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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2025年10月31日


 一年に何度か、気まぐれに遊びに行く間柄。それが、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)とクロエの関係だ。
 遊びに行くのは、バレンタインやクリスマスといった行事の時ばかりではなく、桜が咲いたから花見に行こうだとか、雪が降ったから雪遊びをしよう、といった他愛のない理由も多い。本当に、ただの気まぐれだ。クロエの怒る顔が見たい、と思って行くこともあれば、リンスの作る人形を見るために行くこともある。
 そんなわけで、今日スレヴィが人形工房を訪れたのも思いつきだった。
 朝起きて、今日がハロウィンだということを思い出し、クロエならきっと何かしらやっているだろう、リンスもハロウィン仕様の人形を作っているかもしれない、と考えていたら工房に来ていた。
 躊躇いなくドアを開けると、音に気付いてクロエがこっちを向いた。あ、と言いかけたのか、口が開く。スレヴィはつかつかと大股で近付いた。もちろん、例のセリフを口にして。
「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞー」
 後ろ手に回していた手から、ばっ、と花束を取り出す。オレンジのバラと、カスミソウで作った花束だ。
 イメージは物語に出て来る王子様のように傅いて渡す様だったが、現実は、勢い余ってクロエの顔に花束を押し付けてしまった。イメージなんて所詮理想、かくも儚いものである。
「わぷっ」
 と可愛らしい声を漏らしたクロエは、わたわたと両手を振っている。見たことのない反応だったので、ひとまず満足した。花束をどけてやる。
「スレヴィおにぃちゃん! なぁにこれ!」
 するとさっそくぷりぷりとした声が飛んできた。元気なものだ。スレヴィはけろりとした調子で、「花束」と当然のことを答える。そして改めて、傅いて花束を差し出した。これにはクロエも戸惑ったようだった。
「いい香りだろ?」
「う、うん……くれるの?」
「そのために持ってきた」
「! ありが――」
「で、お菓子は?」
「……スレヴィおにぃちゃんって、やっぱりいじわるだわ!」
 わかっていたことじゃないか、とスレヴィは肩をすくめてみせた。事実、その通りだったのだろう、クロエは大して怒った様子もなく「しかたないわねー」とキッチンに歩いて行った。スレヴィも、後を追いかける。
「はい! あげるわ」
 追いついた先で渡されたのは、綺麗に焼けたマドレーヌだった。
「おーありがとう! クロエならちゃんと俺の行動を予測して取っておいてくれるんだろうなって思ってたよ。ところでなんでマドレーヌなんだ? カボチャのお菓子じゃないのか、普通」
「マドレーヌがたべたかったの」
「俺、クロエのそういう欲望に素直なところ、好きだよ」
「おせじね、ありがとう」
「……見た目はちっとも変わらないくせに、大人びたこと言うようになったなぁ。ほんっと、見た目はきっちりお子様のくせに」
「そのおこさまにおかしようきゅうしてるくせに。それ、かえしてくれたっていいのよ?」
「嘘うそ、嘘だって。だからお菓子取り上げないで!」
 さっと伸びてきた手から、スレヴィはマドレーヌを守る。フリだったのだろう、クロエはすぐに手を引っ込めた。
「いやいや、クロエはもう立派なレディだよ。俺が教えることは、もう何もないな……」
「おこさまっていってたくせに」
「今は、中身の話。見た目は……うん、見た目は……そうだな、リンスにもっと凹凸をつけてもらうしかないんじゃない? あ、それいいかもしれないな。色っぽいクロエも見てみたい気がするし。来年あたりどう? スリーサイズは――」
 クロエが止める間もなく話し続けていると、ついに変な目で見られた。あれは初めて見る目だ。蔑みの目だ。威厳や尊厳を守るため、スレヴィは「冗談だよ」と再び肩をすくめた。
「相変わらず、生真面目で頑固で素直で怒りん坊だな」
「スレヴィおにぃちゃんがへんなこというからよ」
「あんまり怒ってばかりだと皺が寄るぞ」
「だから、スレヴィおにぃちゃんのせいじゃない」
「俺が怒らせてるって? そうかなぁ。クロエを喜ばせようと知恵を絞ってるつもりなんだけどなぁ」
「あいにくだけど、どりょくのほうこうおんちっていうのよ、それ」
「上手いこと言うじゃん。座布団一枚……と思ったけどないからこれをあげよう」
 手を出して、と促すと、クロエは素直に手のひらをこちらに向けた。その上に、きちんとラッピングした小さな袋を置いてやる。
「なんと、俺の手作りクッキーだ」
 しかも、袋はハロウィン柄だしリボンの色は紫と橙のハロウィンカラーだ。中身のクッキーもかぼちゃの形を模してみたり、ハロウィンに倣ってみた。
「かぼちゃの形はかぼちゃクッキー。こっちの黒い星はココア味だよ。変な細工はしてないから、安心して食べな」
「スレヴィおにぃちゃんにそういわれると、はんたいにうたがっちゃうわ」
「してないしてない。いくらハロウィンだからって、そんな魔法使いみたいな真似できるわけないよ。食べたらかぼちゃになるなんて細工、できっこない」
「したの!?」
「してないって、ほら思い切ってどうぞ! それとも食べさせてあげようか?」
「いやー!」
 ぱたぱたと駆け出していくクロエの後ろ姿を見て、スレヴィは声を上げて笑う。
「やっぱりクロエは素直で可愛い」
「あんまりいじめないでね」
「おっと」
 楽しすぎて気付かなかったが、いつの間にかリンスがこちらを見ていた。保護者に見られていたバツの悪さを本日三度目の肩すくめでかわす。
「可愛い子はついからかっちゃうんだ。リンスも男ならわかるだろ? ……あ、そうそう。これ、さっきクロエに渡しそびれたクッキー。本当にただのクッキーだから、食べて」
「うん。ありがとう」
「さーて、店内ざっと見たら帰るかな」
「早いね」
「クロエをからかいすぎちゃったからな。また近々、お詫びでも持って遊びに来るよ」
 ひらひらと手を振って、スレヴィはリンスに背を向ける。
 次はどんなことをしてからかってやろうかなぁ、なんて、懲りずに考えながら。