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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
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2024年12月24日


 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が子供を身ごもっていると判明したのは、八月の終わり際で、その月にしては涼しい日のことだった。
 妊娠の報せだけでも充分驚きだというのに、そのほんの一ヶ月後、九月三十日に双子を産んだことにも驚かされた。
「お腹の大きさも変わらないうちに産むんだね」
 とエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が言うと、双子の頭を撫でながらリリアは微笑んだ。
「花って基本的に産めよ増やせよな種族なのよ。だから妊娠期間が短いの。お腹の中で大事大事って感じじゃないのね」
 幸せそうな顔で我が子を撫でるリリアを見ながら、なるほど、とエースは頷く。
「早く会いたかったんだ」
「あら、ロマンチック」
「リリアやこの子たちを見てるとそう思うよ」
 そして、数日もすれば母子ともに元気に動き回り、日が経つにつれフォルト、レイリーア、と名付けられた二人の子供はすくすくと成長していった。
 その成長は目覚しく、まさに文字通り日に日に大きくなっていく、という感じで、花妖精の生態に詳しくないエースは都度驚かされていた。
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も、顔には出さないが出産の時から驚いてはいるらしい。産後一ヶ月ほど経った頃、二人でお茶を飲んだ際、そんな話をした。
「子供が早く産まれたことも驚きだが、それより日々の子供たちの成長の早さに目が回りそうだよ」
「あら。ちっちゃい子の成長ってこんなものよ?」
 焼き上がったクッキーを持ってきてくれたリリアが笑いながら話に混ざると、メシエはやや眉を下げ、「そういうものなのかね」とエースに聞いた。エースは「さあ」と首を振る。でも確か、友人の子供の成長は、もっとゆっくりだった気がする。産まれて一ヶ月程度だと、まだベビーベッドで眠っていたはずだ。一方、フォルトとレイリーアは、すでにハイハイを始めている。
「やっぱり、種族の違いかしらね?」
 とリリアが言うと、「そうですね」とお茶を注ぎに来たエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が頷いた。
「メシエさんは長寿種族で時間間隔が僕たちよりのんびりしていますから、子供たちの成長がより一層めまぐるしく感じられるのでしょう」
 なるほど、とエースとメシエは同時に相槌を打った。そういう理由もあるのだろう。
「大変だね」
「それなりにはね。だが、健やかに育つのが何よりも喜ばしいことだし……悪くないね」
 よちよちと近付いてきたフォルトを抱き上げ、メシエが呟く。同じく近付いてきたレイリーアをリリアが抱き、微笑んだ。
 幸せな家族の姿を見て、エースはエオリアと顔を見合わせる。
 そして、家族の団欒を邪魔するまいとそっと席を立った。


 クリスマスイブを迎える頃には、フォルトとレイリーアは二歳児ほどに成長していた。よちよち歩きも卒業し、二人は元気に走り回っている。
 きゃーきゃーと楽しげな声を聞きながら、エースは一緒にケーキを作っているエオリアに話しかけた。
「二人とも、アクティブなところはリリアに似たのかな?」
「きっと、そうですね。明るいいい子になるでしょう」
「うん。楽しみだ」
「ああでも、見ていて思うのですが、フォルトさんは少し慎重ですね」
「それはメシエ似だ」
「女の子が母に、男の子が父に、というのは、なんだかいいですね」
「うん」
 フォルトとレイリーアの成長について話しながら、教えてもらったレシピに沿ってケーキを作る。
 子供たちにとって初めてのクリスマスを祝うためのケーキは、フルーツたっぷりのケーキだ。クリームは多く、けれども軽い口当たりにし、目で見て楽しめるよう、飾りは賑やかに。
 また、クリスマスらしさを演出するため、トナカイとソリをクッキーで別に作り、ケーキの傍に飾る。トナカイの曳くソリにはドライフルーツをこれでもかと山盛りにして、さらに、砂糖菓子で作ったサンタを二人配置する。
「でーきた!」
 達成感から明るい声で言うと、「なにー」とレイリーアがキッチンへ駆けてきた。
