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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2027年6月??日


 瀬島 壮太(せじま・そうた)が目を覚ましたのは、八時少し前だった。台所から、調理の音がする。紡界 紺侍(つむがい・こんじ)が朝食を作ってくれているらしい。壮太は一度枕に顔を埋めてから、身体を起こした。あくびをし、眠い目をこする。
 スウェットから着替え、脱いだ服を持って部屋を出、洗面所へ向かう。洗濯機の中に服を放り込んで、洗濯開始のボタンを押した。
 顔を洗って歯を磨きながら、今日の朝飯なんだろ、と考えた。きんぴらだったらいいな、と思う。たけのこの、甘じょっぱいやつ。紺侍がよく作るうちに、たけのこのきんぴらが好きになってしまった。これまでに食べたことなんてほとんどなかったのに。
 そうやって好みが変わっていくのは、なんとなく嬉しい変化に思えた。同時に、紺侍も壮太をきっかけに好きになったこととか、ものとか、あるのだろうかと考える。あればいいな、と思いながら台所へ向かった。
「おはよ」
「はよっス。ご飯もうすぐなンで、ちょっと待っててくださいね」
「うん。飲みもん淹れて待ってる。おまえ何飲む?」
「あー、冷蔵庫の牛乳」
「これ以上でっかくなんの」
「違ェし。賞味期限」
飲み物を用意しているうちに、食卓に朝食が並んだ。たけのこのきんぴらも、ある。
「おまえってエスパー?」
「え? なンで?」
「あれ食べたいなーって思うと出て来るから」
「ハハ。そりゃ良かった」
「うん。食べようぜ」
 向い合って座り、手を合わせていただきます、と言った。
「やっぱこれ美味い」
「マジすか」
「マジっす。また作って」
「多めに作って冷凍してあるからいつでも出せますよ」
「おまえ主夫だなー」
「主夫っスよー」
 なんて、言い合いながら机の下、つま先で紺侍の足を小突く。なんスか、と小突き返してきたのでなんでもない、と少し笑い、陽の光が差し込む窓の外を見る。
「今日は天気良さそうだな」
「一日中晴れるそうっスよ。気温も安定してて過ごしやすい日になるでしょうって」
「そっか。いい日になりそうで、良かった」
「今日ですもんね。挙式」
「うん」
 壮太が紺侍と一緒に暮らすようになったのは、2026年の春のことだった。
 お互いに大学を卒業したすぐ後に入籍し、前々から目星をつけていたこのアパートに引っ越してきた。
 閑静な住宅街にある2DKの賃貸アパートで、駅までは徒歩で20分。少し離れているけれど、別に不満は持っていない。
 卒業後、壮太はめでたく幼稚園教諭になった。勉強も実習も疎かにしたつもりはなかったが、それでも最初は戸惑うことも多かった。
 忙しくて、しかもそれは写真関連の仕事に就いた紺侍も同じで、暮らし始めた当初はすれ違うこともあったけれど、特に問題なく今日までやってこれた。
 式を挙げよう、という話が出たのは、生活や仕事にも慣れ落ち着き始めた年の瀬のことで、それから準備でばたばたと日々を過ごし、あっという間に今日を迎えた。
「式、午後からだったよな」
「っスね」
「何時に家を出ればいいんだっけ」
「昼ごろじゃないスか?」
「じゃ、それまで家のことやってよ」
 ごちそうさまでした、と手を合わせて食器を片付け、「オレ洗い物やるから」と紺侍に声をかけると「壮太さんも主夫っスね」と笑われた。
「紡界には負ける」
 と返してから、あ、と思った。
「間違えた。オレも紡界だった」
「もう一年経つのに。うっかりさん」
「うっせ」
 入籍時、どちらの苗字にするかという話をした時、「おまえの姓にしたい」と言ったのは壮太だった。
 家族が欲しくて。
 それをわかっているからだろう、紺侍は何も訊かずに頷いた。真理子も、それを喜んでくれたという。
 食器を洗って、洗濯物を干して、風呂掃除をして、といつも通りの休日の朝のような過ごし方をして。
「なあー、紺侍ー」
 掃除機をかけながら、壮太は紺侍に呼びかけた。
「はいー?」
「オレの居場所になってくれてありがとな」
 今日は特別な日だから、ちゃんと伝えておきたくて。
 でも面と向かって言うのは恥ずかしかったので、ながらで言うと、後ろから抱きしめられた。
「……、何」
「なンとなく」
「……掃除できねんだけど」
「じゃオレ一緒に動く」
「おまえ、婚約した時くらいからデレッデレになったよな」
「だって、もうオレ、デレッデレになっても許されるじゃないスか」
 確かにそうか、と思ったので、それ以上何も言わず掃除を続けた。
 動きづらいし暑かったが、すぐ傍に安心できる体温があるというのはいいことだ、と壮太は思う。
 ずっと欲していた、自分だけの居場所。
 そう思える相手に会えて、思いが通じて、一緒に暮らせている今が本当に幸せだ。もっとも、その相手が同性で、入り婿になろうなんて想像はしていなかったけれど。
 終わりよければ全て良し、と思った後で、挙式って人生の門出だよな? じゃあ始まり? と首を傾げた。
「どしたんスか?」
 壮太の動きに、きょとんとしたような声を上げる紺侍を見て、終わるのは勿体無いし、始まりだよなあ、と呟いた。
「? なンのこと?」
「内緒。……あ、やべ、もう支度しなきゃ駄目じゃん。ほらおまえも離れて」
「はァい」
 支度をし、戸締まりをして、家を出る。
「世界一幸せな式にしような」
 柔らかく微笑んで、ヴァイシャリーの小さな教会へと向かった。


 結婚式まで、あともう少しとなった。
 ミミ・マリー(みみ・まりー)は、ソレイユにてマリアンの支度が終わるのを待っている。
「壮太の結婚式、か」
 青い空を見上げながら、ぽつりと呟く。
 壮太がいなくなった下宿に住んでいるのは、今はもうミミだけとなった。壮太とはずっと一緒に住んでいたから、はじめの頃はぽっかり穴が空いたようになったけれど、今はもうそれにも慣れてきた。
「寂しいのか?」
 という声に振り返ると、子供たちを連れたマリアンが立っていた。ミミがぼんやりと考えている間に、支度を終えていたらしい。
「少しはね」
 だけど、壮太は自分の居場所を見つけて、色々なものに向き合って、そこに落ち着くことができた。
 それを祝福しない理由なんてないから、ミミは笑う。
「僕も早くやりたいことを見つけて、前に進まないとね」
 そう言って、ミミは歩き出した。
 教会までは、ここから近い。
 壮太たちは今頃式のリハーサルでもして、笑い合っていることだろう。
 早くその姿を見たいな、とミミは思った。