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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2024年10月31日・夜


 今年もまた、夜遅くなってしまった。テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、時計を見ながら眉を下げる。
 それでもやっぱり、待っていてくれたのだろうか。まだ点いている工房の電気を見て、テスラの口元が緩む。
 コンコン、と控えめに二度、工房の戸を叩く。扉の向こうで、人が動く気配がした。足音が聞こえてきて、それから一拍。ドアが、開いた。リンスの顔を見て、テスラは微笑む。
「トリックアンドトリック。噛みまみた」
 前にも言った言葉に、リンスは少し笑ったようだった。
「……お変わりないようで」
「いいえ。そんなことありません。前よりもずっと、リンス君のことが好きですよ」
 こんなにすんなり言えるほど、常に想っているということに、リンスは気付いているのだろうか。きょとんとした顔を見るに、気付いていないような気がする。恥ずかしいから、それでもいいような、寂しいような。
「ところで、仮装にツッコミはなしですか?」
 工房に招き入れられてから、テスラは小さく首を傾げながら言った。今年は、少し趣向を凝らしてみた。と言っても布をかぶっただけの言葉遊びなのだけど。
「私もレイスになってみました」
「レイス」
「はい。リンス君は、リンス・レイス。今の私はレイスのテスラ。……」
 ふと、言ってから気付いた。この言葉遊び、重いと思われたりしないだろうか。だってこんなの、まるで、
「なるほど。上手いね」
「……ですよねー」
「? 何が」
「いえ。なんでもないです。……あっ、そうだ。言い忘れてました」
「うん?」
「ただいま」
 にっこりと、とびきりの笑顔でテスラは言う。
「おかえり」
 リンスは対照的に、でも彼らしいとも言える淡々とした調子で返す。
 いつも通りのおかえりと、いつも通りのただいま。
 それでも、たったこれだけのやり取りに胸は高鳴り、暖かくなる。
 何度もここに来た。何度も同じやり取りをした。だけど消えないこの気持ちは、きっと、あと何回繰り返しても変わることはないだろう。
 学園を卒業して、テスラを取り巻く環境は変わった。人と触れ合う仕事に就いて、考え方やものの見方も変わった。
 だけどいくつか、もう三年以上も変わらないものがある。
 届けたい音があって、聞いて欲しい歌があって、分かち合いたい楽しさがあって。
 それらすべてを、一番に伝えたい人がいる。
「今日ね。レコーディングが一回でOK出たんですよ」
「それってすごいんじゃない?」
「はい。すごいことですよ。褒めてください」
「よく出来ました」
「でも打ち合わせが長引いてこんな時間になっちゃいました」
「大丈夫? ちゃんと寝てる?」
「それはこっちのセリフです」
「俺は平気。日付が変わる頃に眠くなる体質だから」
「そうなんですか、知らなかった。結構、健康的ですね」
 こんな風に、話して、知らなかったことを知ることができて。
「リンス君、三年前の約束覚えてます?」
「テスラ人形を作る」
「はい。今ね、改めて反省してるんですよ」
「反省?」
「リンス君にばかり難しいお題を出してしまったな、って」
「ああ」
「だから私も頑張りました。今日打ち合わせが長引いたって言ったじゃないですか。あれね、新しく出すアルバムの話してたんです。アルバムのタイトルは、『私とリンス君』」
 鞄に入れておいたCDケースを取り出すと、リンスは驚いたように目を瞬かせた。何も言わないあたりが、本当に驚いているようで、いい。テスラはくすくすと笑い、「冗談です」と言った。そう、冗談。とりあえず、今は。
「これが私の今年のトリックです」
「びっくりした」
「してましたね」
「本当に驚いた」
「だって、リンス君てばトリートくれないんですもの」
 いたずらっぽく笑うと、リンスは「チョコレートしかない……」とばつが悪そうに呟いた。その反応がなんだか可愛らしく思えて、再びテスラは微笑む。
「私には、こういう面だってあるんですよ」
 だから、私から目を離さないでね。
 いつも隣にいられない分、心の中にはいさせてね。
 そんな想いを込めながら、テスラは次の話を始めた。