「こら、レイリーア。そっちは今忙しいと言っただろう」
 すぐにメシエがやってきて、レイリーアを抱き上げる。「やん」と笑い混じりのイヤイヤをしたのが可愛らしく、エースは微笑む。
「いいんだよ、メシエ。今終わったところだから。
 ほらレイリーア、ケーキだよ。クリスマスケーキ」
 出来上がったケーキを見せると、レイリーアはぱあっと目を輝かせ「ケーキ!」と大きな声で叫んだ。かと思うと、ぴしっ、とイチゴを指さした。満面の笑顔で、
「イチゴ!」
「そうだよー、正解! すごいね、よくわかったね!」
「イチゴ、すきー」
「そっかそっかー」
「あと、モモ!」
「モモもわかるんだ? えらいね!」
「んふふー」
 満足気に笑うレイリーアを見ていたメシエが、エースに視線を向ける。ん? と首を傾げると、「子供の扱いが上手いな」と言われた。そうなのだろうか。よくわからない。なので、それほどでも、と笑みを返してケーキの乗った皿を持った。
「さあ、みんな、席について。クリスマスパーティーを始めるよ!」
 エースの声に呼応するように、リビングで遊んでいたフォルトが顔を上げた。フォルトの傍に付いていた使い魔のシヴァとゼノンも、フォルトの動きに合わせて顔を上げる。なんとなくその光景を微笑ましく思いながら、エースはリビングのテーブルにケーキを置く。すると、フォルトが驚きと感動の中間のような顔をした。ケーキを見るのが初めてだからだろう。
 メシエに抱っこされてリビングにやって来たレイリーアが、「イチゴとモモー」とでたらめなリズムに乗せて歌っているのを聞いて、「イチゴ。モモー」とたどたどしく言った。
「そうよ、フォルト。これがイチゴ。こっちがモモよ」
 隣に座ったリリアが優しく教えると、フォルトはにこっと笑った。
「さあ、お楽しみのケーキを切り分けましょう」
 ケーキナイフを持ってやって来たエオリアが、エースにビデオカメラを預けながら言った。はーい、と率先して返事をすると、子供たちも「はーい」と声を揃えて頷く。そんな可愛らしい反応も、しっかりとカメラに収めておいた。子供だけでなく、ケーキを切るエオリアも撮っておく。
 エオリアが子供たちの前にケーキの乗った皿を置くと、二人はきらきらと目を輝かせて「すごーい!」と言った。
「すごいねー」
「ねー!」
「あまいのいっぱいー」
「きゃー」
 並んで座った二人がきゃっきゃと笑うのを撮っていると、エースの前にもケーキの皿が置かれた。
「僕はちょっと片付けをしてきますので、先に食べていてください」
「いいの?」
「ナイフを置きっぱなしにしているのは危ないですからね」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 エースがリリアに目配せすると、リリアはこくりと頷いて「いただきますをしましょうね?」と静かに言った。子供たちは素直に「はーい」と返事をして、両手を合わせる。
「いただきますっ」
 元気な声が重なって、早速一口目を食べようとケーキにフォークが刺さる。仲良く同時にタルトを食べると、やはり同時に「おいしー!」という声を上げた。
「タイミングも、言葉も同じだ」
「双子だからな」
「仲良しね」
 二人の反応を見ながら、エースはメシエとリリアと共に笑う。後で、エオリアにもこの映像を見せてやろう。
 子供の成長は毎日が記念日ですから、というのはエオリアの言葉で、産まれたその日から、エオリアはフォルトとレイリーアのことをビデオカメラに収めている。親であるメシエやリリアがやろうとするのを断るのは、二人にはしっかりと自分の目で子供たちの成長を見続けて欲しい、と思ってのことだそうだ。それを聞いてから、エースはエオリアの手が空かない時は自分が撮影をすると協力を申し出た。
 後からこういうのを見て、笑ったり、泣いたりするんだろうなあ、と笑顔でケーキを頬張る子供たちを見ながら、思った。
 ふと。
 メシエの方へと視線を向けると、彼がとても幸せそうな、優しい目で子供たちを見ていることに気付いた。そして、本当に良かった、と思った。
 この数年間は、メシエにとって本当にめまぐるしい日々だったことだろう。変わるものがたくさんあって、その中には気持ちの変化もあって、追いつけないでいたこともあったと思う。
 だけど、それらすべてがちゃんといい方向に転がって、こうして毎日を幸せに過ごしている姿を見ると、ほっとする。
「メシエ」
「うん?」
「これからも大変だよ」
「だろうね。この三ヶ月弱で、なんとなく察している」
「楽しみだね」
「愚問だよ」
 ふっと笑う彼にエースも笑い返してケーキを一口、食べた。