと……」

 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、これ以上ないくらい投げやりに言うと、自室のベットに倒れこんだ。
 スプリングのよく効いたベッドが、光一郎の身体を跳ね返し、フカフカの布団が心地よく包み込む。
 この寝具一式は、四州開発銀行総裁の権限をフル活用して――要するに、駄々をこねただけだが――シャンバラから特別に取り寄せたお気に入りの逸品だ。
 職権濫用といえばその通りだが、このくらいの役得はあってもいいだろう、と思う。

 思えばあの時――。
 四州開発銀行の必要性を広城 豊雄(こうじょう・とよたけ)御上 真之介(みかみ・しんのすけ)に説き、その必要性はすんなりと納得してもらえたものの、「じゃあ、誰がやるの?」という話になり、「なら、言い出しっぺがやれば?」と言わんばかりに光一郎が指名されたあの時だ。

「やっぱ、断っとけば良かったかなぁ……」

 あの時はつい嬉しくて、後先考えずに二つ返事で引き受けてしまったが、どう考えても貧乏クジを引かされたような気がしてならない。
 だいたい自分は、金融などズブの素人なのだ。
 銀行の総裁なんぞ、四州開発財団のツテで、大手行なり財務省なりのOBあたりを、引っ張ってくれば良いではないか――。

 このところ光一郎は、3日に1回はこんなコトを考えている。
 実のところ、光一郎が開発銀行の総裁に指名されたのは、彼の『愛弟子』であり、それ故に彼の才能を一番良く知る広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)が、「この人は、このまま野に埋もれていい人ではない」と、強力に推挙したからなのだが、そんな裏事情は光一郎は知る由もない。
 

「あー……、もうムリだ。もう動けねー……」
「そうか、動けないか。なら、長谷部殿にこちらに来てもらうか」
「んー……あー……そうしてくれー……って、鯉!?」

 背後からのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の声に、ガバッと上体を起こす光一郎。
 部屋の入り口に、オットーが立っている。

「先程から、長谷部殿がお待ちかねだぞ。どうする?本当に、ココに来てもらうか?」
「……いや、やめとく。うっかり押し倒されたりしたら、洒落にならん」

 光一郎は、どっこいせ、とベッドから身体を起こすと、今一つ覚束ない足取りで、部屋を出て行く。
 長谷部と光一郎とは、昵懇の間柄である。
 長谷部は、「東野藩に仕えるのは嫌だが、光一郎に仕えるのならば良い」と真顔で言うほど光一郎に入れ込んでおり、光一郎はそれを迷惑がりながらも、長谷部の有能さとその人柄を買っている。
 あと少しばかり光一郎に素直さがあれば、刎頚の友ともなっていただろう。
 あるいは衆道の間柄かもしれないが。

「あー……、頭イテー……」
「二日酔いか」
「ああ。なんか、気付けになんかくれや」
「……迎え酒か?」
「酒以外で頼む」

 昨夜光一郎は、晩餐会終了後、二次会、三次会と渡り歩いては、手当たり次第に四州開発国債を売り込んで廻った。
 努力の甲斐あって随分と出資者をゲット出来たのだが、その代償がこのヒドい二日酔いと言う訳だ。
 正直自分でも、カゲノ鉄道株式会社との融資契約調印式を乗り切れたのが、不思議でならない。

「だいぶお疲れのようだな、光一郎殿」

 野太い声が、二日酔いの頭に響く。
 声の主は、四州連邦軍大将にして陸軍総司令、長谷部 忠則(はせべ・ただのり)だ。

「各州から兵を募り四州連邦軍を編成。することは治安維持と戦後復興。東野からは近代戦術に通暁し、実戦経験も豊富な長谷部隊を供出。東野が最精鋭を出せば、軍内の主導権が握れる」

 光一郎のこの献策が、反乱軍の敗将に過ぎなかった長谷部を、軍のトップにまで押し上げたのだった。
 もし光一郎がいなかったとしても、『四州島の人間で、近代戦術や軍制に通じた人間』という条件で探せば、自ずから長谷部に行き着くのだが、それでもやはり光一郎の説得が無ければ、反乱軍の将官だった長谷部に東野の兵を任すという決定を、豊雄や雄信が下す事は無かっただろう。

「あー……。昨日、鷹城 武征(たかしろ・たけまさ)に飲まされすぎた……。くそぅ、あのウワバミめ……」

 頭を抱えてテーブルに突っ伏す光一郎に、オットーがお茶を出す。
 渋めのお茶が酒浸りの身体に染みわたり、光一郎は少し頭がしゃっきりするのを感じた。

「今日、帰るのでな。暇を告げに来た」

 長谷部の言は、あくまで簡潔である。
 それが今の地位と相まって、長谷部に年齢以上の威厳を与えている。
 これでも長谷部はまだ、30代だ。

「そうか〜、達者でな〜」

 テキトーに手をヒラヒラさせる光一郎。
 長谷部は、そんな光一郎の無礼を咎めるでもなく、ただ笑って見つめている。

「今年の稲の生育状況は、上々だ。この分なら、今年も豊作だろう」
「お〜、そうか〜……。早いとこ、米蔵を一杯にしてくれよ〜。頼むぞ〜……」

 光一郎の表情が、少し明るくなった。
『景継の災い』による洪水と、それが引き起こした飢饉、そしてその後の戦乱によって、東野藩の穀物倉庫はすっかりカラになってしまっている。
 一刻も早く、これを元通り食糧で満たさねばならない。

 実は、光一郎の献策は、もう一つあった。
 それは、屯田である。
 光一郎は屯田制を、『景継の災い』で荒廃した国土の復旧と、廃藩と士分制度廃止により発生した大量の浪人の再就職問題をまとめて解決出来る一石二鳥の策であると説いた。
 この献策を、光一郎から日本の近現代史を学んでいた雄信も支持。率先垂範、と言う事で、未だ連邦軍への所属の定まらない内から、まず長谷部隊に実施させた。
 いち早く長谷部隊に屯田を実施させ、成果を示す事で、連邦軍への屯田制の導入を狙ったのだが、これが見事に図に当たった。
 今では、四共和国に散る連邦軍全てで屯田が実施されているだけでなく、この屯田を手本とした元武士の農業への再就職も順調に進んでいる。

「心得た」

 長谷部は、再び短い応(いら)えを返すと、静かに茶を飲み干し、席を立った。
 退出しようとした長谷部の歩みが、不意に止まる。

「そうそう、昨日の植樹式だがな、あれは良かった」
「あれは、それがしの発案でござる」
「おお、鯉殿の思いつきであったか!」
「長谷部殿。それがし、鯉ではござらぬ」

 長谷部の言う植樹式というのは、昨日の四州連邦成立記念式典の一番最後に行われた、【世界樹の苗木ちゃん】の植樹式の事である。

「いつか、この苗が天を覆うほどの大樹となり、世界樹の一つとなり得た時、この四州もまた、世界中の国から認められる、真に独立した国家となって欲しい」

 という、願いを込めた植樹であった。

「ハッハッハ!そうであったそうであった。では光一郎、オットー殿。いずれ、また」
「待たれよ長谷部殿。まだ話は終わっておらぬ――」

 大きな笑い声を残して、長谷部は光一郎の屋敷を後にした。

「あー……。だから長谷部声デケーって……。頭イテー……」

 光一郎は結局、この後まるで使い物にならなかったばかりか、その次の日も三日酔いに悩まされたのだった。